まだ届かない。
かつて彼が見た技にはいまだに届かない。
あの、桜が炎の如く舞うあの技は、なぜか未だに再現できなかった。
動きは完璧にトレースしているはず。
使用している強化系の魔術も全く同じはず。
だというのに、何かが違う。
何が違うのか、明確に言語化することが出来ない。
なにか、重要な何かを見落としているのだろうか。
ルドウィッチはいつものように鍛錬を終え、自身の寮へ帰っていた。
基地では兵のそれぞれに個別の部屋が割り当てられる。
下等兵ならば一つの部屋に押し込まれていただろうが、この基地に居るのは選び抜かれた上等兵のみ。彼らには個別の部屋が割り当てられているのだ。
彼は部屋の鍵をポケットから探り出し、ドアノブに差し込んだ。
ガチャリ、と扉を開け自分の部屋に入っていく。
その部屋は簡素な作りだった。
割り当てられた部屋、とは言っても割と小さく、1DKの狭い部屋だ。
そんな部屋をつかつかと歩いていき、ベッドのそばの壁にかけられた剣置きに、刀をかける。
これは、あの剣星の魔女が使用していたとされる刀、という武器に似せるように鍛冶職人に依頼して作らせたオーダーメイドの特注品。
ルドウィッチは大事にその刀を置いた。
そして、鍛錬により流した汗を流すためにシャワーに入り、服を着替え、いざ寝ようとベッドに横になろうとした。
だが、その時、コンコン、と優しく扉が叩かれる音がする。
こんな深夜に誰なのだろう。
ルドウィッチは不思議に思い、扉を開ける。
「あ、こんばんわ」
そこに居たのはあの白髪の少女。
ルドウィッチは顔をしかめた。
なにせ、この少女は聖火を扱う人間だ。
ルドウィッチは聖火が大嫌い。だから、この少女のことも嫌いなのだ。
そして、そんな少女が部屋に訪れてきた。
一体なんのようなんだ、と訝しんだ。
と、そんなルドウィッチの様子に少女は察したのか、袋のような何かを見せてきた。
「お茶、持ってきたよ」
お茶?
袋の中に見えるのは黒い豆。なんだこれ、とルドウィッチは思う。
というかなんでこんな夜にお茶なんだ、とも心の中でツッコミを入れる。
「あ、夜だから飲んじゃダメじゃん」
「はあ?」
「カフェイン摂取したら寝られなくなるよね」
今更気づいたのか、俯き悲しそうな顔をするレヴィ。
ルドウィッチはそんな彼女がどこか哀れに見えてしまった。
大嫌いではあるが、まあ、部屋に入れてやってもいいだろう。
不思議とルドウィッチはそう思った。
「教官殿、入ってください」
「おじゃまー」
そういってずかずかとルドウィッチの部屋に入ってくるレヴィ。
部屋に入って先ず、壁にかけられた刀に気づいたのか、面白そうに言った。
「あ、刀だ。いい趣味してんじゃん」
「そりゃどうも」
そんな素気のない会話をしつつ、レヴィにソファに腰掛けるように促すルドウィッチ。
レヴィ、はポン、と軽いその体をソファに乗せ、脚を組んだ。
さて、そんなレヴィの様子を見つつ、ルドウィッチはレヴィがどうしてここに来たのか気づいた。
「今更、気づいたんですか?」
夕食のとき、ルドウィッチがレヴィに吐きかけた酷い言葉。
そんな言葉の意味を今更レヴィは気づき、怒りに来たのだろう。
彼はてっきりそう思っていた。
だが、レヴィの表情は、きょとん、としている。
「気づく?なんのこと?ああ、あれ?夜中鍛錬してること?」
「はあ?」
まるで、見当違いだった。
だが、気づいていないというならそれはそれはで好都合だ。
「ああ、いいです。なんでもありません」
「……?」
「で、本日はどのようなご用件で?」
「まあまあ、ちょっと待ってて……」
そういうとレヴィは、何の許可もなくキッチンの方へ歩いて行った。
今日はもう鍛錬で疲れていたので、ルドウィッチには勝手にキッチンに入るな、という気力はなかった。
そして、ゴリゴリと何かを潰す音がしたかと思うと、ケトルに水を注ぐ音がする。
何をしているだろうか……と疑問に思うルドウィッチであったが、しばらく待っていると湯気の立つマグカップを二つ持って帰ってきた。
「結局淹れるんですか。寝れなくなりますよ」
「ちょっとくらいダイジョブでしょ」
「いや、大丈夫じゃないから言ってるんですけど」
そんなルドウィッチのツッコミは気にしない、とばかりに運んできたコーヒーを飲むレヴィ。
「こーひー、こーひー、おいしーなー♪」
レヴィはなにやら変な歌を口ずさんだ。
そしてプラプラと脚をぶらつかせ、何とも上機嫌なように見える。
「はぁ、で、何の要件で?」
そんなレヴィに、ルドウィッチは尋ねた。
「えっとね、あれ、あれを教えに来たの」
「あれ?」
「ほら、さっき練習してた──」
と、その時だった。
ゴンゴン、と乱雑に扉のノックが叩かれる。
「誰?」
すっ、とソファから立ち上がったレヴィは叩かれた扉の方へ駆けていく。僕が出ます、とルドウィッチが言う前にレヴィは行ってしまった。
こんな夜に二人も客人?
今日は人がたくさん来るな。
……いや、待て。
誰だ、今扉を叩いているのは。
一日に二人も客人が来るなんておかしい。
何かの暴漢かもしれない。
まぁ、こんな基地のど真ん中に堂々とやってくる暴漢なんている筈がないか。
いるとしたら、せいぜい……。
と、その時だった。
扉を開けたレヴィの体が吹っ飛んだ。
何かがひしゃげる、不快な音。
これは、きっとレヴィの内臓が潰された音だろう。
そして、凄まじい勢いのままレヴィは吹っ飛ばされ、部屋の壁を突き破り外に放り出され、床にたたきつけられた。衝撃により、レヴィは動かなくなってしまった。
「ッ!!!」
扉の前に居たのは、フードを被った男。
男は腰に剣を帯刀しているまま。
恐らく、先ほどレヴィが吹き飛ばされたのはこの男に蹴り飛ばされたからだろう。
ピリピリとした殺意。
明確に、この男は自分たちを殺す意図がある。
ルドウィッチはすぐさま壁に立てかけられた刀を取り、抜いた。
「寒天……極星……」
なにやらブツブツと男は呟いている。
詠唱か。
ならば、今が隙。
ルドウィッチは床を蹴り、玄関に立つ男に斬りかかった。
だが、次の瞬間、ルドウィッチの周囲に今にも爆発しそうな数多の青黒い球体が浮かんだ。
詠唱を完了された……不味いッ!!!
この球体の色……見覚えがある。
ならば、触れたら不味い。
浸蝕されて死ぬ。
すべて叩き落とさなければならないだろう。
今こそ、アレを使うとき。
いまだ完成には程遠いが、それでも今が一番の使い時。
「桜炎の東──」
刀を振り、球を切り落そうとした。
だが、それは男のボディーブローにより中断される。
初速が足りなかったかッ!!!
メキメキと腹にこぶしがめり込み、ルドウィッチはレヴィ同様吹っ飛ばされた。
外まで吹っ飛ばされ、床にたたきつけられる。
ルドウィッチは立ち上がろうとした。
だが、体悲鳴を上げて動かない。
先ほどのボディーブローがあまりにも強烈過ぎたのだ。
突き破られた壁から男はこちらを見下ろしており、目が合う。
あ、死んだ。
ルドウィッチは確かにそう思った。
今までの人生が走馬灯のように走り出す。
出来損ないの兄に負けた事。
絶望の中、剣星の魔女に出会った事。
できればあの技だけは完成させたかった。
少しでも尊敬するあの人に近づきたかった。
もっと……もっと自分に才能が有れば、
後悔ばかりが胸を締め付ける。
だが、そんなルドウィッチであるが、すぐさま正気に戻った。
それは、男が放つものとは別のドス黒い殺気によってだった。
暗い、暗い、殺気。
蛇が首に巻き付いているようだ。
今まで生きてきた中でここまで恐ろしい感覚は、ない。
本能がこれには勝てぬと言っている、今すぐひれ伏せと言っている。
先ほど、床にたたきつけられ動かなくなったレヴィの体がピクリ、と動く。
そして、ゆっくりと体が起き上がる。
「敵ニ告グ、直チニ武器ヲ捨テテ投降セヨ」
全身の神経が逆なでされるような感覚。
なにか、目覚めさせてはならない物を目覚めさせたのではないか。
ルドウィッチは末恐ろしかった。
「投降しないなら……殺す」
レヴィは、そう言うと不敵に笑った。
ここに、剣星の魔女と
ぶっ続けで書き続けて四本目。
弾丸で書いたので気に入らない箇所が多々あります。
ですのでここ4話ほどはいろいろ修正するつもりです。