元祖退職代行「EXIT」が「モームリ」に追い越されるまでのリアルな話〜EXIT創業から現在まで〜
はじめまして、日本初の退職代行サービス「EXIT」を創業したおかざき(@okazakithe)です。
今(2025年4月)では退職代行といえば「モームリ」って感じですが、モームリ台頭まではEXITがその立ち位置でした。
連日さまざまなメディアから取材を受けかつては退職代行といえばEXITでしたが、今ではモームリの一人勝ちです。いったいどうしてこんなことになってしまったのか、EXIT創業からモームリに完全にまくられるまでの話を徒然なるままに書いていこうと思います。
ビジネスはたいてい後発企業が勝つみたいなのはよくあることだと思うんですが、有名なメルカリ vs フリルみたいな雰囲気は一切ありません。もっともっとレベルの低いしょぼいストーリーなんですが、それはそれでリアルだと思うのでなにかの参考になったら嬉しいです。
日本初の退職代行創業
EXITは自分(岡崎)と新野の共同創業です。2人は小学校の同級生で年に一回くらい会う仲だったんですが、2017年の初め頃に「なんかやろーぜ」みたいなノリでよく会って話していました。当時自分は歌舞伎町で黒服、彼は渋谷の広告代理店勤務でした。
いろいろなアイディアを話し合う中で新野が「会社辞めづらいから代わりにやってあげるの需要あると思う」と言い始めます。くだらなすぎて爆笑してしまったんですが、彼はいかに会社が辞めづらいか力説していました。まったく共感はできませんでしたが、他に特にやることもなかったのと、なによりウケるのでとりあえずやってみることにしました。
こうして退職代行やることになったわけですが、なぜか新野は「やっぱ俺はやめとくわ」的なことを言って去っていきます。ちょっとムカつきましたが止めても仕方ないので、寛大な心で彼を見送り自分1人で退職代行始めることにしました。あとから彼に聞いたところ、当時の会社も辞めづらかったことが主な理由のようです。
さて、1人でやることにしましたが退職代行がまだなかった当時は「代わりに辞めさせてあげる」なんてことが本当にできるのかわかりません。感覚的に会社を「辞められない」なんてことはないだろうと思っていましたが、法律を調べてみるとやはり労働者の立場は圧倒的に有利で辞められないなんてことはなさそうです。しかしもっと調べてみると、あくまで労働契約の話なので、本人の代わりにやるのは弁護士の独占業務で素人がやると違法っぽい感じもしました。
そこで、契約の話や交渉などはせずにとにかく依頼者が「行けない」ことだけ伝えようと決めました。会社なんて行かなけりゃ最終的には辞めれるだろ的な発想です。なので退職代行の元祖モデルは「依頼者が会社に行けないことを伝え、依頼者のケアをして安心させ、あとは辞められるように祈る」という曖昧なものです。退職代行のモデルは少しずつ洗練されていき、今では「交渉」をせずに「退職意思の通知」や「退職に関する連絡の仲介」という形であれば弁護士でなくてもOKということになっています。
かなり不安ながらも退職代行の方法が決まったので、ホームページを作ってGoogle広告を出すことにしました。ビジネススキルゼロだったのでホームページ作るのも広告を出すのも若干苦戦しましたが、なんとか日本一ダサいホームページが完成して広告も出すことができました。
会社を作らずに始めたので、ホームページに記載した振込先は自分の個人口座「オカザキ ユウイチロウ」、料金の記載は「5~10万円」、個人ブログよりもダサいホームページでしたが、広告を出すと割とすぐに問い合わせがありました。マジでしょぼすぎるサイトだったので正直問い合わせをしてくる人たちの神経を疑いましたが、適当に「このケースですと8万円になります」みたいに返信していると依頼につながり、2017年の4月ごろにめでたく初めての退職代行の電話をすることになります。
今では退職代行と言えばどんな話かある程度わかってもらえると思いますが、当時は退職代行と言っても当然わかってもらえないので話を理解してもらうのが大変でした。とにかく依頼者がもう来れないこと、連絡も自分でできないことを繰り返し伝えてなんとか話の内容を半分くらいは理解してもらうのですが、一番大変だったのは自分が誰かを説明することです。
「もしもし、岡崎と申しますが、御社にお勤めの〇〇さんの件で〜」
「はい、えーとどちらの岡崎さんですか?」
「いや、そういうのはないんですけど、岡崎です」
「は?」
嘘だろと思うかもしれませんがマジでこんな感じでした。とりあえずサービス名とか作って名乗っとけばよかったんでしょうが、当時はそんな工夫もなくとにかく「岡崎」で通してました。日を置いて何度も電話したり、時には自分の免許証のコピーを送ったりして、なんとか話を聞いてもらいました。
うさんくさすぎますが、こんなやり方でもなんとか退職まで持っていくことができました。依頼者は本当に来ないし連絡も取れないので、最終的には自分と話すしかないって感じだったと思います。
そして1人で退職代行を始めて2,3週間くらいたった頃、新野から「考え直した、やっぱりやろうと思う」と連絡が来ます。彼はまさか自分が1人で始めてるとは思っていなかったようでびっくりしていましたが、何はともあれこうして2人で退職代行をやっていくことになります。
当時は「岡崎」として依頼を受けているので新野も電話する際は「岡崎」と名乗っていました。「この需要に目をつけた俺がえらい」「実際に形にした俺がえらい」とくだらない小競り合いをたまにしながらも、2人の「岡崎」体制で仲良く退職代行の依頼を少しずつこなしました。
退職代行が話題になるまで
さすがにずっと「岡崎」でやるのもアレだったので、始めてから4ヶ月ほどたった2017年8月にEXITの前身となる会社を作ります。
この頃はまだ退職代行だけで生活できるほどの依頼はなく、中途半端にアフィリエイトをやったりもしてました。アフィリエイトも多少の収入にはなりましたが、規約違反ですぐにアフィリエイト収入はなくなってしまいます。
「やっぱり退職代行ちゃんとやるしかないか」となりましたが、なかなか進みませんでした。というのも、「ホームページ改善しよう」と家に集まっても10時間くらいぶっ通しでゲームをしてしまったり、なぜか公園集合でバスケしたりしていたからです。
それでもたまに運がいい時には作業が進み、ホームページを改善するとわかりやすく依頼が増え、広告も少しずつ増やしました。この頃(たしか2017年11月ごろ)にサービス名を「EXIT」にします。それ以前は「退職代行.com」でした。ITサービスでもないのに.comとかつけてたあたりからしょぼさがうかがえるかと思います。
依頼は増えましたが、まだ生活できるほどではありません。どう考えても退職代行の依頼をもっと増やすことに集中すべきですが、なかなかそうはなりませんでした。2018年の春頃には、新たなビジネスチャンスを求めてなぜかアフリカのガーナへ旅立ちます。
マラリアを媒介する蚊に怯えながら5日間ほどガーナで過ごしましたが、当然なんの成果も得られませんでした。ちなみにガーナからも退職代行の電話をしていました。
このようにいろんな余計なことに気を逸らされながら、ホームページの改善と広告増やすのを本当に少しずつ繰り返し、2018年の5月か6月ごろには「ワンチャン退職代行で生活費くらいはなんとかなるかも?」くらいになります。しかし自分の蓄えは底をつき始めており、新野に「金貸してくれ」的な相談をしたのを覚えていますが、そんな頃に転機が訪れます。
退職代行が話題に
2018年7月ごろにX(当時はTwitter)で全く知らないとあるアカウントが「会社を辞めたい社畜どもへ」とEXITを紹介した投稿がバズって(確か3万RTくらい)依頼が殺到しました。自分たちが仕込んだとか戦略とかではなく、完全にラッキーです。
2人で殺到する依頼をさばきながら、大量の取材に対応しました。あまりに忙しくて自分たちがEXITしそうだったので、初めて従業員を雇うことにします。かなり話題になっていたのでXで募集して簡単に従業員を集めることができました。こうして自分たちは退職代行の現場業務から離れることになります。このころに会社を作り直してEXIT株式会社にして、会社名もサービス名も「EXIT」になりました。
メディアの取材を受け始めたころ新野の先輩経営者から「今は目立たない方が良いから取材などはあまり受けない方がいい」とアドバイスをもらいましたが、ドヤりたい欲に勝てるはずもなく、フルシカトして取材を受け続けました。そして取材の中で「大量の依頼がある」とドヤっていると速攻で競合サービスが現れました。
参入障壁もなく誰にでもできるビジネスなので遅かれ早かれそうなるだろうとは思っていましたが、あまりに早かったのでマジで「はやっ」と思ったのを覚えています。一番最初に現れた競合サービスの名前は「SARABA」でした。その後も次々と現れる競合サービスはどれもふざけた名前です(「辞めるんです」とか「OITOMA」とか)。
競合サービスがどんどん出てくるのを見ていい気持ちはあまりしませんでしたが、EXITの売上は順調でした。多くの取材を受けたおかげでEXITのサイトは様々なメディアから被リンクがありGoogleからの評価が高かったため、「退職代行」で検索するとEXITが検索順位1位でした。それまでは「退職代行」と検索する人はほとんどおらず、「会社 辞められない」などのキーワードで検索した人たちに対して広告を出していましたが、話題になってからは「退職代行」の検索ボリュームが爆増し、検索順位1位なので広告を出さずともどんどん依頼が来ました。
当時の料金は5万円(現在の相場は2万円くらい)だったので、人件費など引いてもお金が結構余りました。さらなる成長を見込んでいろんなことに使いますが、ことごとく失敗します。効果計測一切せずにGoogle広告に大量出稿、思いつきで電車の吊り革広告などに出稿、謎の仮想通貨に投資、など。一年間で、全然売上に繋がらない無駄なお金を1億円くらいは使ってしまったと思います。
さらなる成長とはなりませんでしたが、「『退職代行』で検索順位1位」に支えられて売上は割と安定していました。放っておいてもそれなりに売上があるのであぐらをかくようになり、そこから若干放置気味になってしまいます。
売上が落ち始める
それでもしばらくは「『退職代行』で検索順位1位」をキープできていましたが、さすがにずっとは続きませんでした。ある日、さまざまな退職代行サービスを紹介したランキングサイトに抜かされます。後手後手で対策をしてランキングサイトと抜きつ抜かれつつを繰り返しますが、なかなか安定して1位をキープすることはできませんでした。そしてついにそのランキングサイトを抜くことが全然できなくなります。
それでもサービスサイトとしてはEXITのサイトが一番上位に表示されていたので売上はそこそこありましたが、その後Googleのアルゴリズム変更で検索順位が全然安定しなくなり、多少は順位を回復させましたが以前のような売上は出せなくなっていました。
このころには競合サービスは把握できないほど多くありましたが、そんな中「モームリ」というサービスが目に留まります。多分ですがモームリがサービス開始してから割と早い段階で把握はしていたと思います。
モームリの台頭
モームリはXで毎日の依頼数を報告したりYouTubeで代表が顔を出して情報発信したりしていて、それまでの競合とは少し違った感じがしました。退職代行業界では代表が顔を出しているところすらEXIT以外にはほとんどなく、SNS運用をしっかりやっているところは皆無でした。EXITもSNSはやっていましたがそこまで力を入れていませんでした。
とはいえ、モームリがX上で報告している依頼数はそこまで多くなく「退職代行」で検索しても上位に表示されているわけでもないので、「ちゃんとやってるなー」的な感想を持ったまででそこまで気にしていませんでした。
自分たちは相変わらず検索順位復活のためにあれこれしていたんですが、モームリ出現から一年ほどたったころ(調べると2023年7月でした)、モームリがYouTubeで投稿した実際の退職代行現場の動画がバズり倒します。そこからは完全にモームリの独壇場です。
SNSではモームリの話題が溢れ、渋谷にはモームリのアドトラックが走り、検索順位もモームリが1位になり、EXITは巻き返すことができないまま今に至ります。
このように、EXIT vs モームリという感じはなく、EXITは勝手に勢いを失っていて、モームリはちゃんとやるべきことやって顧客の信頼を勝ち取っていったという感じです。もちろんモームリの内情などはわかりませんが、モームリ側からしてもEXITと戦っているような感覚は皆無だったと思います。なので後半かなり薄味になってしまいましたがこれがリアルです。
EXIT退任しました
実は自分は少し前の2024年8月でEXITの代表取締役を退任しています。新野と揉めたとかはなく、「このままダラダラと続けてもなあ」と前からうっすら思っていた中いろんなことのタイミングが重なって辞めたという感じです。
これまでは自分と新野の共同代表体制でしたが、ここからは新野1人が代表としてやっていきます。
EXITの逆転はあるのか
「モームリの独壇場」と書きましたがあくまで今はモームリが一番というだけで、ビジネスに試合終了のゴングはありません。自分は辞めてしまったので自分個人としてはモームリに完敗で逆転の機会はありませんが、EXITは別です。もしかしたら1年後、3年後にはひっくり返っているかもしれません。
ちなみにX上で「ネーミングで負けた」という意見が結構見られましたが、自分はあまりそうは思いません。確かにユーザー目線では「モームリ」という名前の方がわかりやすいのかもしれませんが、SNSでの情報発信・それによるユーザーからの信頼獲得に比べたら些細なことだと思います。
あとがき
書きながら思い返してみて我ながらひどいもんだったなという感じです、反省しかありません。
特にSNSの活用については絶対もっとしっかりやるべきだったんですが、ちゃんとできませんでした。正直ただただめんどくさかっただけです、なんの言い訳もありません。
他にもああすればよかったこうすればよかったなど無限に出てきますが、言い訳・負け惜しみのようになってしまいそうなのでやめておきます。
余談
せっかくなので本文で書けなかった、思うことや印象に残ってることを雑多に書いておこうと思います。
退職代行について思うこと
賛否両論ある退職代行ですが、正直自分としては退職代行使う人たちは結構カスだと思っています。面白いからお金もらって手伝う分には別に全然よかったんですが、利用者に共感できたことはほとんどありませんでした。もちろんヤバい上司や経営者はいましたが、「そりゃ退職代行使うよな」と思えたのは体感1割くらいです。
最初から全然共感していませんでしたが、その思いを強くしたのは利用者に「退職代行を使う理由」のアンケートをとった時です。「退職する理由」ではなく「退職代行を使う理由」です。一番多かった回答は「申し訳なくて言いづらい」でした。「怖くて言えない」とかならまだしも、申し訳ないなら自分で言った方がよくね?としか思えませんでした。「面倒くさいから」とかの方がまだわかります
誤解ないように書いておきますが、退職自体は入って3日だろうがどんな理由だろうが自由にすればいいと思います。退職するのと退職代行使うのはまた別の話だなと思っています。退職代行使う判断をする人たちはどうしても好きになれません。
まあしかし価値観は人それぞれ、カスにはカスなりの幸せがあるし、もしかしたらカスなのは自分の方かもしれません。また、退職代行使う人はカスだと思っていますが退職代行がない方がいいとは思いません。辞めたいのに辞められない、とズルズル残られるのは他の社員や雇う側からしても良くないので、そういう人たちに早く辞めてもらう手段としてアリだと思います。
弁護士会に呼び出された話
退職代行が話題になると弁護士会に呼び出されました。弁護士会館に行って話を聞くと、「退職代行は弁護士の独占業務の範疇だから民間業者がやるのは違法なのでやめろ」という内容でした。とりあえず一旦持ち帰りましたが、弁護士業務に当たらない範囲で気をつけてやっていたので戦える自信はありました。
ちょうどそのころEXITは裁判を抱えていました。EXITの後追いで退職代行を始めた弁護士が「EXITのやってることは違法だから料金を返してもらえる」と言ってEXITの利用者を焚き付けて、EXITの利用者を原告として料金を返せと訴えてきたのです。おそらく民間業者の退職代行は違法だという判例を作りたかったのだと思います。しかし退職代行のマニュアルや利用者とのやり取りを証拠として提出し、あっさり勝つことができました。このおかげで、退職代行は違法でないという判例を逆に作ることができたのです。
その後再度弁護士会に呼び出されて同じような話をされるのですが、この判例を見せると「まあそういうことなら、、」という感じで黙らせることができ、その後弁護士会に呼び出されることはありませんでした。もしこの判例がなかったらもっと面倒くさいことになっていたのかもしれません。
退職代行を使われた話
入って2,3日くらいの従業員に退職代行を使われたこともありました。別の従業員が退職代行の電話を受けて報告されたのですが、マジで爆笑しました。普段自分たちがやっていることをやられる喜劇感と、入って数日で辞めることにお金を払うことの滑稽さが相まって、おかしくてたまりませんでした。
もし長く働いている従業員に退職代行を使われたら何かしら別の感情が湧いたのかもしれませんが、この時はただただ面白くてXに投稿しました。少しバズって嬉しかった記憶があります。
NHKのクローズアップ現代出演の話
様々な取材を受けましたが、その中で印象に残っているのがNHKのクローズアップ現代です。
取材内容は特に他のメディアと変わらなかったのですが、新野はこの番組出演で親に起業したこと・前職を辞めたことがバレます。彼は「絶対に反対されるから」という理由で、起業したことも前職辞めたことも親に内緒にしていました。
しかしクローズアップ現代出演ともなれば彼の親も納得してくれたようで、彼としては最高の形での親への報告となりました。
ちなみに自分は見た目がアレなせいかクローズアップ現代では自分のパートはカットされていました。TV系の取材では自分はカットされることが多かった気がします。
新野がテラスハウスに出演した話
知ってる方もいるかもしれませんが、新野がテラスハウスに出演しました。
自分はテラスハウス見てなかったのですが、X上で流れてくる情報から彼のユーモアが爆発していたことがうかがえました。本人には言いませんが彼の独特のユーモアは常々リスペクトしています。
番組内での様々な奇行(?)でかなり話題になっていたと思うのですが、良くも悪くもEXITの売上には影響ありませんでした。
最後に
雑多な文章最後まで読んでくれてありがとうございます。
もし自分に興味持っていただけたらたまにX(@okazakithe)のぞいてやってください。
適当に絡んでくれると嬉しいです。


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