faith
初めて連れて行ってもらったのは、カクの町への買出し。
犬か猫でも呼ぶようにちょいちょいと手招きして、ルックもおいで、と言われたのが飛び上がるほど嬉しかったなんて絶対に誰にも知られたくない。何その仕草、人を何だと思ってるの、とリーダーをにらんだわたしに周囲はぎょっとした。
(まずかったかな。…怒られるかな)
だけど気安い人間だと思われてナギ以外の人からもこんな風に話しかけられたりしたらたまらない。
人前で友好的な態度を見せるのは、弱みを見せるのに等しい。
彼の気分を害するのは嫌だけど、彼の周りにいるたくさんの人たちと馴れ合うのはもっとごめんだった。
備品のリストを手にリーダーのかたわらにいた白髪の男がわたしに何か(多分とがめの言葉を)言おうとしたのを、ナギが手ぶりで止める。
「気を悪くしたならすまなかった。来てくれるだろう?ルック」
「…行かないとは言ってないよ」
「それで充分」
にこやかに告げる彼に、取り巻く人々は目に見えてほっとした。
…内心、わたしも。ルックがここへ来てひと月ほどが過ぎていたが、一事が万事こんな調子で、星見の弟子はすっかり「はなもちならない小さな魔女」として砦の人々に知られていた。話しかける人間には片端から皮肉を浴びせるか無視するかで返し、一日のほとんどを 石板が置かれている部屋か自室で過ごす。
中にはルックの冷ややかな応対にもめげずに平気で話しかけてくるつわものもいたが、彼女は当然のように嫌な顔を隠さなかったので、その数も多くはなかった。
そしてその内の一人が、他ならぬこの軍のリーダーだったりする。(買出しって何だろ。どこかに遠出する予定でもあるのかな)
船着場へ向かう一行の背中を最後尾でながめて歩きながら、ルックは考える。
前日、砦に一人のエルフが半死半生のていでたどり着いたという噂はルックも聞いていた。
わざわざおしゃべりの輪に入ったり耳をそばだてたりしなくても、にぎやかなこの砦の人々はそこかしこで大声を上げて話すから、話は彼女の耳にも充分入ってくるのだ。人慣れない少女を常に気後れさせる周囲の騒々しさも、この点ではかえってありがたかったと言えるだろう。
その後、幹部たちが揃って日が暮れるまでの長い間、会議室に閉じこもっていたので、くだんのエルフがこの軍に何か重大な問題を持ちこんだのだろうという見解は、砦にいるほとんどの人間が共有するところだった。
(エルフの居住区と言うと…ゴウラン地方の南西に広がる大森林の奥地)
頭の中に地図を広げてこの湖上の砦からの距離を測ってみれば、かなりの遠方だ。
他の地方が湖を横切れば湖岸からさほどの距離を行かずに済むのに対して、大森林地方だけはそうはいかないからだ。 ゴウラン地方を丸ごと突っ切り、さらに深く広がった森を越えて行かなければならない。
エルフが持ってきた話がその彼らの居住区に関するものだとすれば、派遣するのが少数の偵察隊だけだったとしても、確かにそれなりの準備が必要だろう。
そう思って買出しに連れ出された他の顔ぶれを見るに、自分以外は歴戦の戦士ばかり。
そのまま小隊で遠征、と言い出されてもおかしくない面子だ。
…ということは、もしかして。
(わたしも…連れてってもらえるのかな)
遠征メンバーだから買出しにも連れてきた、というのはごく自然ななりゆきであるように思える。
どきどきした。
遊びじゃないと分かっていても胸が高鳴るのを抑えられない。
だってナギが自分に期待してくれているということなのだ、それは。短い船行を済ませてカクの町に着くと、一行は防具屋、鍛冶屋、道具屋とそれぞれに行く場所を割りふられた。
ルックは俺と一緒に道具屋、と言うナギに、
(他の人とじゃなくて良かった…)
と思いながらルックは黙ってうなずく。ナギと一緒にいられるのはもちろん嬉しいけれど、それより他の人が一緒でないことに安堵した。
「じゃ、散会。二時間後に船着場にて」
ぱんと手を叩いてナギが言うと、皆めいめいの方向へ去っていく。
「俺達も行くか」
「うん」
つい弾みそうになる声を抑えるのには、少し努力がいった。…細い声で、しかしはっきりと了承を告げる少女の表情が心なしか明るいのを感じて、ナギは表情を緩めた。
(他人の目が無ければ、少しは懐いてくれてきてるんだけどな)
第三者がいると途端に態度が硬化する。
まあ、だからこそのふり分けでもあったわけだが。
ナギは歩き出しながら、あとをついて来るルックを振り返って声をかける。
「セイカから水の封印球が回ってきてるらしくてさ。封印球の目利きはあまり自信が無かったからルックに来てもらったんだ。頼むな」
「…え?」
ナギの言葉に一瞬きょとんとして、少女は何故かみるみる顔を曇らせた。
(…?)
どうしたのだろう。彼女の得意分野を発揮できる役目を回したつもりだったのだが。
あれだけの魔法の腕を持ちながら、まさか封印球の見分けはサッパリ、などということはないだろう。
しかし自分の頼みが彼女の気を落とさせたのは明らかだったので、とりあえずナギは強い口調にならないように気づかいながら尋ねてみる。
「何か、まずかったか?」
「…ううん、別に。それだったら、任せて」
つとめて何気ない様子をとりつくろった、硬い口調。
「…そうか。ありがとう」
これ以上つつくのは逆効果だろうと判断し、ナギは軽く笑んでそう言うにとどめた。
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「えっと…これと、これは良さそう」
一つ、また一つとルックは封印球を手に取って選別していった。
カクの道具屋は仕入れた水の封印球をご近所さんである解放軍のために全部取りおいてくれていたらしい。かなりの数の封印球をどさりと出して、「好きなのを選んで持ってっとくれ」と鷹揚に言ってくれた。
「こっちのは力は強いけど、制御がむずかしいかも。少しクセがあるみたい」
「じゃあそれは要らない。まともに魔法が使える人間なんてそう多くないからな。安定した使いやすいものを優先して選んでくれ」
「分かった。じゃあこれと…これ、かな」
ルックが選んだものを次々と取り出し、ナギはかなり多数の水の封印球を袋に詰めさせていた。
「…こんなに要るの?」
「補給もそれ以外も、とにかくフォローのためのシステム作りがまるっきり追いついてないからな。各自で回復、休養できること、死なずにすむことが今のところ最優先なんだよ」
(…じゃあ、やっぱり)
「やっぱり、近いうちに遠出するつもりなんだ」
思わずぽろ、と考えていたことが口に出た。
はっとしてルックが隣を見上げたら、ナギが驚いたような顔をしていた。
(あ。こんな風に表情を崩すところ、見たことない)
そう思って何だかちょっと嬉しくなるのと同時に、不安になる。もしかして自分は変なことを言っただろうか、と。
そんな少女の戸惑いをすばやく感じ取って、ナギは抱いた驚きを素直に口にした。
「よく分かるな。遠方に手を伸ばすほどの力はまだ俺たちには無いってのが大抵の奴の考えだぞ」
「それって、昨日のエルフの頼みを無視するってこと?」
「どうしてそうなる?」
「だってエルフの居住区はゴウラン地方の向こうでしょう?」
ナギは今度こそ本当に、ひどく驚いた――愕然とした表情になった。
「…星見の弟子は物知りだな」
ナギのその言葉と表情とではっとルックは思い出した。
大森林の先にある異種族の居住区のことは、長きに渡って帝国が世間一般に伏せてきた事柄のひとつだったということを。
「あの…レックナート様の塔には、大抵の書物が揃ってるから。帝国建国以前のものもあるし」
別に悪いことをしたわけではないのだが、何だかきまりが悪くなってルックは言い訳をするようにボソボソと言う。
「そうか。俺はせいぜい三異種族の盟約の内容と居住区のおおまかな位置くらいしか知らなかったんだが…ルックはもしかして、もっと詳しく知っているのか?大森林の先の地域のことを」
「本で、読んだだけだけど…気候とか、それぞれの種族の暮らし方とか、そういうのなら…少しは」
たたみかけるような問いかけに、少女は少し気おされながら言葉を選ぶ。
「…ルック。砦に戻ったら、お前の知ってることを出来るだけ詳しく教えてくれないか。俺とマッシュと、それから今回の偵察に同行する予定の人間を集めさせるから」
真剣な口調でナギが言った。
「…うん。分かった」
(ということは、やっぱり連れていってはくれないんだ…)
ルックは短く承諾の意を示し、さりげなく目線をそらした。がっかりしたのを気取られたくなくて。(しかし、驚いたな)
隣に立つ小柄な少女を、初めて見るような思いでナギは横目に見つめる。
掘り出し物だ。この星見の弟子が役に立つのは魔力のことだけではなかったらしい。
モランの森…大森林の盟約は帝国の政治・軍事に関わる者たちの中でも一部にしか知られていない。軍の中枢に近い場所にいた自分とて、それらの存在くらいは聞かされていたものの、ゴウラン地方の守備を任されでもしない限り、それ以上詳しいことを知る機会はその先も与えられなかっただろう。
情報は力になる。それが帝国が隠しているものであればなおさら。
大森林の向こう側の地域のことは、本当に手に入る知識が少ないのだ。案内人のキルキスがいるとは言え、彼もエルフ族の住まう周辺の地域以外のことにはそれほど詳しくない可能性が高い。
「…ルックを連れて行けるといいんだが」
ふう、とため息をついてつぶやいたナギに、亜麻色の頭がぱっと上がった。目にわずかな期待がともっている。
今となってようやくナギは最初に買出しに連れてきた理由を言った時の彼女の落胆のわけに思い至った。
(なるほど、無駄に期待させてしまったか)
それもまた自分が彼女の能力を見くびっていたせいなわけで、ナギとしてはまだまだ自分も修行が足りない、と苦笑するよりなかった。(役に立つんだったら…ナギが来てほしいって言うなら、連れてってくれればいい)
困ったように肩をすくめて笑んだナギに、ルックは出来るだけ興味の無さそうな風をよそおいながら言った。
「行ってもいいよ。異種族の暮らしを直接見られるっていうのは悪くないし」
「ありがたい申し出だけど、残念ながら周りが大反対するだろうな。見知らぬ土地に入る小隊に女の子を入れるなんて」
「…わたし、そのへんの子供みたいに役立たずじゃない」
むっとして言い返すルックを、ナギは穏やかな口調でなだめる。
「俺もそう思う。でもそう思わない奴の方が多いんだ。俺みたいなガキにあの砦のリーダーが務まるもんか、って思ってる人間が多いのと同じでな」
ルックはきょとんとした。確かに常識的に言えばナギは軍をまとめる人間としては若いのかもしれないけれど、ルックにすれば彼の際立った星の輝きが分かっている以上、彼がリーダーを務めるのはあまりにも自明のことだったのだ。
目を丸くした少女に、ナギがますます苦笑を深めて言う。
「俺はまだまだ軍主として認められているとは言いがたいよ」
「…そう?」
「そうだよ」
あまりにサラリと彼が言うので、ルックの方が何だか悔しい気分になってしまった。
「もう充分だ。ありがとう、ルック。目利きがいて助かったよ」
話題を打ち切るようにそう言ってナギは選んだ封印球を入れた袋の口をしばり、店の者に声をかけた。
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(…普通の人には、ナギの星が見えないから分からないんだ)
船着場へ向かう赤い胴着の背中を見つめながらルックは思う。店から出てもさっきのナギの言葉が頭から離れなかった。――俺はまだまだ軍主として認められているとは言いがたい――
言われてみれば確かにそれも当然のことだと分かるのに、どうしても胸がムカムカしてしまう。
もちろん、ルックとは違う形で彼の輝きがちゃんと見えている者もいる。マッシュがそうであり、つい先日ナギの招きを受けて砦にやってきたあのレパントという男もそうだろう。だがそれは、彼の言うとおりまだまだ多数ではないのだ。
「…ねえ、どうすればナギが軍主として認められるようになるの」
「なんだ、まだそんなこと考えてたのか?」
ちらりと振り返った彼にあきれたように尋ね返されて、少し言葉に詰まる。
「……あなたがいつまでもなめられてると、あなたを認めてわたしを送りこんだお師匠様まで軽く見られかねないじゃないの」
「なるほど。それは確かにルックにとっては大問題だな」
「茶化さないでくれる」
「別に茶化してるわけじゃないんだが。…そうだな。それは多分、俺が解放軍の人間ひとりひとりの信頼を得られたら、だろう」
「信頼?」
「そう。集団の責任者ってのは、その指示で動かされる側の人たちの信頼を得なければならない」
「…でも、信頼なんて目に見えないものじゃないの」
星の輝きがほとんどの人には無意味なものであるのと同じことだ。
「そんなことはないさ。ルックも考えれば分かるはずだ。あの砦で俺を軍主として見ているのが誰か。単に仲間として見ているのは誰か。なんだこいつは、と思ってるのは誰か」
「そんなの…」
言いさしてルックは言葉を止めた。…確かに自分はマッシュやレパントのことを "ナギを軍主として認めている人間"だと認識している。
それは彼らの態度にはっきりとナギへの信頼が見て取れるからだ。
無神経そうなあのビクトールとかいう傭兵だって、態度こそくだけたものではあっても、決してナギを軽んじるようなそぶりは見せない。
そして彼らのそのふるまいが、他の人間たちへもナギが彼らに信頼に足る人間であることを知らせる。
今、ルックがそれを認識しているように。
それはつまり。(態度で示さないと、信頼しているってことにはならない…)
当たり前のことに、はじめて思い至った。
ナギの星の輝きが目に見えないように、ルックがナギをことの初めから当たり前のように軍主として認めていることも、誰の目にも見えない。
ルックがナギを態度で軽んじれば、それは周囲にもナギを軽んじさせる。リーダーはあんな子供にさえなめられている、と思われる。
たとえ内心でルックがどう思っていたとしても。
…常識に照らせば分かりきったことだ。だが、自分の態度ひとつが重要な意味を持つことなんて、これまでのルックにはないことだった。
レックナートは弟子の態度がどうであろうとそよ風ほどにも揺るがぬ人だったし、彼女の元に来る以前には、そもそもルックの生活に他者の存在など無いに等しかった。
(確かに、毎年星見の結果を取りに来る近衛兵にはそれなりに気を遣ったけど)
しかしその気遣いはルックにとってはくだらないとせせら笑うたぐいの行いだった。
うわべの態度に示された丁寧さなどに何の意味があるのか、と。…そのままでいてはいけないのだと、あらためて今まで自分がいた世界と今いる世界の違いを、少女は思い知る。
二人が船着場に着いた時にはまだそこに他の者の姿はなかった。約束の時間より少し早かったらしい。
ナギが湖に目をやると、霧に視界を閉ざされていた以前と違って、遠く湖上にそびえ立つ灰色の砦の姿が今ははっきりと見えていた。
あれが、自分が手の内に納めなければならないもの。
目をすがめてそれをしっかりと脳裏に焼きつけると、ナギはさっきから黙りこんだままだった少女に向かって言った。
「ルック。俺はあそこにいる彼らすべての信頼を得るにはまだ実績が足りてない。今回の作戦はその意味でも重要なものになる」
「…うん」
「だから、絶対に成功させなくちゃならない。連れて行けなくて悪いが、今回は情報だけ協力を頼む」
外部から助けを求めてきたものに応えるには、ただ内部をまとめるだけ以上の力が要求される。
それを、成し遂げることが出来れば。
決然としたナギの口調がその意義の大きさを物語っていた。
「…分かった。戻ってから少し時間くれる?わたし、塔で読んだ本の内容で役に立ちそうなこと、なるべく思い出してまとめてみるから」
ルックは顔を上げ、まっすぐにナギの顔を見て言った。
純粋に自分の意志で、正面から彼女が彼を見つめたのは多分、それが初めてで。
その翡翠の瞳には確かな信頼があって。
「助かるよ」
ナギは示されたその瞳の光を認め、顔をほころばせて最上級の笑顔を向けて言った。…それからしばらくして。
ルックの「はなもちならない小さな魔女」という評の頭には、「リーダーの言うことだけは素直に聞く」という形容が付くようになる。
坊様が他人の前でもルックに特別扱いされるようになるまで、でした(死)。
最初に思いついたタイトルが死ぬほど恥ずかしかったので何か他に思いつかないか必死に知恵を絞ったのですが、結局思いつかなかったので最後の手段で英語にしてみました。海外サイトでたまに日本語のタイトルがあるとものすごく恥ずかしい率が高いという話を思い出しました。きっとどこの国の人も同じなんだ(爆)。