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“意識高い”読書に落とし穴? 「ビジネス書」を読んでもデキる人になれないワケ

RomoloTavani / Getty Images

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皆さんは以下の書籍を読んだことがあるだろうか。これらはこの20年の間にヒットした自己啓発系のビジネス書。どこか懐かしさを感じる人も少なくないだろう。

『チーズはどこへ消えた?』(著:スペンサー・ジョンソン)
『ユダヤ人大富豪の教え』(著:本田健)
『鏡の法則』(著:野口嘉則)
『夢をかなえるゾウ』(著:水野敬也)
『嫌われる勇気』(著:岸見一郎、古賀史健)

常に自己研鑽(けんさん)に励まないとならない社会人にとって、「ビジネス書」は身近な成長ツール。その一方で、当たり外れも大きく、読んでも成長の実感が得られなかったという経験は誰しも一度や二度はあるはずだ。

そこで、ビジネス書との有意義な付き合い方を考えてみたい。指南をしてくれるのは、『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』の著者、漆原直行さん。

漆原さんはビジネス書の作家に数多くインタビューをしてきたほか、ビジネス書のブックライターも務める編集者。通算3000冊以上のビジネス書を読んできた「ビジネス書ウォッチャー」でもある。

そんな“専門家”に「読むべきビジネス書」「読んではいけないビジネス書」を聞いた。

「効率10倍」「人生が変わる」……刺激的なタイトルに要注意

  

――ビジネス書を読んではみたものの、期待したほどの効果が得られなかったと嘆く声は少なくありません。その要因について、漆原さんは質の悪いビジネス書の存在を挙げていますね。

漆原 私が批判の対象としているのは、エッセー感覚で読み飛ばせる自己啓発書や成功哲学本、ライフハック系のライトな仕事術本などです。タイトルに「仕事の効率が10倍アップ」「1分で人生が変わる」といった刺激的なフレーズが踊るこれらの本は、「ビジネス書ブーム」といわれたゼロ年代の中頃から大量に出回りました。

私は当時、仕事の都合でそれらの作品に触れる機会が多かったのですが、いざ読んでみると、深みのない「仕事術」「ロジカルシンキング」「自己啓発」を3点セットにしたような本ばかり。正直、読んでも毒にも薬にもならず、著者たちもどこかうさん臭い。それで当時のトレンドに強烈な違和感を覚えたんです。

――著者たちがうさん臭いというのは?

漆原 一部の著者たちがとても不誠実に見えたんです。ビジネス書は本来、ビジネスパーソンの血肉になる有益な情報を提供するツールですから、著者には実務家としての豊富な経験であったり、専門家として蓄積してきた相応の知見があってしかるべきです。たとえば90年代のビジネス書ランキングには、大学教授といった学識経験者のほか、大前研一氏や堺屋太一氏といったタフな実業家、経済評論家らが名を連ねていました。

ところがゼロ年代になると、実態がよくわからない「コンサルタント」や「セミナー講師」といった肩書を持つ人が急激に台頭します。彼らの中には「ビジネス書作家」を名乗って講演やセミナーなど派生ビジネスで利益を得ようとする人間がいて、世間的な知名度を上げたい、業界でのプレゼンスを高めたい、といったセルフブランディング目的や、自身のイベントへ誘導するためのフロントエンド商材としてビジネス書を出版するケースが散見されるようになりました。

つまり、無知な人々を手玉に取り、まるで教祖様のように帰依させて搾取していく”信者ビジネス”のツールにしている人間が少なからずいたんです。

――それを仕事や生き方に漠然とした不安を抱えていた人や、セルフブランディングに積極的な人たちが買っていた?

漆原 そうですね。また、過去に私が取材したビジネス書読者の中には、純粋すぎて何でも真に受けてしまう人も少なからずいました。この手の本にはストーリーにパターンがあって、「著者のどん底時代のエピソード」→「あるメソッドや方法論と出合う(もしくは自ら編み出す)」→「成功を手に入れ、輝かしい現状のアピール」→「読者を鼓舞(私に出来たんだから、あなたにも出来る)」というのが大まかな流れなんです。

はっきり言って、コンプレックス解消をうたった怪しい情報商材と似た展開ですよね。もし、本当に本を読んだだけで仕事の効率や年収が何倍もアップするなら、今頃、世の中成功者だらけです。でも現実はそうなっていません。

実際、出版社の編集者に「○○が10倍」といったビジネス書のタイトルにある数字の根拠を、取材を通じて尋ねたことがあります。でも、みなさん答えを濁しました。唯一、とあるビジネス系出版社のエース編集者の方が「あくまで書籍の中で語られている『成功』を読者にわかりやすくイメージしていただくための、象徴的な表現」と答えてくださいました(笑)。大半の編集者が逃げるなか、とても正直な方だと思いましたね。

――派手な数字を掲げているビジネス書は疑ってかかったほうがいい、ということでしょうか?

漆原 もちろん全部が全部という話ではありません。ただ、悪質な本である確率が非常に高いと思います。大抵の人は1、2冊読めばそのおかしさに気づきますが、仕事や生き方に悩みすぎて冷静な判断力を失ってしまった人だと、真に受けてしまうこともある。確かに、読むと一時的に高揚感を味わえるから、何か前進した気になれるんです。いわば「栄養ドリンク」のようなものですね。でも実際は、スキルアップもしていないし、悩みや課題も解決していない。これが、いくらビジネス書を読んでも変われない典型的なパターンです。

「本質」を求める時代 いま読むべきビジネス書とは?

――では、ビジネス書を読むとしたら、どんな作品を手に取るべきでしょうか。

漆原 大前提として、例えばマネジメントやマーケティング、ファイナンスといった具体的に身につけたい知識やビジネススキルがあれば、そのジャンルの実務書を読むのが一番です。書籍選びに迷った場合は、長く売れ続けている定番本に当たればいいと思います。

それとは別に、ビジネスパーソンとしての生き方や心構えを学びたいと思うのであれば、松下幸之助の『道をひらく』や小倉昌男の『経営学』などの、日本社会を成長させてきたタフな経営者、実業家の著作やノンフィクションがお勧めです。稲盛和夫、土光敏夫、本田宗一郎らも素晴らしい著作がたくさんあります。

また、自己啓発書でいえば、古典的な名著、もしくはここ10年、20年のベストセラーでもいいので、長らく支持されている作品を読むべきでしょう。それこそ、デール・カーネギーの『道は開ける』『人を動かす』や、スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』といった著作です。

  

――なぜそれらの作品がお勧めなのでしょうか?

漆原 まず、仕事上の大切な心構えは今も昔も変わりません。本質を問われるテーマほど「誰が言うか」が重要になってきます。実績がある人ほど説得力が増すのは当然のことで、一時代を築いた経営者、実業家の知見や人生訓は厚みが違います。

自己啓発書でいえば、そもそもゼロ年代の質の悪いビジネス書は、先に挙げた定番本などからエッセンスをかいつまんで、薄く伸ばしたような内容です。であれば、「劣化再生版」ではなく、「原典」を読んだほうがいい。ロングセラーというのは、それだけ多くの人が評価してきた証しですし、内容の普遍性や信頼性が高いともいえます。

――決して好みに左右されるものではないと。

漆原 誰にとっても有用かといわれると、それは正直わかりません。ただ多くのビジネスパーソンが触れている作品であり、一つの教養として、その内容を知っておいて損はないでしょう。また、良質なビジネス書のサンプルを知っておけば、これから出合う本の良し悪しの判断に資する「選択眼」が鍛えられるという利点もあります。

――古典的な名著といえば、2010年に爆発的に売れた「もしドラ」や2013年刊行の『まんがでわかる7つの習慣』などアレンジ作品も目立っています。

漆原 そうですね。10年代の特徴として、物事の本質を追求するビジネス書の台頭が挙げられます。地頭を鍛えるための本やリベラルアーツを学べる本が注目を集めているほか、古典回帰の流れも目立っています。名著のコミカライズやアレンジも、その一環といえるでしょう。

これは完全にゼロ年代のトレンドへの反動で、ビジネスハックにせよセルフブランディングにせよ、いくら手法やノウハウを知ったところで、結局アウトプットする自分の中身が空っぽだったらどうしようもないじゃないか、という至極当たり前のことに多くの人が気づいたのでしょう。近年はビジネスパーソンとしての土台となる基礎教養を身につけることにトレンドが移り変わっています。

――その「本質を求める時代」において、キーマンとなるビジネス書作家を挙げるとしたら?

漆原 個人的に注目しているビジネス書の著者は、たとえば一橋大学教授の楠木建さんや早稲田大学大学院准教授の入山章栄さん、コーン・フェリー・ヘイグループのコンサルタントである山口周さん、作家の橘玲さんなど、挙げていけば何人も出てくるのですが、どうしてもひとり選ぶとしたら、ライフネット生命保険創業者の出口治明さんですね。彼は10年代のビジネス書トレンドの牽引(けんいん)役のひとりであり、当代きっての世界史通。ビジネスパーソンに必要な知識や素養、思考力を歴史に学ぼうとするのであれば、彼の著作に触れてみることをお勧めします。

(文・&編集部 下元陽、撮影・同 高橋敦)

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