「そ、その、大変図々しい事は承知の上で申し上げますが……」
ん、なんだ?
先ほどまで日本人も感嘆してしまうほど美しく深く頭を床にこすりつけて土下座していた哀れなオッヂ少佐。
彼は器用にも土下座のポーズのまま、急に恐る恐る再び口を開く。
「……剣星の魔女殿は、大変すばらしい剣の腕があると聞いております、ですので……その、あなた様に兵どもの指導をしていただきたいのです」
「指導?」
「ええ、はい。あなた様のようなお方に指導してもらえば、兵どもにとって貴重な体験となることでしょう。ですので、どうか、お考えいただけますと大変うれしいです」
なるほど……そういえばこの基地って鍛錬に熱心なところだったな。
流石はそんな基地の中隊長を務める人だ、土下座をしつつも兵たちの指導をお願いする姿、私は嫌いじゃないよ。いや、むしろ最高だ。
なにせ思ってもいなかったオファー。あと1週間は暇を持て余す私にとっては棚から牡丹餅な話である。
兵士の指導なんてしていれば、少なくとも暇を持て余す、という事もないだろう。というよりも、むしろ楽しそう、という言葉が相応しい。
私としてはすぐさまオッケーと言いたいところ。
だが、しかし、なのだ。
私はメメルちゃんの方を見る。
「これ、受けてオッケー?」
対するメメルちゃんはフルフルと首を横に振る。
やっぱりそうかぁ……。
まあ、分かってた事ではあるけど。
残念なことながらメメルちゃんの許可が下りなければ私は外に出ることが出来ないのだ、オッヂ少佐。悲しいかな。
などという様子を見たオッヂ少佐は、再びゴチン、と頭を床に押し付けて土下座。
めっちゃ痛そうだ。
「メメル軍医、どのような事情があるのかは分かりかねますが、要は激しい運動と魔術の使用がダメなのでしょう?兵士の指導には激しい運動も魔術の使用も必要ありません。実演はすべて私がやらせていただきます。
決して剣星の魔女殿には負担をかけさせません。また、看護師の同伴も許可します!ですから、どうか、どうかお願いします!!!」
お、おう、すごい勢い。
流石はオッヂ少佐、鍛錬にかける思いは人一倍熱いようだ。
とまあ、そんなオッヂ少佐の勢いに押されたのか、メメルちゃんは俯き考え込んだ。
「うーん……そこまで言うなら……ですが、今の約束はすべて守ってもらいますよ?」
そんなメメルちゃんの言葉にオッヂ少佐はパァ!と顔を輝かせる。
そんなに嬉しい顔をされると、こっちまで嬉しくなってくるではないか。
という訳で、こんな経緯を経て私はしばらくこの基地で教官を務めることとなった。やったね。
▽▲▽▲
昨日から今日まで、オッヂ少佐は驚愕の連続だった。
昨日、兵士から聞いた”白髪の少女”に会いに行ってみれば、偶然剣星の魔女に出会った。
失礼な事を言っていたという事に、血の気が引くこともあったが、紆余曲折を経てなんとか剣星の魔女に教官を務めてもらうことになる。
何とも幸運なものだ、オッヂ少佐は幸せに口を緩ませてしまう。
あの、伝説的な英雄である剣星の魔女が教官など、自分のような一介の佐官では決して見ることのない光景。
だが奇跡かな、オッヂは今、それを見ることが出来る。
先日、剣星の魔女はいろいろ準備するものがある、と言い翌日から兵たちに剣術を教えると言った。準備するものとはなんだろうか、まさか台本でもつくっていたりするのだろうか。と思っていたが、目の前に広がる光景を見たら、ああ、そりゃ準備も必要か、と納得した。
なにせ、今目の前で繰り広げられている光景は凄まじいものだ。
兵士の一人一人が別の鍛錬をしているではないか。
ある兵士は、剣術と並行した魔術式の計算訓練を。
ある兵士は、完全なる実践を想定した剣術の実用的な型の訓練を。
ある兵士は、魔術を絡めた攻めの剣術訓練を。
個人個人で行われる鍛錬は、まったく別の物だ。
集団を教える、となるとどうしてもその個人に適さぬ訓練を強行することになる。
例えるならば魔術が不得手な兵士に、筋トレを強要するという事だ。
なにせ、集団を教えるという事は、すなわち軍隊を動かすことと同じ。
兵士それぞれに適した内容を教えるというのは、個人の教官には不可能なのである。
だからこそ、今目の前で行われていることの異常性をオッヂ少佐はこれというほど理解していた。
小さく可憐な剣星の魔女は、テキパキと兵士にペーパーのような物を個人個人に配り、指定された鍛錬をするように指示している。
ペーパーの内容が気になったので、近くで鍛錬していた兵士の一人に、見せてくれ、と言いペーパーを覗いてみた。
「こ、これは!」
ぎっしりとその兵士の弱点と、その改善案が書き込まれているではないか。
しかも、すべてオッヂが日々の鍛錬の中でうっすらと言語化することが出来ずとも感じていたものであった。
一体、剣星の魔女はどこでこの兵士の弱点を知ったのだろうか。
剣星の魔女殿にはこの兵士の事など教えていない筈。
だというのに、ここまで詳しい情報をしっている、という事実をオッヂは末恐ろしく感じた。
まったく、剣星の魔女殿は化け物か。
そんなわけで一人感嘆しているオッヂを傍に、剣星の魔女は、キビキビと新たな兵士それぞれの弱点が見つかるたびに、逐次指導していった。
▽▲▽▲
突如現れた謎の白髪の美少女。
オッヂ教官がいきなり連れてきて「この方は前線経験のある佐官であらせられる。今日からしばらく剣術を指導していただけることになった」と紹介した人間。
兵士たちは内心、なんだこのガキ、と思っていた。
なにせ彼らの前で無駄に伸びた背筋で立つ少女は、あまりにも小さかった。
腕は細く、胸筋も薄い。到底、前線で戦っていたとは思えぬ人間。
しかしながら顔は整っており、美しい瞳に思わず兵士たちは魅入ってしまう。
だが、しかし、だ。
どれだけその少女が美しかったとしても、それはあまりにも軍隊という荒々しい男の集まりには似つかわしくなかった。
だからこそ、兵士たちはそんな少女に疑念を抱いていた。
「こいつは本当に俺たちに鍛錬を指導できるのか」、という至極シンプルな疑念だ。
当たり前の感覚である。いきなりちっこい少女が現れたと思ったら、いきなり自分たちの指導をする、なんて言い出すのだ。
不安になるのも仕方がない。
しかしながら、そんな不安はすぐに晴れることになる。
▽▲▽▲
「いやー、今日の教官すごかったな」
鍛錬の後のランニングの途中、一人の兵士が口を開いた。
屈強な彼らは、走りながら一切息を切らすことなく軽々と喋る。
「それな、今日の教官マジですごかったよな」
「あれ、配られたペーパーみて驚いたわ俺。だってあまりにも的確に俺の弱点がつらつらと書かれてるから、マジでビックリ」
「最初はこいつ大丈夫か、って思ってたけど蓋を開けてみたら、バケモンだったな」
その言葉に同意する兵士たち。
やはり、彼らは最初、白髪の美少女が本当に指導ができるのか不安だったのである。
だが、蓋を開けてみれば全くの化け物ではないか。
なにせいきなりペーパーを配りだしたと思ったら、もらった紙には自分の弱点と改善案がびっしりと書き込まれているではないか。
自分で自分の事を正確に知ることは難しい、というが、彼らがアバウトに捉えていた弱点が明確に言語化して示されていた。
この基地の兵士たちは、至極単純な脳をしている。
指導が上手い奴は、尊敬に値する。
ただ、それだけのシンプルな価値観を彼らは持っている。
だからこそ、彼らは今日やってきた新しい教官に、既に尊敬の念を抱いていた。
しかし、尊敬の念を抱いている兵士であったが、それでも新しい教官の容姿については別の問題であった。
「あの教官、めっちゃ可愛くなかった?」
「それ、マジで可愛かった。声もめっちゃ可愛いし、とことこ歩くとこなんか可愛すぎだろ」
「ちっさくて、なんか守りたくなるよなー」
やはり、彼らは共通の認識を抱いていた。
新しい教官は、可愛い。
とまあ、そんな認識を抱いていた彼らであったが、一人の青年は別であった。
「なぁ、お前もそう思うだろ、ルドウッチ」
ルドィッチと呼ばれた青年は、どこか遠くを見つつ返事をした。
「別に、どうでもいい」
緑のメッシュが入った独特の髪と、鋭い眼光が特徴的な青年、ルドウッチ。
そんな彼のそっけない態度。
というか、むしろ目を細めており、怒りも孕んでいるような雰囲気だ。
兵士たちは面白くなさそうな反応をした。
「ちぇ、なんだよ、スカしやがって」
そして、彼らはそんなルドウッチを無視してランニングを続けた。
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