「BanG Dream! Ave Mujica」は至高のバンドリである。【全話観ての感想】
BanG Dream! Ave Mujica(以下「Ave」)の全話観ての感想です。
とりとめがないかもしれませんが、どうぞよしなに。
結論から言うと、「高評価」です。
(以下、敬称略)
前提
感想は書き手に依存する、ゆえに最初に筆者(以下「私」)のスタンスを書きます。
私はバンドリアニメのSeason2及び同3をリアタイし、高評価しています。
ゲーム版については、アニメ版を知る前に一時期プレイしていました。当時音ゲーが不得手であったため表立って長続きはしなかったものの、その後も公式アカウントから各バンドの進む道のぼんやりとした様子を窺っていました。
一方で、「BanG Dream! It's MyGO!!!!!」(以下「MyGO」)については、リアタイしていません。当時は過去作との繋がりがないなら観なくてもいいか、と思っていました。
そう、私は「バンドリのシリアスはえぐい」ということをMyGO以前から知っていた勢です。MyGOの「バンドリ"なのに"鬱」という感想に対してもやついてすらいました。
しかしその後かなり面白いと聞き、そうこうしているうちにAveの放送開始日が発表されました。「史上最狂のバンドアニメ」を謳う本作をなぜか観たいと思った私は、その前提としてMyGOを後追いで観ました(今回はMyGOの感想ではないため、こちらを詳しく掘り下げることは控えます)。
実際に観てみて
全体の構成
それはまさに、既存のバンドリとは一線を画する鬱っぷりでした。
1話目にして仮面を失う迅速さにして、目まぐるしく変化する状況。立て続けに降りかかるしんどさ。
また、バンドリの物語において、バンドが解散またはそれに準ずる状態となるのは普遍的な試練なのですが、Aveはその到来も迅速。
そうした中でも、なぜか私はどこかに光明を求めて縋っていました。
また、5~7話はMyGOのノリのほうが多くAveのノリは少なかったですが、ここはいわばCRYCHIC戸締まり編。そして7話の違和感は8話で、8話の違和感は9話でそれぞれ解消される構成なので、5~7話も重要な回です。
Ave Mujicaの解散とCRYCHICの戸締まりによって迅速さがある程度収まり、10人の思惑が絡み合う様相となる中、8~9話辺りから、Ave Mujicaの面々(以下「ムジカメン」)の行く末を見守る想いが本作を観る動機として強くなりました。視聴者の中には「キャラクターへの魅力が全然湧かない」といった感想も挙がっていましたが、私はムジカメンに……いやでも海鈴が「幸せである必要あるんですか?」とも言っていましたね……。
第10話の「モヤモヤするライブシーン」は圧巻。表向きは上手くいっているように見えるのにどこかズレている。いや、ズレていてもやれる時だけはやれてしまう。能力が高いからこそ練り上げられた悲喜。そうしてあれよあれよという間に再デビュー。
一度坂を転がるように解散したAve Mujicaは、そのまま深淵へと突き進み、深淵を統べる神及びその騎士として蘇ったのでした。
各メンバーへの簡単な所感も載せておきます。
初華/ドロリス
報われてほしいとずっと思っていました。祥子への解像度がちょっと低いことに不安ながらも見守る日々でした。最後には祥子とお互いに認め合える関係になれてよかったです。
睦/モーティス
第2話辺りでは「1人1話こういう様子を書いていくのかな……」と私はある種呑気に構えていました。睦がここまで重要な立ち位置になるとは思っていなかったのです。しかし後述しますが、この設定でよかったと思います。
海鈴/ティモリス
当初はドライな雰囲気でしたが、その中でも第3話において「祐天寺さんが練習不足とは思えません」の件で「割とひとを観察している」布石が立っていたんですね。
海鈴がAve Mujicaを再び集めることになるとは意外でした。しかし思い返せば、ムジカメンの中で最も音楽自体に目的意識を持っていたのは海鈴なんですよね(他は逃避のため、祥子のため×2、成り上がるためでそれぞれ手段)。
にゃむ/アモーリス
2~3話辺りまではシンプルににゃむへの好感度が低かったです。中心的役割を担う祥子に反対する割には後のことは祥子にやらせていましたからね。第4話で家族愛描写や野心の吐露があった際も、「こういうのにツイッタラーは騙されやすいんですよね」と冷ややかに見ていました。
でもまあ、その野心の吐露によってにゃむなりに仲間意識を持とうとしていたと分かったのはよかったです。MyGO13話で集合写真や打ち上げを提案していたのもそういうことなのかもしれません。
自分の中で流れが変わったのは第8話。海鈴から軽く身の上話を出来る程度の相手には思われているんだなと分かった辺りから。まあそれも無関心っぽかったですけど、当の海鈴がその後も話し相手に据えているようなのでそこはよいのでしょう。なんというか自分とは相性の悪そうな性格ではあるのですが、今となってはそれもまた一興。
祥子/オブリビオニス
2つのバンドと10人の物語。その中で中心にいたのが祥子でした。
基礎能力は高いのに一度に一つのことにしか集中できない性格が災いし続けており、観ていてやきもきすることも多かったです。
一方で、「人間になりたい」に対しては「他の選択肢もあるんじゃない?」と思っていたので、祥子が神になると宣言した時は感慨深いものがありました。
最終的に、Ave Mujica全員のこれからを応援したくなりました! ギャグ回ができるぐらいの関係にはなってほしい……!
説明台詞を疑え
Aveは説明台詞が少ないです。モノローグもここぞという時にしか流れないので、登場人物の心情を理解するには視聴者自身で考える必要が出てきます(尚コミカライズ版では各人の心の声が補完されており、演出の違いを感じます)。
そうした中でも「何がどうなっているのか」を言葉で説明する機会が何度かあります。しかし、これらは本当に設定を明かしてくれているのでしょうか。
第8話が分かりやすいですね。
"睦"の内実について、森みなみとモーティス(人格、以降単に「モーティス」)という2人から説明されます。しかし、こうした説明はどの程度正確なのでしょうか。
森みなみは親としての責務を放棄して「役者」として睦に接し、ゆえに人格解離を理解していません。
モーティスは交代人格であるがゆえに、「"睦"たち」の大部分が消えたことを否定的に捉えています。しかし一つの人格で生きているひとからすれば、それは自我の確立として肯定的に捉えられるでしょう。
第11話も同様です。
この回では「初音」の生い立ちが約20分かけた一人劇として説明されます。しかし、その内容には不自然な点が多いです。
とはいえ、どの程度虚構が混じっているのかが視聴者に明かされることはついぞありませんでした。なぜならそれはバンドの進退には関係ないから。
ムジ仮面
第1話で物理的な仮面が失われた後も、それぞれの概念的仮面との向き合い方が描かれていたと思います。
海鈴は「傭兵の仮面」を被り、何事にも冷淡に接していました。
にゃむは「プロ面の仮面」を被り、客の求めるものに刹那的に応じようとしていました。
睦は「複合人格の仮面」を被っていました。
それらはいずれも失われます。
一方で、初華の「"初華"の仮面」は、祥子によって再び肯定され、被り直されます。
祥子の「令嬢の仮面」は、「しがらみ」としては否定されましたが、「力」としてはAve Mujicaを守るための手段として再び被られます。
このように、概念的仮面の扱いはメンバーによって異なるのです。そこバラバラでもいいんだ、と私は驚きました。
そしてもっと興味深いのは、各メンバーの仮面の下またはなぜその仮面を被ったのかといった詳細はAve Mujicaの全員には共有されておらず、一部のみが知っているということです。
思えば、無理に全員に共有しようとするから衝突が起きるということは既に描写されていました。第4話、祥子がモーティスについてムジカメン全員に相談した場面です。「事情を話さないキャラ」だった祥子がここで問題を共有したことは、一見成長したようにも映ります。というより、ギター担当がギターを弾けなくなったなんてことは言わざるを得ないようにも。しかし、結果は違いました。ツアーの進退を全員で話し合ったことで衝突が激化。Ave Mujicaが解散し、モーティスが存在意義を満たせなかったことはご承知の通りです。
秘密を抱えていてもいい。それもまたいいな、と思いました。"過去も素顔も仮面で覆い隠し、今宵も完璧な箱庭に降り立つ。"とはこのことなのかもしれません。
別人格は最も先鋭的な仮面
ところで、私を含め、多くの視聴者がAveで特に意外に思ったことの1つに、睦の話を長くしていたことがあると思います。
第2話で睦ちゃん(それまで映っていた人格)の解離の様子が描かれ、第3話でモーティスが顕在化して以降、Ave Mujicaの解散も、再集結も、モーティスが重要な立ち位置にいました。
解離が起きる理由の1つに、受け止められないものをどうにか受け止めようとする、というものがあります。
以下は自己解釈ですが、睦ちゃんは祥子の幼馴染として一緒にいたいと思っているため、「祥に付いていくことがしんどい」という事実及び「祥への負の感情」を受け止められず、ゆえにその感情は別人格へと流れ、モーティスは「祥子ちゃんキライ」なのではないでしょうか。
そしてそれは、最も先鋭的な仮面だと私は考えます。例えややこしいと思われても、仮面をテーマの1つに据える上で解離を描くことは必然だったとすら言えます。まあ、必然じゃなくても入れていいんですけどね。
気持ち悪くてもややこしくても生きている
気持ち悪いか否かの二元論で言えば、初音の設定は気持ち悪いと言えます。
その主な理由は、これまでのバンドリとは異なり「男性の性欲」が初めてメインキャラクターの本筋に関与しているからです。女女関係を主軸としてきたバンドリにとって、違和感のある作劇です。
しかし、私はこの違和感こそがAveの象徴であると考えます。
シリーズを続けていく上で、これまでと同じことをするのか、違うことをするのか、その塩梅を見極める必要があります。Aveはその多くを「違うこと」に割り振りました。
しかし、そんな集まりでもバンドリができるということが、Aveによって示されたように思います。MyGOとAveの企画が当初バンドリではなかったことを思うと、合流してくれてよかったです。
思えばこれまでバンドリには独特な感性を持つ人物がしばしば登場しています。そうした中で、MyGOの燈において、独特な感性だけではなくそれによる実在性の高いコミュニケーション不全が描かれ、そうした描写は、そうした分野に関心の高い視聴者から話題になりました。
同様に、とは当事者ではないので堂々とは言い難いですが、婚外子も、人格解離も、実在しています。
「非バンドリ的作風」と「バンドリのイデア」
婚外子以外にも「非バンドリ的」要素はあります。
それは「成長による変化をしない」ことです。
これまでのバンドリでは、課題を抱えたキャラクターやバンドも話が一区切りつくまでには何かしら成長による変化がありました(例:RAS等)。しかし、Ave Mujicaは?
初華は他者への具体的アプローチが他の誰かのコピーのままです。
睦の人格は1つにも2つにもならず、幾多の役がある状態に戻りました。
海鈴は信用を得るとはどういうことかまだ分かっていなさそうです。
にゃむは利己的な自身の言動を省みることがありませんでした。
祥子はあることに強い関心を向けるとそれ以前の関心を忘れるままです。
多くの視聴者は登場人物に対して成長してほしいと願います。しかし、Aveはそのようにはなりませんでした。
一方で、第12話においてAveは一気にバンドリのイデアを宿します。
それが「忘却」。もっと言えば、変えられないものを忘却し、変えられるもの……すなわち「今」に集中するということ。
バンドリの作風は「今」の重視であるとの公式の言を私は知っていたので、この展開に安堵しました。
OPとEDが反転し逆位置となることで内容が反転し、明るい展開になっていく様もよかったです。
まあ、「諸々を掘り下げない」という判断は衝撃的ではあります。
バンドの進退に関係ないことはスルー!?
やってくれましたね。しかし、真偽不明にして秘密を抱えたままにすることは、アニメが神話になるための常套手段です。
成長せず、秘密を掘り下げず、それでも生きていける箱庭にAve Mujicaはなったのです。その永遠が例え偽りでも、今は、今だけは。
総評
MyGOが視聴者にとって既知の要素を高めた究極のバンドリであるのに対し、Aveは未知の要素を中心としつつ根源にイデアを備えた至高のバンドリです。
普段の私はどちらかというと善なるものを好み、ギスドリもどこまで濃くなっても本質的主成分ではないからこそ受容できていた側面があります。にも関わらず、ギスギスが常なので逆にギスドリと言われる頻度が減りジャンルがミステリー・サスペンスになったAveにここまで高評価・高好感である理由は、実の所自分でも不明瞭です。先述のような神話的な作風は好きですが、好きでない要素がそれを上回る場合もあります。
それでもはっきりしているのは、MyGOとAveがバンドリでよかった、本作を観てよかった、ということです。
続編の制作が決定しましたが、果たして何をするのでしょうね。ここまでの設定開示がひっくり返るかもしれないので、心して待ちます。
総じて、「BanG Dream! Ave Mujica」が今の内容で世に出てくれたことに感謝します。
余談
そうは言っても「〇〇説」が気になるのもまた事実。そこで、私が比較的支持している代表的な「〇〇説」を載せておきます。いずれもバンドの進退には関係なく、これを観ている方が支持するかどうかはお任せします。
睦、祥子の親戚説
初華(妹)妹ではなくもういない説
Ave13話のAve Mujicaの演奏MVor1年後説


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