アラフォーFtMの僕が社会人になるにあたり考えていた性同一性障害の治療を開始するまでにやっておくべきこと。
寝る前に懐かしい記憶を思い出したので書いておく。
僕が性同一性障害の診断名と特例法の存在を知ったのは15、6歳頃。
高校に入学してバイトを始めて自分で支払いをして携帯電話を持ったのがきっかけ。
昨年ふと小学生の頃に読んだライトノベルが読みたくなり買い直して読んだら、性同一性障害、性別適合手術について記述があったが、当時は陰茎形成なんかできる訳ないやろだったし、治療の目的が男性種目のスポーツがやりたいからと書かれていたので僕とは丸切り違うな、とスルーしていた。
人間が性転換手術をできることは芸能人でうっすら知っていたけど、僕の場合悩ましいのはまず「ちんちんが無いのに存在する感覚があること」だったし、小説に書かれていた女の子は小学生でまだ胸が嫌だという話もしていなかった。
身体違和の記述があったら違ったのかも。
でも、子どもにLGBT教育をしたら性的少数者の子どもが助かると思っている親や教師などが居たとすれば、何も分かっていないな、としか思わない。
属性の答えを見つけたら悩みは深まりゆくこと、知るタイミング、適齢期は千差万別だということを考えていない。
人の口に戸は立てられないのも、大人ならうんざりなほど分かっとるやろ。
大人も理解していないものを子どもに勉強させて責任を持たないのは大人のすることか?
虐待だと思うよ、僕は。
授業中にもLGBTだの性の多様性だの言い出したら発狂だわ。
ましてや自分がトランスジェンダーと同じに見られたり認識されたらたまらん。
GIDでも嫌なのに全く自分が馴染めないトランスジェンダーとされたら存在の否定だし、GIDじゃないしと思うトランスジェンダーだって手術したいんでしょと言われたらしたくないし、になるやんか。
性別違和感に悩んでることすら誰にも知られたくなくて、後で打ち明けた姉や弟にすら25歳まで隠し通してたよ。
女の子が好きとか彼女が居ることは高校時代から話してたけどね。
高校の頃に性同一性障害と特例法を患者のブログやHPを読んでいきコレだ、と感じたし、トランスジェンダー当事者の主張は本当に全く自分には刺さらなかったから当時から自分はトランスジェンダーでも無いと感じた。
新井祥の漫画も同時期に雑食家オタクの姉がたまたま買って来たから触れていたが、「いちいち性的な話やセクハラが多く書かれており自分がこういう目で見られたら嫌だな」と不快に感じた。
この漫画に影響を受けてXジェンダーとなんちゃってGID、染色体異常を自称する人が急増したのはきつかったし。
その様子を目の当たりにしたのもあり、自分は同性愛者なのか性同一性障害なのかについても考えたし、本当に治療に後悔しないのか、治療なしで何とか女性に適合できないのかとやれることは全てやれたから後悔していないのかも知れない。
金八ブーム然り、性別違和感に悩む人は他人の影響を受けやすい人がわりと居るからフィクションでは軽率に扱わないでほしい。
芸能人の公表もよくない。
宇多田ヒカルショックでノンバイナリーがいきなり増えたよな。
変身願望と劣等感の強さ、他者への憧れの強さが揃うとそっちに吸い寄せられるようだ。
ちなみに僕は趣味についてはわりと近しい人の影響を受けやすいが、性別違和感や身体違和が誰かに引っ張られて悪化したりはしなかったし、変わらず昔から性別違和感よりも苛烈な身体違和がつらいかな。
タイトルにある社会人になるにあたり性同一性障害の治療、移行をどうするかについては高卒で就職しなきゃならないのが12歳の時点で判明していたので、高校卒業時には「まずは仕事で貢献して信頼を得て、必要な人材になること。人間関係をしっかり作ってからなら話もできそうだ。人柄も性格も仕事ぶりも分からないやつがいきなり現れて、実は男になりたいとか言い出したら何言ってんだこいつってなるやろ。なるべく大勢とコミュニケーションを取ろう。早い内に苦手な自分の話ができるようにしよう。引っ込み思案を直す」と決意した。
実際、18歳で入社してナベシャツは20歳頃かな?もう少し後かな?記録がないけどその辺りで購入したと思う。
ホルモン治療は25歳から開始、胸オペは30歳で済ませたが移行に際して職場で悪く言われたりはしなかったし、人間性と働きぶりでしっかり可愛がられてはいたので自然と受け入れられていたから助かった。
移行に関してはFtMなら仕事できちんと評価をされていたらそんなにしんどくないと感じた。
僕は生まれた時代も良かったと思う。
LGBT活動も全てが悪いものじゃなかったんよな。
今は完全に市井の性的少数者を利用して荒稼ぎして立法府ではなく法曹を狂わせて社会をぶっ壊し、デマまで撒いてるからダメだけど。
身体違和のつらさは胸オペをしてからかなり緩和されたが、パーツごとに言い出したら不満しか無いわけで、唯一好きになれた手以外は一生愛せないと考えていた。
しかし、昨年現れた恋人と親密になり穏やかに愛されたおかげで随分と楽になった。
努力はして来てもスキンシップが苦手でぎこちないまま生きていたから、人と触れあう心地よさ、幸福感を初めて知る内に身体違和の緩和の筋道を少しイメージできたので最近はその線の分野を学んでいる。
うつが寛解してから約一年で再び勉強ができるようになった。
何ならうつに罹患する前よりも覚えは良いくらいには回復した。
幸せな感覚や時間をもたらしてくれた恋人を含めて、僕をずっと見守ったり応援してくれた人には一生感謝しないとな。
まだまだLGBT問題や特例法改悪の地獄は続くけど、2024年からちょっとずつ風向きが変わってるし、共闘仲間たちもそれぞれのアプローチや戦略で結果を出してくれているからありがたい。
情報発信を継続してくれている方々にも感謝。
noteを読んでくれている皆さんも、いつもありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします🙇



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