およそ一ヶ月ぶりの
「……我が世の春か……」
尊さとか嬉しさとか凡そ持ち得る全てのポジティブな感情に、俺は敬虔な気持ちすら抱く。今なら後頭部をブン殴られた挙句に【
皮膚の代わりに肉の表面に礼節がはりついてる俺としては、同意も無しにそんな羞恥プレイをさせるなんて性に合わないけど。全ては【フレイヤ・ファミリア】の為に、自重しようじゃないか
そんな事を考えながらヘルンさんの背中を追っていると、彼女が不意に足を止めた。そして見る者に怖気を誘う様な空気を纏ったままグリン! とか言う擬音を彷彿とさせる感じでこちらに顔を向ける。
「不躾で不埒な思念を飛ばさないで下さい。不快です」
「悪い事言わないから、今日は帰りましょうか? 毎日常軌を逸した所あるけど、今日は輪をかけて正気を投げ捨ててる様に見えるんですが」
そもそも俺は尻より乳な派閥である。後ろ姿を追っかけようと、欠片も反応せんわ……失礼承知で言わせてもらうなら、
「……問題ありません」
「そうですか」
あー早くベル君来ねぇかなぁ? そうすりゃ、高質量かつ高湿度な双璧からの矢印を受けずに済むってのに。……そう言えば、拉致監禁されている間に気付いたんだけど、ベル君が来るの三年後だったわ……ド畜生め。と言うか、そもそもこの世界って所謂『正史』じゃなくて『枝史』みたいなんだよねぇ。これはほぼ確定と思われる。なんでそんな事分かったかって?
ホームを出てから二分で【
二つ名じゃ分かりにくいか……アーディ・ヴァルマと言えば、分かるかな? アストレア・レコード編で、タナトス様に唆されたちびっ子の自爆に巻き込まれた彼女だよ。
正義も巡れば、奇跡も恵む世界だぜ? 最高か過ぎん?
俺の周りじゃ魔力も巡るから言う事無しだな! 魔力に関しては隷属させてる説もあるが。そもそも、この世界に転生出来た事自体が奇跡だしなぁ。美の女神に目ェ付けられるどころか、唾……じゃなかった
周囲の被害? 知らんわそんなもん。一方的に負債を抱えさせ続けている気はするけど、謝罪も賠償もしない。ベル君に追い付け追い越せレベルの成長を以て、償いとして欲しい。勿論、そんな保証は何処にもないが。
とか何とか脳内語りしてる間に、目的の場所に到着である。前世込みで100年以上生きている身とは言え、やっぱテンション上がるなぁ。身が引き締まる様な、それでいて血が沸き立つ様な。
頭戦闘民族か? 戦い方はともかく、ちょっと否定は出来ない。
今世の俺は、どうやら戦いを求め続ける
さておき、今日から正式に冒険者としての生活が始まるんだ。伏して生きるな立ちて死ねの精神で頑張って行こうかねぇ!? 年甲斐も無く燥ぐ俺の姿を一瞥したヘルンさんは、それはもう深い深い溜め息を吐いた。
☆
あぁ、この子は早死にするだろうな。
【ギルド】の中でも、受付嬢の取りまとめ役的な存在であるローズは、用紙に必要事項を記入している新人を見てそう直観した。
おろし立てで全く馴染んでいない団服、妙にキラキラとした目。
「これでいいですかね?」
黒髪の男──オザキ・琥珀に手渡された用紙に目を通す。意外にも几帳面な筆跡で記されたそれは、本日の彼同様に初めて【ギルド】で登録をする者達に例として見せられる位に、丁寧な物だ。
「はい、問題ありません。我々【ギルド】は貴方のご活躍を期待しております」
そんな言葉と共に一礼し、顔を上げれば苦笑している男と目が合った。
「……どうかしましたか?」
「いえ……白々しい事言うなぁと思っただけで……何もないですよ」
引き攣った顔をせずにいられたのは、偏に受付嬢としての経験が為せる業だったと言えよう。彼女が琥珀に抱いた印象は『田舎を飛び出し運良く大ファミリアに拾われた男』から、『大ファミリアに拾われる程度には生意気な男』へとランクアップした。同行人のヘルンの視線は来た時と変わらず、温度の無いままだった事が不安を煽るが、逆を言えば『言い咎められたわけじゃないのでセーフ』とも取れたので、胸中でこっそりと溜め息を吐いた。当の琥珀と言えば、きっかけ一つでダンジョンに突撃しそうな雰囲気で、如何にもソワソワ……いや、ワクワクだろうか? とにかく浮足立っているのが丸わかりである。
「……必要であれば、別のアドバイザーの者になりますがダンジョン内のノウハウを学ぶ事も」
「そう言うの良いんで、ダンジョン行ってもいいですか? 良いですよね? 良いだろ許可下さいはよ」
事ここに及んで、キレなかったローズは褒められてもいい。少なくとも、琥珀の背後で蟀谷に青筋立てているヘルンと言う存在がいるのだから、許される筈であった。