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ゲイであることに苦しんだアーティストの與真司郎さん 公表するまで葛藤 さまざまな悩みを抱えている人たちに送るメッセージ

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[與真司郎さん](上)「やばい、男を好きになっている」 葛藤し続けた思春期…LAで遭遇した衝撃的な光景

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 男女混合パフォーマンスグループ「 AAAトリプル・エー 」のメンバーで、アーティストの (あたえ) 真司郎さんは幼少期、自分の「性」に違和感を持ち、長年、誰にも言えずに苦しんだ経験があります。芸能界に入ると、「ばれたらダメ」という思いが芽生えたと言います。思い悩み続けた日々について、お話をうかがいました。(聞き手・利根川昌紀、撮影・秋元和夫)

「あー、違うかも」

――自分の「性」に、違和感を覚えたのはいつごろでしょうか。

 何かちょっと違う、違和感があるなと思ったのは小学生くらいの時です。「完全に人と違うかもな。やばい、男を好きになっているかもしれない」と感じたのは中学生です。

 男同士で遊んでいる時、女の子の話をしていてもついていけませんでした。恋愛もののドラマを見ていても、全然、感情的にならない。決定的な瞬間というのはなくて、徐々に、徐々に、そういうのが重なっていって、「人と違うかもな。あー、違うかも。やっぱり違う」ってなっていった感じですね。

 「自分は恋愛できない。これは隠さなきゃいけないんだ」って考えました。

――どうして、隠さないといけないと思ったのですか。

 テレビを見ていても、「男同士は気持ち悪いな」とか芸人さんが言っていたりしていました。周りの会話は男女の(恋愛の)話ばかりです。自分は一人だけ病気だと思っていました。女の子を好きになれない病気なんだって。すごく葛藤していました。

――小学5年生の時にダンスを始められたそうですね。きっかけは何だったのでしょうか。

 小学1年生から6年生まで野球をやっていましたが、あまり楽しかったという記憶はありません。地元は京都なのですが当時、京都のダンススタジオのCMを見たんです。特定のダンスグループが好きだったり、アーティストになりたいと思ったりしたわけではなかったのですが、CMを見てやりたいと思いました。

 お母さんに話して連れて行ってもらったら、楽しくて「ドはまり」ですよ。初めて(レッスンを)受けたのは、ヒップホップ(ダンス)の教室でした。

――どんなところが楽しかったですか。

 初心者の初心者なので、基礎的なものも全然できない。でも、周りの先生から「初めてなのにうまいね」と褒められ、楽しいという感覚がありました。自分が体を動かして、難しい動きをしているというのが挑戦でもあったし、こんなに楽しいと思えるものがあるんだという感覚でした。

目標はダンスの先生

――芸能界には、どのようなきっかけで入られたのですか。

 僕は、ヒップホップ(ダンス)の先生を目指していました。でも、周りからオーディションを受けてみればと言われ続けていました。姉に写真を撮ってもらい、履歴書も書いてもらって出したら、受かっちゃったって感じです。

 最初は大阪にもスタジオがあるから、そこでもいいんじゃないって言われたんですけれど、「東京に行かないと絶対にデビューできないな」って思って、東京に出て行くことにしました。中学校を卒業して、2日後でした。

――芸能界に入ってみて、どうでしたか。

 もう大変でした。今考えても「よくやったな」っていうくらい、練習、練習の日々でした。毎日、常に人と比べられる世界でしんどかったです。忙しいのが当たり前で、「こなしていく」感じでやっていた記憶があります。

――「性」の悩みを抱えながら、忙しい毎日に没頭していたっていう感じだったのでしょうか。

 とにかく僕は恋愛ができない、してはいけない、隠していかないといけない。親にも家族にも言えないと思っていましたし、もちろん世間になんて絶対。ばれたらダメだと思っていたので、忙しいことを理由にして(そのことに目を向けずに)生きていました。

 ただ、こういう職業なので、「彼女いるんですか」ってあまり聞かれなかったんですよ。プライベートでも仕事場でも聞いてくる人は少なかったので、そこはすごく助かりました。

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