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量子論において初学者が誤解しやすいいくつかのこと

量子基礎論の初学者や専門家ではないと思われる方が事実であると誤解しやすい(かもしれない)五つのことがらを挙げてみたいと思います。

はじめに:誤解とは何か?

この記事では,「事実とはいえないことを事実であると解釈すること」を『誤解』とよぶことにします。明らかに事実ではないことや現時点では事実であるか否かがわかっていないことを事実だと捉えることは,誤解といえるでしょう。また,物理学としての量子論に限定し,事実であるか否かを物理的な立場から考えることにします。各用語の定義として,できるだけ一般的と思われるものを採用することにします。

誤解1:量子論に『観測問題』は存在しない

『観測問題』の定義によりますが,一般的には量子論の測定に関する各種の基礎的な(かつ未解決の)問題のことを意味するようです。たとえば,以下のような問題が考えられます。

  • 測定は『誰』が行えるのか?(例:無生物は測定できるのか?)

  • 測定とは具体的にどのようなプロセスを行うことなのか?

  • 測定は厳密にどのタイミングで行われるのか?(「波動関数はいつ収縮するのか?」のように表現される場合もあります)

これらの問題は,少なくとも完全な正解が得られていないという意味で未解決でしょう。このため,上記の問題が『観測問題』に含まれる限り,「量子論に『観測問題』は存在する」といえます。

上記の問題が未解決である理由を簡単に説明すると,上記の問題に答えられるような「理論」(のうち現時点で間違いが見つかっていないもの)が複数存在し,それらの「理論」が異なる答えを返すためといえます。なお,これらの「理論」はしばしば「解釈」とよばれます。これらの「理論」としては,コペンハーゲン解釈や多世界解釈(と総称されるもの)などが有名です。どの「理論」が正しいかを実験で確かめられれば話は簡単なのですが,現時点ではそのような実験方法は見つかっていません。また,実験では原理的に確かめられないような問題もありそうです。

もし『観測問題』について実験では全く検証できないのだとしたら,実証科学の問題としては不適切であるといえるでしょう。しかし,実験で部分的に検証できる可能性はあります(『観測問題』を完全に解決することはさすがに不可能だと思いますが)。したがって,「実証科学において量子論に『観測問題』は存在しない」という主張も,厳密には事実とはいえないでしょう。

なお,量子論に『観測問題』が存在したとしても,量子論がミクロな物体の確率的なふるまいなどを非常に精度よく予測・説明できるという事実は変わりません。このため,量子論に携わる多くの人にとって,『観測問題』は致命的な問題ではないと考えられていると思います。

この問題は,沙川先生が作成された資料「”観測問題”について知っておかなくてもいい、いくつかのこと」でしっかりと整理されていると思います。

誤解2:測定を行うためには意識の存在が不可欠である

この誤解の主張(つまり「測定を行うためには意識の存在が不可欠である」という主張)はややあいまいですので,ここではこの主張が「測定を行えるのは意識をもつ物体に限られる」という主張を含んでいると仮定しましょう。このとき,「もしこの世界から意識をもたない物体だけを残して意識をもつ物体をすべてなくしたとしたら,測定が行われることがなくなる」ことがわかります。しかし,これが事実であるか否かは不明です。したがって,上記の仮定が正しい限り,この誤解の主張は事実とはいえません。もちろん,この世界のすべての物体が意識をもつように『意識』が定義されていればこの主張は事実であるといえるでしょうが,このような定義は一般的ではないでしょう。

量子論では,測定というプロセスを意識の存在とは無関係のものとして扱っても,何も矛盾を生じません。このため,この誤解の主張は事実とはいえないでしょう。

用語の定義によっては,この誤解の主張が事実といえることもあると思います。たとえば,『測定』を「意識をもった物体が行うプロセスであり,…(略)」のように定義した場合,測定には意識の存在が不可欠であるといえるかもしれません。しかし,このような『測定』の定義は量子論では一般的ではありません。

誤解3:波動関数は実在する(または実在しない)

『実在』という用語の定義によります。また,『実在』の定義は人によって大きく異なると思われます。少なくとも『実在』の意味を十分に明確にしない限り,「実在する」または「実在しない」というどちらの主張も事実とはいえないでしょう。

ちなみに,量子論における『実在』という用語は,いわゆるEPR論文(アインシュタイン-ポドルスキー-ローゼンが1935年に公開した論文)のものが有名だと思います。この論文では,『実在』の定義を明確にする代わりに,物理量が(物理的に・客観的に)実在するといえるための十分条件(として多くの人に受け入れられそうだと筆者らが考えたであろうもの)を定めることで,物理的に意味のある議論を行っているように読めます。

誤解4:この世界のすべての系は量子系である

この誤解の主張は,この記事で挙げたほかの誤解と比べるとデリケートかもしれません。すべての系は量子系であると信じる専門家は少なくないと思われます。実際,「すべてのミクロな系は量子系で記述されるはずであり,すべてのマクロな系はミクロな系に分解されるはずである」と考えると,この主張は一見正しそうに思えます。また,この主張は,『量子系』の定義によっては事実といってもよいと思います。

逆にいうと,『量子系』の定義によっては事実とはいえません。また,『量子系』の厳密な定義は専門家の間でも異なっているようで,その定義によって事実であるか否かが変わり得ます。ここでは『量子系』の厳密な定義については深く立ち入らないことにします(初学者にとってわかりやすい言葉で定義しようとするとそれなりの分量になりそうなためです)。代わりに大ざっぱに述べておくと,いわゆる『古典系』が含まれないように『量子系』が定義されている場合には,この主張は事実とはいえないでしょう。

量子論では,『古典系』や『古典情報』などの用語が測定結果を表す概念として頻繁に現れます。この誤解の主張が事実である(つまり誤解ではない)と主張したい場合には,少なくともこれらの概念と『量子系』との関係が明確になるように用語の定義をすべきでしょう。

誤解5:量子重ね合わせやボルンの規則は自然な前提から出発して演繹的に&比較的容易に導ける

これも『自然な前提』などの定義によります。ここでは十分に知恵をもった人にとって「自然である」と感じるであろう前提(たとえば操作的・確率的な言葉のみで述べられた前提)を『自然な前提』とよぶことにしましょう(この定義もまだまだあいまいですが)。このとき,少なくとも現時点では,量子重ね合わせやボルンの規則を演繹的に&比較的容易に導けるような自然な前提は,私の知る限り見つかっていません。なお,『比較的容易に導ける』とは,「一般的な書籍で扱えるような導出方法がある」といった意味だと思ってください。

大ざっぱに述べると,量子論では複素ヒルベルト空間という概念が現れますが,「なぜ複素ヒルベルト空間を考える必要があるのか?」をうまく説明することができないのです。このことが,量子論が多くの人にとって不思議な理論であると感じる主な理由の一つにもなっていると思います。

以下の記事「図式で学ぶ量子論 番外編 ~2準位系から多準位系への演繹による拡張は難しい~」では,関連する話題に触れています。興味のある方はご一読ください。

まとめ

上記で述べた誤解に共通して,以下の教訓が挙げられると思います。

  1. 「事実とはいえない」ことには,「事実か否かがわかっていない」ことも含まれる。

  2. 用語の定義や前提があいまいなまま議論を進めると,事実とはいえないような結論が導かれることがある。

  3. ある解釈で矛盾なく説明できるからといって,ほかの解釈が間違っているとは限らない。

上記の1.については,たとえば「太陽は50億年以内になくなる」という主張も,ふつうは事実とはみなされないでしょう。「事実であるか否かが(人類の知見として)確実にわかっていること」のほかに「確実にはわかっていないこと」があり(標語的に述べると○と×と?があり),これらを混同しないことが大切だと思います。

また,上記の2.については,これを避けるために用語の定義や前提をできるだけ明確にすることが必要です。ただし,あいまいさを完全に排除することは原則として不可能ですし,あいまいさを減らすことで副作用が生じることもあります。たとえば,簡潔ではなくなり,わかりやすさが損なわれることもあるでしょう。このため,実際には明瞭さ・簡潔さ・わかりやすさなどのバランスをうまくとる必要があると思います。

上記の3.は,ある解釈がたとえ実験事実に整合していて論理的に矛盾がなかったとしても,その解釈で説明可能なことがすべて事実であるとは限らない,ということを意味します。標語的に述べると,「それぞれの解釈には『適用範囲』がある」のです。矛盾なく説明できる複数の解釈が存在してそれぞれが異なる答えを返すことは,よくあります。

もし,この記事の内容に反論があり,五つの誤解のいずれかが事実であることを示したい場合には,少なくとも用語の定義などを十分に明確にする必要があるでしょう。また,「ある特定の解釈でうまく説明できる」ことと「事実である」ことを混同しないことも必要でしょう。

なお,この記事のすべてが正しいとはいえず,私の意見が少しは含まれていると思います。そう思う理由は,各種の用語の定義にあいまいさが残っているためです。しかし,量子論の知識をもち十分に知恵のある多くの方にとっては,恐らく概ね賛同できる内容ではないかと思います。

参考:量子論を勉強するのに適した書籍の選び方

以降は私の意見を多く含みます。量子論の話に限りませんが,適切な書籍を選ぶことは,とても大事なことであると同時に難しいことだと思います。有名であったり多くの人にとってよいと思われていたりする本でも,実は専門家からみるとよくない本で,スキルアップする際などには妨げになると思われるものもあります。自分がその本を通して何を知りたいのかを具体化しつつ,自分のレベルに合った本を選ぶことが大切だと思います。

一方,避けたほうがよいと思われる本を列挙することは比較的簡単だと思います。たとえば以下のような本は避けたほうが無難でしょう。

  • 専門家からみると根本的な部分で間違っているような本

  • 各種の用語や前提があいまいであるような本

  • 煽り立てるような本

書評やレビューは,その本の中身を知る上でとても参考になると思います。量子論においては,この記事で述べたような誤解をしていないか否かは,本を選ぶ際の一つの参考情報として利用できるかもしれません。

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量子論において初学者が誤解しやすいいくつかのこと|Kenji Nakahira
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