【第43回】会計検査院に指摘されたら返還しなければならないのか? ― 補助金返還命令の「本当の発動者」は誰か
補助金を受給してしばらくすると、稀にですが会計検査院の検査が入るという連絡を事務局から受けて、ここまでで述べたような実地検査を受けることがあります。
最近、補助金関連の支援先からこんな質問を受けました。
「会計検査院が補助金の使い方に問題ありと指摘したら、もう返還するしかないんですよね?」
結論から言えば、NOです。
会計検査院の「指摘」には直接的な法的強制力はありません。
重要なのは、「誰が最終的に返還を命じるのか」、そして「それにどう対応すべきか」を理解することです。
会計検査院とは「監査役」であって「執行者」ではない
会計検査院は、日本国憲法第90条および会計検査院法に基づく機関であり、主に国の予算執行が適正に行われているかをチェックする役割を持ちます。
補助金に関しても、「補助金等の交付が不適正である」と判断した場合は、関係省庁に対して**「処置を求める」**ことができます(会計検査院法31条)。
つまり、行政庁に対する「勧告権」「報告権」はあっても、補助金事業者に対して直接「返還命令」を下す権限はないのです。
では、返還を「命じてくる」のは誰か?
それは、あなたが申請した補助金の所管官庁――たとえば事業再構築補助金なら、中小企業庁や中小機構です。
会計検査院の指摘を受けた行政庁は、
自ら再調査を行い、
必要と判断すれば補助金交付決定の取消や返還命令を行います。
この時点で初めて、「法的拘束力のある返還命令」が成立します。
つまり、あなたにとっての“敵”は会計検査院ではなく、**その後ろで処分を実行する行政機関なのです。
最近の相談事例では、検査院が来た際には
「あれを出せ」「見積書の罫線の太さがまちまちなのは何故か?
「本当のことを言いなさい」・・・
と言うようにまるで犯罪でもしたかのような調査が入っているようですが、
これは検査官によって本当にまちまちのようです。
会計検査院の「指摘」だけでは返還義務は発生しない
重要なのは、行政庁が「機械的に」検査院の指摘に従ってはいけないという点です。
過去の判例でも、
「会計検査院の意見だけを根拠に補助金返還処分を行ったことが違法」とされたケース
「返還命令には独自の理由提示義務がある」と判断されたものが多数あります。
行政庁は、検査院の指摘を参考にはできますが、それをもって申請者に一方的な不利益処分を加えることはできません。
処分を受けたら、どう対抗すべきか?
もし、会計検査院の指摘をきっかけに中小機構や中小企業庁から「返還命令」が届いた場合――
あなたには、以下の法的手段があります。
行政不服審査請求(60日以内)
行政処分の取消訴訟(6か月以内)
特に返還命令が補助金等適正化法に基づくものであれば、
第15条(取消の理由提示)
第16条(弁明機会の付与)
第21条の2(通知義務)
などの法的手続を無視した命令は「違法」として争うことが可能です。
会計検査院の名前に萎縮する必要はない
多くの事業者が「会計検査院の名前を出されたら終わり」と思いがちですが、
本当に戦うべき相手は、その後に返還処分を下す行政機関です。
あなたの補助事業が誠実に行われたものであり、法令やガイドラインに従ったものであれば、
検査院の指摘があっても、行政庁に対して堂々と反論し、取消しを求める正当な根拠があります。
会計検査院の検査結果による返還命令への対応ステップ
通知の受領と内容確認
会計検査院の指摘の後に行政庁からの返還命令通知を受け取った場合、まずはその内容を詳細に確認します。
内部調査の実施
通知内容に基づき、補助金の使用状況や関連書類を精査し、問題点を洗い出します。
抗弁の準備
不正の意図がなかったことや、手続き上の誤解があった場合など、返還命令に対する正当な理由を整理します。
専門家への相談
弁護士や税理士などの専門家に相談し、法的な観点からの対応策を検討します。
再発防止策の策定
同様の問題が再発しないよう、内部管理体制の見直しや社員教育の強化を行います。
実際の事例:株式会社エージェーシーのケース
2024年11月、株式会社エージェーシーは、事業再構築補助金の交付決定を取り消され、補助金の返還及び加算金の請求を受けました。理由は、事業計画に記載された補助事業が期間内に実施されておらず、実績報告時に証憑類において虚偽の報告が行われたためです。この案件の仔細は私も把握しきれておりませんが、実際に返還をしなくてはいけないのでしょうか?少し、どんな形の対応ができるか考えてみましょう。
【1】事案の概要(中小機構発表)
補助金交付決定:2022年1月
実施報告:2023年3月頃
取消理由:
事業計画通りに補助事業が実施されていない
実績報告に虚偽があった(実施期間外の実施だった)
※詳細:中小機構による取消通知文書
(参照:交付決定取消し一覧PDF)
【2】取消要件として成立するかの法的検討
補助金交付決定の取消しは、主に以下の法的根拠によって行われます。
補助金等適正化法第6条・第7条(※交付条件違反・虚偽報告)
要件①:交付条件に違反している
要件②:重要な事項について虚偽の報告があった
ただし、この中小機構の文章を見る限り、行政処分であるのにもかかわらず、補助金等適正化法の第6条・第7条を根拠にしておらず、交付規程第22条第1項第3号及び第8号の違反としているために法的に不適格な文書です。
【3】では、実際に補助事業が完了していた場合は?
ここが重要です。
仮に、事業完了報告時の「日付」や「工程上の記載」に誤りや遅れがあったとしても、
実質的に事業が完了し、成果(設備導入・稼働等)が出ていたなら、取消要件は満たさない可能性が高いです。
行政法・補助金判例上、「軽微な形式的違反」だけでは交付取消しは許されず、事業成果の本質的な欠如または重大な背信性が必要とされています(最判昭和55年12月19日ほか)。
【4】「虚偽報告」とされた場合の抗弁の余地
仮に中小機構が「虚偽報告」と認定したとしても、以下のような抗弁が考えられます:
①事業実施期間を過ぎていた
→ 実施が若干遅れただけで、補助金の成果物(設備・システム等)は明確に完成しており、実質的履行がなされている。形式的な日付違いでは取消の正当性が認められない。
②証憑の内容に誤りがあった
→ 故意による虚偽ではなく、記載ミスまたは事務処理上の誤差であり、取消しという重大処分に値しない軽微な過失である。
【5】結論:行政側の裁量逸脱の可能性あり
エージェーシー社が実際に事業を遂行し、機械やシステムを導入し運用していた事実があるなら、
中小機構が形式面だけで「虚偽」「実施なし」と判断し取消処分をしたのであれば、
→ それは裁量の逸脱・濫用または**理由提示義務違反(補適法21条の2)**に該当する可能性があります。さらには適用法が交付規定に基づいており、補適法ではない時点で法的要件を満たしていない不十分な処分であった可能性があります。
【6】今後このような事案で事業者が取れる対応
実質的履行の証拠(稼働写真、売上、機材搬入記録など)を提出し、事実関係の再検証を求める
書面で中小機構に対し、取消理由の詳細・証拠の開示請求
必要であれば、行政不服申立てまたは取消訴訟の提起
しかし本当に「取消」が必要だったのか?
上記のとおりの流れも考えられるとすれば、補助金等適正化法や行政法の観点から言えば、仮に実績報告に一部記載の誤りがあったとしても、
実質的に補助事業が完了していた
補助設備が実際に稼働していた
成果が社会的・経済的に確認できた
のであれば、形式的な瑕疵のみで交付取消し処分を行うことは「裁量の逸脱」や「手続違反」になる可能性があります。
特に「虚偽の報告」とされる点についても、意図的な偽装でなく、誤認や手続上の不備に過ぎないのであれば、是正・補正によって十分対応可能であったはずです。
本当に問われるべきは「事業者」ではなく「機構の是正措置」では?
ここで注目すべきは、会計検査院の指摘の本来の趣旨です。
会計検査院は「補助金の執行の適正化」を目的としており、その文脈では、
「機構が不適正な報告等を把握した場合に、適切な是正措置を講じていない」
という事後管理の甘さや処理体制の不備こそが問題であるとする方向性が、本来の論点であった可能性があります。
実際に補助金事業が進行していたのであれば、
是正命令によって報告内容を訂正させる
必要に応じて減額や警告等の対応で済ませるという段階的・相当性ある措置を講じるのが本来の行政運営のあるべき姿です。
それにもかかわらず、いきなり「取消・全額返還」に至るのは、責任の所在を事業者に一方的に押し付ける構図であり、
制度運営者である機構自身のガバナンス不全に目を向けようとしない態度こそが、会計検査院が本当に指摘したかった「構造問題」ではないでしょうか。
会計検査院の名前で処分を正当化するのは「すり替え」
残念ながら、行政庁や機構はしばしば「会計検査院の指摘があったので」と言って、返還命令を出します。
しかしこれは、あくまで形式的な言い訳にすぎません。
最終的に「誰が処分を判断し、誰が通知し、誰が責任を持つのか」という観点で見れば、
返還命令の正当性は、中小機構自身の調査・判断・対応措置の適否にかかっているのです。
結論:形式主義を超えた、実質的行政判断を
会計検査院の指摘をきっかけにした処分であっても、それはあくまで「機構が適切な判断を行ったか」を問う材料であるべきです。
補助事業の実質的な遂行が確認されているのであれば、取消ではなく是正措置で済ませることが制度的にも妥当であり、
会計検査院もそのような改善指導を期待していたはずです。
制度を信じて努力してきた事業者にとって、「形式違反=即返還」の構図がまかり通る今の制度は、
やはりどこかが歪んでいる――そう思わざるを得ません。


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