フランシスコ教皇が記者に語った「広島・長崎」と「第3次世界大戦」
外国訪問に向かう特別機で、同行記者とのスマホの自撮りにほがらかに応じた。ローマ・カトリック教会2千年の歴史で初のアメリカ大陸出身の教皇は、サッカーとタンゴを愛する気さくなアルゼンチン人だった。
コンクラーベ(教皇選挙)の直後、最初のあいさつで「皆さんこんばんは」と柔らかな口調で語りかけたのが忘れられない。冷たい雨の中、サンピエトロ広場に詰めかけた信者やローマっ子の心をぐっとつかんだ。
ローマの官僚組織で勤めたことが無かった、いわば「現場のたたき上げ」だ。清貧を旨とし、アルゼンチン時代はバスや地下鉄でスラム街に通った。教皇になったら専用車をコンパクトカーに変えた。
自らもイタリア系移民の子だ。弱き者貧しき者に寄り添い、「壁を築くのではなく、橋を架けよう」と呼びかけた。パレスチナ自治区を訪れた際には、車を止めてイスラエルが建てた分離壁の前に立ち、祈りを捧げた。
飛行機内で教皇を取材
私が教皇に直接問いかける機会を得たのは2014年11月末、訪問先のトルコからローマに戻る特別機の中だ。
外国訪問の帰路で開かれる記者会見で、日本人記者として聞きたかった。広島と長崎の悲劇から70年が経とうとしているのに世界中にいまだ多くの核兵器があり、第3次世界大戦すら憂慮される。こうした現状をどう考えるか――。
私の問いかけに、教皇は「私たちはいたるところで断片的な『第3次世界大戦』の中にある」と強い懸念を示した。その上で「広島と長崎から、人類は何も学んでいない」と言い切った。
「神は、無知な私たち人類に創造力を授けた。人類の文明は、有益に使える原子力にまで至った。しかし人類は、それを人類を殺すために使った」と原爆投下を振り返った。そして、その後も各国が核兵器を持ち続ける現状について「そんな文明は、新たな『無知』だ」と語った。
ふだんは明るい教皇の語り口が、重く険しかったのが印象的だった。
その後、教皇は「ヒバクシャ」という言葉も使ってたびたび「核なき世界」を訴えた。
17年末には世界の教会関係者に向けて、原爆投下を受けた後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真入りのカードを配った。そして19年、ヨハネ・パウロ2世以来となる日本訪問を実現した。長崎と広島を訪れ、世界に平和をアピールした。
在位12年。教皇の思いと裏腹に、世界では戦火が広がっている。教皇の言う「創造力」は、平和のために用いられず、人々を隔てる壁はますます高く、強固になっている。
何度も教皇と会談したロシアのプーチン大統領は、脅しとはいえ核兵器使用をちらつかせるようになった。トランプ米大統領の言動は、世界を強者が分割していこうとしているかのようだ。
すでに「第3次世界大戦」のなかにあるかのような世界で、弱き者貧しき者にひたすら寄り添い続けた教皇がいなくなった。喪失感は大きい。
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