【ヘスティア・ファミリア】ホーム、『竈火の館』
そこの隅の一室
何故か室内であるのに中央に砂場が設けられ、その中央に煌々と燃え盛る『篝火』がある。
内装はとても簡素で無骨。
部屋の隅にベッド、来賓用か、それなりに質のいいソファーとそれを挟むようにおかれているテーブル。そしてキッチン。
若干広さにしてはあまりにも物が置かれていないその部屋に突如篝火が一際燃え盛ったと思うと一人男が姿を現す。
【ヘスティア・ファミリア】所属、ジャックは今日もまたダンジョンに人知れず潜っていたのだった。
ダンジョンの大鐘楼を鳴らしてから既に1週間が経過しており、彼は今回も4日ほどの長期にわたる狩りをしていた。
それには理由があった。
「『古い混沌の魔剣』か」
ジャックは小さくそう零しながら手に握られているものを見た。
そう、大鐘楼を守っていた蜘蛛女のモンスターから入手したソウルを変質させて創ったそれは剣の形をとりながら、刃に所々棘のようなものがあり、さながらのこぎりのように斬りつけた相手の肉を削ぎ取る。
そればかりか、蜘蛛女の特性を引き継いでいるのか、刃が尋常ではない熱を帯びて斬りつけたところから焼いていく。
その性能を確かめると共に、大鐘楼のような場所が他にもないかと中層、深層にかけてくまなく探していたのだ。加えて
「そういえば、団員の募集は終わったのだろうか。この時間ならヴェルフはいるだろう」
自分がいると団員募集するにも委縮するだろう。そう考えた彼はすぐさま探索に取り掛かったという事情があった。
そして近況を聞くために彼は同僚の部屋に向かうのだった。
ノックをすると
「いるぜ」
と短く反応があったので入ると、ベル・クラネルの専属鍛冶師ヴェルフがいた。
「おお、珍しいな。アンタがここに来るなんて」
「団員募集がどうなったのか気になってな。新入りはきたか?」
「いんや、実はな、ヘスティア様がベルのナイフをこさえるために2億ヴァリスほど借金をしててな・・・それが仇になって誰も募集の時に入団者はいなかった」
頭を抱えながらヴェルフに教えられた近況に眉を顰める。
「待て、借金?ヘファイストス、伝えてないのか?」
「なんだ?」
「いや、確認してからのほうがいいだろう。後回しだ。で、『募集の時』には収穫が無かったということはだ」
「ああ、一人増えた。経緯を説明するとな」
と、ヴェルフは簡単に新入りとの出会いを説明する。
名前はサンジョウノ・春姫
歓楽街を取り仕切っていた『イシュタル・ファミリア』と『フレイヤ・ファミリア』が抗争。その最中、ベルが少女を助けた話を聞かされる。
『一時的に対象者をレベルアップする』という珍しいスキルを持つ彼女の話を聞かされる。
「ふむ。そんなことがあったのか。ベルもよくやる。すまんな。至急確認したいことがあって、ダンジョンに潜っている間にこのようなことになるとは。にしても一時的なレベルアップスキルか・・・俺には使えなさそうだな」
と、どこか残念そうに彼はそう言った。
「構わねぇよ。ああ、そうだ。今から昼飯だろうよ。丁度全員揃っているし、あんたもどうだ?命とリリが『いつも一人分多く作らなきゃいけない』って嘆いてたぜ?」
困ったように笑いかけるヴェルフに肩を竦め
「それは大変だ。逆鱗に触れる前に顔は出しておくか」
と、茶化すように答えた。
「ジャックーーーーーー!」
主神ヘスティアはツインテールをヒュンヒュンと飛ばしながら席を蹴るように立ち上がり、名前を呼んだ相手にドロップキックをかます。
「む」
蹴られながらも微動だにしない彼にぽかぽかと殴りつける。
「どうして!いっつもいっつも用向きを告げずにフラフラとするんだい!色々あったんだぞ!」
「歓楽街の一件はベルから聞いている。こちらはこちらで確かめなければいけないことがあった。食事ついでに話そう」
と、怒るヘスティアの頭を軽く撫で、席に着く。
ヘスティアも睨みながらも席に戻り、全員が揃う。
「まずはこちらが調べていたことについてだ」
1つ1つ、正確に話していく。
ダンジョンに『元いた世界』の『霧』が出現したこと
上層にもかかわらず、Lv7,Lv6との3人PT相手でも易々と討てなかったモンスター。
そしてそのモンスターが『魔石』を核としていない、他者の魂を際限なく食い散らかすことで成長する『デーモン』と呼ばれる『元いた世界』の存在であること
現状中層、深層には共に『霧』は発生していないこと
ギルド、知り合いのファミリアには観測次第自身に連絡をよこすことを約束させたこと
「ちょっと待った!?君、あの『オッタル』と『フィン』とパーティを組んでたのかい!?」
「クエスト内容は彼らも同行すること、だったのでな」
肩を竦めて次は見慣れない少女のほうへ向いた。
「挨拶が遅れた。ジャックだ」
「は、はい。春姫と申します」
簡単な挨拶を済ませ、ベルのほうへ顔を向ける。
「ベル。Lv3になったそうじゃないか」
「は、はい!」
元気よく答えるベルにジャックは目を細めながら
「祝いだ。受け取れ」
と、彼が取り出したのは
インゴットだった
「えっと・・・これは?」
「Lv2の時もそうだったが祝いの品が何がいいか悩み果ててな。とりあえずそれならそこの職人に頼めばアクセサリーを作ってもお釣りが出る」
そう言ってヴェルフを指さす。当のヴェルフは
口をあんぐり開けていた。
「ヴェルフ?」
「おい、これアダマンタイトじゃねぇか!?しかもとんでもない質の!」
『え』
と、とんでもないものを見る目で希少鉱石のインゴットに全員が目を向ける。
「か、神様!これを売れば借金の足しになるでしょうか!」
「い、いや、ベル君が貰ったんだ!ベル君が使えばいいさ!」
と、彼らは慌ただしくわたわたしだす。
「それなのだが、ヘファイストスから借金の領収書は貰っていないのか?」
「へ?領収書?」
ヘスティアは目を点にして聞き返す。
「2億の借金なら、私が随分前に返済したはずだが」
「あら、客かしら。騒がしいわね」
ティータイムと洒落こんでいたヘファイストスは慌ただしい様子のホームに気付く。
「へ、ヘファイストス様!」
鍛冶師の一人が走り込んでくる
「何事?」
「ヘスティア様が鬼のような形相で見えています!」
「あら?何かしたかしら」
「う、後ろにあの『悪魔』も凄い形相でまっすぐヘファイストス様の元に!」
それを聞いた瞬間ヘファイストスは
借金の返済完了の連絡とその領収書を渡すのを忘れていたことに気付き
手元の紅茶で取り出した胃薬を流し込んだ。
ヘファイストスから返済完了の領収書を受け取った後
「炉を借りたい」
そう言ってジャックは一人工房にいる。
鈍い種火を炉に移し、武器を打つ
出来たそれはなんてことはない。見た目はただのダガーだ。
だが、一流の冒険者は見れば簒奪せんと殺到し
鍛冶師ならば技術を盗むために殺してでも奪い取りかねないほどの出来。
材質も大昔の遺物とされる鉱石『楔石』を使い、かつ『楔石』が変質した『無明の古石』というものを使用した特殊な物である。
そしてもう一振り、バスタードソードを打っていた。
こちらは楔石のみでの強化。単純に強力な武器として完成された逸品である。
工房から出た彼をヘファイストスと女性が出迎える。
女性を見るや、一瞬目を細めたがすぐに表情を元に戻す。
「何を作ったのかしら」
「俺の『習作』は眷属には見せたくないんじゃなかったのか」
隣にいる女性を見ながらジャックは肩を竦める。
「彼女がどうしてもっていうから。私は、本当に、嫌なんだけどね」
と眉を寄せながらヘファイストスは嘆息する。
「椿・コルブランドと申す。まぁ、なんじゃ。ヴェル吉と主神様がお前のことをいたく持ち上げていたのでな。採点してやろうというわけじゃ」
と悪戯に笑う彼女に
ジャックは無言で先程打った皮鞘に納められた『無明のダガー』をほうり投げる。
受け取って刀身をみた二人首を傾げた。
「・・・ねぇ。これ、あなたが打ったの」
「そうだが?」
首を傾げながらヘファイストスが呟き、椿は失望の目をこちらに向ける。
どうみても鈍らだったのだ。
そこにジャックは薄い笑みを浮かべて爆弾を投下した。
「まぁ、貴様らが持っても『鈍ら』にしか見えんだろうな」
「・・・なんですって?」
「ほう、ならこれがそんな上等なモノなのかえ?確かに材質は見たことないものじゃが・・・宝の持ち腐れじゃな」
とそれぞれが珍しく直球で馬鹿にしたジャックに相応の反応をする。
「『宝を持ち腐れ』てるのはお前達だよ。貸してみろ」
そう言いながらダガーを見せるように握ったジャック。
その瞬間、二人は息を飲んだ。
先程まで鈍らでしかなかった刀身が今まで見たこともないほどの一品に化けたのだ。
「どういうこと!?」
「なにをしたんじゃ」
驚きながらマジマジと見つめる二人にジャックは指を立てる。
「ヘファイストス、ベルにナイフを打ったろう。アレと同じだよ」
「どういうこと?使い手の能力と共に進化するってこと?」
「いや、そんな都合のいい武器ではない」
肩を竦め彼は続ける。
「こいつは『持ち主の一番低い素養』に反応して変化する武器だ。まぁつまるところ、能力が突出しないほど、平凡であるほど、その刃の力は増す。そういうものだ」
と言う。
「貴方のような平凡がいたら世界は今頃滅んでるわ」
とジャックを睨むヘファイストスの視線が痛いのか頭をかきながら
「まぁ、なんだ。全ての素養が行くところまで行きついてしまった俺が持てば『神殺し』の武器にすらなりえる。といえば伝わるか?」
ナイフを鞘に直しながらジャックは言った。
二人はその言葉に戦慄を覚えた。
彼の言うことが本当ならば彼は『一番低い素養』というものが存在しないことになる。
「お主、ほんとうに人間か?」
椿は一筋汗を垂らしながら
「その質問には返答しかねる。『不死』になって大分長いんでな。ああ、そうだ。『採点』ならこっちのほうがいいだろう」
そう言ってバスタードソードを一振り手渡してくる。
椿はそれを見て息を飲んだ。
「ああ、そういえばヴェルフが言っていたのは貴様か。」
畳みかけるように、かつわざとらしく思い出したように、ジャックがそう言ったのに椿は全身から汗が噴き出した。
「『己の適性を見誤るな』だったか。俺は鍛冶の適性など最初は露ほどもなかったぞ。確かに適性や、才能を努力して伸ばすのは素晴らしい。が、『望まない才能』を伸ばすことの苦痛を知らん貴様が言うべき言葉ではないな。」
そう言いながら、一本、武器を取り出す。
それは紛れもなく、椿・コルブランドが打った武器の一振りだった。
それを抜き放ち、宙にほおり投げ、バスタードソードで『斬り刻んだ』
第一等級とも呼べる武器はただのバスタードソードによってバターのように細切れになり、斬られた刃がカランと音を立てて落ちていく。
「『なんだこれは。鈍らか?』」
顔を真っ青にした彼女に口元に三日月のような笑みを携えながらジャックは彼女に言い放った。
「奢るなよ。『二流』。『上には上がある』ことを忘れたか」
笑みを消し、ゴミを見るような目でそう吐き捨て彼は踵を返す。
「ヘファイストス。また来る。あと、そいつの面を俺の前に見せるな。虫唾が走る。努力する者に現実を見せつけるのはいい。が、人の選択に口を出し、侮蔑する資格を持った気でいる愚か者とは仲良くなれん。」
そう言って彼はその場をあとにした。
「・・・だから『見せたくなかったのよ』」
下唇を噛みながら、膝をつき、切り刻まれた己の作品を見て放心する子供を見、ヘファイストスは呟いた。
後日、ジャックは今『竈火の館』の自室にて機嫌が悪そうにソファーに腰かけている。
「で、何用だ。遠回しに『二度と面を見せるな』といった記憶があるのだが」
目の前にいるのは彼が数日前に自分が第一級鍛冶師としての矜持を踏みにじったはずの椿がいた。
「手前に、武器を持ってきた」
「いらん、自前で十分だ」
短く伝えられた用向きに即答する。
「そう言わずに」
「断る」
「代金は取らん」
「間に合っている」
このようなやりとりがしばらく続いた後、
観念してジャックが嘆息する。
「・・・武器を売り込みたいなら他にもいるだろう」
「いや、お主じゃなければいかん」
椿はまっすぐこちらを見据えてそう言う。
「確かに、手前の言う通りだ」
ゆっくりと彼女は言葉を紡ぐ。まるで心が悲鳴をあげているように
「わしに、下をこき下ろす資格など無い。上には上がいる。もっともだ。ヘファイストス様が神の力なしで打った代物にすらも未だ届かない未熟者だ。じゃがな」
そこで彼女の瞳に力が宿る。
「手前の心血注いだ作品を目の前で鈍らと言われて何もしないほど、わしは蒙昧ではない。見返したい。その機会をよこせ」
彼女は久しく忘れていた挑戦するという気持ちを胸に目の前の化け物に渇望した。
「・・・」
無言で彼は『篝火』から袋を取り出すと彼女に大袋を投げた。
受け取った彼女は予想外に重い袋に目を開き、中身を見る。
そこには鉱石が入っていた。
そのどれもが、ダンジョンで取れる第一等級武器の製作に使われるような希少金属であった。
「言った身として、責任を取ってやる。素材はいくらでも取ってきてやる。やってみろ」
そうぶっきらぼうに答えた彼に
彼女は熱の籠った瞳で
「わしを本気にさせた責任、とってもらうぞ」
と彼女は部屋を飛び出すように出て行った。
後日、椿・コルブランドは『深淵歩き』ジャックの『臨時』専属鍛冶師として名乗りを上げたことはオラリオ中に衝撃が走り、一悶着あり、両者のファミリアの主神達の胃の痛みを増加させたのはまた別の話。