呆然とする人垣を掻き分けて女性が駆け出す。
「アーディ!!」
彼女の姉であるシャクティ・ヴァルマが彼女に駆け寄り抱き締める。最愛の妹が生きていたのだ。団長としてではなく一人の姉としての姿がそこにはあった。
「……お姉ちゃん……?あ、あれ?私、一体何がどういう……?」
困惑するアーディ・ヴァルマの生存に周囲が色めき立つ。太陽のような明るさを持つ彼女の存在は士気に大きく影響するのだから。
「はあ~……──アーディ!本当に無事でよかったわ!流石ねアルトリア!」
愕然とした様子から一番初めにいつもの調子を取り戻したのは、アストレア・ファミリアの団長『
「……あの一瞬でアーディを救うだけじゃなく『火炎石』を持った子供まで救っちまうとはな……流石はアタシらの副団長様だ」
「……ええ、ええ。【スキル】の【直感】を頼りにここへ駆け付け、あの幼子が懐に隠し持っていただろう『火炎石』を掠め取り、アーディと共に安全圏に退避させ、自分はあの『火炎石』の爆発の直撃を受けた、っと言ったところでしょうかね。
いやはや、Lv.6ともなるとデタラメが過ぎて同じ人間か怪しくなってきますねぇ?」
「……前から思ってたけどよ。お前アルトリアに対して厳しくね?お前らアタシが知らないとこでなんかあったのか?」
そんな団長に続いて余裕を取り戻したのは、それぞれ『
衝撃的な光景を見たあとにも拘わらず、落ち着きを得ることが出来たのは単純に慣れである。アルトリア・セイバーならばしょうがないと洗脳されているのだ。
しかし、どうやら最近入った新人には刺激が強すぎたらしい。
「あ……え?……え…………?」
「ははははっ!リオンの奴あんまりな光景に気弱な女みてえに腰抜かして頭バグってやがるぜ!」
「やれやれ、これだからポンコツエルフは…………と、言いたいところですが、あの方のおかしさを見てしまえばそうなってしまうのも道理でしょう。慣れている私達でも今の光景は心臓に悪い」
友人が助かったことは素直に喜ばしいが、影も形も居なかった筈の副団長が割り込んで助けていましたなどとても信じられない。それこそ、都合の良い幻想かと思ってしまうほどだ。
「うんうん!アルトリアって理性的に見えて基本的にはゴリ押しで解決するわよねっ!そんなところも素敵よ!」
「………………………………え……?」
アリーゼの称賛の声を受けてアルトリアはピシリッと固まる。その言葉は彼女からすると予想外の反応だったようだ。アリーゼは続けて団長として声を発する。
「ここに居る皆で『
しかし、その声を遮るように彼方から腹に響くような音が幾度も鳴り響く。その轟音は先ほど耳にしたものだ。最悪の光景を誰もが想像する。
「この音ってさっきの爆弾ッ!?」
「まさか、オラリオ中で『火炎石』を爆発させているっていうのッ!?」
「おいおい、ヤベーぞ!いつまで続くんだこれッ!?」
鳴り止まない爆発の轟音が状況に動揺が広がっていく。このままでは状況が悪化しいていくと誰もが察してしまう。
「……くくくくッ、ははははははははッッ!!爆発から一人救った程度で調子に乗ってんじゃねえよクソ冒険者ッ!これは、始まりの合図だ!
一人爆発をすれば連鎖的にオラリオ中でこいつらは自爆する!もう、止められやしねえ。オラリオを盛り上げるこの『花火』はなァ!」
「貴様……ッ」
「よォ、小綺麗な騎士様。そこのガキごと『火炎石』を切り捨ててりゃあ、『花火』の合図が上がることはなかった。つまり、お前の判断ミスだ!てめえの落ち度が防げたかもしれないオラリオの惨劇を生み出したんだよ!!」
嬉々としてヴァレッタはアルトリアを煽り続ける。これは、本心から愉悦を抱いているという理由もあるが、一番の理由はアルトリアの動揺を誘うためである。
Lv.5のヴァレッタがLv.6のアルトリアと正面からぶつかれば、ヴァレッタが敗北するのは道理だ。だからこそ、戦意を削いで隙を作り出そうとしている。
「アルトリア!あなたのしたことは間違いなんかじゃないわ!それに、『火炎石』の爆発が合図ならあの子の『火炎石』が特別って訳じゃない。
あの子が使えない状況に陥っても他の人員が『火炎石』の合図になっていたわ!」
「ああ、あのクソ野郎はあいつに都合の良い事実だけを切り取って、副団長に有りもしない責任を押し付けようとしてるって訳だ。
そもそも、『火炎石』を使った自爆事態が誰も予測していなかった以上は、ここにアタシ達一族の『勇者』が居ても状況は大して変わってねえよ。
それこそ、アンタじゃなきゃそこのガキどころかアーディだって死んでてもおかしくねえ」
「……ええ、分かっていますアリーゼ、ライラ。『
「チッ、フィンのクソ野郎と同じくらい気に食わねえ奴だぜてめえは。だが、まあいい、私の本命はフィンだ。てめえ相手に時間なんて割いてられねえ。私と関係のねえとこで無様にくたばりやがれ」
「私が貴様を逃がすと思うのか?」
「ははっ!違うなてめえは私を逃がすしかねえんだよ。なんせ、────てめえは騎士様なんだからな!!」
すると、周辺から大きな爆発音が発生する。今さらそれが何かなど一から語る必要もない。『火炎石』によるものだ。
今まで彼女達がいた建物が爆発によって主柱を失った。どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
「ッ!このままだと、この建物が倒壊しちまう!押し潰されるぞ!!」
「アーディ!シャクティ!早くこの場所から出るわよ!」
「あ、ああ!すまない、アリーゼもう大丈夫だ。すぐに脱出する」
「こんッッの、クソザコ
それとも、か弱い自分可愛いアピールか?同性の前でしてもただただ腹が立つだけだわ愚か者!」
「なっ……!?ち、違う!そんなつもりなどもうとうない!……というか、誰がクソザコだ!それ以上の侮辱は許しはしないぞ!」
「私の肩に担がれながらどんな顔して言ってるんだこの大間抜け!このまま地べたに放り捨てられたいか!このポンコツめ!」
「ポンコツ!?」
言い合いをしながらも迅速に行動できるのは、彼女達がオラリオでも有数のファミリアに属しているからだ。出口に向かって一人一人駆け出していく。
「!……お姉ちゃん!あの子が!」
「ダメだ止まるな!生き埋めになるぞ!……今からではもう間に合わん」
アーディの視線の先にあるのは、彼女を自分もろとも『火炎石』で吹き飛ばそうとした子供だった。
死の運命から脱したあとに建物の倒壊がすぐさま始まったのだから、頭の中から存在を忘れ去ってもおかしくない。
ただ一人の騎士以外は。
「───アルトリア!?」
同じファミリアの団長が叫ぶように声を掛ける。
「クソッ、もう崩れちまうぞ!」
「あいつ、まさかあの子を守りに戻ったのか!」
崩落まであと数秒も無いだろう。命は尊ぶものだがそれがこちらの命を狙う敵ならば、必要以上に慈悲を掛けるものではないだろう。
しかし、降り注ぐ瓦礫と天井を前にしても、その凛とした姿に一変の陰りもない。
先ほどと同じ様に気絶して動けない子供を背にして、青の騎士は視認が不可能なその剣を、落ちてくる天井に向けて突き出すように振り上げた。
「───
圧縮された風が爆発したかのように一点に向けて吹き上がる。その勢いは凄まじく、彼女達を押し潰そうとした巨大な質量を跡形もなく消し飛ばした。
その立ち姿に揺らぎなく、理想の騎士は傷一つ負ってはいない。
それを見た
「そ、そんな馬鹿な……!あの威力の魔法を超短文詠唱で行使するなんてあり得ない!」
「違うわよリオン。あれは予め剣に風を纏わせてあとから解放させる魔法。言ってしまえば魔法の待機状態を常日頃からしてる訳ね!
だから、あの技はポンポン打てる訳じゃないの。あれは、アルトリアの切り札の一つよ!」
「……なんで団長がそんなに得意気なんだよ」
そんな彼女達を余所に騎士は遠方に視線を向ける。その視線はどこか悔恨が残っていた。
「……逃げられましたか。建物を吹き飛ばすついでに攻撃したのですが思ったよりも勘が鋭い」
纏った風が無くなりその剣が外界に姿を現す。それは、誰が見ても業物だった。豪華な装飾が在るわけではないが、一目見て惹き付けられる尋常ならざる存在感。
それを言葉にするなら神秘的と言う他無い。悪名高い『クロッゾの魔剣』とは違う清浄な輝きはまるでお伽噺の聖剣。
その剣を握るに相応しい騎士は変わらぬ佇まいのまま、再び誓いを口にする。
「我が聖剣が貴様の命脈を断つ」
「(あっ、風王鉄槌で吹き飛ばしたから散弾銃みたいになって、瓦礫が町中へ降り注いだんじゃあ……)」