東京在住の女性Ｒ様から「高一の息子が失恋をして死にたいと塞ぎ込んでいる。一度息子の話を聞いていただけないでしょうか？」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。待ち合わせ場所の明大前駅に、Ｒ様は三十分遅れで来た。それに対する言及はなく、行く場所も決めていなかったのかスマホをずっと触っていた。あ、これは母親だなと思った。息子の問題を解決して欲しいと言うが、潰すべきは母親の傲慢さだなと思った。

母親も息子も黙ったままカフェに入った。よし、これは最初からブチギレモードで行こうと思い、息子に「黙ってないで何か言え。母親ばかり見るな。俺を見ろ。お前が俺を呼んだのか。それとも母親に無理矢理連れてこられただけなのか」と聞いた。息子は「連れてこられた」と言った。母親は「あなた（息子）は友達がいないから家で一方的に私に話す。だけどもう私はあなたが何をしたいのかわからない。いつまで塞ぎ込んでいるつもりなのか。よかれと思って話を聞いてあげていたが、いよいよ私も限界だ」と言った。なるほど。問題は息子の失恋ではなく、息子の愚痴を延々と聞かされる母親の不満にあったのだなと思った。

私の目の前で、母親と息子の問答が繰り広げられた。私は「二人で話すなら俺は帰る」と言った。他人を呼び出しておいて平気で待たせ、それに対するフォローもなく、ひたすら「私の気持ちをわかって欲しい」と言い合っているだけの醜さよ。母親も息子も同罪である。お前らは、自分のことばかりで、他者に対する思いやりがない。そのようなことを言うと、母親も息子も「確かに自分にはそういう部分があるかもしれない」と言った。私は、この瞬間に怒りのボルテージをフルマックスにして「あるかもしれないじゃなくて、今、あんたらはそれを俺にやっているんだよ。嫌われたくないとか言いながら、一番嫌われることをやっているんだよ。自分のことばっかりで、まったく他人の話を聞かない。他人を見ない」と言った。

母親は「私には、昔から自分さえ我慢すればいいと溜め込んでしまうところがある。自分では気を遣っていたつもりなのに、坂爪さんに言われるまでどれだけ自分が傲慢だったか気付けなかった」と泣いた。母の涙を見て、息子も「僕も同じだ」と言った。そして「坂爪さんに謝りたいと思ったように、失恋した相手のグループにも、自分の主張をするだけではなく一回謝りたいと思った」と言った。悪いことには、二種類ある。悪いことをするのは罪だが、最大の罪は「悪いことをした自覚がないこと」だと思う。日本人は、謙虚を美徳と思い込まされて育つ。多くの場合、謙虚な人間は傲慢さを耕す。自分の傲慢さに無自覚になる。

言いたいことを言ったらスッキリして、息子もなんだかスッキリして、母親だけが大号泣して、私は「お前はいい奴じゃないか」と息子に言った。息子よ。お前には好きなものがあるのだろう。自分の「好き」を死守するのだよ。友達がいなくてさみしく思うこともあるかもしれないが、自分を一切捻じ曲げることなく、そのままの姿で一緒に楽しい時間を過ごせる人間がいるんだよ。人といる時は何かしら我慢をしなくちゃならないなんてことはないんだよ。我慢しなくても楽しい時間を過ごせる人間が、この世の中にはいるんだよ。変な妥協をするなよ。変に謙虚になるなよ。言いたいことは言えよ。その時は、心を込めて言えよ。その後、吉本ばななさんから「世田谷にいるなら会おうぜ」とご連絡をいただき、参加希望者を募って下北沢で酔っ払い倒したが、それは別の話。