琥珀色の鱗を纏った小竜と金に近しい琥珀の双眸を持つ男が、只管に互いの存在を誇示する。
己が力を、命を、魂を……互いが持ち得る全てをぶつけ合う『存在』を賭けた闘争。その光景を目の当たりした
「嗚呼ッ…………!!」
小竜は全身を無数の光矢で以て抉られ、その鱗を血で赤く化粧しながらも、何ら痛痒を感じぬが如く咆哮を上げた。
一方の男は、右腕を食い千切られ左半身を酷く焼け爛れさせているにも関わらず、琥珀色の双眸を輝かせ『右腕一つ喰われた程度で怯むとでも?』と言いたげに、獰猛に弧を描く口元を隠そうともしない。加えてそんな彼を鼓舞するかの様に、全身は金色の燐光を放ちながら蒸気を上げ、火傷の痕を癒やしていく。
凄惨な姿と獰猛な表情を晒しながら、その魂は彼女の目を灼かんばかりに輝いていた。意図も打算も、汚れも穢れさえも全て呑み込みながら、今尚透き通ったままで。
そんな光景を目にしながら、自身のこれまでの神生を振り返りながら、
かつて天界にいた頃のフレイヤは、何かと不自由を強いられてきた。
『美の神』は神々の中でも特別で、彼女のそれは別格であったからだ。その身に宿した権能は甘露でありまた、猛毒だった。何せ同郷の処女神ですら、彼女の『魅了』に貫かれた程にだ。
誰もが『愛』を欲して跪き、彼女の求めに応じて『愛』を返してくれた。
だが、フレイヤはそれらを『人形遊び』と自虐していた。『愛』を司る自分こそが、『愛』の奴隷であると……諦観と達観、悲観に暮れて。山を越え、谷を越え、海を越え、星を越え、末に辿り着いた一面の花畑の中で、一人泣き続けた。
そんな彼女にきっかけをもたらしたのは、同郷のイズンと言う名の女神。
男女の逢瀬は清らかに、甘きも苦きも分かち合い、どれだけ年月を経ようと魂は若々しく、レッツアオハル☆と。
『だからフレイヤ、貴方も
女神の言葉に嗤笑しながらも、彼女はその与太話を信じる事にした。自分を満たす存在が何処かにきっといるのだと、青々しい春を一緒に楽しみなさいと、それが自分を『軛』から解き放ってくれる筈だと……そんなものがあるわけがないと、証明する事も出来はしなかったから。
そして長きに渡る旅路にて。天界を探し、下界の『神時代』に縋り、それでも見つからず。やがて達観と諦観を抱えて、かつての様に人知れず泣く事すらも忘れ。退屈を紛らわせる為に、一人になりたいが為に、彼女は『
ただの余興、退屈を殺す一時凌ぎ。
そう思われた日々は、良い意味で彼女の予測を裏切ってくれた。
自分が『
そうしていくらかの年月を経て、『彼』と出会った。
極東の装束を身に纏い背中にかかる黒髪を緩く束ねた少年は、琥珀色の双眸を輝かせてバカみたいに口を開けて『バベル』を眺めていた。
彼女の瞳は少年の魂を覗いた。その輝きは眼の色と同じく、強い生命力に満ち溢れた琥珀色。力強い輝きと、何処か微笑ましい少年の佇まいに、フレイヤは小さく笑みを零した。その様子を横で見ていた巌の如き猪人は、彼女が小さな楽しみを見つけた事に問いを投げる。それに答えようと、少年から視線を外そうとした時だった。
彼の魂の輝きが急に強まったのだ。
慌てて視線を戻せば、彼は笑っていた。全てを慈しむ様な……それでいて無邪気に。そのまま目を伏せ、何を思ったのか『バベル』に軽く頭を下げる。町行く人々は、彼の奇行に訝し気な視線を向けるも、その様子を見た後には、言葉をかける事もなく通り過ぎて行く。おのぼりさんの言動など、この都市ではいくらでも見かける光景だったから。
しかし美の女神だけは違った。魂の輝きと言う、人の持つ本質とでも言うべきソレを目にする事が出来る彼女だけは、その光景から目を離せずにいた。
琥珀色はそのままに、それこそ彼女の視界を埋める様に大きく広がっていく。力強さは減じたものの、代わりに淡く透き通っていく。輝きから感じられるのは深い喜び。
『……見付けた』
万人どころか天地が認める世紀の勘違いだったが、それはさておき
フレイヤは逸る気持ちを必死に抑える様に、出来るだけゆっくりと少年へと歩み寄って行く。どうか心臓の音が彼に聞こえません様にと。第一声が震えたり上擦ったものにならない様にと。
そしていつもの様に声をかけ、黙礼していた少年がこちらに視線を向ける。
神生初、下界の子が自分に向ける『うげぇぇぇ』と言わんばかりの渋面がフレイヤを襲った
それでも美の女神はキレなかったし、むしろ喜んだ。自分の姿を見て、視線を合わせたと言うのにそんな顔をするのは、
欲しい……違う、これはいつものそれとは違う。『彼』ならば或いはと言う期待と、誘いを断られるかも知れないと言う不安。それでも彼女は一歩踏み出した。願いを口にした。
それは
「…………
その呟きを耳にした
腰掛けていた椅子を倒す勢いで立ち上がり口元を両手で覆う様は、長らく彼女の下僕たる彼らをしても初めて見る姿。歓喜に身を震わせ頬を紅潮させる様は、銀色の双眸から零れ落ちた一筋の涙も相まって何者にも冒されざる神聖なモノとして、フレイヤを見詰めるだけの彫像とならざるを得なかった。
オッタルは、都市最強の名を持つ雄として、更なる精進と乗り越えるべき壁であり続ける事を、己に課した。
アレンは、とりあえず奔放な女神の悪癖が収まる事を予感し、密かに安堵する。
ヘディンは嫉妬とその他諸々を呑み込み、アレを女神に相応しき者として教育する事を決意し。
ヘグニは彼こそが
四つ子達は『それはそれとして気に入らないから事ある毎に扱き倒そう』と誓い。
ヘイズは『彼も『
そんな彼らの気持ちが無視されずに済むのは極一部のみだが、それはまぁ割とどうでもいいので捨て置くとして
並み居る強者達から見れば稚拙ながら、苛烈極まる闘争の終わりは確実に近付いていた。
「……ないで」
口元を覆っていた両手を合わせて握りながら、フレイヤはか細い声を上げる。
「負けないで、琥珀!」
自らお膳立てした試練である事も忘れて、美の女神は届かぬ声を震わせるのだった