「神様ー!行ってきまーす!」
「うん!怪我しないようにねー!ベルくーん!」
古教会のまだ中に居る神様から温かい言葉を貰いながら、バベルへ向かって駆け出す。
これがベル・クラネルの一日だ。
アドバイザーのエイナさんからの忠告されたように、上層で経験を積むことを今までしてきた。初めの内は達成感もあったのだがそろそろ慣れが出てきてしまった。
「(今日はもうちょっと下の階層まで行ってみよう!)」
冒険をするためにオラリオに来て冒険者になったのだから、胸踊る冒険をして物語で語られるような英雄になりたい。その気持ちが抑えられなくて僕はそんな無鉄砲なことを考えていた。
だからこそ、僕は隣を通り過ぎる人をよく見てなかった。
僕が気付けたのは偶然で目の前でそれがコロコロと転がっていたから。思わずといった風にしゃがみこんで手で掴んだ。
「これってなんだろ?……何かの……玉?」
指の第二関節程度しかない小さな玉がそこには転がっていた。明らかに人の手が加わった物だったけど、このオラリオに来てからも一度も目にしたことがない小さな玉だ。
このオラリオに来てからまだ日にちが少ないため、単純に知らないだけかもしれない。
「……って、考え込んでる場合じゃない!」
落とし物をしてしまった人が居るなら早く届けなくちゃ。僕はさっきすれ違った人のところまで駆け寄って声を掛けた。
「あの!これ落としましたよ!」
「え?」
───そこで僕は運命に出会った。
その人が振り返ると艶のある美しい金髪が風に揺られて、まるで輝いているかのようだった。吸い込まれるような深い青色の瞳は宝石のように綺麗に僕を映す。
そして、完成された女神のような美貌に
「……ああ、なるほど。私としたことがライラの作った煙幕玉をポーチから落としてしまったようだ。
感謝します、名も知らぬ
「…………」
「?…………どうしました?」
まるで石像になったかのように固まった僕を見て、困惑したように戸惑うエルフの女性。僕は意図せず胸から溢れるその言葉を口にした。
「───すごく綺麗だ」
「なッッ!?」
その言葉を聞いたその人は捲し立てるかのように僕へ批難した。
「と、突然何を突拍子も無いことを……っ!軽々しく女性を口説くなど恥を知りなさい!!」
「え?………………!?あ、いやっ、ち、ちちち違うんですっっ!!
僕、今までオラリオの外で暮らしてたんですけど、こんなお伽噺で出てくるような美しい女の人が、本当に世界に居るなんて思ったことも見たこともなくて…………って、あわわわわ」
「な、ななな何を往来の真ん中で言っているのですか貴方は……!」
その言葉を聞いて周りの視線が集まり出したことに、ようやく気付いた。僕がこの人に言ってしまったことを聞かれていた事実を認識してしまって、僕はとうとう限界に達してしまった。
「こ、これ返しますっ!!本当の本当にあの、……ごめんなさああああああああいッッ!!!!」
顔を赤くしながらダンジョンのあるバベルに向かって全速力で駆け出した。あれほど我武者羅に走ったのは過去には一度もなかったと断言できる。
もう全部が全部ダメダメな対応であったことを思い出すのは、眠るためにベッドに潜り込んでからになる。
そして、そのときにあることに気付いて絶望する。他人と肌を触れ合うことに極度の忌避感を抱くエルフに対して、強引に手を掴むなど嫌悪の対象になって然るべきだということに。
如何にも新人冒険者の風貌をした白い髪の少年が、大声を上げながら走り去っていく。その姿を視界の端に捉えながらも私は見送ることしかできなかった。
「………………え?」
ポツンと、一人残された噴水広場で私は呆けた顔を衆目に晒している。頭の中にあるのは先ほど行われた彼の行動だった。
「体が何も反応しなかった……?」
私の悪癖の一つにみだりに他人と肌を触れ合うと、その相手を叩きのめしてしまうというものがあった。これはエルフ全体でもほぼ共通する価値観だが、私のそれは自分自身でも度が過ぎていると思うほどだ。
だからこそ、頭の中が真っ白になる。今までそんな相手は一人しか居なかったからだ。
「……アリーゼ以外にそんな相手など……しかも、ヒューマンの男性に……」
思考に深く潜ってしまったが、すぐさま周囲の視線を思い出して翻るようにその場から立ち去る。無闇に騒動を起こすなどアストレア・ファミリアの眷属としてあるまじき姿だ。
頭は未だに混乱一色だが使命感で体を無理やり動かす。
「そ、それにしても、彼は一体なんなのです。初対面の者の容姿を褒めるなど……」
落とし物を拾ってくれたことには感謝するが、そのあとに出てきた言葉で冷静さを失った。
「(容姿を褒められたことは今までありましたが、あのような純粋な反応をされると……いささか私も困る……。下心も無く異性にあのような言葉をかけられるとは……)」
何から何まで今まで見たこともない男性だった。純粋無垢とは彼のことを言うのかもしれない。そこまで考えて頭を左右に振り雑念を払う。
「……昼休憩の時間です。早く輝夜達と合流しましょう」
基本的に巡回は二人一組で行うが、私が『Lv5』となったことで一人で動くようになった。
ならば、新人の眷属と共に行動するべきと思うのだが、輝夜曰く『どこかの誰かさんは揉め事が起きると、すぐ相手を威圧しながら誰が悪いかを一方的に決め付ける悪癖があります。
そのような人が近くに居れば純粋な子が悪影響されるのは必然でしょう?
オラリオの第一級冒険者の一人にして、アストレア・ファミリアの眷属がそのような振る舞いを良しとするなら、それが正しくあるべき姿なんだ、と誤解してしまうのは無理もないこと。
新人の子達の指導は私達がします故、あなた様は可能な限り言葉少なく騒動を抑え、ガネーシャ・ファミリアの眷属の方に引き渡してくださいませ』
……などと言われてしまい、基本的に一人で巡回するようになった。釈然としないが誰も反論しなかったため何も言えない。
「……それよりも、先ほどの少年は果たして大丈夫なのでしょうか。かなり動揺していたようですが」
他ファミリアの眷属に無闇に深入りすべきないのは常識だ。それに、彼とは先ほど出会った縁という小さなものしかない。
Lv5 としてオラリオの注目をそれなりに集めてしまう自分では、彼にとってプラスに働くことは少ない。それどころか、彼の足を引っ張ってしまう結果となる方が可能性としては高いだろう。
だが、そこで私は思い出した。
『いいですかリュー。ファミリア間の軋轢を気にして誰かの危機を見過ごすなどあってはならないことです。我らの【正義】は誰かにとっての【悪】となりえます。使命を果たそうと動く私達を批難する者も必ず現れることでしょう。
しかし、目の前の人を救いたいという気持ちそのものに【悪】の入る余地はありません。貴方の心のままに動きなさい。私もそうしていますから』
まさに、それはリュー・リオンにとって金言だった。『助けたい、救いたい』という気持ちを優先する。
これが世の中の道理を何も知らない子供の言葉ならばともかく、
その事実を知っていれば、絵空事などと笑い飛ばせる訳もない。
「……少しだけあの少年に着いていきましょう。問題が無いようでしたら巡回に戻ればいいだけです」
このようにして、彼女は行き先をオラリオ町からバベルに変えたのだった。
「よっ!……はあ!……てやっ!!」
物陰から見るリューは先ほどの少年の動きを見て分析する。
「(やはり、彼は駆け出しの冒険者ですね。予測も判断力も動作も拙い。本来ならば先輩冒険者と共にダンジョンで行動するべきだと思うのですが、何か事情があるのでしょう)」
ダンジョンに入ってからと言うもの、心配した想定とはならず大きなミスもすることなくモンスターを狩り続けている。リューは一先ずただの杞憂となったことを理解して胸を撫で下ろす。
「これならば、問題はないでしょう」
先ほどの出来事でいつもの動きができず、大怪我などされれば後味も悪かったがそうでなければ仕事に戻るべきだ。
「……個人的に彼のことは気になりますが……いえ、そういう意味では無く。私に触ることができる珍しい存在として思うところがあるだけですので……」
誰に言い訳をしているのか分からないが、なんとなく言葉にしながら引き返す。個人的な興味関心はやるべきことをやり終えてからだ。
「うわああああああああッッ!?!?!?!?」
「!──この悲鳴はまさかッ!」
即座に振り返り、悲鳴の出どころに向かいダンジョンの中を突き進む。元の居た場所から推測すれば、彼が今どの辺りに居るのかを割り出すのは簡単だ。。
『Lv.5』のステータスを用いて通常では考えられない速度で階層を駆け抜ける。そのあまりにも速すぎる速度は本来あった予定調和をも足蹴にしていく。
ミノタウロスによって近いうちにダンジョンの袋小路まで追い詰められる筈だった少年は、早い段階で先輩冒険者に救われることになる。
彼女はミノタウロスに追われている白い髪の少年を視認すると同時に、ミノタウロスに飛び掛かり腰に
「………………ふぇ?」
轟音と共に巨大な何かが後ろから前方へ高速で吹き飛び、曲がり角に差し掛かった少年の前で壁と衝突。地と肉を撒き散らしながらその身をザクロへと変え、血飛沫が少年の体に降り注いだ。
腰を抜かした彼を責めることはできない。自らを殺そうとした『死』の権化が気が付くと物言わぬ死体となったのだ。訳が分からなくて当たり前だ。
そんな目に遭えば普通の感性を持っている者ならドン引くこと間違なしなのだが、少年の横にはそれよりも更に目を惹くものがそこにはあった。
戦いの場でありながらその美しさに陰りは一切無く。
華奢な肢体に靡く金色の髪は絵画のように完成されている。
幻想的な美しさと女性的な魅力を併せ持つそのエルフから、少年は目を離せない。
そのエルフは羽根のような身軽な動きで地面へ着地すると、血で真っ赤に染まった少年にポーションを持って近付いた。
「───先ほど振りの再会ですが、申し訳ありません先を急ぎます。本来ならばこの階層にミノタウロスが出没するなどありえない。
すぐにでも周囲に襲われている者がいないか確認しなければなりません。大丈夫かと思いますが負傷したのであればこちらをどうぞ」
噴水広場で少年からされたように、手にしたポーションを彼の手を掴んで手渡し、初めて見せる笑顔を浮かべて囁くように優しく言葉を紡いだ。
「貴方とは先ほど会ったばかりの関係ですが、私の行動が貴方の命を守れたのならば私は嬉しい。貴方が生きていて良かった」
そう言うとしゃがみこんだ姿勢からスッと立ち上がり、彼女は凛とした表情で前を向いた。
「貴方はダンジョンから脱出を。私は正義の眷属として役目を果たしに行きます」
引き止めることもできなかった。金色の軌跡を残して走り抜けたその姿はまさに一陣の風だ。
そして、誰かを守るために戦うその姿こそ、少年の……いや、ベル・クラネルの憧れそのものだった。
その光景に目を焼き付けられた少年、ベル・クラネルは、憧れを抱いた相手から避難しろと言われたにも拘わらず、しばらく立ち尽くしてしまうこととなる。