結局、『異端児』の一件は『モンスターを地上に逃がしたファミリアが暴走させた』という単純なものとして片付けられた。
理知を備えたモンスターが居るということは一部の人間の胸に留められた。
そんな中。一人広場でぽっかりと穴を開けたように人が避ける場所の中心にジャックは座り、佇んでいた。
曰く、人の身で神に至った者。
曰く、オラリオの裏ボス
曰く、敵対した次の日にはファミリアの神が天界に還ることなくその魂を砕かれる。
これらが噂ではなく真実である故、ジャックはオラリオにて一目を置かれる存在になっていた。
ギルドも彼のその異常な戦闘能力や身体能力、戦績を見て『喧嘩を売ってはいけない相手』として認識されているのか、本来ならばブラックリストに乗って追放されてもおかしくないことをいままで起こしてきているのに咎めなし。
ギルド職員、曰く
「冒険者資格剥奪と永久追放?確かにそうするべきだろうが、このオラリオで『深淵歩き』に面と向かってそんなことをしようと思ったらオッタルを10人は連れて来ないと無理だろう。そうして欲しいならあんたがやればいい。やれるならだが。」
と、その場に本人がいないにもかかわらず身震いしながらそう応える。
ベル・クラネルの評価が180度逆になった中、彼は一つもブレることなくオラリオにその名前を畏怖とともに刻みつけていった。
オラリオで子供が悪いことをした際、
「『深淵歩き』が説教しにくるぞ」
と言えば子供達が驚くほど素直に言うことを聞くようになるくらいには恐怖の代名詞として知られるようになった不死の英雄、ジャック。
そんな彼は今
手甲を外し、針を片手に裁縫をしていた。
いつもの煙の鎧一式で、手甲のみを外し、背中に『煙の特大剣』を護身用と言わんばかりに立てかけてある男が裁縫をしながら鼻歌を歌っているのだ。
避けるなという方が無理だ。
「よし、こんなところか」
そう言って布をはためかせる。
一見ボロ布だが、ところどころ修繕の痕が見える。
おそらくはジャックが縫ったのだろう。
ボロ布ではあるがその布の質は上等なものであったと伺える。
その布の中心には竜を象ったエンブレムがあった。
満足気に頷いたあと、彼はそれを霧のように霧散させる。
そして次は何かを取り出した。
木である。
ハンドサイズの木のブロックを取り出し、徐ろにナイフを取り出して削り始める。
しばらくすると形がはっきりとわかってくる。
ロキの2等身フィギュアである。
それを見ていた【ロキ・ファミリア】の冒険者、ティオネは顔を青くしながら
「私達が狙われてる・・・!は、早く知らせないと!」
と盛大に勘違いして走り去っていった。
そして真実は――
「暇だな」
そうジャックは誰にも聞こえないようにポツリとつぶやいた。
そう。暇なのだ。
今回の一件で、ヘスティアからは何があっても良いようにしばらくダンジョンに潜るのを控えて欲しいと言われ、
暇つぶしに溜めていた素材でなにか作ろうと工房を借りようとヘファイストスの元へいけば
机の影に隠れて
「いや!いやよ!私明日は休みをもらうつもりなの!面倒事は勘弁して頂戴!」
とパニックを起こされ取り合ってもらえず。
ヴェルフに頼もうとすれば
「あーすまん。丁度工房を休ませてるんだ」
と断られ
じゃが丸くんを腹いせに買い占めて胃に収めた後今に至るというものであった。
無慈悲なじゃが丸くん売り切れに剣姫が絶望に崩れ落ちるのは後の話である。
「ふむ、あいつらなら暇つぶしに付き合ってくれそうか」
無駄に出来のいいミニチュア2等身ロキ人形を『握りつぶし』、
ジャックは『黄昏の館』へ足を向けた。
その光景がギャラリーからどう映ったかは言うまでもない。
「うううう!なんでや!ジャック!確かにうちらも今回は参加したけど、住民守るためなんやからしゃーないやん!!!!」
と、アイズの後ろでカタカタ震えながらロキが叫ぶ。
盾にされているアイズは闇を湛えた瞳で無表情で獲物を構えて
「じゃが丸くんの仇・・・」
と、ブツブツつぶやきながら獲物を構え
「全員!自分からは決していくな!隙を見せたとしても有効打を与えられるかすらも分からない!ロキを守ることだけを考えるんだ!」
フィンがいつもの笑顔を見せず、決死の表情で防御陣形を組み立てている。
彼らの視線の先には
クビを傾げながらヘルムを指で掻いてまるで状況が飲み込めていない漆黒の騎士がいた。
「なにをしているんだ・・・?」
珍しくおずおずとジャックが問いかける。
「僕達は僕達なりに正しいことをしたつもりだ。後悔も反省もしない。抗わせてもらうよ」
フィンは槍を構えながら吠える
「・・・まぁ暇つぶしにはなりそうか」
誰にも聞こえないようにそうつぶやいたジャックは静かに『深淵の大剣』と『北のレガリア』を手に取り構える。
そして一歩踏み込んだと思ったら。
フィンの眼前に大剣が迫っていた。
瞬間移動と見紛う踏み込みにフィンは身を捩るがそのまま大剣の腹で殴り飛ばされる。
「団長ぉおおおおおおおおおおおおおお!よくもおおおおおおおおおおお!!」
アマゾネス姉妹の片割れが怨嗟の叫びを上げながら突進する。
「『フォース』」
ジャックは『深淵の大剣』から『竜の聖鈴』を取り出し、短く詠唱すると。彼を中心に衝撃波がティオネを吹き飛ばした。
「っっらあああああああああああああああああああああ!」
ベートが背後から現れ突進する。
ジャックは振り向かず鈴を持った手をベートに向ける。
「『放つフォース』」
見えない力の奔流がベートを殴りつける
「な!っがあああああああああああああああああああ!」
為す術もなくまともに貰ったベートが3バウンドほどしながら吹き飛ばされる
「やめろ・・・・やめてくれえええ!」
と、ロキが前に出て『神威』を開放して叫ぶ
「うちらはお前と敵対する気はない!確かに今回は危害は出たかもしれへんけど!埋め合わせならする!だから!」
ロキの必死の懇願にジャックは武器を構えたまま見据える。
「なら今すぐ埋め合わせて貰おうか」
「ッ!?」
そう言い放ったジャックに顔を青くしてロキが後ずさる。
そしてロキを守るように団員達が前に出るが、レベル2~3の団員達はレベル5を子供のようにあしらった存在を前に子鹿のように足が震えている。
そんな彼らを見てため息を付きながらジャックは
「そこの『剣姫』とお前の『眷属』を落ち着かせろ。おちおち話もできん」
『へ?』
「ジャックのアホー!!!紛らわしいんじゃボケエエ!!!」
『黄昏の館』の大広間。
そこのソファに腰掛けているジャックの鎧をぺちぺちと平手で殴り続ける涙目のロキ。
「今回ばかりはまったくもってロキの言うとおりだよ・・・はぁ」
ため息をつきながらフィンは手をひらひらとさせて呆れる。
「さてな」
ジャックはロキの頭を撫でながら明後日の方向を向く。
「おい。お前。なんか俺の時だけダメージ通るようにしなかったか」
全身包帯だらけのベートが杖をついて身体を引きずりながらベートが恨めしそうに睨みつけている。
「さてな・・・」
ジャックはまたも明後日の方向を向く。
「じゃが丸くん。貴方が買い占めたのは分かっている」
依然瞳に闇を湛えてアイズが無表情で問い詰める。
「さてな・・・!」
ジャックは天井を仰ぐ。
「でもギルドでのあれは流石に肝が冷えたわ。間違いなくオラリオの存亡の危機やったわ」
そんなジャックを無視してロキはジャックに話しかける。
「実際あの場では皆殺しにするつもりだったがな」
「サラリと恐ろしい事言うなや。っていうかちょっとは躊躇えや」
頬をふくらませるロキに視線を移し、ジャックは静かに口を開く
「すまんが、敵は敵だ。たとえ今仲良くしてようが、共に戦おうが。自分に害なす者は敵でしかない。逆に言えば、物を売った後こちらを後ろから矢で射る外道や、親切に情報を発信してきたと思えばトラップに散々はめて来たとしても、益になるならそいつは味方だ」
「じゃあ・・・うちらとこうして談笑してるのも損得で益になるからやってるだけ、か?」
寂しそうな顔でロキは尋ねる。
「さて、な」
ジャックは静かにロキの頭を撫でながら瞑目した。
その瞬間、団員が慌てた様子で入ってくる。
「団長!大変です!修練場に!霧が!」
その報告は先程までの抜けきった空気に緊張を充満させるには十分のものだった。
「中に子供達はおるか!?」
血相を変えたロキが団員に問う
「10人ほど取り残されてます!ですが、妙なんです。霧の中から悲鳴一つ聞こえないんです。どうか・・・どうか・・・!あの中に俺の相棒もいるんだ・・・!」
そして頭を下げる前に何かが横切った。
懇願する団員の脇をすっと通り過ぎる漆黒の騎士。
「頭を下げている暇があったら早く案内するといい」
霧の前までまで案内されたジャックは入る前に後ろに声をかける。
「お前たちも来るのか?」
「当たり前だ。僕らの家族だ。僕らが行かなくてどうする」
槍を携えたフィンが真剣な面持ちで応える。
と、そこにアイズが前に出て、
「じゃが丸くん」
と相変わらず虚ろな目で呟いた。
「わかったわかった。明日奢ってやる」
「わかった」
依然拘る剣姫にジャックはそう言うと驚くほど素直に頷いた。
そんなところを後ろで気に食わない様子で見ている者がいた。
「てめぇがここまでボロボロにしてくれなきゃいけたんだがな。クソッタレ」
顔を歪めたベートが毒づく。
ジャックは無言で鈴を取り出して鳴らす。
「『大回復』」
その一言でベートが光りに包まれて開放された時には。
「ッチ!」
舌打ちしながら全快したベートがそこにいた。
一瞥し、霧に向き直るジャックは自分に言い聞かせるように
「さて、いくぞ」
短くそう言い、ジャック達は霧をくぐった。
そこには。
「あ、隊長!」
「と、『深淵歩き』!」
アマゾネスの姉妹や団員がキャンプを作っていた。
「で、この先に妙な像がいると?」
道を進みながら、ジャックは既に中にいた団員達から話を聞く。
「うん。道中の雑魚は片っ端から蹴散らしておいたんだけど、あからさまに妙な石像があった」
ティオナが肯定する。
「ほら、アレです団長」
ティオネが指を指す。
確かに遠目に妙な石像がある。
が、ジャックはその前に『見覚えのあるもの』が見えた。
「・・・久しぶりに見たな」
彼の視線の先を全員が追うとそこには『白い文字のようなもの』と『オレンジ色の文字』が浮かび上がっていた。
「なにあれ?」
ティオナが首を傾げていると、ジャックはそこへズンズンと前に進む。
「俺の世界は、軸がブレ過ぎていて世界が『ズレる』ことがよくある。別の世界の『自分自身』や、他の不死なんかとは一期一会と言えるレベルで、稀にしか面と向かって会えない」
全員がその文字に寄ったのを確認すると
「それでこの白いのは世界のズレを越えて人を助け、ソウル―お前たちの言うエクセリオを稼ぐ為に霊体となって別の世界の『誰か』を助けるためにこのろう石を使う」
そう言って、白いろう石を見せる。
「で、オレンジのは『世界のズレ』の影響をを受けずにメッセージが書いた場所に残る。つまり俺達の連絡手段や、警告、情報共有のためのものだ」
そして白い文字にジャックが手をかざすと白い文字が光り輝き出す。
文字から光が浮き上がり、人の形を形成していく。
そうして現れたのは。
細いながらもとんでもなく引き締まった筋肉。
褌一丁に刀一振りを手に携えた老人だった。
『へ、変態だ―!?』
アマゾネスの姉妹は顔を真赤にして悲鳴を上げ、
「おい、こいつ」
「ああ・・・見た目はともかく僕らより間違いなく、遥かに、強い」
ベートとフィンが顔を青くする。
当のジャックは頭を指でこりこりとかきながら
(呼ばないほうが良かったか・・・?)
などと思案していた。
「ま、まぁ、このようにお互いに『世界のズレ』を通り越して召喚できるというわけだ」
気をとりなおして説明を終えたジャックは『ジェスチャー』で挨拶をする。
老人も軽い会釈で返す。
「さあ、気を引き締めろ。間違いなく今回の霧の主はアレだ」
と、広場中央の石像を指差し進む。
老人は悠然とその横について歩く。
ほぼ全裸の老人に全身甲冑の黒騎士。
そのあまりにもシュールすぎる光景に笑いを堪えながらフィン達はついていった。
石像の前までくると、
石像がゆっくりと。唸り声を上げながら戦闘態勢に移行する。
「団長!背後に霧が!」
背後の入り口らしき獣道が霧に覆われる。
「ジャック!君はその老人と2人で好きな様にやると良い!僕たちは僕達で君たちの邪魔にならないように立ちまわる!」
フィンは双槍を構えながらそう言った。
ジャックと老人は無言で左右に別れて走り、石像が完全に動き出す前に武器を一閃する。
「す、すっご。何今の」
「ッチ!」
ティオナとベートが目を見開き、舌をうち驚愕する。
2人の動きがまるで見えなかったのだ。
「ジャックはいつもどおりとしてあの爺様何者!?」
ティオネが信じられない物を見る目でこの場の団員の総意を口にした。
石像はぐるりと緩慢な動きで二人を見やる。
二人はその視界から逃げるように散開する。
「『禁じられた太陽』」
地面を蹴り、横に飛びながら太陽のような火球を飛ばす。
直撃した石像は右肩あたりが大きく破損した。
石像はもろともせずフィン達からすれば瞬間移動とも言える速度で蹴りを放つ
「グッ」
ジャックは呻き声を上げながらも剣の腹で受け止め、後ろに飛んで勢いを殺して受け流す。
不意に石像のひび割れた肩が弾け飛んだ。
その石像の前には
刀を納刀し、やりきった顔をした全裸の老人がいた。
石像が咆哮を上げると、全身が鈍く、赤く。ひび割れた部分が燃え、弾け飛んだ肩口からは火が吹き出す。
そして老人にとんでもない速度で体当たりをする。
老人は為す術もなく吹き飛ばされ、その勢いで霊体が霧散した。
「いや、ほんとに呼んだのは失敗だったか・・・?ズェア!!!」
気の抜けたつぶやきの後、老人に攻撃してできた隙を的確に『北のレガリア』と『栄華の大剣』で一線。真っ二つに石像を叩き切った。
その瞬間、周りの景色は霧散し、『黄昏の館』の修練場があった。
団員達はおそらく霧に飲まれたときの位置できょろきょろと辺りを見回している。
ジャックはふと、中央に何かがあることに気づいた。
「あれは・・・」
近づき、『それ』を引き抜いた。
紛れもなく、先程の石像が持っていた斧槍であった。
明くる日。
ジャックは広場にて再び暇を持て余していた。
「お、おったおった」
見やるとロキとアイズがこちらに駆け寄ってきている。
「どうした?」
短く、ジャックは問うと
「いや、昨日はすまんかったな。うちの子らも助けてもらったし」
とベンチに座るジャックの上に面と向かって座り、顔を近づけてはにかむ。
そしてその後、真剣な面持ちで口を開いた。
「―――なあ、ジャックは、うちらを、オラリオを、損得勘定でしか見てないんか?はぐらかさんと答えてや」
その開いた目はどこか悲しそうで、不安そうにジャックを見つめていた。
「さて、な」
ジャックはロキをどかし、じゃが丸くんの袋をアイズに投げ渡し、自分のホームへと歩きだす。
「ジャッ「少なくとも」!!!」
「損得勘定でしか動いていないならば、あの『場』で皆殺しにするつもりだったと、言ったはずだが」
ロキは嘆くようにその名を呼ぼうとする声を静かに、ただ、静かにそう言って去っていった。
「どうしたの?」
呆けるようにその去った方向を見るロキにアイズが声をかける。
それを皮切りに、弾けるようにロキは両手を上にあげた。
「ジャックが!デレた!デレたでええええええええええええええええええ!!!」
それを見ていた通行人はその時のロキをこう語った。
あの笑顔は、紛れもなく、人を愛し、人を慈しむ神のものだった。
と。