「母です」赤ちゃんを引き取りに来た女、その正体はブローカーだった   未婚出産「知られたら迷惑」いまだ偏見が根強い韓国【産まない国・家族のカタチ①】

ソウル市内でベビー服を選ぶ女性(聯合=共同)

 「私が母です」。2023年3月、韓国南東部大邱(テグ)の大学病院に現れた女に職員は不審を抱いた。入院中の自分の赤ちゃんを連れて帰りたいと言うが、約10日前の出産時と体格や雰囲気がずいぶん違う。主治医が「私が誰か分かるか」と聞くと女は答えられなかった。未婚の実母から新生児を買ったブローカーだったのだ。
 韓国では、違法な養子縁組を目的とした子どもの人身売買が後を絶たない。伝統的な家族制度から外れた未婚の出産はタブー視され、母親が差別を受けて貧困に陥りやすいためだ。政府は少子化対策で出産を奨励するが、ひとり親の支援は手薄だ。(敬称略、共同通信ソウル支局・渡辺夏目)

▽赤ちゃんブローカー、なぜ暗躍できるのか

ソウル市内を歩く親子連れ=2025年2月(共同)

 「妊娠したが誰にも相談できない」「育てる余裕がない」。インターネットの掲示板には悲観の声が並ぶ。「解決してあげる」と近づいたのが30代のブローカーの女だった。
 検察や報道によると、女は生活苦の未婚の母親らから最大190万ウォン(約20万円)で赤ちゃんを購入。自分の名義で出産させ、退院した実母を装って子どもを迎えに行く手口で、不妊に悩む夫婦の実子として届け出た。「人助けで始めた」。女はそう主張したという。2024年8月、4人を売買した罪などで懲役5年の二審判決を受けた。

 類似事件は多く、出生届がなく所在不明の子どもが2015~22年で2千人を超える「消えた赤ちゃん」問題は、韓国社会に衝撃を与えた。一部はネットで闇売買されていた。
 出産を隠したい未婚の母と、体面を気にして養子を実子に装いたい不妊の夫婦。旧来の家族観に縛られる人たちの苦悩が、ブローカーの暗躍を生んでいる。

▽「子どもを産み一人で育てる」が祝福されない社会?

 「田舎だからうわさになるのは一瞬だぞ」。ソウル郊外に暮らす朴美英(パクミヨン)(39)=仮名=は12年前に長男を妊娠し、一人で育てると打ち明けた時の父の不安げな表情を忘れられない。妻に先立たれ、中部忠清南道(チュンチョンナムド)で農家を営む父。娘の悪評が立てば住みづらくなる。
 しばらく長男の写真を通信アプリのプロフィル画面に載せられなかった。「知られて迷惑になるのが怖かった」と涙ぐむ。心配した既婚の親戚は、長男を「自分の戸籍に入れようか」と提案してくれたが、「責任を持ちたい」と断った。

 韓国未婚の母家族協会代表の金玟姃(キムミンジョン)(50)は「未婚の出産は家族の理解を得られず、孤立することが多い」と話す。政府の支援は出産後に集中しており、妊娠中の手当も必要だと指摘。出産前の経済不安を軽減できれば「子どもを諦める人が減るはずだ」との考えだ。
 自身もシングルマザーの金はこう問いかける。「この少子化時代に子どもを産み一人で育てる決断をしたこと自体、祝福されるべきことではないですか」

▽内密出産を認める法、韓国では昨年施行

赤ちゃんポストがあるソウルのキリスト教会「主の愛共同体」=2022年6月(共同)

 韓国では女性が身元を明かさなくても医療機関で出産できる「内密出産」を認める特別法が2024年7月に施行された。予期せぬ妊娠に悩む未婚女性や経済的な事情で子育てが難しい母親の支援につなげるのが狙い。病院で生まれた記録があるのに出生届が出されず、所在が分からない子どもが8年間で2千人を超えた「消えた赤ちゃん」問題が背景にある。

 日本では、親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト」を運用する熊本市の慈恵病院が内密出産を導入している。法制化に向けた議論もあるが実現には至っていない。

▽「消えた赤ちゃん」貧困のため殺害されるケースも

出生届が出されていない子どもが多くいる問題で、政府に対応を求める市民団体のメンバー=2023年8月、ソウル(聯合=共同)

 内密出産は、妊婦が仮名を使って医療機関で出産できる制度。妊娠を知られたくない女性が危険な孤立出産を選ぶのを防ぐ目的がある。さらに、出生に関して自治体に通知することを医療機関に義務付ける仕組みも導入。従来は親が出生届を提出しなければ、韓国政府は新生児に関する情報の把握が難しかった。
 政府調査によると、2015~22年の間に生まれたのに出生届が出されていない子どもは約2200人に上った。親が貧困を理由に乳児を殺害し遺棄する事件が発覚したほか、違法に養子に出されるケースもあった。

 曺圭鴻(チョギュホン)保健福祉相は「全ての妊婦が安心して病院で出産し、子どもの生命と健康を守ることができるようになった」と意義を説明した。
 ソウルで赤ちゃんポストを運営するキリスト教会「主の愛共同体」の楊昇原(ヤンスンウォン)事務局長は「シングルマザーの支援体制が不十分で、拡充してこそ制度が活用されると思う」と指摘した。

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