その6(№5545.)から続く

1週遅れのアップでございます。


今回は、「新交通システムの標準化とその基本仕様」なるガイドラインに則って建設された初の路線、横浜シーサイドライン金沢シーサイドラインを取り上げます。
「横浜シーサイドライン金沢シーサイドライン」というと、いかにも長ったらしいものですが、これは運営する第三セクター会社の「横浜新都市交通株式会社」が平成25(2013)年に「株式会社横浜シーサイドライン」に社名を改めたから。つまり、前方の「横浜シーサイドライン」は運営会社の名称(社名)で、後方の「金沢シーサイドライン」は路線名。勿論「金沢」は加賀百万石のあそこではなく、横浜市金沢区のことです。この路線自体、横浜市磯子区と同市金沢区を走ることから「金沢」を冠しているわけでして。以下では面倒なので単に「シーサイドライン」とだけ言うことにします。

ここでちょっと「新交通システムの標準化とその基本仕様」(PDFファイル・大容量注意)について触れておきましょう。
ご興味のある方はリンク先をご参照いただくとして、ごく簡単にご説明しますと、以下の通りの基本仕様を定めたものになっています。

① 車両の案内方式(側方案内式)、分岐方式(水平可動案内板方式)、電気方式(原則として直流750Vだが、路線長及び車両数によって柔軟に対応)
② 車両の大きさは車幅2400mm、車高3300mmなど。満車重量は原則18t以下とする。
③ 軌道、案内面寸法及び乗降場の高さなどについては、柔軟に対応。また設計荷重については、1軸当たり満車重量の2分の1に抑えること(これも事情ある場合は例外として考慮)
④ 特別の理由がある場合には、本基本仕様によらないことができる。なお、本基本仕様に定めない事項については、ガイドウェイバスシステム設置基準、ガイドウェイバスシステム構造基準、新交通システム設置基準、中量軌道輸送システム及びモノレール構造物設計基準などによることとする

これが昭和58(1983)年にできたため、それ以前に着工していた路線、つまり本連載でこれまでに取り上げてきたAGT路線は、このガイドラインには準拠していません。

ちなみに、シーサイドラインの建設計画自体は古く、その端緒は昭和48(1973)年の「横浜市総合計画」に遡ります。その後、昭和56(1981)年に策定された「よこはま21世紀プラン」の中で、金沢区埋立地の工業団地開発に従う交通需要に対処するために建設することになった、というのが発端です。つまり基本計画は40年前に固まったわけで、その基本計画が固まってから路線の開業まで、実に8年を要しました。しかも当時は、京急と接続する金沢八景駅が仮設であり、京急の駅から離れていました。その仮設駅が本設化されるのは、開業から実に30年経過した平成31(2019)年2月のこと。
これは、路線の基本計画に湾の横断・土地の埋め立て、さらには金沢八景駅周辺の再開発計画も絡んでいたため、湾の横断や土地の埋め立てが自然破壊につながるとして反対運動が起こり、また金沢八景駅周辺の地権者からも反対の声が上がるようになりました。そのため、路線の着工は昭和59(1984)年の11月と基本計画の決定から実に3年を経過した後。それでも金沢八景駅周辺の用地買収は困難を極めました。仮設駅から本設化までの間に、30年もの長い年月を費やさざるを得なかったのは、このことが理由です。
他方で、この路線が標準仕様を採用したきっかけが、実は着工の遅れだったのではないかと思われます。というのも、この路線は当初、日立製作所と東急車輛製造(現:総合車両製作所(J-TREC)。以下J-TRECという)が共同で開発した「パラトラン」なる規格をベースとした車両を導入する方針だったのですが、コスト削減を目的に標準仕様に変更されたという経緯があるからです。いうまでもなく、横浜市金沢区といえば、現J-TRECのお膝元。仕様の選定にこのことが影響したことは、想像に難くありません。

様々な曲折を経て、漸く平成元(1989)年7月5日に「金沢シーサイドライン」が開業しました。当初は利用客が伸び悩んだものの、開業の4年後に沿線に開業した複合型レジャー施設「横浜・八景島シーパラダイス」により、これのアクセス路線としても機能するようになり、観光客の利用も増加しました。また路線開業の1年前に開業した「海の公園」のアクセス路線としても機能しています。
なお、運転方法ですが、開業当初は運転士のみが乗務するワンマン運転でした。その後、平成4(1992)年から一部列車を無人運転とし、その2年後の平成6(1994)年から、一部例外を除く全ての列車を無人運転としました。現在は全営業列車が無人運転となっています。

車両は、開業に際し1000形が5連×16本用意されました。同形は営団地下鉄(当時)01系と同じチョッパ制御を採用していて、3段階に変調するチョッパ音を聞くことができたそうです(管理人が乗ったときはこの車両だったはずなのだが、お恥ずかしいのですが全く記憶にない)。ちなみにこの1000形、車体は港湾部を走るにもかかわらず普通鋼製。これにより、1000形はダメージを蓄積させていくことになります。
果たして、1000形は内外装・機器の更新を受けますが、経年は勿論、塩害によるダメージの蓄積による老朽化が顕著になってきたため、代替車として2000形が平成23(2011)年から投入され、平成26(2014)年までに1000形を置き換えました。2000形はその後も2本が増備され、2000形は全部で18編成が稼働しています。
2000形は、1000形の車体が普通鋼製だったのに対し、車体をステンレス製としています。これは勿論塩害対策ですが、同時に軽量化対策でもあります。
実は2000形には隠れたセールスポイントというか特徴があるのですが、それは普通鉄道の「Sustina」、すなわち「ステンレスカー第4世代」の構造を先取りした車両であるということ。つまり、レーザー溶接が施されビードなどが一切ない平滑な車体となっている…というわけで。その他にも、2000形導入時、非常時以外は完全無人運転になっていたことを反映し、最前部の席に乗客が座ることができるようにし、「展望席」として開放することになりました。

運営会社の横浜シーサイドラインは、金沢シーサイドラインの乗客数が伸び悩んでいたことから、苦しい経営が続いてきましたが、それでも合理化などにより、平成24(2012)年からは黒字を計上しているとのことです。

さて、このように何とか(失礼)黒字を計上する運営会社がある一方、そうではない運営会社もありました。
次回はそんな運営会社の路線を取り上げます。

その8(№5552.)へ続く

AD

コメント(6)