東日本大震災発災当日、原発が壊滅し放射能が石川にも及ぶ可能性があるとネットで見て、私は即座に妹の住む他県に逃げました
そこで姪っ子の姿を見て「こんな子供を目の前で亡くした親も居るんだな、子供だけ残されて親が亡くなったりもしたんだな」そう考えると自分の行動が情けなくなり、こんな自分に何ができるだろう?炊き出しならできないか?と考え、即座に自宅に戻って準備を始めました
今だけ金だけ自分だけという生き方が、これをきっかけに変わり始めたのかもしれません
そして、それが地元の能登でも起こりました
最近では風化してきたり、ニュースでは復興だとの見出しが増え、自分でも当時の事を忘れがちになりますが、亡くなった方やその家族、もう二度と思い出の場所が戻らない方、これから先に未来が見えない方、そうした方々を忘れてはいけません
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