「で、今日は何の用だ」
ジャックは対面にいる相手を見据えながら視界の隅でドアから覗くベル・クラネルを気にかけながら問うた。
「礼と、お願い」
目の前のアイズ・ヴァレンシュタインはそう言うと真剣な表情でそう言う。
「礼?なんのことだ」
「ジャガ丸くん」
即答するアイズに頭をぼりぼりとかきながらジャックは
「別に気にしてなどいない。で、用向きのほうは?」
「買占めをやめてほしい」
「・・・そんなに食べたいのか。あれが」
一筋の汗を垂らして問いかけるジャックにアイズははっきりと首を縦に2回振った。
「まぁ、予想外に美味かったもので買占めに関しては悪いと思っている。今後控えよう」
その答えにアイズはもう一度満足気に頷くともう一つと言わんばかりに口を開いた。
「あと、依頼」
「ん?」
まだあるのかとは言わず、ジャックは喉を鳴らして聞き返す。
「フィンが『霧』の情報を掴んだ」
その一言に彼は座っていたソファーを蹴るように立ち上がった。
「場所は?」
「オラリオの外、『べオル山地』、神様が攫われたときに知り合った村から、そういうものがあるって」
さらに話を聞くと、自らの主神が一度攫われたことは聞いていた。その際に身を寄せた村からの報告で山地のとある谷一帯に霧がかかっている。
「【ロキ・ファミリア】はこれをギルドからの正式な依頼として受注した。手伝ってほしい」
「もちろんだ。むしろ私を連れて行かんと全滅しかねん相手というのをフィンも知ってのことだろう」
そういうアイズに二つ返事で快諾するジャック。
「明日ジャガ丸くんの開店時間1時間後に町の巨大街壁の正門で待ち合わせを」
妙に変な時間指定方法で日時と場所を伝えるとアイズはそのまま部屋を後にした。
入れ替わるようにベル・クラネル達が入ってくる。
「あの、ジャックさん。霧っていうのは前話をしていた・・・」
おずおずと聞くベルにジャックは強くうなずき
「十中八九間違いない。しかもおそらく前以上の大物だ。」
どこか確信しているような声で彼はそう断言する。
そう言いながら準備を着々と進めていく。
そんな彼に全員が何ともいえない表情でそこにいる。
「あの、ジャックさん僕「ダメだ」!?」
ベルが言いきる前にジャックははっきりと拒絶の言葉を口にする。
「おそらく、今回参加するのは全員Lv5は超えている者達だろう。フィンも、今回、霧の範囲が前回と『桁違い』なことに気付いている。」
それは暗に、Lv4以下のベル達では足手纏いだという言葉だった。
「それでも・・・!それでも僕は貴方と一緒に行きたい!ついていきたいんだ!」
ベルは切望する。
「今回は、お前達がどんな窮地に陥っても手を差し伸べる余裕がないだろう。他の【ロキ・ファミリア】の冒険者も同じだ。ハッキリ言って迷惑にしかならんのだ。分かってくれ」
振り向かずに、そう答えるジャックにベルは肩を落として、俯き、目に涙を溜めて部屋を出た。
他の全員はベルの名をそれぞれ呼んだ後、後を追いかけた。
が、女神だけはその場に残っていた。
「・・・非難するか?」
「まさか。・・・今回はベル君達ではどうあがいても荷が重すぎるんだろう?」
ヘスティアは寂しそうな笑みで此方を見ている。
「・・・ああ。連れて行くわけにはいかない。『渓谷一帯』が霧に覆われている。ということは、とんでもない大物が巣食っているか、その一帯丸ごとが亡者と化した魍魎の住処だろうよ。少なくとも、前回以上の苦戦を強いられることは間違いない。・・・まったく。ついて来いと言ったはいいが、こうも空回りするとは。」
まるで、自らに言い聞かせるように言う彼をヘスティアは後ろから抱きしめた。
しばらく沈黙が続く。
「ありがとう。ベル君達の身を案じてくれて。僕だけは、君の選択を理解しなければいけない。僕からも説得をするから、行っておいで。そして、必ず帰ってくるんだよ」
と、ヘスティアはそう言って、身体を離して外へ出た。
「存外に、甘くなったものだな。俺も。まぁ悪くはないが」
そう自嘲気味に彼は独り言ちた。
翌日、待ち合わせ場所に時間30分前ほどに到着すると。フィンがこちらに気付いて手を上げる。
「やあ。今回はよろしく頼む。早速だけど今回の面子を紹介しよう」
そう言うと、後ろから一歩、エルフの女性が前に出る。
「リヴェリア・ヨース・アールヴだ。よろしく頼む」
続いてアイズ・ヴァレンシュタインが会釈する。
「よろしく」
そう短く挨拶するといつぞやに見たアマゾネスの姉妹が前に出る。
「ティオネ・ヒュリテ。こっちはティオナ。よろしく」
アマゾネスの姉妹を除いて全員Lv6。本来ならば十分すぎる戦力だ。
「ジャック。この中では一番レベルが低いことになるな。よろしく頼む」
一礼すると、フィンが噴き出す。
「この中で一番の戦力が何を言っているんだか。多分ロキあたりがこの場にいたら『お前のようなLv4がいてたまるか』って言うだろうね」
と笑いながら茶化す。
その隣でリヴェリアは冷静な表情でジャックを見つめている。
「ジャック殿。今回、どう見る」
そう短く問われるとジャックは顔を引き締めて真面目に答える。
「前回よりは苦戦するだろうな。お前達はお前達同士の命の心配をするといい。俺もできる限り身を挺そう」
「・・・安易に大丈夫。などと楽観できるような相手ではない。ということか」
そう言うとリヴェリアは瞑目し、思考する。
「とりあえず。出発しよう。時間が惜しい。物資の補給は済んである。」
フィンのその一言に、各々頷き、それぞれ思いを秘めオラリオを後にした。
オラリオを出てから二日ほど経ち、『べオル山地』に到着した。近隣にある『エダスの村』の人に場所を簡単に教えてもらい。ジャック達は件の場所に到着した。
大きくまるで谷の入り口を覆うように霧がかかっている。
「入ったらまずは俺とお前達で散開。出来るだけ俺を囮にしろ」
「・・・ああ、頼りにさせてもらうよ」
簡単にフィンと打ち合わせてそれぞれが霧に手をかける。
そしてくぐった先には何もなかった。
谷が広がっている。が。『なにもない』
黒焦げた大地の谷が延々と続いている。木々は黒焦げに炭化している。
ジャックは『アーロンの大弓』を携えいつでも動けるようにしている。
「先行する。あとから来い」
そういうとジャックはゆっくりと確認するように先に進む。
しばらく進むと、下に続く滝があった。
まるで円を囲うような広大な川の滝だ。
ジャックは川を避け、崖から崖へ飛び乗るように降りていく。
フィン達が縄梯子を使って滑るように降りてきたのを確認したところで、大きな咆哮が聞こえた。
大弓を構え方向が聞こえた方向を見ると。
黒い竜がこちらに向けて飛行をしてきていた。
遠目で見て分かるのはそれだけ。
ジャックは咄嗟に大矢を放ち、寸分違いなく竜の両翼を撃ち抜いた。
龍は悲鳴をあげると、ジャック達がいる窪みへ降り立つ。
そのあまりの体格差にフィン達は後ずさる。
「ま・・・まさか・・・『隻眼の黒龍』か!?」
フィンは想定外の相手に全身から冷や汗が噴き出るのを感じていた。
本来、『グランドクエスト』指定されている最後の生き残り。
もし事実ならばこの面子での生存確率は薄い。と。
「『そんなもの』ではない。単眼であって、隻眼ではないだろう。」
とジャックはそう言いながら大弓から矢を絶え間なく放ち、
脚を動かして距離を保つためにフィン達と合流する。
フィンはそれを聞き見ると黒龍の目は単眼だった。確かに『隻眼』ではない。
瞬間に悶えていた単眼の黒龍がその首を持ち上げ『敵』を補足する。
「散開!」
フィンが号令をかけると弾かれるように全員が散った。
フィン、アイズ、ティオネ、ティオナが黒龍を四方から躍り出る。
黒龍は槍以上の太さのある大矢が刺さった翼を羽ばたかせ大きく跳躍し、地面に向かってブレスを吐く。
成す術もなく4人に当たりそうになるが、ジャックが地面に当たる前に真下に、移動し、真上に向けて勢いよく『大盾』を放り投げた。
炎が一瞬だけ宙で炸裂した隙に4人が離脱したのを確認するとジャックは飛ぶようにその場を下がる。
その最中も身体を捻るようにして身体を無理やり黒龍に向け矢を放ち続ける。
1射、当たらずに崖に当たると崖が大きく変形した。
本来その辺の魔物が当たれば肉が消し飛んでいるであろう1撃を続けざまに放つ。
大矢の雨に撃たれながらもひるむことなく、器用に目を狙ったものは避けながら黒龍は尾をジャックへ叩き付ける。
横に咄嗟にローリングをして躱すが、尻尾がしなり、横に薙ぐような追撃が迫る。
「間もなく、焔は放たれる。忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ。レア・ラーヴァテイン!」
そこに尾をはじき返すようにリヴェリアの大規模の殲滅魔法が発動する。
「しゃああああああああああああああ!」
ティオナが吠え、大剣を尾が押し返された方向とは逆から叩き斬るように撃ち降ろす。
勢いによって力の増した斬撃により尾はそのまま切断されると思われた。が。
ガキン!と金属同士が鍔迫り合うような音が鳴り、刃が肉に食い込むことなく鱗に阻まれる。
「嘘!?」
驚きながらも咄嗟にその場を離れるティオナに黒竜の顔が向き、ブレスが放たれる。
「ティオナ!」
ティオネが名を呼びながらまだ体勢を整えていなかったティオナの首根っこを掴み、地面を蹴る。
「サンキュ!」
ブレスをぎりぎり躱せたのを確認してティオナは顔を向けずに礼を言った。
視線が自分から逸れた隙にジャックは橙色に光る鬼火のようなものを砕き、白い無数の魂―ソウルを取り込み補充する。
そのまま開いている手の鈴を黒龍に向けて撃ち鳴らす。
「『絶頂』」
ソウルを贄とする最強の闇魔法が黒龍の体躯に直撃する。
黒龍は悲鳴をあげながらもがき苦しみ、ブレスをあたりに無差別にまき散らした。
そのブレスの先にリヴェリアがいるのを確認してジャックは彼女の元へ駆け寄りんながらそれと同時に先程ブレスを防ぐのに使った大きな岩のような『大盾』を拾い上げる。
空いている手でリヴェリアを『真上』へ投げ飛ばした。
そして大盾を地面に縫い付けるように叩き付けて設置し、ブレスを受け止める。
ブレスが通り過ぎた瞬間に落ちてきたリヴェリアを抱きとめる。
「あ・・・ありがとう」
少し顔を紅潮させながらリヴェリアは礼を言う。
ジャックはリヴェリアを立たせた後、『大盾』から『大弓』に再び切り替えて矢を苦しんでいる黒龍の目にめがけて放つ。
外すような余裕がない黒龍は避ける術なく大矢が目に直撃する。
続けてジャックは『煙の特大剣』と『栄華の大剣』を取り出して跳躍し、勢いのまま尾を切断する。
「嘘でしょ!?」
ティオナは先程自分が出来なかった行為をやってのけるジャックを見て驚愕しながら自分の武器と彼の武器を見比べていた。
尾を切断された黒龍は尾を切断した目を潰されながらも正確にジャックへ前足の爪を叩き付けんと振り上げる。
「僕を忘れてもらっては困る!」
そこへフィンが背中を向けた黒龍を駆け上り双槍を黒龍の頭、柔らかい目の部分をめった刺しにする。
「はああ!!」
アイズも負けじと躍り出て切断された尾から肉をえぐり出すように突き込み続ける。
再びもがき苦しむ黒龍にジャックは鈴を取り出し一際大きく鳴らす。そして高く跳躍し、鈴を持った右手から赤い稲妻が槍の形を取る。
「『太陽の光の槍』」
詠唱と共に超至近距離で大矢が刺さった目に向けて叩き付ける。
まともにもらった黒龍の頭が消し飛び、そのまま身体が霧のように霧散していく。
「やった!」
ティオナとティオネが喜び、リヴェリア、フィン、アイズも肩の力を抜いた。が
ズン!
と、大きな音と共に広々とした窪みの中央に『何か』が降ってくる。
見るとジャックの使う『栄華の大剣』に瓜二つな大剣を持った誰かが降り立っている。
ゆっくりと、ゆっくりと身体を起こしている。
見ると左手は折れ、全身の鎧がボロボロになっており、布は何故か黒く汚れ、滝に撃たれたかのように濡れている。
ジャックはその姿をよく知っていた。
「馬鹿な・・・!」
ジャックは狼狽える。
普段の彼からは想像の付かない驚き方に、全員が彼に聞く。
「あれは・・・『何』だい?」
ジャックはまだこちらを振り向いていない『それ』を見据えながら左手に『栄華の大剣』と、とんでもない岩のように金属が折り重なった造りの大盾を右手に構える。
「俺の世界の『御伽話』の主人公だ」
ゆっくりとボロボロの騎士はこちらに振り向く。
「『深淵歩き』のアルトリウス」
その名に呼応するようにかつての『大英雄』らしきものは咆哮した。
「お前達は下がれ」
そう言い、彼は前に出る。
黒いボロボロの騎士はそのままあり得ない高さまで跳躍し、上から突き落とすように斬りかかってきた。
それを間一髪で避け、ジャックも『栄華の大剣』を叩き付ける。
騎士はそれをなんなく受けとめて鍔迫り合いになる。
お互いの足元がミシミシと音がなる。
どちらからともなく、お互いが剣を弾き、1合2合と切り結ぶ。
その技量は人間離れしており、Lv6のアイズ、リヴェリア、フィンですら目で追うのがやっとの速度。
明らかに『Lv7以上』の動きで繰り広げられる剣戟の応酬にティオナもティオネも唖然としている。
図らずも、さながら『騎士の決闘』のようである。
騎士が地面をえぐるように斬り上げ、それを受け止めたジャックが宙に浮く。
そのまま勢いに乗せて跳躍し、身体を回転させて斬り下ろす。
それを『大盾』で受け止め、着地を狙って突きを放つ。
騎士は紙一重で避け、そのまま回転するように斬り払う
そしてまた斬り結び、火花が散る。
不意に、騎士が後ろに飛びのく
ジャックは構えるが騎士は一向に来ない。
「ォォオオオオオオ」
と、唸り声のようなものが騎士から聞こえたと思うと
周りに黒い靄が集まりだす。
「!」
ジャックは咄嗟に大弓を取り出し、大矢を続けざまに放つ。
大矢をその身に受けても、びくともせず、騎士は咆哮をあげると
黒い靄を身体に取り込み全身からその靄が吹き出はじめる。
そのまま跳躍し、兜割りを繰り出してきた。
ローリングで躱し、次の行動に移ろうとする。が
目の前に再び兜割りが迫っていた。
「―ッチィ!」
舌打ちをしながら連続して放たれる兜割りを避け続ける。
盾で受けるとそのまま圧殺されるという確信があった彼は逃げに徹する。
騎士はそれを追うように突き、斬り上げ、袈裟がけ、回転斬りと武器を振るう。
左肩や胸に先程受けた大矢が痛々しく刺さっているのを歯牙にもかけずまるで無傷のように攻撃を繰り返す。
騎士が動く度にびしゃびしゃと黒色の液体が床に飛び散る。
川滝の水とは一切混じらず、侵食するように地面を黒く染め上げていく。
ジャックは攻撃を避けながらも淡々と攻撃の隙を伺う。
しばらくすると黒い靄が徐々に薄れていく。
再び騎士は飛びのくと、黒い靄が彼の周りから集まり出す。
ジャックは弾けるように地面を蹴り、そこを『煙の特大剣』で叩きつける。
ガシャン、っと鎧が割かれる。
はじめて、騎士が怯んだ。
騎士は突きを放つが、ジャックはそれを右肩に受けつつも『栄華の大剣』で騎士を貫く。
騎士はまるで歓喜の声を上げるように吼え、霧散した。
「ジャック!」
駆け寄るフィンは彼の肩が剣で突かれ醜悪な肉に変形しているのを案じて駆け寄る。
ジャックは、懐から黄色に輝く瓶を取り出し、その中身を飲んだと思うと火が焼けるような音がし、彼の傷ついた肩に炎がまとわりつき、まるで逆戻りするように肩が元に戻る。
「流石に、無傷では済まなかったな」
ジャックは肩を竦め茶化すようにそう言った。
その異常な回復の様に全員があんぐりと口を開けている。
「その・・・大丈夫なのか?話には聞いていたが、どう見ても死んでもおかしくない傷だったぞ」
リヴェリアはおずおずと聞く。
「これが『不死』だ。死にたくても死ねない。ただ死ぬ度に肉体を復元する過程にも意識がはっきりとあり、苦痛で魂が削れていく。意思が削がれ、果てはただ他の魂を際限なく喰い尽す獣に成る。肉体が跡形もなく滅んでも、どこかしらで再生する。その間も、肉体が再び生じた時点で苦痛が刻まれる。」
女性陣は少し想像してしまったのか青い顔をする。
「にしても、あれは本当に、『深淵歩き』だったのか」
ジャックの問いは虚空に吸い込まれた。