「想星のアクエリオン Myth of Emotions」にアンバランスな感情を向ける。【全話観ての感想】
「想星のアクエリオン Myth of Emotions」(以下「想星」)の、全話観ての感想です。
とりとめがないかもしれませんが、どうぞよしなに。
結論から言うと、「思ったよりは好きかも」です。
(以下、敬称略)
前提
感想は書き手に依存する、ゆえに最初に筆者(以下「私」)のスタンスを書きます。私は「創聖のアクエリオン」(以下「創聖」)に非常に強い思い入れがあります。そのためか、アクエリオンシリーズの作風の抽象的部分について、平均よりは理解の度合いが高いと自負しています。
アクエリオンシリーズの作風とは何でしょうか。ロボット活劇? 過去生からの愛憎? 変な技? あるいは「テーマ」としては公式の言う「合体して身持ち良くなる(心に変化が起きる)こと」は欠かせないでしょう。それらも好きですが、ここでは抽象度を上げ、物語を取り巻く大きな方向性について考えます。すると実は、
説明台詞や設定開示が信用できない
終わりまで間違った認識のままでい続ける
真相が決まっていても受け手に明かされない
公式サイトのキャラクターの説明に嘘が書かれている
といった特徴が浮かんでくるのです。要は説明を無批判に受け取ってはいけなくて、自分で考える必要が出てくるということです。
私はこうした作風をアクエリオンになぞらえて神話と呼んでいます。もちろんこれは褒め言葉です。
(4/15追記:「合体して気持ちよくなること」への指摘が抜けていたので追記)
ではここから、各要素の感想を綴ります。
物語性
序盤スロースターターなのがもったいなかったです。特に第1話はアクエリオンシーゲルに合体した所で終わりましたからね。
第4話辺りから面白さのゲージが上がっていったように感じました。この第4話は、モモヒメとリミヤが過去生で姉妹だったと劇中で判明する回です。過去生の絡んだ話があるとアクエリオンだなあと感じますね。
のちにリミヤの過去生ハイダの父の未来生も登場するため、過去生関連はリミヤを中心に話が動いているという印象すらあります。
リミヤは共感力を持たないからか、ちょくちょく失言をします。一方で、状況を冷静に判断することができ、第3話においては戦闘中にモモヒメの焦りを諫めるなど特性をポジティブに生かす場面も見受けられました。さらには第11話にて、無理を重ねて勝利のためにモモヒメを犠牲にしようとするトシに対し、「(トシの気持ちが)分からなくてよかったよ」と冷ややかに告げる場面があります。共感性がないと聞くと自己優先的な印象になる所を、モモヒメとの交流や神話宇宙/感情の宇宙での経験を経てこうしたことを言うようになったのでしょう。リミヤの描写は全体的に好きです。
一方のモモヒメの「恋ができないのにモテてしまう」悩みは、アロマンティックについて考えたことがないと少々分かりにくかったかもしれません(幸いにも私はありました)。
エレメントの中で、最も印象的な感情面の掘り下げがなされたのはハナでしょうか。ハナの「好きでもないヒトは殺せない」は想星屈指の名言です。
9~10話から情報量が増えた気がします。特に最終回は情報量と勢いで押していく感じがあって熱中。ちょっと創聖最終回に通じる感じもしました。
最終回に登場する「アクエリオンと呼ばれていない機械天翅」の姿は、もうちょっとアクエリオンに寄せてもよかったかなと思います。ただ、それを模した超神話獣と現代のアクエリオンが力を合わせて宇宙の合体を止める所はよかったです。
演出
「斬新にしたいのか既存層に向けたいのかちぐはぐになっている」というのが率直な感想です。
特にキャラデザについて、現代・過去ともに、意表を突くことが自己目的化しているように思いました。そのせいで視聴者の中には特に現代パートに「要らぬ期待」を抱く方がしばしばいました。具体的には、「途中でリアル頭身になるのでは」「大胆にデフォルメの利いた表情やアクションが見られるのでは」などと。実際には特にそのようなことはありませんでした。
アクエリオンが攻撃するとポップアート調の演出が発生するのもこれ自体が目的となっていたような気がします。
一方で、実は奇抜さが薄れたことによる惜しさもあります。本作でも合体する際にパイロットが気持ちよくなるのですが、それが衣服を着たままの演出になっている点です。衣服は所属や立場を表すものでもあり、これを取り払うことが心を通わせる演出に繋がっていると私は考えていたので、惜しかったです。
欠けた感情を埋めることで目にハイライトが宿るという演出はよかったです。ハイライトがあると一気にかわいくなりますね。ただ、それは長い間ハイライトのなく相対的にかわいくない顔でいるということでもあったのが難儀な所です。
本作の過去神話編に登場する「天翅」達は、マナを交わした相手とのみいわゆるテレパシーによる会話が可能です。このことは後半で明かされたのですが、それまでは口を使う天翅と使わない天翅がただ混在しており、演出の意図をくみ取り難かったです。私は「創聖だと天翅はテレパシーで会話する」という知識があったのでむしろ口が動くほうに違和感があったのですが、そういった前情報(先入観とも言う)がない場合だと口を動かさないほうに違和感が出ていそうです。
尚、EDでは過去神話編の2Dの画像が流れます。そこはコンセプトを貫いて3Dにしましょうよ! いやまあ過去作でもEDの画は壁画調でしたが……。
メカ
ここは中盤までは明確に評価が低いです。
まず初代アクエリオン(以下「神話型」)のリデコなのが微妙。公式曰く20周年だからとのことですが、これも「斬新にしたいのか既存層に向けたいのか……」です。ロボットアニメにおいてロボットは作品の体を表すと言ってもいいにも関わらず流用とはこれ如何に。
とはいえ、劇中の戦闘がかっこよければ視聴者の手の平が完全変形するのがロボットアニメというもの。では想星の戦闘は?
……微妙です。
アクエリオンシーゲルは戦闘中に全然翅を開いてくれません。合体バンクの終わりには開くのですが……。「無限絶望拳」も1回曲がっただけ。
アクエリオンティールは最後まで必殺技を決め切ることが出来ませんでした。出せはしましたし、その際にトシが過去生の影響を受けてか裁きキャラになる所は趣があってよかったのですが……。
アクエリオンフェオーは必殺技を決めることが出来ましたが、その後同シーゲルもハート・ピンク系の技を決めており、ネタが被ります。
アクエリオン恒例の亜種合体もなし。量産型が出てきて(しっかり伏線もありました!)一度はテンションが上がるものの、そちらはナウシズ以外は劇中で名前が呼ばれず、オリジナルとの変則的合体もなし。
その量産型アクエリオンですが、創聖に登場する傑作リデコである強攻型と比べるとミリタリー感は薄いです。ナウシズの武器もオリジナルと同様に剣ですからね。
ただし、終盤はロボ戦も面白さを増していきました。第10・11話で量産型が下記の戦法を取ったからです。
10話:ナウシズが、翅についた前腕の部分からビームを出す
11話:フェオー相当の形態(名称不明)が、腕の大きく開く部分を閉じたまま前方に構え砲撃する
いずれも過去作にない(あったら教えてください)新しい戦法であり、アクエリオンの裾野の広さを感じました。
それでいて、フェオー相当の形態は強攻型アクエリオンデルタ同様のミサイルポッドの開き方をしていて、一瞬ながらも私は目を輝かせました。
「剣を使うからミリタリー感が薄い」についても、おかげで超正義女神剣を見られたのは功名でした。「新記敷器」の表記が名前に反して明らかに正義側の色合いではない黒と赤という所に演出のイデアを感じました。この部分はポップアート調も意味をなしていたと思います。
加えて、細かい所ですが、第10話においてナウシズが剣を振り回す際、手首から先だけを360度回していたことを高く評価したいです。ヒトの動きとは違う、機械の動き。機械を描くなら押さえておきたい動きです。
ただやはり、こうした描写をオリジナルのアクエリオンでも観たかった所です。
前述のフェオーをはじめ、戦闘面でどことなく決め切れない、爽快感に欠ける傾向はあったと思います。
歌
アクエリオンといえば歌。
私が創聖寄りだからかもしれませんが、あのOPの歌詞は創聖の内容に特化しているので他の世界観(本来の意味でも慣用でも)には合わないと思うんですよね。
EDは好きです。エンディングテーマのイデアを感じます。
謎
想星を語るのに欠かせないのが「謎」です。とりわけサンの正体については、本筋に大きく関与しているにも関わらず、全話観たひとなら辿り着けると言うかのような無言っぷり。
そこで、ちょっと検証してみました。
元来「サン=聖なる卵の子」は女神ムルア・サテネ(以下「女神」)が肉体の宇宙側と感情の宇宙側に分裂した際に産まれる筈だった。しかし遠い未来に飛ばされた
⇒女神は2つではなく3つに分裂し、「肉体の宇宙の神性」「感情の宇宙の神性」の他にも「人間性」があり、それがサン?肉体の宇宙と感情の宇宙の双方に「女神に相当する存在」がおり、宇宙の合体を志向していた
⇒前者はディーバ? 元が概念的存在であるため、コンピューターの中枢になって世界覚醒会議を掌握? 「翅を抜いて女神と争った者達」の未来生を追い続け、全員を揃えられると判断したのが本編の時代だった?一連の争いは肉体の宇宙側が先に仕掛けていた
⇒ディーバはいつから杭を打っていた? 少なくとも本編開始より前から? 今世の当事者達が産まれる前から? マナを吸い上げたことで感情の宇宙の価値観(ひいては向こう側の女神の存在)を認識?サンは感情の宇宙の価値観(愛しているから殺す等)を把握している
⇒サンが女神から分離しただけの場合不自然になる(過去神話編にはこの価値観は出てこないため)
⇒ナヌークin機械天翅とセドナin女神の戦いによって「そういうもの」だと認識している? 感情の宇宙の価値観はこれが元?
⇒反論:月の司祭との件があるので女神が直にこれを思っている訳ではなさそう? しかしのちの感情の宇宙には伝搬した?
⇒サンは様々な能力を使える(例:サッコのマナを本人に見せる等)ので、「女神の他の側面」にもアクセスできる?サンも宇宙の合体を志向していたが、モモヒメの意向を知って転換
⇒疑問:女神にとってセドナも翅を抜いた罪がある筈だが、なぜモモヒメの意向に沿うのか?
⇒「サン」は「人間」だから?サンとモモヒメの「1つになる約束」
⇒過去に女神とセドナが1つになったから?モモヒメがサンの「卵」をイメージできた
⇒これも過去に女神とセドナが1つになったから? あるいは「聖なる卵の子」及びその卵は物理ではなくこれまた概念的存在で、「聖なる卵の子候補」がいて、モモヒメはその一人だった? モモヒメは親から失敗作と言われていたとのことなので信憑性あり?
⇒サッコの「俺もだ」がもし文字通りの意味だとしたらサッコも同様?
どうでしょうか。
信憑性はまちまちですが、理解の一助になりましたら幸いです。
尚、最終回において宇宙の合体を止めるメンバーにサヨが含まれていたことについては、アクエリオンシリーズではしばしば亡くなった方が半透明で現れて力を貸すことがありますので気にしなくていいかもしれません。
あとは、エピローグでサヨと思しき声の語った話が全て真実とは限らないことも一応覚えておきたいですね。神話なので(前述の検証で「女神は2つではなく3つに~」と平然と言っているのもそのため)。
総評
想星は、既存のアクエリオンの具体的な部分、表向きの魅力については欠いていたと言えます。
一方で、奇抜な第一印象(メカとOP以外)に反してアクエリオンの抽象的な部分には沿った作りでした。
自分も含め、感情と言うと火のようなイメージを持つ方が多そうですが、本作は全体的に喪失感と向き合うような、しっとりとした雰囲気をまとっていたと思います。
また、これを書き出した時は不満を中心とした内容になると思っていたのですが、意外と好きな所も浮かんできたのは救いです。
総じて、過去作を観ていない新規層の感想を聞きたくなりました。
余談
SMPは買う予定です。単純にアクエリオンシーゲルの配色が好きなのもありますし、神話型・強攻型と合体せて立体物限定の混成合体をさせまくりたいからです(本作のベクターマシンはアニメでは江の島の大きさに寄せていて過去作よりも小型なのですが、同じ規格の立体物でなら同じ大きさなのです)。
4/15追記:
さらに、今回登場するベクターマシンは、これまでのアクエリオンシリーズに登場したマシンよりもサイズが小さく設計されています(※従来のアクエリオンの全高は約50m)。これは、3機のベクターマシンが、江の島に設置された3つのカタパルトから同時に発進するシーンを、よりリアルに描写するためです。
また江の島を舞台にしたことがキッカケで、アクエリオンのサイズを見直されました。
過去作と比較すると、全長60Mと少し大きめのアクエリオンシーゲル。
(ソーラーが48M、1/144と1/100のくらいの違いでしょうか…?)
糸曽監督は・・・
「江の島要素を入れたいなと思って、シーキャンドルに合わせて60Mにしました。シーキャンドルを持って投げるシーンとか考えてました(笑)」
過去作よりも小さいのかそれとも大きいのかはたまたベクターマシンは小さくてアクエリオンに合体した時に大きくなるのか、はっきりしてほしいです(一応どの場合でも「サイズが違っても同じSMPでなら混成合体できる」という私の文意には沿うのですけどね)。


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