浦和高校の校歌指導「1人で歌わせず」に見直し、他校も言葉遣い改善

杉原里美 小崎瑶太 山田みう

 上級生による新入生への「不適切」な指導があったとの訴えを受け、埼玉県が調査している県立浦和高校の校歌指導が、この春の新入生からは見直された。1人だけに歌わせるやり方をやめるなどした。他校の校歌指導でも言葉遣いなどが改善された。浦和高校と熊谷高校の校歌指導の現場を訪ねた。

 浦和高校の校歌指導をめぐっては、二十数年前に入学した元生徒が1人で歌うように求められ、竹刀を持った応援団員から暴言を受けて心的外傷後ストレス障害(PTSD)になり、中退したと県に昨春訴えた。県の調査に対し、同校は昨年度の校歌指導で1人で歌わせていたと認め、「改善する」と県に回答。県は、25年前までさかのぼって調査するよう、同校に指示している。

 今年の同校の校歌指導は、入学式の翌日の4月9日、照明のついた明るい体育館で開かれた。350人超の新入生を前に、応援団長(3年)がマイクを通して「意義」を説明した。

「盛り上がること」が目的

 「1年生を含めた全員が一体となって盛り上がることを目的としている」

 昨年度までは体育館に照明もつけず、説明もほとんどなかったという。今年は、体育祭や卒業式での校歌や応援歌を歌う様子もプロジェクターで投影した。

 指導では、応援団員はパイプ椅子に座った新入生の間を校歌を歌いながら歩き、「お手本」もみせた。叫ぶような声で、歌詞を知らないと聞き取れない声だった。

 団長が「1年生全員起立」と呼びかけ、本格的な指導が開始。団員が「もっともっと!」などと声をかけ、身ぶり手ぶりで大きな声を出すよう促す場面もあった。

 校歌指導で1年生が全員で歌うのは今年が初めてだった。指導は2校時連続(1校時は50分)で、水飲み休憩の時間も複数回設けた。10日も2校時連続だが、最後の1校時は応援団による余興があったという。

教頭「前向きな言葉が増えた」

 2023年度に着任した臼倉克典校長(59)は指導を見るのは今回が初めてだとしつつ、「(昨年まで)暗幕を閉めていたとか、1人で歌わせるシーンがあったとは聞いている」と説明する。山盛敦子教頭(56)によると、昨年は歌えていない生徒に対し「歌詞は覚えてくるように」と「応援団の口調で」伝えていたが、今年は前向きな言葉が増えたと感じたという。

 臼倉校長は、見直しは生徒中心に毎年続けてきたものだと強調している。今年度は、生徒会や応援団が全クラスに意見を募ったという。

 3人いる応援団の顧問の1人は、「問題点として指摘されたものがあると生徒と確認し、生徒が出してきたもの(案)にフィードバックして作っていった」と説明。「より多くの者がきちんと歌えるように」、これまでの「1人で歌わせる」やり方を改めたという。

熊谷「厳しさよりかっこよさ」

 同じ日、熊谷高校の体育館でも校歌指導があった。音楽部員が合唱で「お手本」を聞かせ、新入生が生徒手帳を開き、歌詞を見ながら、音楽部員の指揮で1小節ずつ歌っていく。

 「声が出ていて素晴らしいと思います」。指揮役の音楽部員がほめると、1年生の声が一段と大きくなった。体育館の後方では、約10人の教職員が見守った。

 音楽部員が退場すると、応援団と野球部員が登場。吹奏楽部の演奏で応援団が演舞を披露し、野球部員と第2応援歌を歌ってみせた。第2応援歌はポップな曲調で、隣同士が肩を組み、足を上げて歌う。1年生には、この歌の歌詞を覚える時間も与えられ、野球部員の「お手本」時にも、すすんで歌ったり踊ったりする姿があった。その後、応援団による校歌指導があり、野球部員も1年生の列に交じって肩を組み、全員で合唱した。

 昨年までは「まだ声を出せるぞ」などと指導していたが、今年は敬語で褒め言葉も入れた。応援団の登場直後に演舞を見せ、厳しさより「かっこよさ」を前面に出したという。

 団長の尾畑賢梧さん(17)は「去年までは一部に高圧的な指導があり、切羽詰まって歌わされているという感覚があった。今年は、伝統を引き継ぐために不必要な部分をそぎ落とし、励ますような声かけに変えた」と話す。今年は「一緒に歌おう」をコンセプトにしたという。

 顧問の江森光希教諭(32)は、「応援団員の減少」もあって見直したとし、「昨年から、新入生に対する厳しいイメージを変えたいと思っていた。今年は、新入生が強制されず、自発的に歌うきっかけになった」と話す。

 市川京校長は、「時代とともに変えなければいけない部分もある。伝統を守りながら、時代に合ったやり方を考えていきたい」と語った。

川越も見直し 保護者「やめさせてほしい」と要望

 浦和、熊谷のほか、埼玉県六校応援団連盟に属する4校にも取材した。

 川越高校では22年度末、ユーチューブで動画を見たという新入生の保護者から、「あんなことは、やめさせてほしい」という要望があった。ユーチューブには、19年度に同校放送部が製作した「校歌を歌おう」という動画があり、体育館に入ってきた1年生に対し、応援団員が一斉に「遅えぞ」と叫んだり、1年生をにらみつけたりしている場面がある。

 同校は23年度から見直しを始めたが、24年度の学校アンケートでも「時代に合っていない」「説明がされていない」という意見があった。

 田中洋安校長によると、4月10、11の両日にあった今年度の指導では、応援団長が「校歌指導には川高生が団結する意味がある」と説明し、顧問が歌詞の意味を解説した。威圧的な言葉がけや態度もなく、全員で歌って終了したという。

 松山高校では、昨年9月に応援団長が交代したのを機に見直した。昨年までは、旋律を追うよりは声の大きさを重視して叫ぶような形で声を出していた。応援団員や野球部員が、「もっと声を出せ!」「足りないだろう!」といった命令口調で指導していた。4月9~11日にあった今年度の指導では改善し、「声出していこうな」などと励ましたという。

 大声をあげるのではなくマイクを通して呼びかける形にも変えた。「マイルドになったと思っている」と顧問は話す。

春日部と不動岡は例年通り

 3月の同校への取材によると、昨年末に学校が実施した保護者に対する無記名のアンケートで、校歌指導について「パワハラに当たるのではないか」という意見が1件あったという。

 春日部高校と不動岡高校は、例年通りの進行だったという。

 春日部では、音楽部と応援指導部を中心とした指導があり、叫ぶような形ではなく、吹奏楽部の演奏に合わせて歌う。両部の部員が音楽ホールのステージ上に立ち、音楽部が見本として歌い、応援指導部が校歌を歌う際の合いの手や振り付けを教えるという。

 不動岡では新入生と2、3年生の対面式の日に、全校生徒で校歌、応援歌指導を行う。体育館で音楽部が舞台の上に立ち、教員の指揮と指導に従って上級生も一緒に校歌を歌う。野球部などの生徒は「フレー、フレー、不動岡」といった合いの手を入れる。1、2年生は、指導の前に歌詞を書いたプリントが配られるためそれまでに歌を暗記してくる必要はないという。

 埼玉県は2月以降、137の全県立高校を対象に、直近3年間で不適切な校歌指導がなかったかどうかを調査している。3月末までに全ての調査表を回収し、現在、内容を精査中だという。

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験

この記事を書いた人
杉原里美
さいたま総局|県政・教育担当
専門・関心分野
家族政策、司法のジェンダー、少子社会、教育
小崎瑶太
さいたま総局|県警担当
専門・関心分野
災害、平和、表現の自由
  • commentatorHeader
    濵田真里
    (Stand by Women代表)
    2025年5月1日0時21分 投稿
    【視点】

    私の出身大学では、飲み会の後や野球応援の場面で校歌を歌うことがよくありました。歌っている人の歌詞を聞いて真似をしたり、自分も歌えるようになりたくて自然と覚えたり、ときには口パクでやり過ごしたりと、自分なりの関わり方をしていましたが、それでも校歌には自然と愛着が湧いていきました。 だからこそ、もし歌うことや覚えることを強制されていたら、校歌に対する気持ちはまったく違ったものになっていたと思います。「全員が校歌を歌えなければいけないのか?」という問いも、今の時代には一度立ち止まって考えてみる価値があるのではないでしょうか。記事では一部の高校での校歌指導が見直され、生徒が自発的に関われるよう工夫されていると報じられていますが、伝統を大切にしつつも、関わり方を選べる余地があることは、結果的に生徒にとっても校歌をより身近に感じられるきっかけになったり、前向きな経験につながったりするのではないでしょうか。

    …続きを読む