政治はダメだったが、ウンコの扱いは一流だった岸田前首相…化学肥料の争奪戦が起きる世界で100億円以上の価値があるとされる下水汚泥
ウンコという都市鉱山
支持率が低迷した末に不承不承、2024年10月に退任した岸田文雄前首相。政治家としての評価は芳しくない。そうではあるが、ウンコの活用においては、時代を画する政策を打ち出した。それが、「国内肥料資源の利用拡大」だ。 2022年9月に開かれた政府の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部の会合で、岸田首相(当時)は野村哲郎農林水産大臣(同)に対し、次のように指示した。 「下水道事業を所管する国土交通省等と連携して、下水汚泥・堆肥等の未利用資源の利用拡大により、グリーン化を推進しつつ、肥料の国産化・安定供給を図ること」 人や家畜の糞尿を肥料の国産化に生かせと号令をかけたわけだ。これを受け、国交省は下水汚泥の用途として、肥料化を最優先とする方針を掲げた。 同年12月には、2030年までに家畜排泄物由来の堆肥と下水汚泥資源の肥料としての使用量を倍増し、リンベースの肥料の使用量に占める国内資源の割合を40パーセントまで高めるとの目標が示される(図1)。 これは「食料安全保障強化政策大綱」に盛り込まれ、閣議決定された。2023年10月には、農水省が汚泥を肥料に使いやすくしようと後述する新たな肥料の規格を作った。 鶴の一声で、ウンコを取り巻く雰囲気が大きく変わった。決断力のなさを批判された岸田前首相。だが、ウンコの肥料利用に関しては、決める力を発揮していた。このことは、もっと評価されていい。
100億円以上のリン酸が含まれている
下水汚泥の発生量は、年間で235万トン(2022年度、国交省調べ)に上る。肥料の三要素の一つであるリン酸が豊富に含まれ、その量は12万トン近くになると見積もられている。 これだけのリン酸が含まれる肥料の原料を輸入しようとすると、今の国際相場なら100億円を優に超える。 国交省は2023年度、下水処理場を対象とした分析調査を行った。その結果を、上下水道企画課企画専門官の末久正樹さんが説明する。 「脱水汚泥などにリン酸が平均で4、5パーセント含まれていました」 脱水汚泥は下水汚泥の水分を絞ったものを指す。下水汚泥に肥料の原料にするのに堪えるだけのリン酸が含まれていると改めて確認できたわけだ。 ところが、肥料などとして使われる下水汚泥は、全体の14パーセントに当たる32万トンにとどまる。全国に約2200カ所ある下水処理場の多くは、下水汚泥を廃棄物として処理業者に引き取ってもらっている。 「地域によって上下しますが、基本的にトン当たり1万円から2万円程度の処分費がかかります」(末久さん) 処理場によって下水汚泥の形状が違うので単純に計算できないが、下水汚泥の処分に年間、数千億円を超える公費が投じられていることになる。なお、下水汚泥の相当量はセメントや下水管といった建設資材としてリサイクルされている。 とはいえ、下水汚泥は建設資材に向くわけではない。リンを豊富に含むため、混ぜ過ぎるとコンクリートやセメントが固まりにくく、強度不足に陥りやすくなる。使える資源に処分費を払い、しかも86パーセントが肥料にされないというのは、実にもったいない。 文/山口亮子 サムネイル/Shutterstock
---------- 山口亮子(やまぐち りょうこ) ジャーナリスト。愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2013年中国・北京大学歴史学系大学院修了。時事通信社を経てフリーになり、農業や中国について執筆。著書に『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』、共著に『誰が農業を殺すのか』(共に新潮社)、『人口減少時代の農業と食』(筑摩書房)などがある。雑誌や広告の企画編集やコンサルティングなどを手がける ----------
山口亮子