あれから彼は柴関ラーメンのバイトを始めた
面接の日に柴関ラーメンに来たもののそういえば時刻を決めていなかったなと気付く
困り果てて店前の篝火に触れていると大将から声をかけられた
あの日はどうも客足が少なく彼的には暇だったらしい、今すぐにも面接をしよう。との事だった
断る理由が無いので彼は頷いて大将と共に柴関ラーメンに入ったのである
面接という初めての体験故に彼は少し緊張していたがやってみればそこまでキツイものでは無い
大将さんから聞かれる質問に適切に答えていくだけである
その質問も簡単で基本的に手の器用さ等を聞かれた
まぁ何故バイトをするかの理由も既に分かっているものだし形だけのものだろう
と、言うことで今彼は柴関ラーメンの調理場に入っている
バイト仲間としてセリカが居るものの今日は来ていない様子
来てもいなくても彼的にあまり関係が無いのでどうでもいいのだが
そう思いながら身につけている衣服を彼は観察する
大将が来ているような東の国のようなゆったりとした服
腰には店前の暖簾のようなものを身につけている
これは大将から受け取ったものである
ここで働くには柴関の服で働いて貰わなければならないようである
いわゆる誓約に見た目を合わせると言う奴だろうか
ロードランで職業や誓約など気にしたことも無かった為新鮮な気分でこれを着ている
「バイト君!ラーメン一丁!」
合点
カウンター方向から聞こえた大将の声に彼は反応し直ぐに作成する
こういったものを作るのは初めてだが、少しの技量が出来ればそれほど困難でもないだろう
大将から大体の作り方を教わったのでその通りにラーメンを作り上げる
黄色い生地を引き伸ばし、麺の長さに切り分ける
そこからお湯に通したりして色々しお椀の中に汁と共に入れる
そんな作り方であるが、見た目は大将のものとは遜色無いものだ
少なくとも彼以上の美味しさは無いだろうし彼に大将超える気は毛頭無い
ラーメン一丁
「あ、ありがとうございますー」
犬が二足歩行しているような客にラーメンを手渡す
受け取った彼はニコニコと笑いながらそれを置き、箸を割って食べ始める
ズズズと麺を啜った彼は口元を抑えながら言ってくる
「美味しいですね、しかしいつもと少し味が違うような…」
作ったのは私ですので
「貴方がですか!?…もしかして前職は何か食品作りだったり…」
(食品作り職では)無いです
「あ、そっかぁ……」
味は少し違うようだが、美味しいならば良いだろう
不味くなければ良い、チャーシューや海苔のトッピングが少し不格好でも美味しければ良いのだ
見た目酷くて味も不味ければクソであるが
「なんで…なんで皆さんまともな案を出さないんですか…!
ㅤ銀行強盗からマルチ商法なんて…まともなのは私だけですか!?」
はいお冷です
「あ、ありがとうございます」
アヤネ閣下はお怒りのようです
彼女を見ながら彼はお冷を彼女達に渡す
先程のキレっぷりが嘘かのように豹変しアヤネはそれを受け取った
他の皆も彼からお冷を受け取りズズッと啜る
「…ふう、……だからッ!何をどうして…!」
「悪かったよぉアヤネちゃぁん、ラーメン1つ奢るから許してよぉ」
「はい、お口拭きましょうねー☆」
「私は赤ちゃんじゃありませんッ!」
…どうして水を飲んだだけなのに口元を拭いたのだろう
意味の無い行為に彼は疑問を覚えながらラーメンを作る
何故アヤネは先輩方にブチギレているのか
それはアビドス高等学校における定例会議が事の発端だそうだ
かの高校には借金があり、それを返すための手段を探しているわけだ
言ってくれれば彼がその借金に見合う物をお出しできるのだが…
人の努力を赤の他人が無下にする訳も行かない、というかしてはならない
自分の手1つでロードランを駆けた最初の一周目を忘れてはならない
…兎も角、人のやることに頭を突っ込むなという話である
話を横目に聞く限り恐らく酷いものだったのだろう
銀行強盗…強盗とあることから恐らく彼がそこらの生者を殺し人間性を集めていたようなものだろう
マルチ商法…商法、とある通り商いの手段のひとつだろうか、アヤネがキレるということは詐欺かなにかだろう
…恐らくその他にも出たのだろうが多分ろくでもないことだ、うん
「うぅー……」
「まぁまあ!!美味しいラーメン食べて気分が変えよ?」
「貴方達のせいです!!!」
おお、怖い怖い
顔をまんじゅうのようにしながら彼は呟いた
触らぬ神に祟りなしとこの世界の言葉があるが、それだろう
ロードランではどう足掻こうとも神に触るどころかぶち殺さなければならない
…あの世界じゃ、高潔な人物程後々酷い目にあっていたな
アルトリウスがその筆頭だし…はぁー……
そう思っていると、いつの間にか全員分のラーメンが出来上がっている
彼はハッと正気に戻りそれらをお盆に添えて運び出した
セリカは今現在他のお客さんの相手をしている
紫色の軍服のような物を着た客だ、ここらでは見ない顔である
…まぁ、気にすることでもない
ご注文の柴関ラーメンとなります、どうぞ
「おお〜力持ちー」
「ありがとうございます…」
おやアヤネさん、どうしてそんな疲れ切っているのですか?
もう少し肩の力を抜きましょうよお嬢ちゃん
…まぁ、それが出来ないのは百も承知であるが
ここまで見てて苦労を感じられるのは…誰だろうか…
苦労人のイメージがあるヤツ…あるヤツ…
…もういいや
彼は考えるのを止めてカウンターに入った
セリカが客の対応をしてくれることだろう
彼に出来ることは彼女達の注文を聞いてそれを作り上げること
それ以外にやることは無い……暇だな、だとすれば
彼は懐からスマートフォンを取り出す
そこらのスケバンをボコボコにしてやっていたら落ちていたものである
使い方も理力の高い彼には特に問題にはならなかった
銀行強盗だとか、マルチ商法だとかのワードを検索してみることにしよう
元データ?全部消したよ
○
「四人カウンターに入りまーす!」
セリカの声に気づき、カウンターを確認する
見てみると先程の紫服の子が他の子を連れてきたようである
先程の客の連れか、…皆角が生えているのだが?
この世界にはデーモンの人間バージョンでもいるのだろうか…
いやはや世界とは広いものである、…調べたところ角付きはゲヘナとかいうところの人間とな
今度暇があれば行ってみることにしよう、そうしよう
意気揚々と次の目的地を決める彼
しかしそこに行けるのはアビドスでのいざこざが解決した後であることを、彼は知らない
「ラーメン一丁!」
あい、ラーメン一ちょ……ん?
当たり前のように答えようとして彼は止まってしまう
今彼女はラーメン一丁と言ったのだろうか?
それは本当だろうか?今この店でラーメン頼んでいないのはあの"四人組"なのに?
…いやまさか、四人でひとつを分けようなどと…
「…多分、そうしようとしてるんだぜ旅人さんよ」
えぇ…(困惑)
キヴォトスに来て困惑することが多くなった気がする
ロードランとはまた違った世界の上、常識も異なるからだろうか
だからといって四人で1つの食べ物を分け合うものか……?
そうした目で大将を見たがどうやら彼も同じ気持ちだったようである
「…多分金がねぇのさ、学生さんだしよ」
そういうものなのか?
「ハハハッ、お前さんももうちょい若けりゃ分かるかもな!」
…そうか
若けりゃ、か
自身の年齢に無頓着な彼は言われて初めてそのことを考えた
己は今何歳なのだろうか、不死になったのは20を超えた辺りだろうか?
そもそも長く生きすぎたせいで自分の年齢なんて覚えていない
「…兎も角旅人さんよ、ここは俺に任せてくれ、な?」
もとより貴方に任せるつもりだ
「お!期待されてんのか?よっしゃ腕がなるぜ!」
本当にもとより彼にやる気は無い
変にやって味が悪くなってしまえばロクなことにならなさそうだ
そう思いながら調理場に入った大将の代わりにカウンターに立つ
「…」「…」「…」「…あう」
なんか四人居る…あ、さっきのか
髪の長い奴と、顔が怖い奴と、何故か笑っているやつと、さっきの紫の子
彼はそいつらの特徴を覚えながらじっと見ていた*1
……
「……」「…」「……」「……ぁ、あ…」
死んだ空気が広がる
会話が広がることは無いし、する気もない
大将が来るまでここで立っているだけである
……この後、大将が来るまで見つめあっていたことをホシノ達にいじられるのは別の話