はじめに
線形代数は線型空間(もしくはベクトル空間)および線型写像を扱う数学の一分野である. その理論は自然科学, 工学, データサイエンスなど様々な分野に応用されるものであり, 現代では理工系学問における基礎的教養とみなされる.
多くの場合, 線形代数の解説は行列やベクトルの導入から始まり, それらに対する具体的な演算に触れた後に, より抽象的な議論を展開する, という順序で行われる. ここでは, 行列及びベクトルに対する初等的な演算や操作に限定して解説する. これらの内容は具体的な計算ばかりで退屈に感じられるかもしれないが, 他の分野への応用にも頻繁に現れるものであり, また数学においてもより一般的, 抽象的な議論を展開する足がかりになるという点で重要なものである.
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導入
高校数学で学ぶベクトルは, 向きと大きさを表すものであると説明される.
また,
例
さて, 関数
例
- 実数
に対して, は関数である. - ベクトル
に対して, は関数である (写像とも呼ばれる). - ベクトル
に対して, は関数である (特にベクトル値関数と呼ばれるものであり, 写像とも呼ばれる).
ここで, 数ベクトル空間上の写像 (関数)
- 任意の
, に対して , - 任意の
と任意の に対して .
この線形写像が具体的にどのような形をしているか考えてみよう.
例として,
が, どんな実数
上では
ただし, 線形写像に関するここまでの説明について, 例えば以下の点は (初学者にとって) 明らかではないだろう:
つのベクトル と の和 とは何か? どのような つのベクトル と のペアに対しても, を計算することができるのか?- ベクトル
と実数 に対して, とは何か? - 行列とは何か? ベクトルとどのような関係があるのか?
- 行列積とは何か? 行列積の計算結果として何が得られるのか? どのように計算するのか?
これらの内容は線形代数の理論や応用に関する記述を理解するために必須となるものである. この資料においては, 1: 行列 においてこれらの内容を解説する.
さらに, 与えられた線形関数
ここで, やはり
正則行列
以上に述べたように, 行列は線形代数における主題の一つである線型写像と密接に関連するものであり, 線形代数という分野の基礎と言える概念である.
加えて, 行列は連立
このWebページでは, 線形代数の入門的な内容として,
- 行列とは何か, 行列に対する和や積といった演算はどのように計算するのか,
- 連立
次方程式を行列を用いて記述した際に, それをどのようにして解くのか, - 逆行列とは何か, 行列式とは何か,
といった内容について解説する. また, 行列に関する基礎的な事柄の説明の後に, それらを応用した内容の一つとして, 固有値および固有ベクトルに関しても簡単な場合に限り言及することにする.
補足: 集合と論理
集合と論理に関する用語, アイデアなどは非常に重要なものである. (この資料を含む) 数学的な記述において頻繁に現れるものであり, ここで簡単に言及しておく.
定義 (集合)
数学的な"もの"の集まりを集合 (set) という. また, 集合に含まれる"もの"を元 (element) という. が集合 の元であるとき, と表す.- 集合
の全ての元が集合 の元でもあるとき, は の部分集合であるといい, と表す. つの集合 , が および を満たすとき, と表す.
例
- 実数全体の集合を
と表す. が実数であることは, と表される. - 複素数全体の集合を
と表す. 全ての実数は複素数でもある (実数は複素数の特殊な場合) であるため, である.
定義 (「任意」と「存在」)
- 集合
の全ての元に対してある性質が成り立つとき, 「任意の に対してある性質が成り立つ」と表現する. - 集合
の少なくとも一つの元に対してある性質が成り立つ時, 「ある が存在して, ある性質が成り立つ」と表現する.
例
- 任意の
に対して, が成立する. - ある
が存在して, が成立する (この場合, そのような は のみである). - ある
が存在して, が成立する (この場合, であればよい, そのような実数 は少なくとも一つは存在する).
定義 (命題の真偽)
正しいか正しくないか明確に判断できる文章を命題 (proposition) という. 命題は正しいなら 真 (true), 正しくないなら 偽 (false) であるという.例
- 「任意の
に対して, が成立する.」, これは真である. - 「任意の
に対して, が成立する.」, これは偽である, 反例は .
注意
以降, 命題が真である場合に「(命題が) 真である」という記述を省略することがある.
定義 (必要条件, 十分条件)
つの条件 , に対して, 命題 「 ならば 」 を もしくは と表す. が真であるとき, を であるための 十分条件 (sufficient condition), を であるための 必要条件 (necessary condition) であるという. と がともに真であるとき, と表し, は であるための必要十分条件である, もしくは と は同値であるという (英語では if and only if と表される).
例
- 命題「
」は真なので, は であるための十分条件である. とする, このとき なので, ならば と は同値である.
定理 (対偶論法)
命題 「例
- 命題「
」は真なので, その対偶である命題「 」も真である. とする, このとき である, つまり命題 と はどちらも真である. 従って, それらの対偶である命題 および も真であり, 結果として ならば と は同値である.- 実際には, 命題「
」が真であることも用いて, なら が成立する.
- 実際には, 命題「
注意
対偶論法は, この資料におけるいくつかの証明でも用いる.