燃え盛る街。
人々の悲鳴ーーーー。
絵に書いたような地獄が広がっていた。
そんな地獄の中心に2人は居た。
月の光のような美しい髪を持つ少女とーー。
獅子の鬣を思わせる髪を持った男。
男はそんな地獄の中心に立ち嗤っていた。
「今この瞬間……世界は我等こそが中心だ」
炎の様に滾る黄金の瞳がこちらを見下ろす。
「……ッ」
「いい目だ……彼が卿を変えたか」
その目が訴えてくる。
楽しいのだと。
こうして私と対峙し、街を地獄に変えながら。
「貴方は……」
これが貴方の楽しみなのか、戦争が。そんなにも嬉しいのか、殺し合うことが。
無辜の民を殺して、そうして自分の中に取り込むのか。
「慕ってくれた人達を殺すのは」
皆が当たり前を謳歌してた、夢を追いかけてた。好きな人も家族も神も、それが他人から見たらくだらなかったとしても、そこには当たり前の日常があったのだ。
「それを奪うのが楽しいんですか!!」
「言わなかったかね、私の愛は破壊だ。これこそが私の愛の示し方だ」
槍と剣がぶつかる。
届くはずのなかったソレは今では届く。
私の中の何かが『あの子』と出会ったおかげで大きくなった、それがきっと今こうして目の前の男と戦えるようにしてくれてるのだろう。
ありがとうーーー。
「私は……貴方を!!!!」
「貴方をーーーー
ステイタスという括りを超えたまさに決死の一撃。その一太刀が決殺となっている。
そこまでしてなお、目の前の破壊の化身を越えることは出来ていない。
「……ッ!!!」
胸の中を埋め尽くすこの感情、怒り、憎しみ、悲しみ……そして喜び。
家族や仲間たちの思いを背負ったことも後悔なんてあるわけが無い。
「ああ、いいぞ。もっと魅せてくれ。悲しみも怒りも希望も絶望もその全てを喰わせてくれ」
昔から飢えてる人だと思ってた。
生まれついての覇者ゆえの孤独に苦しんでるのだと思っていた。それも全部私の勘違いだ。
「貴方は……神でもなんでもない……ただの悪魔です」
無辜の人々の魂を喰らい己の糧とする、総てを愛してるといいながら触れるもの全てを破壊する悪魔。
許されていいわけが無い。
「そんな言葉は聞き飽きたな」
兄をこんな化物に変えた元凶も、それを受け入れたこの人も。
「私が倒します!」
風を纏った足で大地を蹴りあげ、飛ぶ。本来なら有り得ざる力を彼等の思いが可能にしている。
こんなことをしている時も、兄はその力を高めているのだ。
街の外に兄の牙が広がるのだ、そんな事させてはいけない。
早く、何よりも早く動け。
「…ッア……!!」
魂の奥から湧き上がる力、放つ一撃が一撃ごとに過去最高を叩き出してるのを実感する。
今なら届く、その場所に。
「…ほう……早くなっているな」
互いにステイタスの限界を超えた存在、埒外の一撃がぶつかり合ってせめぎ合う。
力押しでは負けてしまっても、私の得意分野である速さだけは渡さない。
「私を倒したとして卿はその先に何を望む」
当たり前の日常を、それを壊すものが現れない世界を。
「悪意を人から除くことは神にもできんぞ」
ぶつかり合う、力と力。
人の悪性、恐怖を形にしたような男が言う。
「力による支配、争いは血脈に刻まれた人の罪だ。消すことなどできん」
実際、そうなのだろう。こうなる前、冒険をしていた時にだって戦争は起きていた。
ダンジョンの中でさえあるのだ。
だけど。
「ならば私がそれを壊そうとて、問題なかろう」
「悪が必要ならば私が担おう。戦いを望むなら我が総軍が相手しよう」
「卿とて同じであろう、力を得れて興奮したろう」
あぁ、認めるしかない。
「他者を追い越すことに愉悦を感じたことは?」
「私が与えてやる。血と硝煙に満ちた戦場を、慰めの妄想に過ぎない夢を、私が愛する卿らに贈ってやる」
「私は総てを愛してる」
「ゆえに総てを破壊する」
「涙を流して、この怒りの日を称えるがいい!」
高速で動き続ける中兄は謳うように言ってのけた。
「勘違いしないで下さい」
人の罪や、そんな事を語る気は無い。
「ただ欲しいだけです」
そこにあったあの日々が。
「冒険をしていた」
愛する家族がいた。
「ただそれを守りたいだけです!!」
覚悟とともに振り抜かれた一撃が燃える。一白髪の少年の姿を幻視させる一撃は聖槍を押し返し、ラインハルトにかすり傷を与えた。
「ならば!私を倒してみせるといい」
世界を賭けた戦いは未だ始まったばかりなのだから。
×××
ラインハルト・ハイドリヒは生まれついての覇者だった。
平凡な冒険者の夫婦の間に生まれ落ちた赤子、その赤子を見た時夫婦は地獄を幻視した。
故に夫婦は赤子を悪魔憑きとし、孤児院に預けた。
その後、夫婦はダンジョンにてモンスターに殺された。
なんのことは無い、冒険者になりがちな事だ。
しかし周りの人間はそれを赤子のせいだとしたのだ。
まだ言葉も喋れぬ乳飲み子、それを恐れたのだ。
紆余曲折を経て赤子はとある夫婦に預けられた。
後に『アイズ』と名付けられる少女の親、そこに。
彼女達の愛は確かに彼に届いた、しかし足りなかったのだ。
運命という決められたレールは彼を蛇の元へと導いてしまった。
彼が蛇と出会ったのは彼が『ロキ・ファミリア』に入団してからの事だった。
「それで、何故卿らは私を呼んだ」
闇派閥が跋扈しているオラリオの現状は殺伐としたものだった。
誰が誰を傷つけた、だから捕まえた。
闇派閥も暴漢も悪とされるもの達は容赦なく裁きを与える。
誰が味方かも分からぬほどの混沌下物だった。
「名は、なんと言ったか」
この暗黒期のオラリオで捕まってしまった哀れな男。
「カール・エルンスト・クラフト……ラキアの方で生まれラキアで戦争が始まり逃げてきたというのが本人の証言です……これにつきましては主神ガネーシャにより嘘はないと確認できています…ですが」
「何か問題が?」
神の言葉であってもそんなことが有り得るのか、そう訴える目。
「彼は巷では……」
「占星術による未来予知を使える魔導士か」
未来予知などという謳い文句で、人の不安に漬け込む小物。
「そのカールとやらの技を確かめろと言うわけか」
「他派閥でましてや貴方はお忙しい身であることは重々承知しておりますが……」
「構わん、下らん詐欺師の相手をするのも私の勤めのひとつだ……ここからは私一人でやろう」
「いえ!しかしそれは……」
「檻を隔て取り調べをするだけだ。それだけのために兵士を何人も割けぬよ……しかも詐欺師だ、万一襲われても相手にならんよ」
遠ざかっていく門番を見送る。
檻の前に立つ。
酷く落ち着き払った男、人を食ったような笑みを浮かべた影法師がそこにいた。
蛇。
そんな印象を抱かせる。
「卿が噂の詐欺師か…噂通りと言ったところか。私は」
「ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。ロキ・ファミリアの治安維持部隊 隊長。オラリオにその名を届かせる貴公子でありながら敵対者には破壊を尽くす獅子殿」
「お目にかかれて光栄だ。私はただの詐欺師だ…あなたにあえるなどと思ってもみなかった」
「肝が据わってるのか諦めているのか……今のオラリオでここに連れてこられてそう笑える者などいない」
「それで卿、本当か?」
「私の職務は、オラリオに蔓延る闇派閥と悪漢共を処罰することだ。卿が噂通り占星術などと謳って詐欺師をしていたとなれば卿が言うように破壊の限りを尽くすことになる」
「私が詐欺を働いたか否かであれば……していない」
「そうか。ならば卿に何かをすることは無い……ま、せいぜい3日ほどか。それまではここに居てもらうが」
「……その前に一つだけよろしいかな」
「ふむ、言ってみるといい」
「私を今すぐここから出しては貰えぬか」
「……」
黙したまま視線が混じり合う。
「取引だ。ここで数日過ごすか、私の駒として動くか……どちらも結果は変わらん」
「私を駒にして何か得でも?」
「上の神物達は卿の技が本物か気になるらしくてな…元より私はその真偽を確かめにここに来ている」
「オラリオは今混乱の最中だ。誰が敵か味方かも分からんとなっては討つべき者も定まらん。故、卿のそれが本物であるならば私の手元に置けとの事だ」
「貴方は……なぜ満たされていないのか」
返答はなく、帰ってきたのは更なる問。
「何だと?」
だと言うのにそれが引っかかった。釣り針の返しのように心の内に。
それに不快感を覚えないものなどいないだろう。
「取引をしようハイドリヒ卿……私を解放するという条件は変わらない……その対価として貴方を満たす場を作る」
「そんな場が訪れると?」
「えぇ。必ずや」
この暗黒期を超えた先で、貴方が何を感じ何を求めるのか分かるまで。
今はただ、待ちましょう。
全てを照らす英雄の光を。
×××
振り下ろされる大斧。
当たればまず助からないだろう。
それを紙一重で躱す。
「何でーーー。」
何でこんなところにいる。
事前に聞いた話とまるで違う。
確かに、今の自分に合わない背伸びをしたのは自覚している。
その代償が目の前のこれだと言うのならダンジョンは自分のことが嫌いなのだろう。
自分を担当してくれてる人の言葉が脳に響く。
『冒険者は冒険をしてはいけないよ』
あぁ、全くもってその通りだ。
「ちくしょぉぉぉぉ!!!!」
声を荒らげ、自分を奮い立たせる。
力で負けても心では負けるな。
なるんだろうあの人みたいに。
想起するのは黄金の背中。
『そうだとも卿はここで終わるべきでは無い』
記憶の中の黄金が笑う。
総てを飲み込む黄金、彼のしてきた冒険に憧れた。
だったら、ミノタウロスくらい倒して見せろ。
ナイフを握りこみ、顔を上げろ。
目の前の壁を越えてみせるのだ、そう思い顔を上げた先に迫る大斧。
駄目だ、終わる。
覚悟は一瞬でくだかれ、その場に座り込む。
「ふむ…背伸びをするのは構わんが卿が相手取るには些か壁が大きすぎるのではないか」
聞こえてきたのは万人を魅了するような声。
そして気づく、来るべき一撃が来ないことに。
恐る恐る顔を上げるとそこには黄金がいた。
「また会ったな…ベル・クラネル」
男がミノタウロスの大斧を受け止めていた。
「…ぁ…」
息が詰まる。
例えるなら黄金色の大渦。
全てを押しつぶすような圧、忘れるはずもない。
ラインハルト・ハイドリヒ。
ロキ・ファミリアの最終兵器とも呼べる男がそこにいた。
「しかし、よくぞ吼えた。故にここは私が引き受けよう」
素手で受け止められた大斧に力が加わっていく。
ミシッ。
軋む音が響く。
それが徐々に大きくなっていく。
ミノタウロスが絶叫する。
それも虚しく、次の瞬間には大斧は砕かれた。
「つまらんな…もうよいぞ逃げるも私に壊されるのも好きに選ぶといい」
ラインハルトがそう呟くとミノタウロスは脇目も振らずにダンジョンの奥へと走り去って行った。
「さて聞こうか、卿はなぜここにいる」
ダンジョンの灯りに照らされながら、僕は運命と出会った。