「鉄道ジャーナル」が休刊する。
そんな情報が駆け巡ったのは数日前ですが、まずは当の「鉄道ジャーナル」誌(以下『RJ誌』といいます)を読んでみてから…と思い、その時点では記事にはしませんでした。
そして今日、遂に一般のメディアもRJ誌休刊を取り上げることに。
「鉄道ジャーナル」6月号で休刊…発行部数減り「近年の雑誌出版を巡る環境」 : 読売新聞
(Yomiuri onlineより)
上記記事本文を引用します。
以下引用開始
鉄道情報の月刊誌「鉄道ジャーナル」が4月21日発売予定の6月号で休刊する。1967年創刊で、90年代後半のピーク時に6、7万部あった発行部数は近年、徐々に減少していたという。発行する鉄道ジャーナル社は、「近年の雑誌出版をめぐる環境および本誌を取り巻く諸般の事情」と、休刊理由を説明している。
以上引用終了(赤字は管理人)
「近年の雑誌出版をめぐる環境」とは、最近の出版業界の構造的問題、即ち「部数減少に伴う売上げの減少」が主な要因であろうと読み取れます。他方で気になるのは「本誌を取り巻く諸般の事情」という一文。これだと、RJ誌休刊の理由が単なる部数減少・売り上げ減少にとどまらないと読み取れるからです。
実際、当のRJ誌本年3月号も、表紙裏の見開きでこのような告知を載せています。冒頭には「近年の雑誌出版をめぐる環境および本誌を取り巻く諸般の事情に鑑み」(原文ママ)という一文が記されています。
RJ誌休刊の告知(RJ誌2025年3月号)
RJ誌といえば「社会派」「鉄道の将来を考える」など、学術的・資料的価値の高い「鉄道ピクトリアル」誌とは別の意味で、非常に硬派な路線を貫いており、当時は国鉄の経営形態変更に対する議論も活発に交わされていて、それらに心酔していた固定読者も多かったものです。
しかし、国鉄がJRに変わるころから、批判的論調は影を潜め、逆に「提灯記事」としか思えない特集内容も増えました。また決定的だったのは、20年くらい前の種村直樹氏と竹島紀元氏との「子供の喧嘩」。あれで種村氏がRJ誌から放逐され、竹島氏も高齢を理由に編集長を退くなど、結末は非常に後味の悪いものでした。このあたりのゴタゴタも、読者が離れた大きな要因だったように思います。
それよりも決定的だったのは、竹島氏が引退した後の人材がいなかったこと。これは仕方のない面もあり、RJ誌はある意味竹島氏の「個人商店」でもあったので、その「一枚看板」がいなくなれば、傾くのも当たり前ということです。それ以外にも、前述した種村直樹氏をはじめ、松本典久氏や鍋倉紀子氏など、力のあるライターを抱えきれなかったことも、硬派路線を貫ききれなかった要因といえるでしょう。もっともこれらは「貧すれば鈍する」、彼らを抱えきれなくなった要因が「先立つもの」に起因するとすれば、誰が悪いというわけでもありません。
現在のRJ誌は、編集作業こそ鉄道ジャーナル社が取り仕切っていますが、販売は成美堂出版という別の会社が担当しています。つまり製造業で言えば、製造元と発売元が分かれているわけですが、このことも休刊を早めた要因ではないかと指摘されています。
どういうことかというと、発売元は商売、売上至上主義なので(これは当たり前)、「売れる企画を」と製造元に求めます。しかしそのような要求が、「社会派」を標榜してきたRJ誌のアイデンティティを揺るがすものだとしたら。鉄道ジャーナル社にはそのような要求は到底受け入れられないでしょう。であれば、傷の深くない今のうちに「名誉ある撤退」をとなっても不思議ではありません。ことによると、「本誌を取り巻く諸般の事情」とあえて謳っているのは、その辺の事情を滲ませたものなのではないかと思います。勿論、志、理念だけでは飯は食えません。しかし、たとえ理念を曲げて商売に走ったとしても、「鉄道ファン」誌など他誌の後追いになってしまうことは否めず、商業的に考えても成功の目は薄かったと言わざるを得ません。そう考えてくると、「休刊」という選択をなしたのも、やむを得なかったという気がします。
RJ誌の最新号を読むと、現在の紀勢本線(紀勢西線)の驚くべき凋落ぶりが克明に取材されていて、内容はなかなかにショッキングではあったものの、「孤独のグルメ」ではありませんが「こういうのでいいんだよ、こういうので!」と思ってしまいました。あれこそは、往年の(といってしまうのは寂しいものですが)RJ誌の神髄ここにあり、と管理人は一人膝を打ちました。
他方で、廃止間近のブルートレイン「日本海」の乗車ルポの再掲など、過去記事の再掲も複数あり、これはこれで読み応えがあったものの、失礼ながら「『穴埋め』でしかないのでは?」と思ってしまいました。かつての鉄道ジャーナル社なら、この手の過去記事は別にまとめて増刊号あるいは特別企画のムック本として出していたものでしたが。
それでも管理人にとって救いだったのは、休刊間近だったプロレス雑誌「週刊ゴング」に見られたような、金融や出会い系などのいかがわしい広告が全くなかったこと。「週刊ゴング」も末期は状況が厳しく、このようないかがわしい広告に手出しせざるを得なかったようですが、RJ誌にはそれが全くありませんでした。このあたりは「社会派の鉄道趣味誌」の矜持を守ったといえると思います。
かつて「列車追跡」で鉄道旅への関心と意欲を掻き立てられ、他方で鉄道界、鉄道趣味界に関する喧々諤々の議論が読者投稿で展開され、それを苦労しながら読み解いた。そんな体験を持つ管理人にとって、RJ誌の休刊は非常に寂しいことです。しかし、一部で言われているように「名誉ある撤退」なのであれば、むしろ悲しむことではないのかもしれません。
こうなったら管理人も、休刊まで見届けてやろうと思います。管理人も種村・竹島両氏を鉄道趣味界の師と仰いでいるのですから、そのくらいのことはしようかと。
◇関連記事
(種村直樹氏と竹島紀元氏との『喧嘩別れ』を嘆いた記事)
(今思うと、このころからRJ誌の窮状は明らかだったのかもしれません。勿論金銭的な意味だけではなく)
【おことわり】
当記事は後で並べ替えるため、アップの時点ではブログナンバーを振りません。
【追記】(令和7年1月24日 01:20)
当記事を01/22付の投稿に変更し、あわせてブログナンバー6309を振ります。
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Re:無題
こんばんは。コメントありがとうございます。
はい、遂に来るべき時が来てしまった感じです(´・ω・`) 管理人もガキのころから、鉄道ファン・鉄道ジャーナル・鉄道ピクトリアルは鉄道趣味誌の「御三家」と思っていただけに、その一角が崩れるのは寂しいものです。
本文でも言及していますが、終刊間近の行き詰まった雰囲気を濃厚に醸し出していたのは、最末期の「週刊ゴング」だったのですよ。何しろいかがわしい広告のオンパレードでしたから。鉄道ジャーナルは流石にそういうのがなかったのでよかった…と思っていたのですが、やはり兆候はあったのですね。
最後の鉄道ジャーナル、管理人は全号購入するつもりです。確かに鉄道ジャーナルから離れて20年近く経っていますが、管理人自身の鉄道趣味に多大な影響をもたらした雑誌であることは事実なので、その「死に水を取る」ことは、鉄道愛好家の端くれとしては、むしろ義務だと思っています。
sasurai-museum
2025-01-27 23:48:08
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