小説 兵庫怪文書事件(1)
2023年12月 早期退職願い
2023年1月、白川智子は産業労働部の次長に昇任した。産業労働部に長く所属していて、ついにそこのナンバー2に登った。まだ53歳だから、この先も期待できる。部長どころか、兵庫県で最初の女性副知事になるのではないかと噂されている。悪い気持ちはしない。
そんなとき、10年以上前に不倫関係にあった渡瀬康英が、定年まで1年残して来年(2024年)3月に退職すると伝えてきた。渡瀬は県庁で人事畑に長くいたが、いまは西播磨県民局長を務めている。なんでも、県内の女子大に再就職先をみつけたのだという。
渡瀬は、いまの斎藤元彦知事を就任直後から嫌っている。追い出したいと、ことあるごとに言っていた。自分が退職するタイミングで斎藤知事を追い落とす計画をいま立てているという。姫路から車で40分もかかる山の中にある西播磨県民局にいては、県庁の様子がわからない。毎日すぐそばで働いている白川に、知事のスキャンダルを探してきて教えろと迫った。
神戸国際展示場で10月26-27日、産業労働部が主催する技能グランプリ&フェスタがあった。白川は、県議の奥谷謙一とそこで初めて会った。奥谷は38歳と若いが、当選3回。自民党の若手ホープだ。弁護士資格も持っている。
その2週間後の11月8日、県北部の養父市までわざわざ出向いて開いた産業労働部常任委員会でも白川と奥谷はいっしょになった。白川は真っ白なスーツを着て会議場の中央に座り、奥谷がその正面に向かい合って座った。会議中に二人の直接会話もあった。
11月下旬、二人だけで食事する機会を持った。その席で白川は思い切って、渡瀬がしつこく聞いて来て困っていると奥谷に打ち明けた。阪神とオリックスの優勝パレードを産業労働部が中心になって11月23日に実施するのだが、その資金集めでスキャンダルがないかとつい先日も聞いてきたばかりだと訴えた。
奥谷は、それはたいへんなことだ。10年前にそういう関係にあったのなら、そしていまも情報提供しているのなら、渡瀬の企てがバレたとき世間の好奇の目は白川に向かうと心配した。そうならないためには、渡瀬と同じタイミングで2024年3月に早期退職するのがいいとアドバイスした。
2024年3月12日 怪文書送付
兵庫県が長らくお世話になった五百旗頭真先生が3月6日に亡くなった。8日に行われた自分の送別会で和泉秀樹からその経緯を詳しく聞いた渡瀬は、斎藤知事への怒りをますます強く下。前日13時55分から書き始めていたある文書にそれを事細かに綴った。渡瀬は文章を書くのが好きだ。とくにうまいわけではないが、まめに書き留める。白川から聞き出した斎藤知事スキャンダル4つの前に五百旗頭先生の記述を置いて、7項目4ページからなる告発文が12日朝に完成した。
11時50分、ネットプリンタから印刷を始めた。自動両面印刷で10部作るので少々手間取って、12時34分までかかった。昼飯をすませたあと、2枚ずつ重ねて丁寧に三つ折りにして定型封筒に入れた。2枚にまとめて印刷した宛名を10片に切り分けて封筒の表面に糊付けした。裏面に差出人名はもちろん書かない。こうして怪文書が10通完成した。切手を貼って、いつもより少し遠回りして帰宅する途中でみつけたポストに投函した。
県庁に宛てた7通は翌日の14日に届いた。この種の情報はすぐ広まるものだ。怪文書4ページをスキャン電子化したうえでメールに添付して送信する者が現れた。こうして、その日のうちに多くの職員や記者が知るところになった。西播磨県民局に幽閉されたままこの3月末で退職を迎える渡瀬の仕業だろうと多くの職員が考えた。副知事の片山安孝にも届いた。片山は、一瞥したのち、ごみ箱に捨てた。
20日になって、民間人からのメールで斎藤知事がこの怪文書の存在を知ることになった。翌21日に集められた片山を始めとする幹部たちは皆、知事より先に知っていた。知っていたけど知ってるとは言わないで協議に参加した。
西播磨県民局の渡瀬が撒いただろうこともみんな薄々わかっていた。片山も、幹部たちも、この怪文書は無視するのが最善の策だと思ったが、斎藤知事だけが発信者を突き止めて懲戒処分すると息巻いた。その指示に従って調査することになった。
翌22日、出勤したころを見計らって、渡瀬の公用パソコンに県庁から人事課職員がリモート接続した。斎藤知事の悪口をまとめたファイルや人事異動を恐怖政治と評したあぶないファイルがいくつかみつかったが、怪文書そのものはみつからなかった。ただし、大量のフォルダを最近削除した形跡が認められた。
次に電子メールを調べた。怪文書にある「文化学術系嫌い」「原則ゴチのタカリ体質」など特徴的な文字列が見つかったので、渡瀬のしわざに間違いないと確信した。メールの宛先となっていた他2名と同時に、25日10時30分から一斉に聞き取り調査することを決めて手順書を作成した。3人からはパソコンを押収する。渡瀬氏のパソコンは履歴ファイルを調べてファイルを復元する。白川にも嫌疑があるが、憔悴しているということなので、一斉聞き取り調査の対象からは外した。
3月25日 聞き取り調査
週明け月曜日、渡瀬は西播磨県民局にいつものように朝早く出勤した。朝は誰も来なくていい。この時間に局長室でひとりパソコンに向かうと執筆がはかどる。今日は2021年8月4日に書き始めた「クーデター顛末記」を推敲した。これが必要になる日がそろそろ来そうだ。そのときのためにこれは紙に印刷しておく。おや、31ページにもなった。時計を見ると8時27分だった。
公用パソコンは1週間後の退職日には県に返却しないといけない。あの文書を作成するときにつくったファイルはゴミ箱に捨ててしまおう。智子ちゃんのファイルもフォルダごと全部ゴミ箱へ。そしてゴミ箱を空にする。こうしておけば安心だ。そのために、今日は私用パソコンを持って来た。ゴミ箱に移す前にUSBメモリを介してそっちに全部コピーする。
そうこうしていると、片山が突然訪ねてきた。10時45分だった。片山が、この怪文書はお前が書いて配ったのだろうと直截に尋ねた。公用パソコンの中になんでこんなファイルを入れているのだと、斎藤知事を恐怖政治と批判した文章や個人情報をまとめたファイルを示して詰問した。
前者について渡瀬はしらを切ったが、片山はあらかじめ計画していた通りに公用パソコンを渡瀬から押収した。刺さっていた私物USBメモリは抜かせた。3月31日付の退職願を受理せず、4月1日以降も職員として留まってもらい調査を継続する、と言い渡して片山は11時30分に退室した。
高速道路のサービスエリアで急いで昼食を済ませ、片山らは13時30分に県庁に戻った。22日金曜日に任せた職員を再び呼び寄せて、押収してきたパソコンの中身を調べさせた。職員がコントロールパネルからファイル履歴を開く。「100智子」と書かれたフォルダが目に飛び込んできた。14時37分にそれを選択して復元した。なんだこれは。ずいぶんと個人的なファイルだな。公用パソコンの中にこういうの入れるか、ふつう。
次に、200と頭に振られたフォルダを選択した。おやまあ。あれれ。
その次に「300小説関係」フォルダを選択して復元したら、その中にワードファイル「20240308告発文」があった。怪文書だ。15時02分だった。「マスコミ等宛名」も出てきた。送付先だ。二つのワードファイルの間には「Hな語録集」と「クーデター顛末記」と名前が付けられたファイルが挟まっている。なんてことだ。
ゴミ箱に入れたあと空にして証拠隠滅できたと思っていたファイルが、個人的なファイルも含めて、復元されていたことを渡瀬が知るのは3か月後の6月下旬になる。
(続く)


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