SHOICHIRO『吉祥寺』問題を真面目に考えてみる
はじめに
なんのこっちゃ分からずにこの記事を読み始めた方はいないと思いますが、一応まえがきを。
2025年4月22日にリリースされた"SHOICHIRO"の『吉祥寺』というアルバム(これ自体が「事件」であり「問題」とも言える)について、事実の整理をしました。
また、何が問題なのか、雑にですが私見をまとめてみました。
コアな日本語ラップヘッズ界隈では既に話題の本作。
アーティストのブランディング
音楽活動におけるインディペンデントの弱さ
定額制配信プランによる楽曲資産の流動化
AI生成楽曲の台頭
など様々な要素が絡み合っており、案外これからの音楽を考える上で無視できない事例になるのではないでしょうか。
特に、「偽SHOICHIRO」楽曲を面白がっている人達にはぜひ読んでほしいなと思います。
何が起きたのか(時系列)
2025年4月8日
何者か(以下:偽SHOICHIRO)が突如AI生成曲を2曲配信。アーティスト名義が「SHOICHIRO」であったため、彼のアーティストページに掲載される。
2025年4月10日
SHOICHIRO本人がXで注意喚起ポストを投稿
2025年4月22日
その後も偽SHOICHIROは名乗り出ることなく、アルバム『吉祥寺』を配信
『吉祥寺』配信までに配信されたシングルは、最初の2曲を含めなんと14曲
2025年4月26日
偽SHOICHIROがXアカウントを立ち上げポスト
※『吉祥寺』リリース後も、シングル曲が3曲配信されている(4/30現在)
何が問題なのか
ざっと起きたことをまとめましたが、これのどこが問題なのかを走り書きで挙げてみました。あまり整理された文章でないのは承知置きください。
①ディスブランディング
シンプルに、本人のアーティストとしてのブランドが傷つけられますよね。
本人が何かやらかした結果のディスブランディングではなく、100‐0の外的要因なので結構珍しいケースです。
②過激な表現や他社への中傷を伴う歌詞
偽SHOICHIROのAI楽曲には、過激なアダルト・犯罪行為に関する表現や、SHOICHIRO以外のアーティスト・著名人への中傷がめちゃめちゃ出てきます。
というかほぼそれらで構成されている。
偽者による楽曲であり本人は無関係だと分かっていても、中傷された側はSHOICHIROに対して良い印象を抱くことはないはずです。
人によっては気分を害されるかもしれませんが、歌詞もご丁寧に付けてくれているので一部抜粋します。
③匿名による犯行
自ら名乗り上げない限り、誰が作成しアップした楽曲なのかが分かりません。
SNSでの中傷コメントも匿名ですが、アーティストページを直接書き換える点がSNSとは段違いに厄介です。
④AIによる楽曲生成が匿名性を助長
人の声が録音された音声であれば、それ自体が「痕跡」となります。
もし他のアーティスト等の関係者がこのような行為を行っていた場合は声バレするかもしれないし、特定できない一般人による犯行だとしてもその声や発した言葉はプラットフォーム上に残り「もしバレたらどうしよう」という一抹の不安を抱えながら日々を過ごします。
AI生成楽曲の場合、声という「痕跡」が一切ない点が匿名性を高め、「何でもアリ」「無敵の人」状態を作り出します。匿名掲示板の治安に近づいていくのかな。
また、曲調や声色についても、特定の実在ラッパーの曲を教師データにしてそうだな〜という曲をチラホラ見ました。生成AI自体が抱える著作権問題も避けて通れません。
⑤TuneCoreやプラットフォーム側の対応の遅さ
ここまでの内容を見れば、SHOICHIRO本人ではない誰かが意図的に"荒らす"目的で連日AI楽曲をアップロードしていることは明らかです。
TuneCore(レーベルの代わりとなり音楽配信をサポートするサービス)側は何をしているのでしょうか。
彼らからすれば「顧客」の一大事です。同名アーティストのページを分けることくらい造作もないと思うのですが…
※SHOICHIROがTuneCoreを使用していることは本人確認済み
また、Apple MusicやSpotifyなどの配信プラットフォーム側も、急にこれだけ大量の楽曲が高頻度にアップされたら何か変だとは思わないのでしょうか。
毎月1000円前後持っていっておいて、ユーザーに何を見せてるのか。これが理想のプラットフォーム?
⑥Unlimitedプランとの相性が良いこと
TuneCoreは最近まで「1リリースごとの年間従量料金」でした。
Pay Per Releaseプラン
1リリースごとの年間従量料金
シングル(1曲)
¥1,551/年(税込)~
アルバム(2曲~)
¥5,225/年(税込)~
しかし、2025年から定額制配信の「Unlimitedプラン」がスタートします。
要はサブスクです。
Unlimitedプラン
年間固定料金で無制限にリリース
¥4,400/年(税込)~
つまり、これまでは配信すればするほど都度費用がかかる、かつ年間更新費用もかかるというシステムだったのが、月額300円台でシングルだろうがアルバムだろうが配信し放題。
多作なアーティストにとっては嬉しいプランである反面、今までの料金体系なら最低2万円はかかっていた今回のような嫌がらせも、このリーズナブルさで出来てしまうのです。
定額配信プランとAI楽曲生成の相性の良さ(良さなのか?)が招いた事案とも言えます。
⑦「偽SHOICHIRO」楽曲は「偽SHOICHIRO」に収益が入ること
配信前の楽曲登録時に、楽曲により得た収益をどのアーティストに分配するか決めることができます。
つまり、今回の事例では「偽SHOICHIRO」が「SHOICHIRO本人」のアーティストページに掲載した楽曲で収益を得ています。
…そろそろSHOICHIROがゲシュタルト崩壊してきたかな?
そういえば数年前、同じような事象がAKLO氏やAnarchy氏でも発生していたような記憶がうっすらありますが、そちらはこの収益のみが目的。
(それも数日で取り下げられた記憶)
対して本件は、アーティスト個人のブランドを傷付け、それをバズの起爆剤にして、収益が発生したら自らの懐に入れるという地獄のコンボ。
⑧タイトルの収奪
今回SHOICHIRO『吉祥寺』が配信されたことで、本人は今後『吉祥寺』というアルバムや楽曲は作れなくなるでしょう。
もちろんシステム的には可能ですが、もしそんなタイトルを付ければ偽SHOICHIROのイメージが付いて回り、聴く側は純粋に楽曲が楽しめなくなるはずです。
既に20近くのAI楽曲がアップされており、その数だけそういった"NG"も増えます。アーティストの創作範囲を狭めるという影響は確実にあると考えます。
この事例を通して言いたいこと
TuneCoreへ
Unlimitedプランを展開するならこういったケースは予測できたはず。「AI生成楽曲」や「意図的ななりすまし」に対するガイドラインの策定、同様の事象が起きた時の対応をより早く、厳しくしてほしいと願います。
ちなみに、本人に現状を聞いてみたら対応方法がよく分からないみたいです。
これを自己責任とするか。問い合わせへのUIや配信までの審査、あるいは意図しない配信の自動検知の有無などサービス側の問題とするかは、まぁ会社が決めたら良いと思いますね。
面白がって聴いている人へ
「SHOICHIROだったら良いの?」に尽きます。自分が好きなアーティストがこんな事をやられたらどう思うか、考えてみよう。
正直、自分も普段好んで彼の楽曲を聴いているわけではありません。もっと正直に言うと変なやつだとも思います。
ですが、仮に自分や他の推しているアーティストがコレをやられても、罷り通る現状であることに少なくとも私は焦りを覚えました。
あと、Xでの偽SHOICHIROへの肯定的な反応を見て(さすがに晒しませんが)「悪趣味が面白い、カッコ良い」と感じてしまう人は一定数いるんだな、とも思いました。
YAJU&Uがトップチャート入りするのも必然なのかなーと。AI生成楽曲は、しばらくはこういった「悪趣味」で数字を伸ばすコンテンツが増えるでしょう。
うーん、これって音楽全体として良い方向に向かっているの…?
時間があればスペースでも開いて他の方のご意見も聞いてみたいですね。
偽SHOICHIROへ
ここまで書いたけど、先述の通り私はSHOICHIROのファンでもないし怒りとかはあまりないです。
大人がちゃんと遊び場を整備してあげないと、こうやって暴れる子が出てくるのは仕方ないことなので。
以上です!拙文失礼しました。
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