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それ、説明難しいから少し長くなるんですよね。 まぁ一応書くので長いのはご了承下さい。 「食べ物の恨みは恐ろしい」は、実は前半部分が省略 されて広まった諺です。元々の表現は、 「恋の遺恨と食べ物の遺恨は恐ろしい」 です。 それぐらいこの二つの恨みは根が深くなる、と言う 事を言っている訳ですが、更にこれには原典があります。 「食指が動く」と言う言葉がありますが、コレの元になった 故事が原典です。 この故事は「春秋左氏伝」と言う、中国の春秋戦国時代の出来事 を記録した書物に注釈を入れた歴史書で、そこに出て来るお話 の中に、ある国にの王様が別の国の王にすっぽんを送ります。 宮中にすっぽんが届いた頃、たまたまその国の王の息子が宮中 に現れますが、すっぽんが送られた事など知らないのに、人差 し指がピクリと動いたと言います。するとその息子は、 「この指が動いた時は必ず美味珍味にありつける」 と、何か美味しい物がある事をカンで察知した、と言う話です。 この事から元々中国では人差し指は食事の時に一番使うので 人差し指を食指と呼んでいたので、何か本人の欲しがる物や 興味が在る物がある様を指して 「食指が動く」 と言うようになります。 と、ここまでが一般に言われる食指が動くの故事になりますが、 ここで終わりでは在りません。 たまたまその様子を見ていた王様が、「我が息子の事ながらなんて 食い意地が張っているんだ、みっともない」と腹を立てます。 まぁ2時間サスペンス並みの物凄いご都合的たまたま、普通王様は そんなたまたまに会うほど暇じゃねえだろ、と言うツッコミはさて おき、息子の様子に腹立てた王様は家来に命じてその日の晩餐に、 息子にだけスッポン料理を出さなかったそうです。 美味珍味が食べられると思っていた息子は当然不服に思い父王と 口論になりますが、息子と言えど王には逆らえないのがこの時代。 息子はしぶしぶと晩餐の席から退席するのですが、その際、去り際 にすっぽん料理に指を突っ込んで味見だけして帰ったのですが、 その姿もバッチリ王様に見られており、以降息子はかなり冷遇され て隠居状態にされたそうです。 その「すっぽんが食えなかった恨み」はそのまま冷遇に対する怒り となり、後にその息子は家来と共に反乱を起こし、父王を打倒して しまいます。 と、ここまでが「食指が動く」の故事です。一般にしられて 居るのは前半部分だけですが、いつの時代にも学がある人は いる物で、この故事を知っている人が、 「恋の遺恨は食指の故事と同じく何時までも晴れる事は無い」 的な事を言い出し、それが後に 「恋の遺恨と食べ物の遺恨は恐ろしい」 となり、もっと短く 「食べ物の恨みは恐ろしい」 となります。 と、以上が食べ物の恨みの元になった故事と成り立ちです。 なので分かりやすくまとめると、 「学のある人が恋の病の恐ろしさについて頭のいい揶揄を した物だからそれが広まった」 と言う感じです。 うむ、予想道理に長くなった(笑)。 と言う訳で私が実際に体験している食べ物の恨みのエピソードは 割愛しておきます(笑)
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戦争中 食べるものが無くて サツマイモ1個で 殺人事件が起こったり 畑から盗む人が多かった時代に 使った言葉ですね。。。 今は食べ物があふれていて サツマイモ1個で 人を殺してまで食べる時代ではないので 幸せだと思いますよ。。。(^_-)-☆
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