なぜ医師たちは美容医療に?

なぜ医師たちは美容医療に?
みなさんは「直美」ということばを聞いたことがありますか?

「なおみ」ではなく、「ちょくび」と読み、初期の研修を終えた後、直接、美容クリニックに就職する若手医師を指します。

いま、外科や内科などの『保険診療』ではなく、二重整形や豊胸などの施術を行う『美容医療』に進む医師が増えています。

こうした現状を「若手医師のストライキだ」と指摘する声もあります。

医師たちは、なぜ美容医療に進むのか。

取材を進めると日本の医療が抱える構造的な課題が見えてきました。

なぜ美容に? “魅力ある”

都内の美容クリニックで院長を務める石田雄太郎さん(30)。

取材をした日には、あご下のたるみが気になるという女性の診察を行っていました。
石田さんは2年前に初期の研修を終えた後、そのまま大手美容クリニックに就職。

それから1年後には、自身のクリニックを開業しました。

もともと医学部時代には、小児科などの道に進もうと考えていました。

しかし、大学病院で研修を受けているうちに、先輩の医師たちの過酷な勤務や、医局の封建的な体質に疑問を抱くようになったと言います。
石田雄太郎医師
「後期研修の先輩医師の多くが、医師でなくてもできるような書類業務をやらされ、心臓外科などは手術が終わった後も、患者の対応で、休みなく働いていました。また、大学の医局は人事が重要で、誰と誰が仲悪いとか、科によっては、教授争いだとか、ギスギスしている部分もあるなと感じる時がありました」
保険診療の現実を見て、考えが変わっていったという石田さん。

“患者に希望を与えられる美容医療で活躍したい”と決心しました。

大学病院などに勤務する同世代の医師よりも高い収入を得られていて、美容医療を選んだことに後悔はないといいます。
石田雄太郎医師
「昔は保険診療に進むのが当たり前の時代でしたが、今は美容に進む道も開けていて、働きに見合う対価がもらえることに魅力を感じます。直美に対しては、いろんな言い方をする人がいますが、自分の好きなことができて、喜んでくれる患者がいることに、とてもやりがいを感じています」

美容選ぶ若手医師10倍に

いま、石田さんのように、すぐに美容医療の世界に飛び込む“直美”の医師が増えています。

医師になるには、まず多くの人は、大学の医学部に入ります。そして国家試験に合格すると、医師免許を取得できます。

その後、臨床研修医として実務の基本を2年間、学ぶ必要があります。

これが「初期の臨床研修」です。
この研修を終えると、通常は「消化器外科」や「耳鼻科」など、自分が進みたい専門分野を決めて、専攻医としてさらに技術や知識を学んでいくのが一般的です。

ところが最近は、「初期の臨床研修」を終えたらすぐに美容医療業界に就職する医師が増えています。

その数は「医学部2つ分に相当する」とも言われています。
臨床研修の2年後の主な勤務先を国が調べた結果、「美容外科」で勤務する医師は、令和4年の調査で198人と、10年で約10倍に増えています。このうち、男性が133人、女性が65人となっています。

美容クリニックの中には、高い給与を提示して、研修を終えたばかりの若い医師を積極的に採用する動きもあります。

なぜ、美容医療は人気が高まっているのか。

ニーズが増えていることもありますが、保険診療の勤務医よりも高い給与が得られることも、背景として指摘されています。
私たちが病気やケガをした時に受ける「保険診療」は国が診療報酬を定めていますが、美容などの「自由診療」は医師の裁量で価格を自由に決めることができます。

このため利益率が比較的高く、医師の収入が伸びやすいとされています。

また、基本的に救急医療などの当直もないので長時間労働が抑えられる面もあります。

「いまの医療制度に対する、若い医師たちのストライキだ」
“直美”についてこのように話す大学病院の教授もいます。

中堅医師も美容医療へ

美容医療に進むのは、若い医師だけではありません。

長年、保険診療を支えてきた中堅の医師たちも、途中から美容医療に進むケースが相次いでいることも分かってきました。
都内の美容クリニックで院長を務める、藤井崇博医師(38)。

4年前、大学の医局をはなれ、美容医療に移りました。

約10年にわたって、循環器内科医を務めてきた藤井さん。

カテーテル手術などを行って、患者の命を守ってきました。
「循環器内科」は内科といっても、心不全の患者などの緊急手術も担います。

命を守る最前線での勤務は過酷な日々だったと言います。

患者が急変したらすぐに駆けつけられるよう、病院の近くに住み、夜間や休日も緊急の呼び出しに備えていました。
藤井崇博医師
「月の半分くらいは病院に泊まり込む生活で、結構ハードでした。寝られない日があっても、そのまま次の日も夜まで働くことがあるので、どんなにメンタルや体が強い人でも、体にガタが来る。患者さんの命や健康を預かる重圧もあり、夜に眠れなくなり、抑うつ的な気分障害みたいなものが出たりしていました」
それでも藤井さんは、より専門的な知識を身につけようと、大学病院に勤務しながら大学院にも通い、博士課程を修了。

保険診療の現場で順調にキャリアを積んでいましたが、そんな時、自分の働き方を見直すきっかけとなる出来事がありました。

妻が妊娠したのです。
このまま大学の医局で働き続けると、家族との時間を犠牲にしなければならないことは目に見えていました。

海外留学の誘いもありましたが、医師10年目で転職活動を行い、美容医療の道に進みました。

収入は2倍になり、休みの日は、妻や3人の子どもと旅行に出かけられる上、ほとんど毎日、朝も夜も家族と一緒に食事できていると言います。
藤井崇博医師
「大学院で博士課程を修了することや、専門医になることは、簡単ではなかったので、周りから『もったいない』と言われることもありました。正直、葛藤はありましたが、キャリアと家族との時間をてんびんにかけとき、僕は家族を優先することを選びました。大学病院で働いていた日々を懐かしく思うこともありますし、今でも厳しい医療の現場で働く人たちを尊敬しています。ただ、自分自身はかなり考えて結論を出したので、周りから何を言われても後悔はありません」

不安感じる“直美”の医師も…

ただ、美容医療に進んだ医師全員が、満足しているというわけでもなさそうです。

不安を感じて、保険診療に戻ったという医師にも出会いました。

30代の男性医師は、研修を終えてすぐに大手美容外科クリニックに就職した、いわゆる“直美”の医師でした。

研修医の時代に、過酷な勤務を続けるのに難しさを感じていたところ、美容クリニックの就職説明会で、当時の4倍ほどの給与を提示され、働きやすさにも魅力を感じて美容医療の業界に進みました。
男性医師
「説明会で話をしている医師もいきいきしているなと思いました。楽しそうに見えて、美容もいいなと思っていました」
しかしいざ働き始めると、周りが自分のように経験の浅い医師ばかりで、不安を抱くようになったと言います。
男性医師
「『もう現場に出ちゃうんだ』というのが、まず最初に思ったことでした。研修医時代に経験した手術はほとんどないので、基礎が十分できていません。特に内科中心の研修を受けてきた人は、メスも持ったこともほとんどない。なにが怖いかもわからず、なにに気をつけるべきかもよくわからない。短期間でレベルの高い手術を習得せざるを得ない環境は怖いと感じました」
“このままでは大きなトラブルが起きかねない”男性医師はしっかり医療を学びたいと、保険診療の現場に戻ることを決めました。

現在、働き方の不安を抱えつつも、外科系の専門医の取得に向け、大学病院で研修を受けています。

若手医師の流出防ぐには

一方、保険診療の現場では、医師の流出を防ぐ対策が始まっています。

広島大学病院では、ことし4月から、主に40歳前後までの若い外科医を対象に、年間で120万円の手当を支給することにしました。

実は今、「外科離れ」が深刻な課題となっています。

胃がんなどの手術を行う「消化器外科」などの医師は、20年で約2割減少。

日本消化器外科学会によりますと、20年後には学会の医師が半減するという推計もあります。
こうした中、広島大学病院では、長時間に及ぶ手術や術後の管理など、多大な労力に見合った待遇にするため、手当を支給することにしたのです。

財源は病院の収益の中から支出しています。

アメリカなどの海外では、高度な手術を担う外科系の勤務医は、ほかの診療科に比べて給料が高く設定されていることがよくあります。

広島大学病院によると、「若手の外科医」に特化して手当を支給するのは、国立の大学病院の中では初めてだということです。

手当の支給で、医師のモチベーションのアップもつながっているようです。
医師5年目・消化器外科医
「仕事が大変だなと思っていた部分は多々あったので、その働きを評価してもらい、素直に嬉しいなという気持ちはありますし、手当てが増える分、頑張らなければならないという気持ちにもなります」
医師14年目・消化器外科医
「大学病院は診療・教育・研究と、他の病院とは違った忙しさがあります。にもかかわらず、給料は比較的低く、夜や休日に他の病院でバイトをしなければならないという生活を続けてきました。収入が増えたことで、バイトに割く時間を減らし、自分の研究などに時間を使えるようになったのは良かったです」
また広島大学病院では、給与だけでなく医師の負担を減らす取り組みも進めています。

その1つが「チーム制」の導入。

1人の患者を1人の医師が担当する「主治医制」から、複数の医師が連携して治療にあたる「チーム制」に転換しました。
これまでは、患者が急変すれば、主治医が休日でも病院に駆けつけていましたが、術後の対応などを別の医師が担うことで、特定の医師に負担が集中するのを防ぎ、多くの医師の働き方の改善につながっていると言います。

自身も長年、消化器外科医として働いてきた大段秀樹教授は、こうした動きを全国的に広げていく必要があると指摘しています。
広島大学 消化器・移植外科学 大段秀樹 教授
「若手医師の中には、やりがいと自分の生活の狭間で悩んでいる人が多くいると思う。自己犠牲的な働き方を、次の世代に強いることはあってはならないと感じます。ほかの地域の病院でも、給与の引き上げが必要だと思いますし、医療の崩壊を食い止めるには、病院などの施設単位でやることと、厚生労働省などの国が行う対策の両方が必要なのではないかと思います」

どうなる?日本の医療

“医師の流出がこのまま続けば、保険診療の担い手がいなくなってしまうのではないか”

現場の危機感が強まる中、国も外科医の待遇改善を検討するなどしていますが、医師を確保するための抜本的な対策は、まだ示されていません。

患者が治療を受けられなくなる未来を回避するには、医師が保険診療で働きたいと思える待遇や環境を整えていくことが不可欠です。

最近は全国各地で病院の経営が悪化し、“給与を上げたくても上げられない”という所も出てきています。

直美など、美容医療に進む医師が増えていることは、“このままでは保険診療が崩れかねない”という警鐘であると捉えるべきです。

国は今こそ、診療報酬のあり方などを抜本的に見直していくことが必要ではないかと感じます。

(3月23日おはよう日本で放送)
社会部記者
北森ひかり
2015年入局
医療の課題を継続的に取材
社会部記者
森永竜介
2011年入局
ふだんは事件取材が多く、今回初めて医療取材にあたる
社会部記者
市毛裕史
2015年入局
若手医師の切実な声にもっと医療界は耳を傾けるべきだと感じる
なぜ医師たちは美容医療に?

WEB
特集
なぜ医師たちは美容医療に?

みなさんは「直美」ということばを聞いたことがありますか?

「なおみ」ではなく、「ちょくび」と読み、初期の研修を終えた後、直接、美容クリニックに就職する若手医師を指します。

いま、外科や内科などの『保険診療』ではなく、二重整形や豊胸などの施術を行う『美容医療』に進む医師が増えています。

こうした現状を「若手医師のストライキだ」と指摘する声もあります。

医師たちは、なぜ美容医療に進むのか。

取材を進めると日本の医療が抱える構造的な課題が見えてきました。

なぜ美容に? “魅力ある”

都内の美容クリニックで院長を務める石田雄太郎さん(30)。

取材をした日には、あご下のたるみが気になるという女性の診察を行っていました。
石田さんは2年前に初期の研修を終えた後、そのまま大手美容クリニックに就職。

それから1年後には、自身のクリニックを開業しました。

もともと医学部時代には、小児科などの道に進もうと考えていました。

しかし、大学病院で研修を受けているうちに、先輩の医師たちの過酷な勤務や、医局の封建的な体質に疑問を抱くようになったと言います。
石田雄太郎医師
「後期研修の先輩医師の多くが、医師でなくてもできるような書類業務をやらされ、心臓外科などは手術が終わった後も、患者の対応で、休みなく働いていました。また、大学の医局は人事が重要で、誰と誰が仲悪いとか、科によっては、教授争いだとか、ギスギスしている部分もあるなと感じる時がありました」
保険診療の現実を見て、考えが変わっていったという石田さん。

“患者に希望を与えられる美容医療で活躍したい”と決心しました。

大学病院などに勤務する同世代の医師よりも高い収入を得られていて、美容医療を選んだことに後悔はないといいます。
石田雄太郎医師
「昔は保険診療に進むのが当たり前の時代でしたが、今は美容に進む道も開けていて、働きに見合う対価がもらえることに魅力を感じます。直美に対しては、いろんな言い方をする人がいますが、自分の好きなことができて、喜んでくれる患者がいることに、とてもやりがいを感じています」

美容選ぶ若手医師10倍に

いま、石田さんのように、すぐに美容医療の世界に飛び込む“直美”の医師が増えています。

医師になるには、まず多くの人は、大学の医学部に入ります。そして国家試験に合格すると、医師免許を取得できます。

その後、臨床研修医として実務の基本を2年間、学ぶ必要があります。

これが「初期の臨床研修」です。
この研修を終えると、通常は「消化器外科」や「耳鼻科」など、自分が進みたい専門分野を決めて、専攻医としてさらに技術や知識を学んでいくのが一般的です。

ところが最近は、「初期の臨床研修」を終えたらすぐに美容医療業界に就職する医師が増えています。

その数は「医学部2つ分に相当する」とも言われています。
臨床研修の2年後の主な勤務先を国が調べた結果、「美容外科」で勤務する医師は、令和4年の調査で198人と、10年で約10倍に増えています。このうち、男性が133人、女性が65人となっています。

美容クリニックの中には、高い給与を提示して、研修を終えたばかりの若い医師を積極的に採用する動きもあります。

なぜ、美容医療は人気が高まっているのか。

ニーズが増えていることもありますが、保険診療の勤務医よりも高い給与が得られることも、背景として指摘されています。
私たちが病気やケガをした時に受ける「保険診療」は国が診療報酬を定めていますが、美容などの「自由診療」は医師の裁量で価格を自由に決めることができます。

このため利益率が比較的高く、医師の収入が伸びやすいとされています。

また、基本的に救急医療などの当直もないので長時間労働が抑えられる面もあります。

「いまの医療制度に対する、若い医師たちのストライキだ」
“直美”についてこのように話す大学病院の教授もいます。

中堅医師も美容医療へ

美容医療に進むのは、若い医師だけではありません。

長年、保険診療を支えてきた中堅の医師たちも、途中から美容医療に進むケースが相次いでいることも分かってきました。
都内の美容クリニックで院長を務める、藤井崇博医師(38)。

4年前、大学の医局をはなれ、美容医療に移りました。

約10年にわたって、循環器内科医を務めてきた藤井さん。

カテーテル手術などを行って、患者の命を守ってきました。
「循環器内科」は内科といっても、心不全の患者などの緊急手術も担います。

命を守る最前線での勤務は過酷な日々だったと言います。

患者が急変したらすぐに駆けつけられるよう、病院の近くに住み、夜間や休日も緊急の呼び出しに備えていました。
藤井崇博医師
「月の半分くらいは病院に泊まり込む生活で、結構ハードでした。寝られない日があっても、そのまま次の日も夜まで働くことがあるので、どんなにメンタルや体が強い人でも、体にガタが来る。患者さんの命や健康を預かる重圧もあり、夜に眠れなくなり、抑うつ的な気分障害みたいなものが出たりしていました」
それでも藤井さんは、より専門的な知識を身につけようと、大学病院に勤務しながら大学院にも通い、博士課程を修了。

保険診療の現場で順調にキャリアを積んでいましたが、そんな時、自分の働き方を見直すきっかけとなる出来事がありました。

妻が妊娠したのです。
このまま大学の医局で働き続けると、家族との時間を犠牲にしなければならないことは目に見えていました。

海外留学の誘いもありましたが、医師10年目で転職活動を行い、美容医療の道に進みました。

収入は2倍になり、休みの日は、妻や3人の子どもと旅行に出かけられる上、ほとんど毎日、朝も夜も家族と一緒に食事できていると言います。
藤井崇博医師
「大学院で博士課程を修了することや、専門医になることは、簡単ではなかったので、周りから『もったいない』と言われることもありました。正直、葛藤はありましたが、キャリアと家族との時間をてんびんにかけとき、僕は家族を優先することを選びました。大学病院で働いていた日々を懐かしく思うこともありますし、今でも厳しい医療の現場で働く人たちを尊敬しています。ただ、自分自身はかなり考えて結論を出したので、周りから何を言われても後悔はありません」

不安感じる“直美”の医師も…

ただ、美容医療に進んだ医師全員が、満足しているというわけでもなさそうです。

不安を感じて、保険診療に戻ったという医師にも出会いました。

30代の男性医師は、研修を終えてすぐに大手美容外科クリニックに就職した、いわゆる“直美”の医師でした。

研修医の時代に、過酷な勤務を続けるのに難しさを感じていたところ、美容クリニックの就職説明会で、当時の4倍ほどの給与を提示され、働きやすさにも魅力を感じて美容医療の業界に進みました。
男性医師
「説明会で話をしている医師もいきいきしているなと思いました。楽しそうに見えて、美容もいいなと思っていました」
しかしいざ働き始めると、周りが自分のように経験の浅い医師ばかりで、不安を抱くようになったと言います。
男性医師
「『もう現場に出ちゃうんだ』というのが、まず最初に思ったことでした。研修医時代に経験した手術はほとんどないので、基礎が十分できていません。特に内科中心の研修を受けてきた人は、メスも持ったこともほとんどない。なにが怖いかもわからず、なにに気をつけるべきかもよくわからない。短期間でレベルの高い手術を習得せざるを得ない環境は怖いと感じました」
“このままでは大きなトラブルが起きかねない”男性医師はしっかり医療を学びたいと、保険診療の現場に戻ることを決めました。

現在、働き方の不安を抱えつつも、外科系の専門医の取得に向け、大学病院で研修を受けています。

若手医師の流出防ぐには

若手医師の流出防ぐには
一方、保険診療の現場では、医師の流出を防ぐ対策が始まっています。

広島大学病院では、ことし4月から、主に40歳前後までの若い外科医を対象に、年間で120万円の手当を支給することにしました。

実は今、「外科離れ」が深刻な課題となっています。

胃がんなどの手術を行う「消化器外科」などの医師は、20年で約2割減少。

日本消化器外科学会によりますと、20年後には学会の医師が半減するという推計もあります。
こうした中、広島大学病院では、長時間に及ぶ手術や術後の管理など、多大な労力に見合った待遇にするため、手当を支給することにしたのです。

財源は病院の収益の中から支出しています。

アメリカなどの海外では、高度な手術を担う外科系の勤務医は、ほかの診療科に比べて給料が高く設定されていることがよくあります。

広島大学病院によると、「若手の外科医」に特化して手当を支給するのは、国立の大学病院の中では初めてだということです。

手当の支給で、医師のモチベーションのアップもつながっているようです。
医師5年目・消化器外科医
「仕事が大変だなと思っていた部分は多々あったので、その働きを評価してもらい、素直に嬉しいなという気持ちはありますし、手当てが増える分、頑張らなければならないという気持ちにもなります」
医師14年目・消化器外科医
「大学病院は診療・教育・研究と、他の病院とは違った忙しさがあります。にもかかわらず、給料は比較的低く、夜や休日に他の病院でバイトをしなければならないという生活を続けてきました。収入が増えたことで、バイトに割く時間を減らし、自分の研究などに時間を使えるようになったのは良かったです」
また広島大学病院では、給与だけでなく医師の負担を減らす取り組みも進めています。

その1つが「チーム制」の導入。

1人の患者を1人の医師が担当する「主治医制」から、複数の医師が連携して治療にあたる「チーム制」に転換しました。
これまでは、患者が急変すれば、主治医が休日でも病院に駆けつけていましたが、術後の対応などを別の医師が担うことで、特定の医師に負担が集中するのを防ぎ、多くの医師の働き方の改善につながっていると言います。

自身も長年、消化器外科医として働いてきた大段秀樹教授は、こうした動きを全国的に広げていく必要があると指摘しています。
広島大学 消化器・移植外科学 大段秀樹 教授
「若手医師の中には、やりがいと自分の生活の狭間で悩んでいる人が多くいると思う。自己犠牲的な働き方を、次の世代に強いることはあってはならないと感じます。ほかの地域の病院でも、給与の引き上げが必要だと思いますし、医療の崩壊を食い止めるには、病院などの施設単位でやることと、厚生労働省などの国が行う対策の両方が必要なのではないかと思います」

どうなる?日本の医療

“医師の流出がこのまま続けば、保険診療の担い手がいなくなってしまうのではないか”

現場の危機感が強まる中、国も外科医の待遇改善を検討するなどしていますが、医師を確保するための抜本的な対策は、まだ示されていません。

患者が治療を受けられなくなる未来を回避するには、医師が保険診療で働きたいと思える待遇や環境を整えていくことが不可欠です。

最近は全国各地で病院の経営が悪化し、“給与を上げたくても上げられない”という所も出てきています。

直美など、美容医療に進む医師が増えていることは、“このままでは保険診療が崩れかねない”という警鐘であると捉えるべきです。

国は今こそ、診療報酬のあり方などを抜本的に見直していくことが必要ではないかと感じます。

(3月23日おはよう日本で放送)
社会部記者
北森ひかり
2015年入局
医療の課題を継続的に取材
社会部記者
森永竜介
2011年入局
ふだんは事件取材が多く、今回初めて医療取材にあたる
社会部記者
市毛裕史
2015年入局
若手医師の切実な声にもっと医療界は耳を傾けるべきだと感じる

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