【ランクアップ】を経て翌朝。御主神様から衝撃の一言が……!
「ダンジョンと『洗礼』は暫くお休みね……ディアンケヒトに頼んで義手を急いで作ってもらっているから、届くまでは少し我慢して頂戴?」
「片腕くらい無くても大丈夫ですよ?」
「いい加減にして」
「腎臓が痛い!?」
ぞんざいな言葉と共に繰り出された不意打ちが、俺に床上で悶える事を強要する。
「これ以上フレイヤ様にご迷惑をおかけするのなら、容赦しないわ」
「……
呻きと共に疑問を口にするも、当の本人はこちらをじっと見下ろしたまま。一瞬だけ身震いすると、そっと目を逸らした。踏みつけてくるかと思ったが、流石にそこは容赦してくれたらしい。そういうのはご褒美好きな紳士諸君にでもしてあげて欲しい。ヘルンさんに踏まれるよりヘルンさんを踏みたいわ。つーか何で俺は彼女に『さん』付けなんだろうな? 俺の方が3つ上なのに。
「って言うか、義手届くより先に右腕生えると思いますよ」
なんて答えると、フレイヤ様もヘルンさんも『何言ってんだコイツ』みたいな顔して俺を見詰めた。こちとら生やす気満々なんだが?
さておき、インファントドラゴン戦で肩の根本からガッツリ持ってかれた右腕さんだが、その翌日には二の腕あたりまで、更にその翌日である本日時点で肘まで成長してたりするわけで。ご照覧あれ! とばかりに袖を捲って見せると、女神とその付き人の表情から色が消えた。唐突な真顔は怖いので止めてもろて。
「ウソ……でしょう…………?」
「人間を止めるつもり?」
フレイヤ様の言葉はともかく、ヘルンさんのそれは最早
「回復と再生の違いじゃないですかね、多分。回復は
魔法の効果は魂じゃなくて背中に記されてるし、後はまぁ
ここで重要になってくるのは今世ではなく、前世の知識だろう。学校で、テレビで、なんなら漫画やアニメで、人体模型や骨格標本やら見て触って学んで来た事を活用すれば……ほら、簡単じゃろ? 何を言ってるか分からない? 回復魔法をAI生成に例えれば、詳細な条件付けだったり、より大量の学習データを参考にすれば理想通りの出力に近付くわけだ。つまりはそういう事。
更に言えば、こちとらなんちゃってから始まって(仮)を経て、発展アビリティに反映されるレベルの滅却師である。霊子の代わりに魔力を体内で循環させるのは慣れたもの。前世次第では迅速な再生も出来たかも知れんが、生憎と
とは言え……だ。
二日で肘まで生えたのは回復に専念出来たからこその成果なので、これが他の事しながらだったら肩口の肉がちょっと盛り上がるぐらいだったんじゃねーかなぁと。戦闘中?
まぁ死ななきゃ腕の十本や百本安いもんだし、なんならお得である
「ひとまず腕が生えるか義手が届くまでは、大人しくします。外出はしますけど」
あんま心配かけると蟄居させられるかなぁ? ……とひとまず安静にすると告げながら、腰の剣帯に差した相棒の鞘を軽く叩いた。解禁した『なんちゃってシュナイダー』の弊害なのか、摩耗が激しいのだ。
「整備するよりも、いっそ新調したらどうかしら? 紹介状を用意するけど」
【ランクアップ】のお祝いにどう? と小首を傾げて笑みを浮かべるフレイヤ様に、しかし俺は首を横に振った。
「お気持ちは大変有難いですが……長い付き合いなので。まだまだ扱き使うつもりです」
実際親より付き合い長いからなぁ、コイツ。カーチャンは、俺が物心つく頃には既にお亡くなりだったし、親父は親父で、俺がコイツと会う前には熊の餌になってるんよな。きっちり仇討ちしたんだけど、思えばあのクマ殺しが
「そう? いずれにしても紹介状は用意しておくわ。その方が話も通りやすいでしょうし」
「分かりました。それじゃこの辺で……ヘイズさんとヘディンさんに呼ばれてますので」
「あら……珍しい組み合わせね」
不思議そうに小首を傾げるフレイヤ様。ホント美の女神って何しても絵になるなぁ……。
これで中身も良い女神様だったら色々捧げてたんだけどなぁ俺もなぁ……自分を寵愛する叡智で美しい女神様とか、ある意味
……まぁ人の夢と書いて『儚い』って読むんだけどね。
「ヘディンさんは事務と言うか書類仕事の手伝い、ヘイズさんはまぁ『洗礼』の補助のお願いだと思います。どちらも【ファミリア】の運営には欠かせない仕事ですし、負担が軽くなるなら手伝っておこうかなと」
まぁそういう事である。
うちぐらい大きな【ファミリア】なら、事務会計や書類なんかの雑務に人雇ってもいいと思うんだけど、身内で済ませてる。【ロキ・ファミリア】も幹部連中が仕切ってる描写あったしなぁ。とは言え、流石にヘディンさんだけに集中させるのは宜しくないと思うのよ。ほんで、それは『
俺にアタオカ扱いされるってガチ末期なんで自覚してもろて
「あ、そうだ」
扉に手をかけてからふと思い付いた事を、お願いしてみようかなとフレイヤ様に向き直る。
「お祝いの話ですけど、アミュレットの類が欲しいです。【ファミリア】のエンブレム入りのを」
眷属の一人としてそう言うのも悪くないかなって。と言い添えると、フレイヤ様は満面の笑顔。
「……それなら、アンクレットを用意しておくわね」
足枷かな? 分かりましたと告げて、部屋から退出する。
直後、何かが床に転がる音とヘルンさんの大声が聞こえたけど、気にしないったら気にしない。
「と言う訳でしばらく静養する様言われてるので、午前中は事務関連のお手伝いに伺いますね。多分2~3日で復帰するでしょうけど」
机に聳え立つ書類と言う名の
「ただ今後も必要でしょうから、夕食時にでも一声かけて頂ければ、翌日は時間を作る様にしますので。それとも、毎晩少しずつでも処理しましょうか? ヘディンさんのペースもあるでしょうから、配分とかタイミングは、お任せしますけど……っと。この書類なんですけど、さっきのえぇっと……あったあった、これと内容被ってるのに数字が違いますね? これ書いた人とっ捕まえて詰めた方がいいんじゃないですかね。筆跡見るに何度も雑に済ませてる気が……」
「……あぁ」
信じられないモノを見る様にこちらを見るヘディンさんに件の羊皮紙を見せ、彼の机に置いてある書類の山を一つ自分の机に移し、視線と羽ペンを再起動。小気味よいリズムだけが部屋に響き渡る中、壁にもたれかかるヘグニさんの口元が引き攣っているのが気になるけど、そんな事よりこの山を処理しきらんとなぁ。
「つーかヘグニさんも手伝って下さいよ。ご同僚に仕事任せっきりで高みの見物とかクソ格好悪いですよ?」
「フフフ……鋭き舌鋒が我が心を引き裂かんばかりに襲い掛かる……。筆の運びの速さと相まって、さながら『洗礼』の場にて輝く獣の如き荒々しさよ」
「そう言うのいいんで山崩して口より頭と手ぇ動かして下さいほらはよ。役目でしょ」
言いながら右肘でもって空いてる机を指し示す。久し振りに左手で書き物してるけど、意外と忘れてないもんだなぁ。右手があればそっちで書けるし、紙めくる度に筆が止まるタイムロスも削れる事考えると、やっぱ腕は一本より二本だな?
などと割と当たり前の事を考えていると、机にコトリと置かれるティーカップ。あら良い茶葉使ってらっしゃる? 気のせいじゃなけりゃいつも口にしてる奴より香りが強い。
「ありがとうございます。この山崩し切ったらいただきますね……ってヘルンさん? フレイヤ様のお傍にいなくて良いんです?」
「そのフレイヤ様に、貴方の様子を見て来て欲しいと言われたから。その紅茶は労いの意味もあるのだから、心して味わって」
フレイヤ様マジかよ。女神か……? いや女神だったわ。
「冷める前に山崩しますかねぇ」
「……まだ速くなる……だと!?」
「感心してる間があったら貴様も手伝え、年長者として恥ずかしくないのか」
「うぅぅぅ……」
頭と腕の回転を三割上げて書類を崩していく。カリカリ言ってたのが勢いでガリガリ言い出したけど、羽ペンが摩耗しすぎない程度に留めないとあかんな……あっと言う間に摩耗しちゃうから。
パソコンあれば更に効率アップ出来るんだけど、生憎そんな便利アイテムないので諦める。流石に演算処理機能とかどう作ったらいいのか分からんから、代用品なんて高望みが過ぎる……。いやワープロなら或いは……?
まぁ作れば売れそうだけど、そんな事よりさっさと【ランクアップ】してぇ。その為にも、ダンジョン潜ったり『洗礼』にお邪魔したいし、その為には腕生やさねばならんし。こう考えてみるとやる事山積みだな? 目の前の書類に比べりゃ大した事ない気がするから、不思議なもんだ。
「っし、崩した! んでは有難く、いただきます」
なんて考えてる間に山を崩し終えたので、有難く紅茶をいただく。銘柄とか分からんが、前世で言うとカモミールとかジャスミン系の感じかな? 落ち着くねぇ。飲み口は意外にまろやかで、そのくせ喉を通った後の香りの清涼感が何とも言えない。これはいいものだ……多分。
「これお高い奴なのでは……ありがたやありがたや」
言いながらどこぞの名優よろしく紅茶グイーとばかりに飲み干し、早速次の山に手を伸ばす。
「もう少しありがたさを感じなさい」
「御主神様御用達と思われる紅茶を付き人様手ずから入れて下さった事に感謝します。と言う訳で続きやりますわ」
雑に流しながらガリガリ羽ペンを走らせる。こういうのは勢いで終わらせないと時間がいくらあっても足りやしないのである。それこそ夏休み最終日の如く、覚悟と決意でもって挑むべき試練だろう。知らんけど。
呆れた様に溜息を吐くヘルンさんを他所に、着々と書類を処理し続ける。前世でもそうだったけど、何やるにしても集中力がエグイってよく言われたっけな。酷い時は作業が終わるまで話しかけても一切反応しなかったらしいし。まぁ昔も今も、設定したゴールに向かって愚直に、一心不乱になるのは(個人的に)良い点だと思う。周囲の事情? 知らんわこっちに配慮してどうぞ。
時折呻くヘグニさんを他所に、ヘディンさんと俺に加えて見てるだけと言うのも気が引けたらしいヘルンさんの協力の元、溜まっていた事務処理は、予定以上の迅速さで終了した。
感謝の言葉を告げるヘディンさんの口元が微妙に引き攣っていたけど、身に纏う空気が普段より柔らかくなってたのが酷く印象的だったかな。ひとまず今後は週一でお手伝いする事に決まったのであった。