風刺が難しくなった日本 虚構新聞UKさんが今では敬遠するネタ
「花粉症用に目ブラシを発売」「円周率が10桁目で割り切れる」。これらは、パロディーニュースのサイト「虚構新聞」が配信したウソの記事です。運営する社主のUKさんによると、風刺が書きづらくなったといいます。その思いを聞きました。
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記者2人が殺傷された阪神支局襲撃事件から38年となる5月3日、朝日新聞労働組合は「言論の自由を考える5・3集会」を開きます。テーマは「フェイクニュース」です。オンラインでライブ中継します。参加無料。視聴には事前申し込みが必要です。
――虚構新聞は昨年、創刊20周年を迎えました。
最初は、別の個人サイト用にエープリルフールだけウソのニュースを書いていました。それが楽しくて「エープリルフールじゃなくてもウソを書いてもいいのでは」と考えて、いまは4月1日以外はウソの記事を書いています。週に1本ぐらいのペースで、全て自分で書いています。
――反響の大きさに戸惑ったこともあると聞きました。
2011年に配信した「4月から、17文字に ツイッター」は、ツイッター(現X)の投稿文字数が制限されるというネタです。日本人には俳句の文化が浸透しているので「五・七・五」で表現できるというところからの着想です。僕の中ではさすがにないと思っても、真に受けた人もいました。ぶわっと拡散して初めてSNSの怖さを感じました。
「全国民にカレーライス配布」 書いてないのに
――記事の内容が事実になると、訂正を掲載しています。
20年に「2mのロングバトンも コロナ禍で『新しい運動会』」という記事を出した直後に、ある小学校の運動会で本当に2メートルのバトンが使われました。そこまで想像力が至らなかったことが悔しかったです。
16年に配信した「虚構ニュース自動作成するソフト開発 千葉電波大」も訂正を出しました。ChatGPT(チャットGPT)を使って虚偽の記事を自動生成できたためです。執筆当時から生成AI(人工知能)があることは知っていましたが、データを整理した記事生成が限度で、創作記事の領域までは及んでいませんでした。こんなに早く実現するとは思いませんでしたね。
――現実と虚構があいまいになってきたということでしょうか。
原爆を落とした米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の写真を、米国防総省が一時、ウェブサイトから削除したと報じられました。海外にも虚構新聞のようなサイトがあるので、そこのネタだと思いました。それぐらい、本当のこととそうじゃないことが分かりにくい時代になっています。
――AIに怖さを感じることはありますか。
対話型AIに虚構新聞とは何かと尋ねたら、代表的な記事として「政府が国民全員にカレーライスを配布」「東京五輪の新種目としておにぎり投げを採用」を挙げました。どちらも書いていません。それらしいことをさらっと書いてくるのが、たちが悪いです。使い慣れていない人だと普通に信じてしまいますよね。
政治的な意図があるかどうか
――フェイクニュースと虚構新聞の違いはどこにありますか。
書き手の意図が違います。虚構新聞は風刺やパロディーです。僕自身、読者をだまそうとか馬鹿にして笑おうという考えはありません。ただ読者に笑ってもらいたいだけなので、必ず最後に落ちを作っています。
一方、フェイクニュースには落ちはないし、選挙で特定の勢力を有利にしようとするなど、何らかの政治的な意図があります。
――フェイクニュースはなぜ拡散されるのでしょうか。
真実ではないかもしれないのに「マスコミが伝えない事実」などと言われると、引っ張られやすいのかもしれません。正義感から広めてあげたいと思うのでしょうが、ちょっと待った方が良い。発信する側の意図に、まんまと乗せられていないでしょうか。
事実って案外、地味だったり退屈だったりするものも多いと思います。僕自身、ネットでうわさとして伝わってきたことを当事者に聞いたら、ずいぶんとかけ離れていて肩透かしを食ったことがあります。外から見えるイメージと事実が違うこともあるのでしょう。
「いじめ、かわいそう」風刺が難しい時代に
――虚構新聞で配信するネタは変わってきましたか。
特定の政治家を扱うことが少なくなりました。以前は、ある政党に関する風刺記事を書いたら、それにもかかわらず党の関係者が紹介してくれたことがありました。いまは、支持する方は楽しく取り上げる一方で、反対側の人はすごくたたく。今の自分の立場をバックアップしてくれるなら虚構新聞でも何でも取り上げるような感じですよね。柔軟性がなくて、社会の分断を感じます。
――風刺が難しい時代になったということですか。
ダイレクトな風刺を読者が求めていないと感じます。特に若い人は風刺になじんでいなくて、個人攻撃や弱い者いじめと受け取るようです。「いじめられてかわいそう」「低支持率でも頑張っている」と。みんな優しくなっているのでしょうか。
――偽情報などに対して規制を求める声も出てきています。
虚構新聞は読者のリテラシーに期待して成り立っている部分があります。性善説的な考えですが、受け手一人ひとりが判断できると信じています。でもフェイクニュースが問題になっているのも事実なので、複雑な気分ですね。
――偽情報にだまされないためにはどうすればいいですか。
自分で情報の取捨選択ができないなら、ネットから離れてはどうでしょうか。完全には無理でも、ちょっと距離を取ることはできます。本当に大事なニュースならネット以外の経路からでも届くでしょう。
――新聞の報道に足りないと感じることはありますか。
ネットとの付き合い方が、まだ上手ではないと感じます。批判されても真っ正面から答えていないから、いつまで経っても同じような批判をされています。
例えば何かの事件で「被害者の名前は出しているのに加害者は出ない」などと批判されたときに、「こういう基準でやっている」と説明できているのでしょうか。紙面だと字数の制限がありますが、ネットならありません。記事に「こういう事情です」という説明を入れたらどうでしょうか。
長いこと新聞を読んでいる人は察することができますが、それができない人もたくさんいます。目線を下げる努力が必要です。
むしろ「オールドメディア」と名乗って
――新聞はオールドメディアと揶揄(やゆ)されることが増えました。
古くさいという意味でしょうが、それはノウハウと洗練を積み重ねてきたということでもあるので、むしろ自分からオールドメディアだと名乗って良いのではないでしょうか。「タイパの面で新聞が若者から見直されている」という記事を最近見かけました。どうでもいい情報が大量に流通するネットに比べて、新聞には生活を送る上で必要不可欠な情報がギュッと集まっているという内容です。新鮮な視点でした。
新聞の初期はゴシップ的な記事が多かったのが、政治が動き始めたことで読者の関心も変わっていったそうです。いまはその最初の状態に戻ってきたように思います。ゴシップなどがいっぱい出ていますが、そろそろ飽和してきて、本当に大事な情報は何かを考えたときに新聞に戻ってくるかもしれない。そうなったときのよりどころとして、新聞には何とか踏みとどまってほしいですね。
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滋賀県在住。2004年からウェブサイト「虚構新聞」を運営。「ありそうでありえない」ネタをニュースにして、これまでに1千本以上を執筆した。21年には朝日新聞滋賀版で特別編を連載。成安造形大学客員教授。本業は教育関係。
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実名報道と匿名報道はどう使い分けているかなどを新聞社は記事で説明したほうがよいという意見には同意します。個々の記事に説明を追加するのは困難な場合もあるでしょうから、そのような読者の疑問に答えるような記事を別途、順次配信していき、「私たちの報道姿勢、あなたの疑問に答えます」のような特集に蓄積していくのはどうでしょうか。いつでもそれらの記事を参照できる、リンクも貼れる、というところがデジタル記事の良さです。 例えば次のような疑問に答える記事が考えられるでしょう。 ・事件を起こした人が実名で報道される場合と匿名の場合があるが、どう使い分けているのか。 ・デジタルタトゥーの問題をどう考えるか。 ・なぜ新聞報道は週刊誌報道に比べて、こんなにタイムラグがあるのか。なぜ大事なタイミングで報道できないのか。 ・なぜ特定の政治家の一方的な発言をそのまま報じるのか。その発言は不適切であるということに記事で触れないのはなぜか。 ・なぜ選挙前の時期に、各政党の政策を深堀りして批判的に検討した記事が出せないのか。 ・このところ大きな問題となってきた選挙中の誹謗中傷やデマの拡散などに、今後、新聞報道は迅速に対応して投票日までに記事化する準備はあるのか。
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