アイズ・ヴァレンシュタイン
オラリオ最大派閥の一角である【ロキ・ファミリア】に所属するヒューマンの少女。オラリオでも数少ない第一級冒険者の一人であり、二つ名《剣姫》の称号を持つ少女。
ダンまちのメインヒロインであり、ベルの憧れの人である彼女が今、そこにたっていた。
クロは今、原作の名シーンを目の当たりにしていた。
それは始まりであり、世界が動き始めた瞬間である。
「……」
誰も動かず、誰も喋らず、
果たしてこの場の空気で陽気に話し掛けれる人間がいるのだろうか?
少なくとも彼にはそんな勇気はなかった。
「……うっ」
しかしこの現状におき、ベルは酸素を大量に取り入れ、そして─────
「うわァァァァァァ!!」
悲鳴に近い叫び声を上げなら、
その奇行に呆然と見守っていた2人は、互いに顔を見合い何とも言えない空気になる。
「……えっと」
アイズがなんとか場を繋ごうと頭を悩ませ、クロは頭を掻きながら礼を告げる。
「いやぁすまねぇな。助けてもらって」
「ううん。逃がした私達が悪い。その……さっきの子、大丈夫?」
さっきの子、というとベルの事かと納得し、大丈夫だろうと伝えた。
「あいつは強い。心配する事はないだろう」
「……強いの?」
「あぁ、まぁ今は弱いがな」
強いという単語に身体をピクっと反応し、弱いと知るとそっかと残念がる。その行動に不思議に思ったが、今はそれよりベルを追い掛ける事を優先にして別れを告げる。
「じゃあな嬢ちゃん。またどこかで会おう」
「……うん。気をつけて」
彼女は小さく手を振り、クロはその場を後にする。後ろから彼女以外の声が聞こえ、仲間と合流したのだと認識し、急ぎ足で
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アイズは驚愕していた。
ミノタウロスに襲われてる兎みたいな少年を助けたら、奇声を発しながら逃げて行った。いきなりの大声で驚きはしたが自分の顔を見て逃げたと勘違いし困惑していた時後ろにもう1人いるのに気が付いた。
一目見て分かった。
この人……強い……。
名も知らない、どこのファミリアの人かも分からないが、言葉では言い表せない、ただ強いとだけ勘でわかる。
反応を見るに、先程逃げて行った子の仲間だとわかるが……
もしかして……横取りしちゃった?
先程のミノタウロスは彼の獲物だったかもしれないと考えてしまい、謝罪しようと言葉を積もらせる。
「……えっと」
しかしアイズが謝る前に彼は笑いながら、感謝を述べてきた。頭を掻きながら申し訳なさそうにしながら……
正直、そんな風に笑う人には見えなかった。それが彼女の感想だ。力こそが全てだ!と言い張り、
想像とは違ったが先程逃げていった少年の事が気になり、大丈夫なのか問い掛ける。すると、聞き逃せない単語が彼から告げられた。
「あいつは強い。心配する事は無い」
強い?さっきの子が?
彼女はそんな風には思えず、聞き返してしまう。
彼女的には今目の前にいるこの人の方が強いと感じていたが、この人は先程の逃げていった少年が強いとなんの迷いなく宣言したのだ。今はまだ弱いがと付け足し、だがその目は期待していた。
その後彼は少年の後を追い掛ける為、アイズに別れを告げる。その際、彼が言ったのは
「またどこかで会おう」
また会おう、と彼は言った。
アイズは小さく手を振り、彼を見送った。
それから数秒しない内に彼女の仲間と合流した。
「アイズ早いよぉ〜!」
「……ごめん」
「逃がしたモンスターはこれで最後ね」
合流しアイズと仲良く話し掛けてきたのはアマゾネスの双子の姉妹、ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテだった。彼女達は情報共有し、自分達ファミリアの団長が待つ層に戻る為、中層の方へ向かう。
足を進めてすぐ、彼女は後ろ振り返り、先程の彼の事を思い出す。
「ん?どしたの?」
「……ううん、なんでもない」
ティオナに呼び掛けられ、アイズは首を振り足を進める。
次会ったら、勝負してくれないかな……
そんな事を思いながら……
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「なんだってぇぇぇぇぇぇ!?」
「そんな危ないことしてたのかい!?」
「してたというよりかは、する羽目になったと言うべきだろう」
「どっちも一緒さ!全く、怪我なく帰って来てくれて良かったよ……」
彼女は安堵の表情を浮かべながら羊皮紙をベルに渡す。何か隠し事を秘めながら
「はい、ベル君のステイタスだよ」
ベルは嬉しそうに紙を眺め、それを横目にクロのステイタス更新をする。上を脱ぎ顕になったクロに跨り、自身の血を垂らし、左端からゆっくりと刻印を刻んでいく。
ステイタスとは、別名『
その者が冒険した経験……
「はぁぁぁぁ!?」
ヘスティアは驚愕の声を上げ、固まってしまった。突然の大声に2人して驚き、クロは馬乗りになったヘスティアに顔を見れずとも声を掛ける。
「神ヘスティア、何があった?」
「へ、あ、いや……えっと」
そんなカタコトで言葉を紡ぎながらヘスティアは馬乗りをやめ、羊皮紙に
クロ・ユート
Lv.1
力:I0→G219
耐久:I0→I16
器用:I0→I26
敏捷:I0→G206
魔力:I0
クロに全く分からないが、どうやら異常な伸び代らしい。
ヘスティアは彼の肩を掴み、目一杯に揺らす。
「何やったんだい!?こんな事起きるなんて無茶な事をしたくらいしか思い付かないよ!?正直に話したまえ!!」
「んん〜、そうは言ってもなぁ……あ」
クロは思い出した。そしてそれに釣られる様にベルも思い出す。ダンジョンで起きた────否、起こした事件を。
まず1つに
1つ、ミノタウロスの攻撃を避ける際、回避性能全振りにした+『
明らかにこの2点が原因である事は明確だった。
なのでヘスティアに或る意味
勿論そっか〜と流す訳もなく、彼女のツインテールがクロに猛威を奮った。
「それが原因だよッ!!」
「やっぱり〜?」
頭を掻きながら軽い感じで答える。ベチベチとツインテールが彼の顔身体をシバキあげる。割とダメージがないのか、アッハッハッと笑いながら受け入れていた。
「2人に伝えとかなきゃいけない事があるだけどさ」
主神のご立腹を宥め、改めて
「明日帰るの遅くなるから僕の分のご飯は作らなくても大丈夫だよ」
「何かあるのか?」
ヘスティアはじゃが丸くんを前に出し
「バイトのおばちゃんが明日新発売するじゃが丸くんの試食会開くって言ってね、僕もそれに参加する事になったのさ」
「そうなんですね」
ごめんよーとヘスティアは謝り、ベルとクロは顔を見合わす。
「明日どうします?」
「そうだなぁ……なら折角の機会だしどこかで食っていくか」
「そうですね、僕達食べて帰ってきます」
ヘスティアはうんうんと頷き、明日も早いという事で就寝する事にした。勿論、ベルはヘスティアと同じベットで……。
「……」
寝静まった頃、彼女は羊皮紙を2枚見比べる。
今日の冒険を終えた彼らの経験は、とても大きかった。
1人は念願のスキルが開花し、もう1人は異常とも呼べる急成長を遂げた。
だが彼女は、何も言えずにいた。
開花したスキルをベルに伝えなかったのは、神々の玩具にされる恐怖と話に上がったヴァレン何某君へ対する嫉妬もあるが、ここで調子に乗って怪我して欲しくない、という願いもあり秘密にする事にした。
ベルにはまだそれが通用する。
だが肝心なのがもう1人である。
クロの伸びは明らかに異常。普通の冒険では絶対に有り得ない経験をしている。Lv1でミノタウロスの猛攻を避け、そして極めつけは
普通であれば絶対に有り得ない。そんな彼女の脳によぎってしまうのが、彼に伝えなかったもう1つのスキル─────
「……『
彼女は呟く。
『黒龍』……その単語が自身の
─────絶望した。
─────《三大クエスト》──────
三大クエストとは
《陸の王者:ベヒーモス》、《海の覇王:リヴァイアサン》、そして《隻眼の黒龍:ジズ》。
この三体の内、《隻眼の黒龍》以外は既に討伐されており、残るは黒龍だけだった。しかし当時最強を誇っていたゼウスファミリア、ヘラファミリアでさえ叶わず、大英雄アルバートが命と引き換えに片目を奪うことで撃退することに成功した。
そんな黒龍の名が、彼に刻まれていた。
しかし、不自然な点もある。
「僕達が知る黒龍とは……違うのか?」
彼女が思い浮かべるのは《隻眼の黒龍:ジズ》
しかし彼のスキルに刻まれた名は、『
同じ黒龍でも名が違った。
まさか黒龍は2匹いる!?と彼女は最悪な展開を思い浮かべるが、すぐ首を振る。もし2匹いるなら今頃、
そしてもう1つ『
神たるヘスティアでも、詳細が
如何なる能力か、どれほどのモノなのか全くもって検討がつかない。他神に共有しようにも、黒龍の名はこの世界では
故に今彼女が出来る事は……ない。
願わくば、彼に災いが降り掛かりませんように
彼女は神でありながらも、天に願いを打ち明けた。
時計の針は、一刻と進む
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翌朝。彼らは朝一からダンジョンに篭もり、モンスターを狩っていた。時間で表すなら9時ダンジョンに入り、地上に戻ったのは16時程だ。
昨日とは違い、ミノタウロスのような
「うーん、もっと稼ぎたいところですけど、今の僕達じゃあ無理ですよね……」
「あぁ。だが、今考えたところで解決策が生まれる訳でもあるまい」
まずは、と話題を切り出し今日の成果を持ち上げる。
「明日の為の万全な体力、健康的な栄養、脳を癒す休息が必要だ。不完全な状態では得られるものも失うぞ」
「そうですね……今は休むことにします」
それがいいとクロは笑い、本日の食卓をどうするかベルと話し合う。するとベルは行きたい店があると言い出し、そこに向かう事にした。
「ここです!」
「ここは……」
ベルの案内のままついて行くと、酒場の前に着く。
石で造られたその建物は二階建てのカフェテラス付きの酒場だった。店名に目をやると、『
「ベル……気持ちは分かるが、お前さんに酒はちと早い。それとも中で想い人が?」
「ち、違いますよ!?そんな理由できた訳じゃないですって!!」
とんでもない誤解されてると気付き、顔を真っ赤にしながら否定するが当の本人は色を知る歳か……と、ボヤいていた。
すると、中からウェイトレスらしき人が出てきた。
「あ、ベルさん!来てくれたんですね!」
「あ、こんばんは!シルさん!」
ベルはウェイトレスの名前を呼び、頭を下げる。ほぉ、とクロは何か悟り2人を交互に見る。その視線に気付いたのか、シルと呼ばれた彼女はこちらの人は?とベルに聞く。
「この人は僕と同じファミリアのクロさんです」
「あ、今日の朝に言っていた方ですか?」
「はい!」
どうやら朝に自分の事を伝えていたらしい。というのも、今日ベルとは朝ダンジョンに行く前に別行動を取っていた。
クロはまだオラリオを探索しきれてなかったので、少し散歩をしたいと提案し昼前に噴水広場に集合を約束し、別れていた。
「紹介に預かった、クロ・ユートだ。ベルと同じ初心者冒険者だが、歴で言えばベルが先輩に当たる。その先輩からのご相伴にあずかり今日は飯を頂きにきた」
「話はベルさんから聞いていますよ。とても頼れるお父さんみたいな人だって」
「ちょシルさん!?」
ベルはまさかの暴露に顔を赤くさせ、クロはその言葉にアッハッハッと爆笑しベルの頭を乱暴に撫でる。
「俺が父か!そいつは思ってもみなかった感想だ!!ならば今日はその倅が薦める飯を堪能するか!」
「ふふふ、仲が良いんですね」
彼女は微笑ましそうにしながら自身の自己紹介を済ませる。
「私はシル・フローヴァと言います。この『
薄鈍色の髪と瞳をした可愛らしい少女。酒場の制服である白いブラウスに若葉色のジャンパースカート。さらにその上にはサロンエプロン。彼女は人当たり良い笑顔を浮かべる。
「さぁ、中へどうぞ!」
彼女が店内へと帰る。その後に続き、2人は酒場『
中に入ればシルが声を上げ、酒場全体で迎え入れる。
「予約されていたベル・クラネル様及びクロ・ユート様、ご来店でーす!」
「「「いらっしゃいませ!ようこそ
シルと同じ給仕の姿をしたスタッフ全員が作業を一旦やめ、シルにも負けずと歓迎の挨拶をあげた。
2人は歓迎の声に圧倒されながらも、シルに案内されたカウンター席に座る。その席の前には女将の調理姿が見ることができた。
「あんたがシルの言っていた冒険者かい?随分と可愛いらしい顔立ちじゃないか!」
「かわッ!?」
挨拶そうそうに笑いながらそう言う女将にベルは赤面しながら少しショックを受ける。次にクロの方に目をやり、ほぉと感嘆なため息を漏らす。
「あんた本当に新人かい?そうとは見えない程鍛え抜かれてるね!」
「己を磨くにおいて自己研鑽に勝るもの無し。己が何を成し、何を目指すかを見極めなければ、その先に道はないからな」
「へぇ……いい心掛けだ!嫌いじゃないよ!」
女将は満足そうに頷き、そのタイミングでシルから注文表を渡される。
「アタシはミア・グランド。この酒場の店主さ!」
さぁ注文はなんだい?と自己紹介も済まし、彼らは注文表に目を向ける。しかし値段を見て硬直してしまう。
高過ぎる。相場の十倍はしている値段を前にベルは唖然と口を開ける。シルの顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
駄目だ。そう思い、クロの方に目を向ける。クロは黙って注文表を目にしていた。そして注文表を閉じ、ミアに問い掛ける。
「女将よ、1つ相談がしたい」
「なんだい?悪いが値下げの交渉はしないよ」
ベルの様子で察したのか先んじて潰す。しかし、その事では無いと言わんばかりに首を振る。
「貴女は何百人の冒険者達の胃袋を掴んできた。その腕を見込んで貴女に頼みたい」
そう言って今日稼いだヴァリスが入った袋を前に置く。
「この金額で俺とこいつの胃袋を掴める料理を頼みたい。貴女の腕が確かなら、出された料理に俺達はこの店の虜となり、次への常連となるだろう」
ミアは袋を一瞥し、すぐクロの顔を見た。
彼女の口角は、上がっていた。
「生意気なことを言ってくれるね。初めてだよ、そんな事言われたの」
幾らだい?と質問を問う。彼は金額を伝え、互いに譲らず睨み続ける。
酒場の雰囲気は息を呑むのも一苦労な程、殺伐としていた。
酒を飲んでいた客も、作業していた給仕も黙って2人を見守る。
沈黙を破ったのは、ミアの方だった。
「分かった。この金であんたら2人が満足出来る料理を振る舞ってやるよ」
「そいつは助かる。お願いする」
ようやく殺伐とした雰囲気が消え、安堵の表情を浮かべ、再び酒場は盛り上がった。
「それにしてもあんた、中々骨のある奴だね!気に入ったよ!」
ミアは笑いながら厨房の方へ向かっていき、クロも笑みを浮かべながら席に座る。
「……凄い。ミア母さんが押し負けるなんて……」
シルは驚愕し、ベルは慌てながらクロに縋り付く。
「だ、大丈夫なんですか?結構殺伐としてましたけどッ!」
「今彼女が料理を振る舞おうとしている。それが答えだ」
クロは淡々と告げ、腕を組みながら出される料理を待つ。
そんな彼にベル・クラネルは憧れを抱いていた。
堂々としたるその立ち振る舞い、自身の恥を忍んでの高等たる交渉。冒険の時から抱き続けていた彼への憧れは、スキルには反映されなくとも間違いなく憧れ─────憧憬を抱いていた。
そんな憧れを余所に、心の中で冷や汗ダラダラかいていたとは誰も知る由もない
出された料理はシンプル且つ魅力的に感じる熱々のパスタが、大皿でかでかと盛り付けられていた。あまりのボリュームにベルは引き攣った笑顔を見せ、まさかと思いシルを見る。
当の本人はてへっと舌を出し可愛いらしい仕草をとる。このボリュームになった犯人は近くにいた。クロは肩に手を置き、してやれたなとベルに笑いかける。
酒はいるかい?とミアが問い掛け、その提案を遠慮した。ベルはまず飲めないし流石に酒までせがむのは傲慢すぎると考え、目の前のパスタを頂くことにする。
2人はいただきますの会釈し、フォークで麺を巻きつけ熱々のパスタに適度に冷まし、口に運ぶ。
クロは目を開かせ、次に力強く目を閉じ膝を叩き喜ぶ。
「かぁー!うんめぇ!!」
「気に入ってもらえて何よりです」
クロ程ではないが、ベルも休む暇なく口に入れ込む。途中喉に詰まらせシルから水を貰い、事なきを得た。そしてシルの顔を見ながら不思議そうに質問する。
「あれ?仕事はもう大丈夫なんですか?」
「はい。今日はベルさん達がお越しになる前に精一杯頑張りましたから。今はその分休憩時間を貰っているんです」
遠くの方で意義を唱える叫び声が聞こえたが、ミアが別に構わんさと言う事によって解決してしまった。
「お得意様が来るまでの間だよ。それまでは自由にするが良いさ」
「ありがとうございます、ミアお母さん」
感謝の言葉にミアは笑みを浮かべ、2人にサービスだとみずみずしい果実を提供した。
2人も同じく感謝を告げ、ベルはお得意様とは誰かシルに問い掛ける。
「それはですね─────
「ミア母ちゃーん!きたでー!」
そう言って店内に入ってくる団体様。
周りが団体の面々に驚き騒ぎ立てる中、ベルはその団体の中で金色の髪を揺らす冒険者を見つけた。
2人は、再び再会した。
再び時計の針が鳴り響く……