#長崎原爆の日
うちの母方の一族は長崎(ていうか佐世保)出身なので、じいちゃんばあちゃんからピカドンや戦争の話はよく聞いた。
私が戦争体験者の肉声を聞ける最後の世代だと思っていたから、よくせがんでは話してもらってた。
ひいばあちゃんは寅年だったから、千人針をよく頼まれたらしい。じいちゃんからは千人針が刺された頭巾を幾つも見せてもらった。
じいちゃんが海外の戦地でずっと匍匐前進をして、膝を悪くした話も聞いた。
ばあちゃんの家は佐世保に25軒の貸家があって、海軍のお偉いさんも泊まりに来るような立派なおうちだったのが、昭和20年6月28日の佐世保大空襲で全部焼けて、一夜にして一文無しになった話も。
ひいばあちゃんは空襲のとき、鍋を被って焼夷弾が降る中を逃げたから、炎で鍋が焼けて、鍋を掴んでた指が酷い火傷になって。その火傷跡につける薬がなくてウジが湧いて肉が食われて、だから火傷が治った後のひいばあちゃんの指が細くなってしまった話も。
そして8月9日、ピカドンが長崎市へ落ちていくのが佐世保市側から見えた、という話もじいちゃんから聞いた。