トランプ氏によるトランス選手制限 専門家が懸念する子どもへの影響
2028年にロサンゼルス五輪が開かれる米国では、政権に返り咲いたトランプ大統領が、女性を自認するトランスジェンダー選手の女子競技への参加を禁じる大統領令に署名した。こうした動きがスポーツ界に与える影響とは。スポーツとジェンダーについて10年以上研究しているペンシルベニア州立大のジェイミー・シュルツ教授(運動生理学)に聞いた。
――2月5日に署名された大統領令をどう受け止めましたか。
「本来はスポーツと人権の問題を、トランプ氏は政治問題にした。自身への支持を集めるために、弱い立場にあるトランス選手たちを悪者扱いしていると感じます。最近ではトランス選手の米国への入国を禁止しようとする動きもあると聞きます」
――大統領令が出た翌日、米国の大学スポーツを統括する全米大学体育協会(NCAA)が、女性を自認するトランス学生の女子競技への参加を禁じました。
「米国には連邦法だけでなく州法があり、州によってルールが異なるように多様性が認められてきました。それなのにNCAAは、大統領の指示を甘んじて受け入れてしまった。米国の大学スポーツは近年ビジネス色が強まっていますが、NCAAは教育機関。政治に流されすぎるのではなく、もっと熟慮して動くべきでした」
――米調査機関が2月に発表した報告書によると、トランス選手は出生時の性別に従って競技するべきだ、と考える人の割合は、米国内の回答者の66%にのぼりました。こうした空気をどう感じていますか。
「最も懸念しているのは、大学生や五輪に出るようなトップアスリートではなく、子どもたちへの影響です」
――子どもですか?
「生まれたときの性別が男性で、性自認が女性の子どもに『スポーツがしたければ男子と一緒にやるしかない』というメッセージが伝わると、全くスポーツをしなくなる子が増えるのではないかと危惧しています。肥満の問題につながるでしょうし、メンタルヘルスを悪化させる可能性もあります。それまで所属していたチームを追われることになったら、協調性や仲間づくりといったスポーツの恩恵を受けられなくなるかもしれません」
――サンノゼ州立大のバレーボール部では、出生時の性別が男性で、性自認が女性の学生が女子チームでプレーし、対戦相手の大学が試合を棄権する事態が起きました。
「該当選手のスパイクの威力が強く、対戦相手の顔に直撃したことも話題になりましたね。でも、この選手が米国で突出した選手というわけではありません。そもそも、チームが結果を出し始めるまでは問題になっていませんでした。誰かが調べて公表するまで、トランス選手であることは周囲に知られていなかったわけです。調査がなければ、他の誰とも変わらないように見えていた可能性があります」
――世界でもジェンダーとの向き合い方に変化が起きている気がします。
「ジェンダーの多様性を認めることに関して、昨年までは大きな前進を感じていました。それがこの国では新政権になり、10歩後退したと感じます。性とスポーツをテーマに長く研究していますが、良い答えは見つかっていません。それだけ難しい。だからこそ慎重な考察や調査などが必要です。それなのに政治家たちが使う言葉は繊細さに欠け、トランス選手に対する憎悪が増幅されていると感じます」
――トランス選手の参加を多様性の象徴としてきた五輪をどう見ていますか。
「国際オリンピック委員会(IOC)は21年にトランス選手に関する指針を発表しています。各競技団体に出場に関する権限を委ねる一方で、心身ともに選手を傷つけないことや公平性などを求めています。自分たちの責任を放棄しているようにも見えますが、例えば陸上と射撃のように、性別による優位性が競技で大きく異なることを考えると、IOCが統一ルールを作るのは現実的ではありません。それでも、各競技団体に対し、より公平な出場基準を検討するよう働きかけてもらいたいと思います」
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- 【視点】
トランスジェンダー選手をめぐる議論を考えるうえで,「性自認」と「性に関する身体的な特徴」の二つを混同せずに丁寧に分けて考えることが大事だと感じます。スポーツ競技を男女別で行う主な理由は,性に関する身体的な特徴が男女間で無視できないことによるものと思います。この「性に関する身体的な特徴」は,大多数の人では男性型もしくは女性型としてはっきり分けられるものの,一部の人はその中間的な特徴をもつなど,実際には広い多様性があることが医学的に認識されるようになっています。 性に関する身体的な特徴は,性染色体(XY染色体)の組み合わせにもとづいて,外性器や内性器,性ホルモンを分泌する性腺などが形づくられていく結果としてあらわれます。多くの人では,男性型もしくは女性型として典型的な身体的特徴を持って生まれます。しかし,性染色体や遺伝子の組み合わせなどが非典型的な場合には,男性型と女性型の中間的な特徴をもって出生します。これらは「性分化疾患(DSD)」とよばれます。 参考:日本小児内分泌学会Webサイト「性分化疾患」 https://jspe.umin.jp/public/seibunka.html DSDは出生時もしくは出生前に判明する場合もありますが,DSDと判明しないまま成長し,思春期におきるはずの第二次性徴があらわれなかったり,成人後に不妊治療を受ける過程でDSDとわかる場合もあるといいます。このように,大多数の人にとっては「出生時の性別」ははっきりしていますが,実際には人によってグラデーションがあります。スポーツ競技の公平性とジェンダーをめぐっては,性自認だけでなく,性に関する身体的な特徴にも多様性があるという科学的事実を出発点にした議論やルール作りがなされることを期待します。
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