第7回「闇」動画はワクチンから財務省へ 「解体デモ」バブル、はや下火に
コメの値段がどんどん上がる。横浜市の30代の女性は「これからやっていけるのか」と考え込む。3~5歳の3人の子どもは育ち盛り。夫の稼ぎだけでは食べるのもやっとで、全く余裕はない。
とはいえ、パンは食べない。「小麦粉由来の食べ物は『毒』だ」という。きっかけは、コロナ下の自粛生活だった。
2021年ごろ、ワクチン「強制」の風潮に納得できずにいると、ユーチューブで偶然「コロナワクチンの闇」と題する動画に出合った。配信者の解説が腑(ふ)に落ち、最後まで視聴した。
テレビはよく見ていたが、「ネットはほどほど」だった。ところが、動画を1本見ると、次に表示されたのも同じ人の動画。その次も似た主張の別の人の動画だった。流れてくるものを見ていると、1週間もせずに芸能やエンタメの動画は姿を消し、「ワクチンの危険性」一色に。
【連載】ある1滴が 「みる・きく・はなす」はいま
社会にぽつりと落ちた誰かの「一滴」の言動は、どんな感情や体験から発せられ、どこに向かうのだろう。1987年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始めた連載の第50部。「一滴」の後先を見つめることが、「言論の自由」を守るヒントになるという思いで紡いでいきたい。
同じ配信者のチャンネルで人気の話題が「食生活」だった。取り上げられていた小麦粉や乳製品などの摂取をやめると、悩みだったじんましんが治ったと感じた。情報は自分で集めなければ「真実」はわからない――。そう考え、ユーチューブや新興SNS「スレッズ」を毎日チェックするようになった。
昨年、同じチャンネルで経済評論家との対談が公開された。物価高騰で国民生活は苦しいのに、緊縮財政を掲げる財務省の影響で、政府から満足のいく支援がないとの趣旨の解説と理解した。「そうか、生活苦の原因は財務省だったのか」
対談を2本見ると、今度は「財務省の闇」関連の動画が増え、毎日目にするようになった。今年2月、そうした投稿の一つで「財務省解体デモ」の開催を知り、東京・霞が関に1人で向かった。興味を持たない夫には、行き先は告げなかった。
財務省近くに、数百人が集まっていた。「財務官僚は私腹を肥やすな」と叫ぶ人、政権交代を求める人、外国人排斥を訴える集団。主催者を名乗る人物は「いろいろな集団や個人が週替わりで開催している。お互いの関わりはない」という。集団同士の小競り合いも起きた。
拡声機で怒声を上げる集団からは少し距離を置き、女性は小声で「財務省、解体!」と合わせた。同じ考えの人がこれだけいる――。高揚感を覚えた。
財務省前のデモ自体は23年ごろから続く。様相が変わり始めたのは24年末ごろ。「財務省解体」という言葉がSNS上で目立った。
参加者は同じ場所で「解体」を叫ぶが、理由を記者が尋ねて回ると、反ワクチンや排外主義、反緊縮財政、反エリートなど、各自の主張を財務省に結びつけていた。重ならない部分が多く、一致するのは「マスコミはウソつき」と「自分でSNSから真実を見つけた」との主張だ。
財務省前は、デモの様子を撮影・配信する人らが集まる場にもなった。再生回数が増えれば、収入も増える。
「税金泥棒!」「金返せ!」。庁舎からスーツ姿の職員が出てくると、デモ参加者のボルテージが上がる。怒号を浴び、駅へ足早に去る職員らの姿をスマホで配信していた20代の男性は「ネット動画を見て、僕も配信したら伸びると思って」と語った。
ユーチューブのチャンネル登録者数約110万人のインフルエンサーの三崎優太氏は2月、デモ前日に公開された財務省解体デモ関連の動画が300万回以上再生されたのを見て、現場を訪れ撮影した。脱税事件で有罪判決を受けたことがあり、「財務省や国税庁に理不尽なことをされた」という思いがあるという。アップした動画は160万回以上再生された。「インフルエンサーが話題にして、みんなが考えるきっかけになる」と三崎氏は話す。
4月29日にもデモが行われた。参加者の標的は財務省にとどまらず、「ワクチン押しつけの厚労省解体」「SNS規制する総務省解体」「日本人の敵となった外務省解体」「日本人のための司法をしない法務省解体」「日本の農業を守らない農水省解体」に広がり、官庁街は熱気に包まれた。
一方、東京都知事選や兵庫県知事選など、「旬」の話題の動画を切り抜いて配信してきた奈良県在住の政治系ユーチューバーの男性(36)は異変を感じていた。年明け以降、財務省ネタは「バブル」だったが、3月に投稿した3本の再生回数は振るわなかった。他の政治系の配信者たちもすぐ手を引いたという。
「現場で盛り上がっているように見えても、動画の世界では財務省ネタはピークアウトした。飽きられたんだと思う」
検索動向を示す「グーグルトレンド」で調べると、「財務省解体デモ」は2~3月にかけて検索数が上昇。2月24日に一度山場を迎え、大規模デモがあった3月14日にピークとなった。その後に検索数は急減。1週間もせず最盛期の1割未満に落ち込み、低水準で推移している。
2月に財務省前に行った女性は、その後もデモの情報をユーチューブで集めている。4月29日のデモもライブ配信で見たというが、「前より動画が少なくなっている」ことが気になるという。
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