「新しい朝が来た! 希望の朝だ! 悦びに、胸を突かれ! 青空仰げッ! 今日も! 元気に!」
「落ち着きなさい」
「延髄が痛いっ!!」
床の上を一頻り転げ回った後に視線を向けると、そこには銀の盆を手にした少女が立っていた。
顔の右半分を隠す灰色の髪と、嫌悪感も露な塗り潰された様に真っ黒な瞳。露出控え目な黒を基調としたドレスの様な出で立ちは、彼女の整った容姿によく似合っている。
「……ヘルンさん? おはようございました?」
後頭部をさすりながら起き上がれば、件の付き人様は嘆息しながら嫌そうに返答する。
「過去形ですか。丁度お昼ですからお誂え向きな挨拶ですね。御方が貴方の様な凡夫をお迎えになる理由など、一体何処にあるのでしょうね?」
「アンタが気軽に人の後頭部殴って殺しかけたからでしょ? 現実逃避と責任転嫁しないでもらっていいですかね女神の付き人様?」
などと答えれば、全ての元凶はそっと目を逸らした。
そう、フレイヤ様は拉致監禁の後に睡姦キメたわけじゃなかったのである。目の前の狂信者様が俺の後頭部を殴ってうっかり殺しかけ、その場で
正直眉唾モノだけど、Lv.1でも器は昇華しているのだし、
「と言うか、何で俺は自室にいて貴女までいるんですかね? そう言うプレイなん?」
「言葉の意味は解りませんが、その軽い口を閉じなさい。貴方の質問に答える前に、一つ確認しておきます。どこまで覚えているんですか?」
……何処まで、と言われましても……。
ひとまず記憶を掘り起こしてみれば、洗礼初日の夕食時に煽られて、それにアッサリ乗った挙句にタイマンで夜通しお突きあい(物理)いただいて、そのままのテンションで朝飯食って今日も一日頑張るぞい☆って勢いよく立ち上がった所でパイセンが絶叫して……。
「朝飯でテンション上げ過ぎた?」
「違います。フレイヤ様の神意を受けた
ヘルンさんの言葉が脳にゆっくりと沁み込みその意味を理解すると、俺の口からは自然とお決まりのフレーズが零れ落ちた。
「…………嘘……だろ…………?」
「事実です」
あんまりな仕打ちに俺は両手と膝をついた。所謂『orz』である。
「一日無駄にするとかねーわ……」
「……貴方の様な愚物にも、女神様の下僕と言う自覚があったのですね。率直に言って驚愕を禁じ得ません」
ヘルンさんの言葉を聞いて視線を合わせる。訝し気な彼女の視線に首を傾げ、こう言った。
「そんな自覚、欠片もないですけど」
ヘルンさんはと言うと、眉を顰めビキッ! とか背後に『!?』とか背負ってそうだけど、俺は俺で『言うに事欠いて何抜かしてんだ』としか思えなかった。
命を救ってくれたのはフレイヤ様かも知れんけど、あの人がそんな真似せざるを得なかった理由と言えば、目の前にいる
「むしろ女神様に負債背負わせた自分を恥じて、謝罪と感謝の五体投地すべきでは?」
怒りと(多分)恥辱に身を震わせるヘルンさんを他所に、俺は窓へと走り出す。彼女の方がレベル上だし、部屋から出るのを邪魔されるだろうから……と、言うわけで。
最 後 の ガ ラ ス を ぶ ち 破 れ
伏 し て 生 き る な 立 ち て 死 ね
無駄に寝た分、気力体力は余ってる。まずはなんちゃってシュナイダーの再現を頑張って見ようかねぇ!? 脱出の際にしっかり持ってきた刀を抜き放って笑う俺は、きっとGJJJさん並みに獰猛な面構えだった。
☆
「……万が一を考えたはずが、その上を行くとはな」
扉を開けて部屋に入って来たのは【フレイヤ・ファミリア】団長にして、都市最強のLv.7たる『
「……アレは想像の埒外でしょう。上も下もありません」
男の呟きに、ヘルンは苦々しい口調でそう返す。
出会ってたかだか三日で『オラリオ一苛立つ存在』や『当代最低』を軽く超越した『古今無双の不届き者』と言う、ある種の殿堂入りを果たした頭の目出度いオザキ・琥珀と言う男は、女神の付き人をしてその姿を脳裏を掠めるだけでも身の毛がよだつ様な存在と化していた。
そんな彼女をして余人を相手取る時と変わらぬ態度を貫けるのは、美の女神に仕えている名誉と矜持、そして他ならぬ狂信の賜物だったりするのだが、琥珀はそんな事知ったこっちゃないのである。むしろ、それを指摘されても重々承知の上で『はいはいすごいすごい』と煽るだろう。
「ところで……アレを挑発した
「ヘイズの判断で、【ディアンケヒト・ファミリア】に送られた」
曰く『打つ手無し』と言う事らしい。
まぁ常識で考えて、一晩中亡者もどきに襲いかかられたら心の一つや二つは軽く壊れるだろう。復調するか否かは、
「つくづく……つくづく、度し難い男ですね」
「かも知れんが、アレは女神の寵愛に応えてみせた」
そう口にしたオッタルは、持っていた羊皮紙をヘルンに差し出した。
それは、恐らくあの男が眠っている間に更新された【ステイタス】を、
オザキ・琥珀
Lv.1
力 :I0→I11
耐久:I0→E451
器用:I0→I48
敏捷:I0→I10
魔力:I0→H191
《魔法》
【デア・ヴァナディース】
・広範囲回復魔法
・
・短文詠唱
・光属性
・詠唱式【我が背の君に
【】
【】
《スキル》
【
・詠唱式を無視して魔法を発動可能。
・魔法効果減少。消費精神力増加。
【
・周辺魔力を収束、制御する。補正効果は魔力に依存する。
・周辺魔力を吸収、精神力を回復する。
・スキル発動時、発展アビリティ【精癒】の一時的発現。補正効果は魔力及びLv.に依存する。
【
・スキル発動時、精神力を消費する。
・攻撃時、力に高補正。補正効果は力及び魔力に依存。
・防御時、耐久に高補正。補正効果は耐久及び魔力に依存。
【
・精神力を消費し、周辺魔力から武器・戦闘衣を作成する。
・装備の等級は魔力及びLv.に依存する。
【】
【】
「……化け物」
トータル700オーバー。
嫉妬すら追い付かない、憧れすら届かない……成長や飛躍すら生温い
オザキ・琥珀は、幼少の頃から刀片手に野山を駆けずり回り、野生の獣や在野のモンスターと渡り合ってきたと聞き及んでいる。そんな生活を10年以上続けてきたとも。
成程、それらの経験が美の女神によって【ステイタス】に反映されたのも間違い無いであろう。しかしそれだけでは到底納得出来ない。納得したくもない。
平均的な冒険者が半月ダンジョンアタックをしたとして、その成長は得意不得意を問わずにHとされている。それもかなり腕の良い部類で、だ。Gだったらもう出来過ぎ……F以上? あるわけねーだろってレベルの話だ。
そんなセオリーを軽く踏み躙ってお先に失礼キメた挙句、耐久に至っては【ランクアップ】に手をかけようとしている。因みにこれ、24時間未満での成果である。本件に関しては、未だ目覚めてすらいない【
とは言え、当人は何一つ知らなかったりするのだが。
「この件に関して悪戯に広めるなと、フレイヤ様の勅命だ」
「分かっています……知られた所で、誰一人信じるとは思えませんが」
そんな二人を他所に、渦中の男は元気に刀を振り回しているのだった。