ジャックは今ベルと一緒にダンジョンにいる。
階層は19階層
「ベル、右から来ているぞ」
「!はあ!」
指摘に気付き、今にも攻撃しようとしていたモンスターを一閃両断。
こういったやりとりが何度も繰り返される。
ベルは既に精魂尽き果て満身創痍である。
そんな中でも襲い来るモンスター達をジャックの最低限のサポートで対処する。
さらに1時間ほど経ち、ようやく落ち着く。
「休憩だ」
ジャックがそう言うとベルは倒れるようにその場に座った。
「これを飲め」
渡されたボトルに入った水のようなものをベルは水分補給も兼ねて言われた通りにした。
すると、身体の傷や疲労がたちまち癒え、精神力も回復し、意識がはっきりと冴える感覚を感じた。
「な・・・これ・・・」
驚くベルをジャックは頭をぽんぽんと撫でる
「『女神の祝福』。私の元の世界の最高級ポーションとでも言おうか。非売品だが、数はある。気にするな」
と、飲ませたものについて簡単に説明する。
「そ・・・そんな・・・僕には勿体なさ過ぎます」
「だが、まだやるのだろう?なら、必要だろう」
とジャックはまるで惜しまないといった風に言った。
こうなったのも、ジャックが霧のデーモンを征伐する際、ベルを連れて行かなかった埋め合わせをする。何がいいとジャックがいつもの仏頂面で聞いたところ
「ジャックさんとパーティを組みたい」
と言ったのが発端である。
経緯を思い出しながらジャックは目の前の少年を見据える。
間違いなく、英雄の素質がある。
ステータスの伸びも異常なだけでなく
スポンジのように指摘したことを吸い込んでいく。
目を細め、少年が英雄としての産声を上げるときを想像する。
そして、この少年には相応しい苦難が待っているだろう。と。
「さあ、休憩は十分だろう。今日はさらに潜るぞ」
「は、はい」
緊張しながらも素直に返事をする彼に頷きながら『大樹の迷宮』の道なき道を突き進んだ。
【ヘスティア・ファミリア】ホーム『竈火の館』のジャックの私室の『篝火』が大きく火をあげる。
二つの人影が炎の中から現れる。
「ふむ、どうやら俺が指定した者を同時に転移することはできるみたいだな」
「な・・・な・・・」
ジャックとベルだった。
ジャックは新たな発見にうんうんと頷き、ベルは何が起こったのか分からないと言った顔をしている。
「あの!ジャックさん!もしかしていつも散歩感覚で深層に潜ってるのって」
「ああ、『これ』を『安全階層』に設置しているからだな」
と、肩を竦める。
ベルはちょっぴりズルいのではという考えがよぎったが忘れることにした。
「さあ、ステータス更新だ」
「な・・・な・・・」
【ヘスティア・ファミリア】主神、ヘスティアは痛む胃を抑えながらステータス更新をしている。
スキルこそ変わっていないがステータスの上昇値を見て震えているのだ
ベル・クラネル Lv3
力:443→C 674
耐久:423→C 653
器用:437→B 704
敏捷:647→A 891
魔力:391→D 514
上昇値1000オーバーである。
本来1度のダンジョンで上昇する幅などせいぜい100いけば大幅に上昇しているものだと言われている。
「べ・・・ベル君、今日、なにを、していたのかな?」
「ジャ・・・ジャックさんとダンジョンに潜ってました」
隠すと自分が殺られる。そう確信めいた予感から正直に話すベル。
「階層は?」
「2・・・26階層・・・」
「あんのアホジャック―!!!!!!!!!!!!!!!!」
質問を終えたヘスティアはまるで閃光のようにドアを開けジャックの部屋へと射出される。
ジャックの部屋から聞こえる喧騒に苦笑しながらベルは拳を作り、静かにそれを見据える。
「まだだ・・・まだ足りないんだ」
静かに、彼は自らを戒めるようにそう呟いた。
数日後、ヘスティアは現在、女子会の最中にいる。
メンバーはロキ、ヘファイストスである。
「ドチビ。あいつくれへん?」
あいつとはジャックのことである。
「とりあえずは断固拒否するよ。そんなに欲しいなら本人に言えばいいじゃないか。僕は本人の意思さえ伴っているなら、止めないよ」
むしろ持って行ってくれと言わんばかりにヘスティアが肩を竦める。
「『アレ』に関わりを深く持ったが最後、慢性的な胃痛に悩まされるからおすすめはしないわよ。ロキ」
とヘファイストスが紅茶で胃薬を流し込みながらそう言う。
「え、そんなに悩みの種になんのあいつ」
「そんなもこんなもないよ・・・」
とげっそりとした様子でヘスティアはぽつぽつと語り出す。
彼とパーティを組んだ冒険者は軒並みとんでもない伸び方をすること。
ふらりと帰ってきたと思うと爆弾を落としていくことなどである。
「うわっうっわやめてもう聞きたくないわそれうちまで胃が痛くなる」
耳を塞ぐ真似をしてガタガタと震えるロキ
「ふふふ・・・挙句の果てに【ミアハ・ファミリア】と専属契約みたいなことをしてて素材を降ろす代わりに定期的に売り上げの一部が届けられるんだぜ・・・とんでもない額の。ギルドが見たらなんていうか分からないよ・・・」
項垂れながら諦観した様子で乾いた笑いをあげるヘスティアの瞳に光はない。
「もしかして最近ミアハのところが零細ファミリア脱出した原因って」
「彼の仕業ね」
ロキの勘付きにヘファイストスが後押しするように答える。
「それも事前相談とか一切なしで結果だけ事後報告されるんだぜ・・・?」
みるからにツインテールまでもしゅんと垂れている彼女に普段仲の悪いロキですら心配の眼差しを向けている。
「理解すると言った手前、僕じゃ手綱を扱いきれないよ・・・」
頭を抱えながらヘスティアはそう言う
「いや、そんなんおったら胃炎にもなるわ。っていうかなんでヘファたんも胃薬常用してるんや・・・」
同情した後、兼ねてより気になっていたことをヘファイストスに聞く。
静かに、静かにヘファイストスは口を開いた。
「・・・素材を売りに来るのよ。あいつ。あと消耗品の製作依頼」
「聞くだけなら普通やな」
「ええ、カドモスの皮膜をとんでもない大きさと質で20ダースほど持ち込まれたり、レアな宝石を拳大で大量に、鉱石をインゴットを数えるのが面倒なレベルで持ってきた挙句、たまにふらりときては弓矢や大矢を素材と物凄く細かい設計図まで持ち込んで決まって999本頼んでいくわ」
その言葉にロキは水分補給をしようとして飲んだ紅茶を吹き出した。
事実、ジャックはダンジョンに潜る度にヘファイストスに鍛冶に使えそうな素材を売りつけている。
ツルハシを椿・コルブランドに製作させたらしく、その後は鉱石などもとんでもない量を押し付けられるようになった。
大袋一杯の特殊鉱石をヴェルフの工房でインゴットに固めてから持っていく。
工房を時折貸すヴェルフが顔を真っ青にしながらそれを見ているのは別の話。
「げほっごほっ・・・ちょおまちい!今、最初に!とんでもない奴の素材が聞こえたぞ!」
気管に入った紅茶にむせながらロキは信じられないと言った風に言った。
「ええ、そうよ。とんでもない奴をとんでもないレベルでとんでもない数持ってきてもううちの倉庫はレア素材だらけよ!放出したらオラリオの経済市場が崩壊して冒険者がダンジョンに潜る意味が薄くなるレベルでね!あああああもう!依頼も依頼でその時受けている依頼を全部一旦ストップしないといけないレベルの要求をしてくるわで!!確かにそのかわり素材を買い取った分は帰ってくるけども!けども!!おまけにうちの一級鍛冶師が火を付けられたのか知らないけどまーた無茶苦茶なワークスケジュールで篭り出して!!!」
ガシガシと頭をかきながら天を仰ぐヘファイストスに
ロキは確かな胃の痛みを感じたのだった。
その頃ジャックはジャガ丸くんの屋台にいた。
「ジャガ丸くん小豆クリーム味を10ほど」
「ああ、ジャックちゃんじゃないの」
と店番の女性がジャックに挨拶をする。
「今、8つしかないからそれでいいかい?」
「ああ」
そして購入を終えた後、食べるために帰路につこうとしていた。
その道の途中、自身が来た道を辿るように進む見知った顔を見かける。
向こうもそれに気づいたらしく、ジャックの手の大袋をみるやどんどん機嫌が悪くなっていく。
アイズ・ヴァレンシュタインはジャックの目の前に来ると
彼の手を引いてきた道を引き返しはじめた。
「・・・おい」
「買い占めない」
その一言で観念して彼はずるずると引きずられるように連れていかれるのだった。
「ちゅうわけでお前ちょっとは自重せえ」
と、ロキは帰宅した後丁度いたジャックにそう言う。
「む、なるほど。では少し自重しよう」
案外素直に返事をするジャック。
あれから、アイズにジャガ丸くんを6つほど貪られ、どこか疲れている様子だった。
「っていうかお前なんでそんなにアホみたいに乱獲しとんねん」
半ば飽きれたようにロキが聞くと
「霧が発生していないか見回っていると、向こうから襲ってくるのだ。仕方ないだろう」
と、拗ねたようにぶっきらぼうに言う。
「・・・まぁお前『神の恩恵』的には深層なんて言った日には即死やもんな」
とロキはそれを聞きしみじみと言う。
そう、本来Lv4の冒険者が50階層以降にソロで挑むなど不可能なのだ。
【ロキ・ファミリア】ですら一級冒険者でパーティを組んで初めてある程度安全に攻略できる。
モンスターからしてもLv4程度の恩恵しか感じ取れないのか、ジャックに苛烈に襲い掛かってくるのだ。
目の前の男は平然と撃退できていることが異常なのだ。とロキは胸中に言い聞かせる。
「そういやお前そんだけ生きた伝説みたいな存在やのに浮いた話一つ聞かんな」
そういうロキにジャックは肩を竦めて
「残念ながら、妻は『元の世界』でとうの昔に死んだよ。向こうで何度も死んで、何度も自分を落としていた頃のせいか、もう顔も思い出せんがな」
と、遠い目をする。
「・・・すまん」
ロキはやってしまったという顔をしながら謝罪するが
「過ぎたことだ。こちらの世界で妻を娶るにも、こんな薄気味悪い『不死』を好いてくれるような者などおらんだろう」
と、やんわりと謝罪はいらないとジャックは諭す
「・・・そういえば、魂さえ損なわずに死なんかったら自分うちらと同じ不老なんか?」
「・・・かれこれ、50年は見た目が変わってないだろうな」
そういうジャックにロキは目を輝かせる。
「おお、じゃあ自分、神と恋愛もできるやん」
と茶化すように肘で小突く。
それに対してゲンナリしていたが急に何かを思いついたように意地の悪い笑みを浮かべると
「それは口説いているのか?」
とジャックはロキの顎を優しく持ち上げ、顔を寄せる。
「ちょ!?え!?ふぇえええ!?まっ!~~~!」
顔を真っ赤にして慌てふためき、しばらくすると目を瞑る。
その反応を見てジャックは額を指で小突き
「クックック。お前もそんな顔をするんだな」
と言った。
「・・・お前うちの純情弄んでただで済むと思うなよ」
先程から一変して能面のような無表情で睨みつけるロキ
ジャックはその頭をポンポンと撫でて
「口説いているなら誠実に相手をするさ。からかって来たのはそちらだろう」
とため息交じりにそう言った。
「そんなこと言ったら本気で口説くで?」
と、ニヤリと意趣返しと言わんばかりに意地の悪い笑みを浮かべるロキに
「好きにしろ」
と肩を竦めた。
「ジャックー!遊びに来たでー!」
とロキが『竈火の館』のジャックの自室に入ってくる。
「・・・特にお前が気に入りそうなもてなしはないぞ」
とジャックは若干疲れたようにそう言う。
「そうだよ!無乳!ジャックはお前なんかをもてなさないぞ!」
と不機嫌全開といった感じでヘスティアが後ろから入ってくる。
「ええねんええねん。丁度今ラキアとの戦後処理で主要な奴ら皆出払ってて暇やねん」
とまるでそこが居場所であるように『篝火』で胡坐をかいているジャックの上に座り、身を寄せる。
ラキア王国の進軍があったが、鎧袖一触、後に骨の髄までしゃぶられているのに見飽きたのか、最大派閥として出張っていたロキは戦後処理を眷属に任せて帰還していた。
そしてここ毎日、ジャックの部屋に来ている。
「そういや、ジャック、お前、ヘファたんのとこの一級鍛冶師とかミアハのとこの新入りまで誑しこんでるらしいやんけ」
と、ロキが軽い爆弾を落とす。
ヘスティアは「な、なんだってー!?」
と、顔を驚愕に染める。
ジャックは肩を竦め
「前者は仲間を貶されたので心をへし折りにいっただけ、後者については『戦争遊戯』のときに殺す手前まで追い詰めた。これを口説くというなら、世の殺人鬼は恋愛に飢えた狼とでもいうのか」
とやけくそ気味にそう言った。
「いやいや、どうせうちみたいに落として上げるような真似をやったんやろ?自分ほど強い男なんてこのオラリオには現状おらんやろうし、知ってたら転ばん女おらんやろ」
と言いながらジャックに向きなおるように体制を変えて密着する。
「おい、無乳、くっつきすぎだぞ」
ヘスティアが般若の面をかぶっているのかと思うほどに激昂している。
「あん?ええやんドチビ。減るもんやないやろ。お前の本命は兎やろ」
「いーや減るね!ジャックもその無乳を剥がしなよ!あと僕はベル君だけを贔屓にしているわけじゃない!」
といつもやっているように口喧嘩が始まる
ジャックはため息を一つ吐くとヘスティアを手を伸ばしもう片方でロキを半分ずらし、空いた場所にヘスティアを納める。
両脇にすっぽりと納めながらアイテム整理を器用に続ける。
神二人は真っ赤になりながらもおずおずと身体を密着させる。
「・・・なぁドチビ。マジでくれへんこいつ」
「・・・だめだよ」
とそのやり取りを最後に、ジャックがアイテム整理を終えてヴェルフのところへ、ロキから『自重しろ』と言われた手前相当溜まり込んだ素材をわずかながら持って、少しでも消費するために簡単な調理器具の製作を頼もうと立つまで、二人の神は彼の胸元でごろごろするのだった。
その姿は、愛し合う男女というよりは、親子の様だった。と【ヘスティア・ファミリア】の白兎は語る。
後日、
ジャックはヴェルフに製作してもらったフライパンを振るっている。
出来たパエリアを取り分け、配膳するために運ぶ
「出来たぞ」
そこには決死の覚悟を決めた面々がいた。
ヴェルフは「ヘファイストス様、先に逝くかもしれません」と嘆き
ヘスティアは「神力が発動しませんように」
と神であるのにもかかわらず神に祈りを捧げ
命は「タケミカヅチ様・・・」と主神の名を呟き涙する。
ジャックは溜息を一つ吐きながら
「味見もしているから毒にはならんはずなのだがな」
と呆れる。
並べられた食事に先に手をつけたのはベル・クラネルだった
リリルカ・アーデはポーチからポーションを取り出して待機している。
皆が見守る中、ベルは咀嚼、嚥下し、カッと目を見開いた後
「美味しい!美味しいですよ!」
と絶賛した。
「フッ。とことん失礼なものだ」
とジャックは笑いながら食器を片付けている。
春姫が渡された洗浄済の食器を水切り台へいそいそと置いていく。
『す、すみません』
と、【ヘスティア・ファミリア】の主神と眷属達は声を揃えてそう言う。
食器の片づけが終わり、
「ありがとう」と軽く春姫にジャックは礼を言うと
「いえ、これくらいは」
と微笑を浮かべながら春姫が返事をする。
ジャックはそれなりに長い時を生きてきていたので簡単な料理くらいはできるのは当然のことであるのだが、主神と同僚達は信じなかったのででは腕を振るおう。
というのが顛末である。
そんな中、『竈火の館』の呼び鈴が鳴る。
「リリが見てきます」
と、リリルカ・アーデは玄関に向かった。
「朝から来客とは珍しい」
とジャックは特に気にもせずにいると
リリルカ・アーデが顔を真っ青にして走ってきた。
「ジャック様!来客です!っていうかなにしたんですか!?」
「?」
そう言われてジャックが首を傾げていると
「失礼する」
現れたのは一人の猪人だった。
『オッタル!?』
ジャック以外の全員は口を揃えて驚く。
「用向きは?」
ジャックがそう聞くとオッタルは頷き
「今日、我らが女神から暇を頂いた。ついては、貴公と鍛錬がてら手合せがしたい。なんなら、個人として依頼を出してもいい」
剣戟の音が『竈火の館』の外の広場に響き渡る。
何度目かの剣を弾き飛ばされる音がする。
オッタルは起き上がり、後方に突き刺さった剣を抜いて再び構える。
対面するジャックの装備はまさに『騎士』という風貌ながら、冒険者が身に着けるような簡単なポーチなどが鎧に据え付けられている。
かつて、アルバという騎士が着ていたと言われている甲冑を身に纏い、
一見何の変哲もない大剣を構えている。
「摩訶不思議な剣だ」
オッタルは声に出してそう言った。
魔力によってコーティングされたあの大剣の刀身と撃ちあう度に痺れるような電流が己に流し込まれるのだ。
ドラングレイグにて英雄と称されるヨア率いる竜血騎士団の大剣である。
驚くべきなのは武器だけではない。
とオッタルは胸中の高揚感を隠せずに笑みを浮かべる。
周りに剣波の被害が出ないように力を逃がして打ち合う。
それ故に周りの地形は一切変わっておらず、観戦しているベル達にその余波も飛ばない。
それを成せる底なしの技量を持った男が目の前に立ちふさがっているのだ。
「参るといい。まだ、終わりではあるまい?」
ジャックはそう静かに言うと再び大剣を構えなおす。
「もちろんだ・・・!」
オッタルは挑む。
目の前の『英雄』に。
その眼は以前のような、諦観しきったものではなく。
上に挑み、錬磨し、昇華する喜びに輝かせていた。