Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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The dream of a beautiful idiot

 蓮達に続いて丸喜先生の精神世界から脱してみれば、そこはお台場の建設現場だった。だった、というのは今僕の目の前には建設現場であったはずの場所に、空に高く伸びる白亜の塔が薄っすらと見えていたからだ。

 

「これ、他の人は気付いてるのかな……?」

 

「気付いていない。いや、気付いていても変だと思わないのさ」

 

 思わず口を衝いて出てしまった僕の疑問に答えてくれたのは明智君だった。僕の隣に並ぶと、彼は視線を上下に動かして僕をじっと観察する。

 

「何か気になるかな?」

 

「……いや、無事で何よりだと思ってね」

 

 そう言う明智君の表情は険しいものからホッとしたようなものに変わる。そして僕の肩をポンポンと叩くと、顎で蓮達の方を示した。

 

「少なくとも丸喜はこっちが動くまでは動かない。認知世界と現実が再融合するまでのタイムリミットは一ヶ月。まずは色んな人に顔を見せてきなよ。皆、随分と心配していたみたいだからね」

 

「そう、そうだね。そうするよ」

 

 僕が頷いたのを見た明智君は、そのまま踵を返して行ってしまう。それを見送ってから蓮達の方に戻ると、坂本君に抱えられた芳澤さんを中心に、彼らも何か相談をしていたらしい。僕が近付いたのを見て誰かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡した。

 

「明智くんなら先に帰るってさ」

 

「必要以上に馴れ合うつもりは無い、ということか」

 

「彼も強情だからね。気にせず距離を詰めてあげると良いよ」

 

「それが出来るのは徹だけな気がするわ……」

 

 喜多川君に明智君との付き合い方のポイントを教えてあげれば、真が額に手をやって小さく呟くのが聞こえた。そうだろうか、彼が探偵王子としての仮面を被ること無く素を見せている時点で、怪盗団にはかなり気を許しているように思えるのだけど。

 

「それより、芳澤はどうする?」

 

 坂本君がそう言って背中に乗せた芳澤さんを示せば、彼女はちょうど目覚めるところだったらしく、何度かパチパチと瞬きをしながら僕達を見回す。

 

「えっと、ここは……」

 

「パレスの外、身体は大丈夫?」

 

 まだあまり事態が飲み込めていない芳澤さんに、蓮が状況を説明する。それを聞き終える頃には彼女も意識がハッキリしてきたのか、坂本君の背中から下りると僕達に頭を下げた。

 

「すみませんでした。私のせいで……」

 

「気にすんなって、丸喜先生に何かされてたんだろ?」

 

「いえ、その……」

 

 坂本君が励ますように言うが、芳澤さんは歯切れが悪く口ごもる。坂本君達が追い付いたのは芳澤さんが丸喜先生の手によって暴走させられてからだ。彼女が気にしているのはその前に蓮と戦ったことだろう。

 

「芳澤も疲れてるから、まずは休ませる。皆も、今日は解散」

 

 それを察したのだろう蓮の一言でこの場は解散になった。芳澤さん蓮が連れだって行くのを見送り、他の面々もそれぞれに帰ろうとしているのを見て僕も帰ろうと足を踏み出す。ポケットの中のスマホには、凄い数の通知が来ていた。

 

 お台場を出てまず足を運んだのは、渋谷はセントラル街にあるファミレス。大量の通知のほとんどが明智君と店長のものだったからだ。

 

「一体どこに行ってたのさ、海藤くん」

 

 僕の顔を見るなり、店長が萎れた顔で縋り付いてきた。

 

「私はもう後少しで過労死するところだったよぉ!」

 

「本当にすみませんでした」

 

 丸喜先生の認知世界の中にいる間に年が明けてしまったのだからお店に顔を出せなかったのだ。年末年始だからあまりシフトは入っていなかったけれど、それでも何日かは無断欠勤してしまった。僕がいない分は店長が埋めてくれていたらしく、店内を歩き回って普段よりも運動したせいか心なしかげっそりしている店長だった。

 

「とりあえず君が来れなかった日は有給扱いにしておいたから安心してね」

 

「助かりますけど、……良いんですか?」

 

「君が訳もなくサボる人じゃないってしってるからねぇ」

 

 むしろ有給をキチンと使ってくれた方がこっちとしても助かるんだよう、と言って店長はヒラヒラと手を振る。怒られるかと思っていたらむしろ気を遣ってもらってしまった。

 

「今度何か差し入れでも持ってきますね」

 

「気にしないで良いよー。ホント、何も無かったみたいで良かったよ。……もっと早く帰ってこられただろうに、強情だね」

 

「店長? 今何か……?」

 

「うん? 店長としては副店長のことが心配なのさ」

 

「副店長ではないですけどね」

 

 ボソリと呟かれた店長の言葉は、僕が認識する前に頭の中でほどけて消えてしまう。何が引っ掛かってしまったのかも分からないほどに。

 それから店長は僕の顔をじっと覗き込むと疲れているようだから早く帰りなと背中を押して僕を店から追い出してしまう。確かに丸喜先生のところにいる間は、身体はともかく精神的にはあまり休めていなかったと思う。言われれば少し頭が重く感じてくるような気もしてきた。

 店長のアドバイスに従って今日は帰って休もうかと駅の方へと歩いていけば、道行く人の声が自然と耳に入ってくる。

 

「彼からプロポーズされたの!」

 

「ずっと欲しかった賞が獲れたんだ!」

 

 そこかしこから希望に満ちた声が聞こえてくる。それは、丸喜先生が皆の願いを聞き届けて叶えたもの。そうして喜んでいる人たちは、僕の目には少しピントがずれたようにブレて見える。丸喜先生の認知世界を受け入れない僕と、受け入れている人たちの間で起こるズレがこうして僕には可視化されているのだろうか。僕が丸喜先生の救いを認めなければ、怪盗団が丸喜先生を改心してしまえば、こうして喜んでいた人達の救いは無かったことになる。恐らく、僕を恨む人の方が多いだろうし、多くの人にとっては丸喜先生の世界の方が良いんだろうと改めて思わされてしまう。

 

「副会長?」

 

 疲れてぼんやりとした頭で益体も無いことを考えていた僕の背中に、聞き覚えのある声が掛かる。それに振り向けば、そこにはマフラーとコートに身を包んだ鈴井さんの姿があった。

 

「鈴井さん、奇遇だね。お出かけ中だった?」

 

「少し買い物を。副会長もお出掛け?」

 

「そうだね、そんなところ」

 

 そう言いながら、鈴井さんと連れだって歩く。せっかく会ったのだから少しお茶でもどうかという彼女のお誘いを受け、僕達は駅前のコーヒーショップに立ち寄った。人でごった返す店内でなんとか席を確保し、湯気の立つコーヒーに口を付ければその苦味でぼんやりとした頭が少し醒めていくのを感じる。

 

「冬休みもそろそろ終わるけれど、宿題なんかは片付いた?」

 

「ちゃんと終わらせたよ。……バレーも、冬休み中の練習に少しだけ参加したの」

 

 彼女の言葉に、僕は自分でも目を見開いているのが分かるくらいに驚いていた。夏までは体育館に入るのがやっとだった。そんな彼女が、自分の意思で体育館を訪れ、そしてバレーの練習まで参加したという。

 

「鈍ってて、ダメダメだったけど」

 

「いいや、鈴井さんは凄いよ……」

 

 彼女は自分の足で一歩ずつ前に進み、トラウマを克服しようとしている。確かに夏のときは僕が横にいてサポートをしたかもしれない。けれど、彼女は今や自分だけでこうして前に進むことが出来るようになっている。

 

「ううん、副会長のおかげ。あの時助けてくれたから、夏に手を引いてくれたから。あれが無かったら、今こうしてなかったと思う。それにね、この前不思議な夢を見たの。体育館で、鴨志田先生にバレーを教えてもらってた。許されないと分かってるけど、今出来るのはこれくらいだって。その夢を見てからかな、もう一回、バレーやってみようって思ったの」

 

「夢……」

 

 彼女が夢と言うそれは、恐らく丸喜先生の創り上げた世界で起こった出来事だ。鴨志田先生が、夢だと分かっていてなお起こした行動は鈴井さんの心に変化をもたらしたのだ。

 

「鴨志田先生を許すことは出来ないと思う、だけど、バレーまで諦めたくないって思った。……変かな?」

 

「いや、変じゃないよ。鈴井さんは強いね。……その夢が現実だったら、なんて思った? 鴨志田先生はただの体育教師で、バレー部の顧問だったらって」

 

 僕は思わずそう聞いてしまっていた。彼女が丸喜先生の世界を求めていたのなら、僕は彼女の希望を踏みにじることになる。聞いたところでどうにもならないと分かっていても、聞かないではいられなかった。

 

「そう、だね。そうだったら良かったのかも」

 

 そうして彼女の口から出てきたのは半ば予想通りの言葉。しかし鈴井さんの言葉はそこで終わらなかった。

 

「でも、現実はそうじゃなかったから。今、私は前を向いてる。だから少しずつでも前に進まなきゃ」

 

「……そうだね。本当に凄いよ、鈴井さんは」

 

 鈴井さんは丸喜先生の世界を離れても、辛い現実を前にしても進むことを諦めなかった。僕の目を真っ直ぐと見つめて言い切った彼女を見れば、内に秘めた彼女の強さがすぐに分かる。

 

「そうかな? 全部副会長のお陰だよ」

 

「まさか、僕が出来たことなんて大したものじゃないよ。副会長ももうすぐ終わりだしね」

 

「そっか、もう3学期で生徒会も入れ替えだもんね」

 

 3学期になれば、次期生徒会役員への引き継ぎが始まる。既に次年度の生徒会長やその他役員も決まっていて、3学期の卒業式が彼らの初仕事になるのだ。僕の副会長という肩書きも3学期になればもう無くなってしまう。真がしっかりとし過ぎていたから、次の生徒会長は荷が重そうだ。そんなことを呟けば、鈴井さんが確かに、といってクスクスと笑った後に思案顔になる。

 

「でも、副会長が副会長じゃなくなったらどう呼んだら良いんだろう……」

 

「別に副会長だけが僕のアイデンティティじゃないんだけどね」

 

 真は名前で呼ばれることも多いのに、何故か僕は副会長と呼ばれることが圧倒的に多い。他学年ならともかく同級生からもそう呼ばれる上に、クラスメイトも3学期から僕をどう呼ぶべきかなんて悩んでいた。

 

「普通に名前で呼んでくれたら良いと思うよ?」

 

「名前……はまだちょっと心の準備が」

 

 僕の提案に鈴井さんはそう言ってモジモジと俯いてしまった。そこまで僕の名前は呼ぶのに勇気がいるんだろうか、普通の名前だと思うのだけど。うーんうーんと唸る鈴井さんが面白かったので、コーヒーを啜りながらしばらく待っていれば、彼女は意を決したように頷いた。

 

「よし、それじゃあ海藤さんで」

 

「うん、改めてよろしくね」

 

 結局は名字呼びに落ち着いたらしい。そういえば、副会長や海藤くんと呼ばれることはあれど、さん付けで呼ばれたことってあまり無いかもしれない。そういう意味では、この呼び方もレアなんじゃないかと思う。バイト先でも店長の呼び方に染まってしまって皆して副店長と呼ぶし。

 

「私だけ、私だけ……よし」

 

 僕がそう伝えれば、何故か鈴井さんは小さくガッツポーズをしていた。

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