◇2日はそろそろ西に傾き、もうしばらくすれば空が赤く色を変え始めるだろうという時間。
首尾よく(?)星見の結果を手に入れ、ナギたちの一行はフッチの待つ森の入り口へ向かっていた。帰りぎわ、レックナートがルックに魔法で一行を送るようにと言ってくれたので、 ありがたいことに長々と森の中を戻る必要は無かった。周囲がぼんやり光ってゆがんだと思ったら、もうそこは竜から降りた場所のすぐそばだった。
これなら夕飯を作るのに間に合います、という嬉しそうなグレミオの言葉に、一行がレックナートへの感謝の思いを新たにしたのは言うまでもない。
足どりも軽く、夕飯は何かな~などと言っていたテッドが不意に、隣を歩くナギに視線をやってからかうように言った。「なあなあナギ、あのカワイ子ちゃんお前に思いっきり一目惚れしてたな」
「ん?…ああ、ルックのことか」
「ああ、って…それだけかよ」
「確かにかわいい子だったな。あと何年かしたら『ああ』の一言じゃ済まないと思うよ」
「さらりと言ってくれるねえ」
皮肉さをにじませて言った後、テッドはほんのわずか口調を変えて続けた。
「あのさ。あの子、お前のこと忘れないよ」
見返した親友の目は笑っていなくて、けれど冗談に紛らわせて済ませようとしているのが見て取れたから、ナギはわざと軽く笑い返して言った。
「何だ。テッドはレックナート様のことを熱心に見てたように思ったけど、レックナート様もあの子も射程範囲なのかい?恐れいるよ」
「ほっとけ。俺には豊かな人生経験ってやつがあるからな。心も器量も女性へのまなざしも広いのさ」
ふふん、とあごを上向けてテッドが言ったところで少年二人は同時にふき出し、人気の無いこの森にはめったにないことに、明るい笑い声が響いた。(――ほら、そうして何故とも言わずに笑って流してくれる。気づかないふりで)
かたわらの親友を眺めやり、テッドは心の中でひとりごちる。
ナギがそういう人間だということをテッドは数年のつきあいの間に学んでいた。
彼は相手の見せたくないもの、知られたくないこと、全部知らないまま平気で受け入れてしまう。無関心や遠慮から距離を置くのでなく、ただ平気なのだ。何故そんな風にいられるのか不思議なほど、出逢った初めからずっとそうだった。
だからナギの傍はどうしようもなく…居心地がいい。こんな、触れられたくないことだらけの人間にとっては。
(忘れないよ。あの子の目は、俺と同じだからさ)
ほんの少しの時間、並んで歩いただけの相手だけれど、テッドにははっきりと分かった。
あの目は、自分に幸せがめぐってくることなんて考えてみたこともない目。
内に刻まれた深い傷に、気づくことさえせず。
だからあの少女が、ナギに出逢って忘れられるはずなんてないのだ。…自分が300年の間、ただ一人の面影をどうしても忘れることが出来なかったように。
その声だけがこの心を溶かし、その眼差しだけがこの身に力を与えてくれたように。「お先っ!」
「うわっ!こら、テッド!」
ばん、といきなり親友の背中を叩いてかたわらをすり抜け、目前にもう姿を現し始めていた黒竜に向かって走る。
待てよ、と言いながら彼が追いかけてくることを、テッドは疑わなかった。-----
ルックはテラスの窓からぼんやりと森をながめていた。思い浮かぶのは、さっきから彼のことばかりだ。
抱きとめられた時、わずかに触れた彼の髪の柔らかな感触。自分の肩を包みこんで支えていた掌。
あれほど誰かの存在を近くに感じたことは今までなかった。
何よりも、すぐそばで見たあの黒い瞳が忘れられない。
不思議な瞳だった。あの目を見た時、まるで手には捕えられないはずの夜の闇のようだと思った。目に映るものすべてを包み安んじる、広く深い夜の色。それは彼女の心を強烈に惹いた。何故なのか、理由も分からぬままに。
(…でも、もう二度と会うこともない)
近衛兵なのだから帝都へ行けば会えるのかもしれないけれど、わざわざそんなところに行く理由を自分は持っていない。でも…何かめずらしい調味料だとか、星見の道具だとか、必要になったりはしないだろうか。帝都でないと手に入らないような。
(何考えてるの!)
ふと我に返ってまた顔が熱くなる。ルックはぺち、と自分の頬を叩いて、本当にばかみたいだと思った。
忘れよう、どうせもう会うことなんてない。
彼女が心中でそう自分に言い聞かせていたら、それまで黙ったままゆったりと紅茶を飲んでいた師が口を開いた。
「今年の使者は、優しい空気をまとった人でしたね。彼のような人が皇帝のそばにあれば、赤月帝国ももうしばらくもったかもしれません」
ルックは振り返ると、師に尋ねかけた。
「…やはり帝国はもう長くないのですね。いよいよ宿星が集うのですか?レックナート様」
「ええ。その日が来ることは、もう避けられません」
ルックは普段と変わらぬようなそぶりでレックナートと言葉を交わしながらも、師が彼を評した一言の方に気を引かれていた。
(優しい…そういう風に言うんだ…)
確かにそう表現するのかもしれない。彼は終始笑みを絶やさず、ルックのつんけんした態度にもまるで腹を立てた様子が無かった。帰りに送った時にも、まっすぐにこちらを見て礼を言ってくれた。だけど「優しい」だけじゃ何だか足りない、と彼女は思った。
(レックナート様は、あのひとの目を見てない…)
盲目の師を、そのために不足があるなどと考えたことはこれまで無かったが、もし師が彼と目を見合わせていたなら違うことを言ったのではないか、という気がした。
そんなことを考えていて、ふっと師が奇妙なことを口にしたのに遅まきながら彼女は気づいた。
「レックナート様、彼が皇帝のそばにあれば…とは、どういうことです?彼は近衛兵なのでしょう。皇帝の側近くに仕えているのではないのですか?」
「もうすぐ、彼はバルバロッサという大きな星から離れるのです」
「帝国を、離れる……どこへ…?」
彼が帝都を去ってしまうとしたら、それこそもう二度と会う機会なんてめぐってこない。「彼に、また逢いたいですか?」
「えっ!?」
自身でもはっきりと自覚していない心の内を見透かしたような師の言葉に、ルックはこれまでの人生で一番驚いたのではないかと思うほどびっくりした。心臓が飛び上がるような、というのはきっとこういう感じだと彼女は思った。
「そんな…どうして、そんなこと」
「彼は天魁星ですから」
さらりと言われた言葉にルックは二度びっくりして、レックナートを見返す。
「また、逢えますよ」
柔らかな笑みを含んで告げられた言葉に、隠れようもなく胸が震えた。
――それが、すべての始まり。
クレイドールとの戦闘あたりの設定は微妙に小説版から。戦ってるモンスターは実は幻影で、術を破らないとダメってところですね。あの、坊ちゃんがからくりに気付くとこが坊ファンとしてはめっさツボで 。実は小説で一番好きなシーンです。きゃあ坊ちゃんステキ!!
一応、another ではこの話が一番ゲーム本編に沿ったエピソードということになるかと思います。この後はひたすら妄想妄想…いやもう既にこの時点で妄想まみれですけど。それはそうとテッド君、カワイ子ちゃんは死語だぞ。
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