2025年4月、ついにぽこぽこ界隈が批評的視線の下に躍り出ました。
ぽこぽこ界隈とは、インスタグラム・TikTok・YouTube Shortsといったショート動画プラットフォームにvlog(日記動画)コンテンツを投稿する女性たちの界隈のことです。わたしの把握している限りでは少なくとも2023年下半期から徐々に流行りはじめ、2024年春には一つの型として完全に定着し、2024年夏にはショート動画プラットフォームで観ない日はないほど投稿されていました。
典型的なものをいくつか載せます。
誕生日デート前の美容day vlog🤍💉✨だから正確には21歳だけど😂 #PR #vlog #美容 #美容day #追認待ち #エマーキットマス...
デート前日ナイトルーティン👼🏻🪞サボンのデッドシーシリーズ優秀すぎる🥺#社会人#社会人の日常#社会人の休日#休日vlog#カップル#彼氏#デート...
プチ美容Dayの贅沢vlog🪞🎀🧴🛁🫧 #美容day #美容vlog #休日の過ごし方
このような作風のvlogを投稿する界隈の呼び名は、2023年から2024年にかけてはまちまちで、投稿者の生活の華やかさから「キラキラvlog界隈」、ファッションブランドのスナイデルの洋服が好まれることから「スナイデル界隈」、風呂にキャンドルを持ち込むことから「風呂キャンドル界隈」、特徴的なBGMから「ぷくぷく界隈」「ぽこぽこ界隈」などと呼称されていました。同じBGMを指して「排水口みたいな音の界隈」「下痢便みたいな音の界隈」との揶揄も一部みられています。
2024年末には「ぽこぽこ界隈」でおおむね固まり、さらに2025年4月3日に、メディア研究者の山内萌によって明確に「ぽこぽこ界隈」と名指されたことで、ぽこぽこ界隈はその実体を界隈の外にまであらわにしたと考えられます。
山内萌の連載記事「ぽこぽこ界隈のフォークロア」は、ぽこぽこ界隈を社会学的・文化人類学的・民俗学的目線で取り上げたおそらく最初のまとまった論考です。わたしは、ぽこぽこ界隈を熱烈に愛好し、一部の投稿者の有料サブスクにも加入し、のちに自らもvloggerとして活動を始めた人間として、ぽこぽこ界隈がついに批評のフィールドに躍り出たことを誰よりも嬉しく、興味深く感じています。そこでわたしも、いち視聴者かつvloggerとして、ぽこぽこ界隈について考えたことを書いておこうと思います。ショート動画のトレンドは非常に早く、現在進行形で新たなトレンドが生まれては消えています。2025年4月の景色の記録として、残しておきます。
ぽこぽこ界隈に頻出するモノ・コトを列挙してみよう
白やピンクがかったフィルター越しに浴室が映っている。バスタブにお湯を張り、SABONのハートスプーンでバスソルトをすくって入れ、さらにキュレルの入浴剤を入れて保湿を補う。バスタブにステンレス製のトレーを設置して、その上にシャンプーとトリートメント、ヘアマスク、SABONかダヴのボディスクラブ、火を灯したキャンドル、そして水分補給のスタバのタンブラーを置く。これらが取り囲むのは、中央に置かれた長風呂のお供iPad。その様はさながら祭壇のようで、一日働いて染み付いたケガレを払うための、清めの空間が完成する。
これは、「ぽこぽこ界隈」と呼ばれる動画の一例である。Tik Tokで検索してヒットする動画を見てみると、画面の真ん中に白い文字で「社会人vlog」「おふろルーティーン」といったタイトルがつけられている。ハッシュタグも「#社会人の日常」「#美容」「#自分磨き」など、働く女性による日常の美容実践の動画であることが強調されている。そして最大の特徴は、動画のBGMにぽこぽことまるで水が沸騰して泡立っているかのような音が使われていることだ。これが、ぽこぽこ界隈と名付けられた由来である。
ぽこぽこ界隈の典型的な作風は、先の記事で山内が記述している通りです。わたしがYouTubeでフォローしているぽこぽこ界隈の投稿者は数百に及びますが、その内容は奇妙なまでに類型的です。
頻繁に登場するものをできるだけ細かく列挙していくと、以下のようになります。
・美容院に行く。ぽこぽこ界隈は顔出ししないのが基本なので、施術後の後頭部が映される。髪型は明るすぎない前髪ありロングの巻き下ろしにしている投稿者が大半。
・ネイルサロンに行く。ピンクベージュやホワイトをベースに、クリアストーンやビジュー、リボンパーツをふんだんに使ったフェミニンなジェルネイルを施す。韓国由来のバレエコアやウィッシュコアの影響が感じられる。
・新作コスメを買う。プチプラはウォンジョンヨなどの韓国コスメ。デパコスはジルスチュアート、クレドポーボーテ、ディオール、イブサンローラン、コスメデコルテ、スナイデルビューティーなどフェミニン系のもの。
・香水はコスメデコルテのキモノシリーズかミスディオール。
・新作の洋服の大人買い。ブランドはスナイデルを絶対的エースとして、リリーブラウン、フレイアイディー、セルフォード、ダーリッチ。ディーホリックなど。株式会社マッシュスタイルラボ系列やECモールのウサギオンライン系列が好まれる。淡色のワンピーススタイルが多い。
・シーインやグレイルなどの激安通販も適宜活用している。
・靴はダイアナかランダかチャールズアンドキース。
・バッグは小さめのハンドバッグ。高価格帯だどディオールのレディディオール(パステルカラーのキルティングバッグ)にミッツァ(細いスカーフ)を巻いたスタイルが圧倒的登場率。シャネルのマトラッセ、ロエベのハンモックあたりが続く。低価格帯~中価格帯だとダイアナ、チャールズアンドキース、ランダ、ファーファー、セルフォード。セルフォードのスマホケースも所持率が高い。
・新作のルームウェアの大人買い。ジェラートピケかスナイデルホームの二択。
・サボンのバスソルト、ボディスクラブ、ヘアマスク。
・浴槽にキャンドルを持ち込む。「風呂キャンドル界隈」などと称されることもある。「風呂キャンセル界隈」と対になっている。
・カトラリーや日用雑貨・インテリア雑貨はフランフランかスタバオンライン。フランフランかスタバのタンブラーにジュースを入れて浴槽で飲む。
・自宅でむくみ取りドリンクを作る。キレートレモンやベリー系のジュースを独自に配合する。コップはもちろんフランフランかスタバのタンブラー。
・交際相手の男性がいる。
・交際相手はなぜか黒髪センターパート韓国風か茶髪経営者風が多く、ジルサンダーのロゴTを着て、サウナを好む。二人で岩盤浴やサウナデートをすることも多い。
・交際相手と昼から個室焼肉や寿司に行く。料理に金箔やエディブルフラワーが乗っている。
・交際相手と軽井沢、日光、箱根などに1泊旅行をする。
・交際相手とホカンス(ホテル+バカンス)で都内のホテルに泊まる。誕生日や記念日にはベッドを数字の風船で飾るなどのサプライズが慣行される。
・カフェはスタバ、タリーズ、ドトールなどのチェーンを好む。スタバの新作はマストでチェック。タリーズのアサイーヨーグルトが大人気。
・ぽこぽこ界隈に限らず2023年ごろから流行しているアサイーボウルが頻出。
・自炊頻度は高くないが、2024年末からはせいろ蒸しが頻出。せいろ蒸しも、ぽこぽこ界隈に限らない昨今の流行である。
・ジム、ピラティス、ホットヨガ。
・リファのヘアオイルとドライヤー。
・持ち物にキャラものが登場することは多くないが、エスターバニーは例外的に突出した人気がある。あとはサンリオとちいかわが少し。
典型的なぽこぽこ界隈の動画には以上のようなモノ・コトが短いカット割で矢継ぎ早に登場し、目まぐるしく一日が過ぎていきます。
概念としての大都会を生きる、概念としての若年女性
このような生活は、都市型消費生活の消費の部分だけを高純度で抽出したものと言えるでしょう。ポイントは、あくまで「都市型生活」であって、必ずしも東京である必然性はない点です。界隈の投稿者の多くは東京(首都圏)に住んでいることが明らかですが、その作品に東京ならではの風物は実はほとんど出てきません。東京という大都会には、大都会であるからこその財力・余力によって、地方からは失われつつある固有の地域性がむしろ維持されています。東京の中心を走るJR山手線の沿線をみても、ファッションカルチャーが発達した原宿、再開発を経た今もストリートカルチャーが息づく渋谷、二次元・オタクカルチャーの街池袋、高齢者が多く居住し下町情緒を残す巣鴨など、街ごとの雰囲気は驚くほど異なります。ぽこぽこ界隈の動画は明確に「都会」を舞台にし、「都会」でしかできない消費活動を謳歌しながらも、「東京」ならではの地域性が発揮されることは実はほとんどありません。たしかに、スナイデルとスタバとフランフランと個室焼肉とピラティスとサウナを日常的にはしごできるような地域は、日本では東京だけです。しかし、ぽこぽこ界隈が好む個々の店舗は多くがチェーン店であり、断片的になら東京以外の場所(政令指定都市程度の人口規模の地域)でも再現は不可能ではないのです(全体を・日常的に・継続して再現してコンテンツ化することはおそらくできません。県中心部の同じ場所にばかり行くことになってしまうでしょう。東京と違って店と店の間のアクセスもよくなく、車で大移動しなければならないかもしれません)。この高い代替可能性は親近感となり、自分でも真似できるのではないかという欲望を掻き立て、界隈の拡大に一役買っていると思われます。
ぽこぽこ界隈のvlogの技術面での特徴として注目すべきは、動画に投稿主(主人公)以外の通行人があまり映らないことです。ルミネなどのショッピングモールで撮影する場合も、カメラ(スマホ)は主人公の手元・足元・胸元と商品を極端なまでのアップで捉えています。これは動画編集の際に通行人にモザイクをかける手間を減らす工夫であると思われますが、景色の映り込みが排除されることで、結果的に舞台である東京の地域性がさらに削ぎ落されます。動画を観てみると、人通りが多いはずなのに主人公ひとりばかりが映る画面は、異常なまでに洗練され、独特の浮遊感・非現実感・虚構感を醸し出しています。ぽこぽこ界隈の投稿者たちは、概念としての都会を生きているのです。代替可能性があるのは舞台となるカフェやショッピングモールだけではなく、投稿者本人すらもおそらくはそうです。彼女たちは概念としての都会で、都市型消費世界の華やかな部分を濃縮したような華々しくも刹那的な日々を送り、生活感というものをまったく欠いた、概念としての「若く美しい女性」です。文字通り地に足のつかない、都市の表層を彷徨う亡霊のような存在であり、凄絶とでも形容したい、異形の魅力を放っています。
ぽこぽこ音の正体と効果
ぽこぽこした水音の正体は、結論から言うとスマホ向け動画編集ソフトCapCutに標準搭載されているフリー素材です。BGMにこの水音を重ねることで音数を増やし、ドーパミン中毒気味の現代人の脳を刺激し、視聴を促す効果があると思われます。
ヒカキンなどの人気YouTuberの動画をよく観ると、みな一様に、台詞の節々に驚くほど多くの効果音・SEを重ねています。「今日は!(ジャン)なんと!(ドドン)ニンテンドースイッチを開封します!!(ドンドンパフパフ)」のように。しかしぽこぽこ界隈の「ぽこぽこ」「ぷくぷく」という水音は、台詞(この場合は字幕)に対応すらしていない、完全に無意味な雑音です。完全に無意味な雑音が、完全にランダムのタイミングで挿入されている形になります。それでも視聴に繋がるのです。原理としてはおそらくパチンコに似ています。TikTokに流れてくる開運系動画(例の「お前の苦労をずっと見ていたぞ」のゴールドタイガーはネットミーム化しましたね)も連想されます。
ちなみにBGMは、2023年から2024年のJポップを席捲した「カワイイ」を表現した音楽の系譜に連なるものが多い印象です。ぽこぽこ界隈でよく耳にするBGMのいくつかを特定してプレイリストにまとめてみたので、興味のある人は聞いてみてください。タイトルを見ただけではわからなくても、聞き覚えのある曲が絶対に見つかるはずです。
ぽこぽこ界隈のパロディたち
長らく若い女性による若い女性のためのトレンドであったぽこぽこ界隈ですが、2024年下半期くらいからは完全に「大人に見つかった」感があります。
本来の投稿者層・視聴者層ではない「おじさん」による、お馴染みのBGMや水音のSEを用いたパロディは、今や珍しくありません。
BGMやSEが違うためぽこぽこ界隈そのものに数えることはできませんが、ぽこぽこ界隈に頻出のビデオエフェクトや言葉遣いを取り入れたvlog形式による広告も増えました。
「キラキラ女子」と「おじさん」のギャップによる面白さといえば、「おしゃべりひろゆきメーカー」を用いて西村博之の合成音声でナレーションを入れるユーモアも女性vloggerには多く見られます。
以上、わたしが思うぽこぽこ界隈の特徴や面白さを、駆け足で書き記してきました。
以下、雑感です。
可視化される貧困
わたしがぽこぽこ界隈とのちに呼ばれることになるvlogコンテンツを知ったのは2023年末であるが、第一印象は非常にネガティブであった。投稿者は顔こそ映さないがおそらくは人並み以上に美しい容姿を持ち、若くして人並みをはるかに超える経済力を有していることは明白である。彼女たちは人生の成功者である。しかしわたしはこれらのvlogを、自分を含む若者世代の貧困の表れとして捉えている。ぽこぽこ界隈の投稿者は明らかに裕福だが、行く店はスタバであり、フランフランであり、ルミネであり、案外「庶民的」だ。もちろん昨今の不景気では、スタバやルミネだってわれわれ視聴者にとっては十分贅沢品である。しかしぽこぽこ界隈の投稿者たちにとってはそうでないはずなのだ。ぽこぽこ界隈のトップvloggerの一人のとある動画には、引っ越しに際してフランフランでインテリア雑貨を13万円分買い込むくだりがある。13万円も自由にできるのならフランフランより高級な店、たとえばイッタラや大塚家具に行くという選択肢もあるはずだが、選ばれるのはフランフランなのである。投稿者たちは高級店に行くよりも、一般的な店で常軌を逸した大金を使うことのほうを選んでいる。都心の狭苦しいスタバやタリーズに日参したとて、大してくつろげはしないはずだ。しかし投稿者たちが「若い女性が享受できる最高の贅沢」として提示してくる生活はそのようなものであり、ここにわたしはおのれを含む若い世代の想像力の貧困をみる。
投稿者たちが体現する「かわいい」もまた、そのまま可愛らしく心地よいものとして受け取るには無理があるように感じられる。投稿者たちが成人でありながらフェミニン/ガーリーな世界観を構築し得ていることを、先の記事で山内は「社会の困難に立ち向かいながら、『かわいい』を断念しない少女たちのフォークロア」と評価している。たしかに、投稿者たちの実感としてはその通りだろう。動画で語られることはないものの、ぽこぽこ界隈の女性たちも東京を生きるオフィスワーカーとして苦労することは山ほどあるはずで、自分であつらえた身辺の「かわいい」お気に入りたちに日々癒しと糧をもらって生きているはずだ。しかし、彼女たちの人生がぽこぽこvlogの形、すなわち個別性をまったく欠いた異常に洗練された形式でわれわれ視聴者に差し出されるとき、彼女たちの「かわいい」は、都市を彷徨う亡霊の最後の執着としてわれわれの前に立ち現れ、亡霊にそうまでさせた社会的背景への思索を促す。いかに彼女たちが望んで「かわいい」をあつらえていようとも、われわれが生身の彼女たちを知ることはない。われわれがみることができるのは、亡霊化した彼女たちの断片のみである。
ぽこぽこ界隈については今後も継続して書き記していきたい。現時点でも語り残したことは多い。従来的な美容界隈との重なりや「生活音界隈」との接続、「彼氏側」のアカウントの登場、コメント欄の動向、中傷としての「パパ活疑惑」「夜職疑惑」と実際に夜職兼業を公言している投稿者の存在、タワマン文学との共通点、コンテンツの自己啓発的側面、リベラルアーツ大学フォロワーの投稿者の存在、進む低年齢化(下は9歳まで見たことがある)、エスターバニーという人気キャラクターが体現する強烈なセルフラブ規範とネオリベラリズムなど、興味深いトピックは多いが、いったんここまでとする。
最後に
最後に、わたし自身の活動について少し書いておく。2024年8月からYouTube活動を本格始動した。#政治的なvlog と題したポップな日記動画を週3、4本更新している。わたしなりにぽこぽこ界隈を換骨奪胎し再解釈したものだ。
スマホ撮影による縦型vlog動画は近年のトレンドであり、 #政治的なvlog はこの形式ならではの視聴ハードルの低さ・伝播可能性を採り入れつつ、内容においては都市型消費生活に内在する批評性・政治性を可視化することを試みている。いわばわたしの生活を投じたアートプロジェクトとして取り組んでいる。
神保町&表参道買い物vlog #政治的なvlog
10.5 パレスチナ連帯デモに行くvlog #政治的なvlog
本間メイ「Women were gatherers?:女は採集者だった?」展に行くvlog #政治的なvlog
#政治的なvlog vol.1-30 街中のグラフィティ/ボムまとめ
興味がある方はぜひチャンネル登録お願いします。