40年変更なし「さすがにまずい」 厚労省が「労働者」の条件再検討
アマゾン配達員などネットを介して働くプラットフォーム(PF)ワーカーの権利保護を見据え、厚生労働省は2日、法律上の「労働者」として認める条件について、見直しを含めた議論を始めた。本格議論は1985年以来40年ぶり。どう条件を見直し、新しい働き手の生活や権利を守るのか。
厚労省が2日午後に立ち上げたのは「労働基準法における『労働者』に関する研究会」。座長の岩村正彦・東京大学名誉教授はあいさつで「40年がたち、ネットやスマートフォンを使った世界の変化に必ずしも対応できていない部分があるという指摘がある。一定の期間をかけて研究を行うことが必要だ」と語った。
議論の対象は1985年に労働法研究者がまとめた研究会報告だ。労基法9条が定める「労働者」(事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者)と認めるための判断要素が示されている。
PFワーカーも労働者に?
例えば、仕事の際に使用者の指揮監督がある▽勤務場所や時間などが決まっている▽一定時間労務を提供したことに対して報酬が決まる――といった要素で、主に雇用契約を結ぶ会社員など、働き方の裁量や自由度が限定されている働き手が、こうした要素を参考に総合的に「労働者」と判断され、法律上の保護を受けてきた。
一方、近年は、ネット通販大手「アマゾン」や飲食宅配代行サービス「ウーバーイーツ」の配達員など、スマートフォンのアプリなどを介して仕事を請け負うPFワーカーが登場している。
比較的働き方の自由度が高い個人事業主で原則、「労働者」に適用される最低賃金や残業代という仕組みの対象外。だが、アプリなどで使用者側から配送ルートなどの指示を受けつつ、GPSで働く状況を逐次把握されながら指示を受けるなど、使用者側に「指揮監督」されている実態があり、「労働者」として労災が認められるケースも出てきた。
厚労省も2023年に労災などの認定の事例集で、個人事業主の配達員の実態を紹介。「アプリを通じて、荷物・配送先・配送順・配送コース等が割り当てられる」「荷物については配送を拒否することはできない」などと記し、PFワーカー保護の必要性を示していた。
世界でも保護の動き
厚労省幹部は「一人一台のパソコンもない時代の働き方とスマートフォン片手に働く状況は全然異なる。40年も見直してこなかったのはさすがにまずい」と条件の見直しの必要性を強調した。
見直し議論は、国際的なPFワーカー保護の動きに背中を押された側面もある。
すでに米労働省は24年1月、ネットを通じて仕事を請け負う働き手を、実質的に企業と雇用関係にある「労働者」と判断して保護しやすくする新規則をまとめ、欧州連合(EU)も同年10月、PFワーカーを原則として正式な雇用関係のある労働者と推定し、保護する指令を採択。今年6月に開かれる国際労働機関(ILO)総会でも、議題として扱われる予定だ。
研究会では、現在の基準をベースにしつつ、裁判になった事例などを分析。PFワーカーをめぐっては、指揮命令関係だけでなく、PFやその下請けなど「使用者が誰なのか」といった論点や、企業と働く人の経済的な依存や交渉力の差をどう考慮するかなどを議論。来年度にも報告書を取りまとめる方向だ。
労働専門家は「こうした議論をすること自体、労働者保護の機運を醸成する」と強調。見直し議論には、使用者側の労働者保護の意識を高め、労働関連法の順守を促す狙いもありそうだ。
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験
- 【視点】
いわゆる「労働者性」をめぐる議論は、今日、日本のみならず世界各国で大きな注目を集めています。 労働実態から、雇用されているのか個人事業者なのかが分かりにくい、いわゆるグレーゾーンの人たちは、昔からいたと思います。しかし、近年、とくに顕在化してきました。 その代表的な働き方が、プラットフォームワーカーと呼ばれる労働者たちです。IT技術の発達により、仕事と働き手をマッチングすることは容易になり、AIやアルゴリズムによる指揮命令も広がっています。そうした変化のなかで、形式的には個人事業主であっても、実態は細かな指揮命令に従いながら働くケースが増えています。 ただ、そのように働く人がみな「労働者」となり、労基法の適用を望んでいるわけではないことも事実です。労基法が適用されると、例えば労働時間が制約され、自由な働き方が制限されてしまう、といった声も聞かれます。 つまり、「保護」か「自由」か、という問題もあります。契約自由の原則を重視して、「労働者」となるかどうかを働く者が選択できればいいのではないか、という見方もあるかもしれません。 ただ、労働法が定める労働時間規制や最低賃金などは、労働者個人を保護すると同時に、社会的な労働基準を底支えするためにも存在します。一人ひとりが自由にそれを放棄できるようになれば、労働市場全体の秩序維持は難しくなります。また、個人事業主として働く個々人は、業務を発注する側と比べると、経済的に弱い立場にあることが多い点も考慮する必要があります。
…続きを読む