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歴代の女性天皇 : 過去の10代8人はいずれも 父方に天皇の血筋を引く“男系”

政治・外交 社会 文化 歴史

小泉純一郎政権の下、2004年12月、「皇室典範に関する有識者会議」が設置され、安定的な皇位の継承に関する議論が本格的に始まった。皇族に40年にわたって男子が誕生せず、当時の皇太子さま(現在の天皇陛下)の次の世代に皇位を継承できる皇族がいないことが課題となっていたのだ。1年近くをかけた議論を経て、05年11月にとりまとめられた最終報告は、女性とその子どもの女系にも皇位の継承を認める方針を打ち出した。その後、06年2月、秋篠宮妃の紀子さまのご懐妊が明らかになり、9月に悠仁さまが誕生された。小泉政権は、結局、皇室典範改正案の提出を見送ったが、それから、14年が過ぎ、改めて、悠仁さまの次の世代が課題として浮上している。
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上皇さま(当時は天皇陛下)の退位を実現するため2017年6月に成立した皇室典範特例法は、付帯決議で政府に「安定的な皇位継承策の検討」を促している。皇室典範は「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」―つまり父方に天皇の血筋を引く男性のみが天皇になると定めており、現在の皇室で皇位継承資格があるのは、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さま(上皇さまの弟、天皇陛下の叔父)の3人だけだ。

今の制度のまま、将来、悠仁さまが即位された場合、悠仁さまに男の子が生まれなければ皇位継承者がいなくなる。付帯決議はこうした状況を踏まえ、安定的な皇位継承のための方策の検討を求めるもので、政府は秋篠宮さまが皇位継承1位の皇嗣となられたことを国内外に示す「立皇嗣の礼」の後に、議論をスタートさせる予定だった。ところが、2020年4月19日に予定されていた立皇嗣の礼は新型コロナウイルス感染症の世界的大流行で延期を余儀なくされ、皇位継承に関する検討も宙に浮いたままとなっている。

過去には「男系男子」の縛りはなく、10代の女性天皇が存在した。このうち2人は2度にわたって即位する重祚(ちょうそ/じゅうそ)だった。2005年の小泉政権時の「皇室典範に関わる有識者会議」の資料を基に、歴代の女性天皇を紹介する。いずれも、父方に天皇の血筋を引く「男系」の女性天皇である。

10代8人の女性天皇

歴代女性天皇(在位期間) 男系の系統 即位前の身分
33 推古天皇(592-628) 29 欽明天皇 皇后
35 皇極天皇(642-645)★ 30 敏達天皇 皇后
37 斉明天皇(655-661)★ 皇祖母尊
41 持統天皇(690-697) 38 天智天皇 皇后
43 元明天皇(707-715) 38 天智天皇 皇太妃
44 元正天皇(715-724) 40 天武天皇 内親王
46 孝謙天皇(749-758)☆ 45 聖武天皇 皇太子
48 称徳天皇(764-770)☆ 太上天皇
109 明正天皇(1629-1643) 108 後水尾天皇 内親王
117 後桜町天皇(1762-1770) 115 桜町天皇 内親王

「皇室典範に関わる有識者会議」資料を参考に作成
名前の前の数字は歴代数を示す 。★と☆はそれぞれ同一人物で、重祚(2度にわたっての即位)

これまでの女性天皇の即位の経緯を、有識者会議の資料を基にまとめた。

【33代・推古天皇】

29代・欽明天皇の皇女(=男系)で、30代・敏達天皇の皇后。

朝廷で権勢を誇っていた蘇我馬子の手の者によって、32代・崇峻天皇が暗殺され、政治的に緊迫した状態にあった。複数の男性後継者候補がいたが、蘇我氏の思惑も相まって容易にまとまる状況ではなかった。蘇我氏一族を母に持つ推古天皇が即位することで、皇室と蘇我氏の協調関係を保ち、政治的安定を求める意味合いもあったとみられる。

次代天皇は、敏達天皇の孫にあたる34代・舒明天皇。

【35代・皇極天皇】

30代・敏達天皇のひ孫(=男系)で、34代・舒明天皇の皇后。

夫である舒明天皇の崩御後、またもや蘇我氏の思惑で、後継者がすんなりと決まらず、中継ぎ的に即位。

次代天皇は、同母弟の36代・孝徳天皇。

【37代・斉明天皇=皇極天皇が重祚】

36代・孝徳天皇が崩御した時、皇太子の地位にいたのは34代・舒明天皇と皇極天皇の第2皇子である中大兄皇子(後の38代・天智天皇)だった。一方で、孝徳天皇の皇子である有間皇子も有力と目されていて、中大兄皇子がすぐに即位することが難しかったため、皇極天皇が再び即位(重祚)して、斉明天皇となった。

次代天皇は、天智天皇。

【41代・持統天皇】

38代・天智天皇の皇女(=男系)で、40代・天武天皇の皇后。

夫である天武天皇との間にできた草壁皇子は有力な後継候補であったが、別腹の大津皇子も有力な継承者と目された。両者をめぐって朝廷内部で対立があり、容易に後継者を決定できずにいた。その後、草壁皇子が亡くなった。当時、幼少であった草壁皇子の遺子(持統天皇にとっては孫)の珂瑠皇子(後の42代・文武天皇)に皇位継承させるための中継ぎ的な即位。

次代天皇は、文武天皇。

【43代・元明天皇】

38代・天智天皇の皇女(=男系)で、41代・持統天皇の異母妹。

息子である42代・文武天皇が崩御した際、その遺子(元明天皇にとっては孫)である首(おびと)親王(後の45代・聖武天皇)はわずか7歳で、年齢的にすぐに即位するのは困難であったため、中継ぎ的に即位。

次代天皇は、娘である44代・元正天皇 。

【44代・元正天皇】

43代・元明天皇の皇女で、42代・文武天皇の同母姉。母の皇位を継ぎ、2代続けての女帝となったが、父が40代・天武天皇の皇子であるため、男系を維持。

母である元明天皇が即位後9年で心身の衰えを理由に譲位の意思を表明。しかし、その時点での首親王(後の45代・聖武天皇)は15歳と若く、即位への反発も多かった。

元明天皇と元正天皇と母娘2代にわたって、首親王が皇位を継承するための中継ぎ的役割を果たした。

【46代・孝謙天皇】

45代・聖武天皇の皇女(=男系)

聖武天皇の皇子(孝謙天皇にとっては同母弟)が夭折したため、女性として初の皇太子となり、その後、即位する。女性の皇太子も、皇太子を経て即位した女性天皇も歴史上ただ一人。

次代天皇は、40代・天武天皇の皇孫にあたる47代・淳仁天皇。

【48代・称徳天皇=孝謙天皇が重祚】

47代・淳仁天皇に譲位後、僧・道鏡を寵愛した孝謙上皇と、淳仁天皇を後ろ盾とする藤原仲麻呂との間で対立が激化。仲麻呂が反乱を起こすも、孝謙上皇方が勝利。淳仁天皇を廃位し、孝謙上皇が再度即位し、称徳天皇となった。

次代天皇は、38代・天智天皇の皇孫にあたる49代・光仁天皇。

【109代・明正天皇】

108代・後水尾天皇の皇女(=男系)。

徳川幕府と朝廷との軋轢(あつれき)により、父である後水尾天皇が退位。後水尾天皇の皇子はいずれも夭折していたため、男系男子への継承ができず、皇女である明正天皇が即位した。

後水尾天皇退位後に、明正天皇の異母弟にあたる紹仁親王(後の110代・後光明天皇)が誕生し、親王が11歳になるのを待って譲位。

【117代・後桜町天皇】

115代・桜町天皇の皇女(=男系)。

116代・桃園天皇(後桜町天皇の異母弟)が崩御した時点で皇嗣として定められていた英仁親王(後の118代・後桃園天皇)は5歳だった。すぐに即位することが難しかったため、中継ぎ的に即位した。英仁親王が13歳になるのを待って譲位。

バナー写真 : 天皇陛下が即位された2019年5月1日の「即位後朝見の儀」の様子。最前列に並ぶ成年皇族はほとんどが白いドレス姿の女性皇族(時事)

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    天皇 皇位継承 愛子さま 天皇制度 皇嗣 女帝

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