進学、就職、出会い…必要なのは「ソウル在住」のブランド 変化する家族像、「犬の幼稚園」も登場する韓国【産まない国・家族のカタチ③】

ソウル駅前の高架道路(ソウル市提供・共同)

 「ソウルでの暮らしがどれだけ恵まれているか、ソウルで生まれ育った人には分からないと思う」。名門私立大・高麗大に通う女子学生の成芝娟(ソンジヨン)(24)は、真剣な表情で話した。南東部の大邱(テグ)市出身で、高校まではソウルの有名大学に進学するため、勉強に打ち込んだ。だが、入学したのは中部・世宗(セジョン)市にある高麗大の世宗キャンパスだった。
 本部があるソウルキャンパスの学部には、成績が届かない。しかし、他の私大や地方の国立大に行く気はない。世宗にある学部なら合格できそうだし、高麗大のブランドも手に入る。成は「戦略的な選択だった」と、振り返る。

 世宗に在籍しながら、専攻科目の関係でソウルのキャンパスにも通う。「たくさんの文化施設があって刺激も多い。やはりソウルに住まなくてはと実感する」。ソウルにある学部への編入試験を受ける予定だ。「自分に『イン・ソウル』のブランドが加われば、就職も有利になるし、出会える男性の質も上がる」。成は、言葉に力を込めた。(敬称略、共同通信ソウル支局・渡辺夏目、編集委員・佐藤大介)

▽家賃は倍、通勤時間は3倍、それでも娘の受験のために

ソウル・江南区の通りでは、学習塾の看板が目立った2024年11月18日(共同)

 韓国では、総人口の過半数が住むソウルや京畿道(キョンギド)などの首都圏に多くの大学や企業が集まる。一方で、一極集中によって不動産価格は高騰し、入試や就職での競争は激化している。ソウルの中でも、その実績によって「格差」が生まれているのが実情だ。

 ソウル江南(カンナム)区に住む会社員の姜英男(カンヨンナム)(45)は、5年前に京畿道安山(アンサン)市から引っ越してきた。その理由は「娘を大学の医学部に入れるため」だ。長女は中学生だが「安山で通っていた学校は勉強に適した環境ではなかった」と話す。江南には「進学に熱心な親や生徒が集まり、いい塾も集まっている」と言う。
 だが、負担も大きい。毎月の家賃は倍以上となり、姜の通勤時間は片道30分ほどから1時間半に延びた。「妻も事務員として働いているが、両親からの援助がないと生活が成り立たない。通勤で身体的な負担も増えた」。それでも「ソウルに住むことで、医学部入学の入り口に近づいた気がする」と意に介さない。

ソウル・江南区にある不動産の張り紙。日本円で億単位の物件が並ぶ=2024年11月18日(共同)

 江南区で不動産会社を経営する朴峻延(パクジュヨン)(54)は「所得水準と難関大学への進学率は連動しており、そうした人たちが住む地区は『教育環境がいい』と人気が出て、不動産価格を押し上げている」と分析する。
 少子化が進んでも、こうした傾向は続くのだろうか。朴は「医学部や名門大にこだわる人たちがいる限り、変わらない」と断言した。

▽通園バスにおそろいかばん、名門校の授業内容は

ソウルの犬専用幼稚園「スターモン」に登園した犬たち=2024年12月13日(共同)

 ソウル江南区の一等地にある幼稚園「スターモン」に通園バスが到着すると、おそろいのかばんを携えた〝園児〟たちが続々と現れた。「寒いから中に入ろう」。職員が手慣れた様子で迎え入れる。高級車で送る保護者の姿もあるが、登園したのは子どもではなく犬たち。2020年に設立し、約150匹が在籍する犬専用の名門幼稚園だ。
 韓国では深刻な少子化とは裏腹に、ペットを飼う人が急増している。経済不安で結婚や出産に二の足を踏む若者は、犬や猫をわが子のように溺愛。新たな家族として定着するのに従い、ペット向けサービスも急速に発展してきた。

 「いい子でね」。自由業の男性、柳東炫(ユンドンヒョン)(27)=仮名=は出勤前、スターモンに柴犬とポメラニアンの愛犬2匹を預ける。月謝は週5回で1匹当たり120万~200万ウォン(約12万~20万円)かかるが、柳は「人間の幼稚園よりずっと優れている」と満足げだ。

犬専用幼稚園「スターモン」で訓練を受ける犬たち=2024年12月13日、ソウル(共同)

 登園した犬たちには、専従トレーナーが訓練に当たる。昨年12月に訪れた際は、50匹ほどが「待て」の練習をしていた。授業は日替わりで、テーブルマナー、病院体験、ヨガ、服を着る練習など人間の幼稚園顔負けの内容となっている。
 壁には「新入生」の顔写真が張られ、職員は飼い主に愛犬の様子を逐一報告していた。「手厚い教育が園選びの決め手になった」。柳は目を輝かせる。子どもの教育過熱が韓国社会で問題化する中、ペットの習い事に熱心な飼い主は少なくない。

▽強気の代表「浪費ではない」

犬専用幼稚園「スターモン」で訓練を受ける犬たち=2024年12月13日、ソウル(共同)

 スターモンの代表、金善喆(キムソンチョル)は「少子化で単身世帯が増え、寂しさを埋めるためだったり、夫婦が子どもの代わりにペットを飼ったりすることが増えた」と話す。強気の価格設定も「浪費ではない。子どもの教育費と同じく必要な費用だとの認識が広がるはずだ」と意に介さず、首都圏を中心に事業を拡大する計画だ。

 政府によると、幼稚園やホテルなどのペット関連の事業所数は2022年で5034に上り、2018年の2745と比べてほぼ倍増。大手通販サイトは、ペットカート販売数が2023年にベビーカーを超えたと発表した。雇用労働相の金文洙(キムムンス)(73)は昨年「若者は犬だけを愛し、結婚をせず、子どもを産まない」と発言し、物議を醸した。

 ペット産業の拡大は新たな格差を生んでいるとの見方もある。高品質の医療や教育サービスを利用できるのは一部飼い主に限られ、「ペットの幸せ」さえも経済力で左右される時代。だが柳は平然とした表情で語る。「人間を育てるより負担は少ないはずだ」

【連載はこちら】
◎「母です」赤ちゃんを引き取りに来た女、その正体はブローカーだった   未婚出産「知られたら迷惑」いまだ偏見が根強い韓国【産まない国・家族のカタチ①】

© 一般社団法人共同通信社

あなたにおすすめ