ゲイであることに苦しんだアーティストの與真司郎さん 公表するまで葛藤 さまざまな悩みを抱えている人たちに送るメッセージ
インタビューズ
[與真司郎さん](上)「やばい、男を好きになっている」 葛藤し続けた思春期…LAで遭遇した衝撃的な光景
活躍しながら感じるモヤモヤ感
――やがて、AAAのメンバーとなります。
男5人、女3人の男女混合グループで、オーディションで受かったメンバーです。
AAAはどんどん(人気が)上がっていき、仕事も忙しくなっていきました。でも、自分の中では、ずっとモヤモヤしている感覚がありました。
――AAAとしては売れても、自分の存在はどうなんだといった悩みがあったそうですね。
もうずっと、ありました。仕事では常に、(人と)比べられるので疲れきっていました。そして、(自分の「性」の問題を)人に言えないという悩み、自由に生きていけないというつらさもありました。芸能人としても自由に生きていけないし、ゲイとしてもプライベートでも自由に生きていけない。俺はどうしたらいいんだって、もうそこが苦しかったです。
――AAAのメンバーがソロ活動などをし始めたタイミングで2016年、米ロサンゼルス(LA)に移住されました。
AAAとしては、売れたかったです。自分としても、ここまで頑張ってきたし、メンバーもスタッフも同じだったので、そこはあきらめたくなかった。だから、仕事ではもう隠していくしかないなと思っていました。
だったら、プライベートで花を咲かせるしかないなぁと。そうなると、日本では無理だなと感じました。
20代前半の時、一人でロサンゼルスへ旅行に行ったことがあるんです。その時、ゲイタウンではない、普通の道端で、周囲に人がいる状況で男の人同士がキスをしていました。でも、何も起こらないんです。その光景がすごく衝撃で、「将来、ロサンゼルスに住まないと、思うような人生を送れないんだろうな」って考えました。
移住した時は、ストレスが限界に達していて、「精神的にこのままじゃ崩れるな」って感じていました。アメリカには友達も知り合いも誰もいないけど、「もう行くしかない」と思って、ロサンゼルスを選んで行きました。
あたえ・しんじろう
1988年11月26日生まれ。京都府出身。2005年に男女混合パフォーマンスグループ「 AAA 」のメンバーとしてデビュー。その年の日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも10年から7年連続で出場した。20年にグループ活動が休止した後は、ライフスタイルブランド「446―DOUBLE FOUR SIX―」を設立するなど多方面に活躍。23年7月からアーティスト活動を再開し、「Into The Light」を発表した。25年4月、苦悩した日々をつづった著書「人生そんなもん」(講談社)を発売する。
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