【ヘスティア・ファミリア】拠点『竈火の館』
そこの一番隅の部屋を使っているジャックは今次のダンジョンへの『出稼ぎ』の準備をしていた。
ドアからノックがする。
「開いている。入って構わんよ」
開けられたドアから入ってきたのはリリルカ・アーデだった。
「どうした?」
聞くとリリルカ・アーデはもじもじしながら言った
「来客です。どうぞ。じゃあ、私はベル様のところにいきますので」
「失礼する」
「失礼するよ」
入ってきたのは意外な組み合わせだった。
「珍しい組み合わせだ。座るといい。」
と肩を竦めながらソファーを指さして来客たちに座るように指示する。
来客は二人
【ロキ・ファミリア】団長―『勇者』フィン・ディムナ
【フレイヤ・ファミリア】『猛者』オッタル
フィンは座り、オッタルはその後ろに立った。
「で、どうした」
いつにもなく真剣な表情の二人に気を引き締めてジャックは問いかける。
「依頼をしたい」
と、フィンは真剣な面持ちでそう言った。
「お前達のファミリアの内部で片づけれない問題なのか?」
「むしろ、君にしかできない。事情を説明しよう」
普段の笑顔はそこにはなく、苦渋の混じった顔をしている。
「僕達のファミリアに、死人が出た。どちらもLv2、お互い偶然居合わせただけらしいが、階層は6階層」
「随分浅いな」
本来レベル2ならば問題なく攻略できるはずだ。
「ああ、僕は不審に思い、調査をしに向かったところここのオッタルと鉢合わせてね、原因と思しき場所を確認した後、被害者の遺体の状態を見て君に調査を依頼するのが適任だと判断した。」
フィンは俯き、目を伏せ、一旦落ち着くようにため息を吐く。
「もったいぶらずに言ってくれ。死んだ奴の遺体はどうだったのだ」
「ミイラだ。それも『動く死体』になっていた」
「!」
ジャックは思わず篝火から立った。
肉体から生気を失っても尚、動く死体。
ここ、オラリオには死体を操るモンスターは少なくとも上層には存在しない。
死体が魔物化する、といったことも聞いたことが無かった。
「そして、その死体の近くに妙な道があってね、進むのは冒険者としての僕達の感が全力で警鐘を鳴らしていたから進まなかったが、妙な点が一つあった」
フィンは指を一つ立ててそのままドアを指さした。
「あのドアのように、道を塞ぐ形で霧がかかっていた」
ジャックは頷き、『篝火』からアイテムを選りすぐりながら
「良かったな。そのまま進んでいたらお前達は間違いなく死んでいる」
「その様子では知っているみたいだな」
今まで黙っていたオッタルが腕を組みながら、暗に教えろと促す。
「それは間違いなく俺の『元の世界』の霧だ。その先はおそらく、俺の世界にいた何かしらがいるだろうな」
「何がいるかはわからない。ということか」
「ああ。だが、間違いなくこことは別の世界のものだとは断言できる。その霧は中にいる大物を殺さん限り決して帰れん」
そう言いながら鎧を身に纏い、アイテムをしまいこみ、立ち、二人に向きなおる。
「心得た。任せておけ。報酬はいらん。貴様らはファミリアに戻り、『霧がはっきりと道を塞いでいる』場合、必ずそこに立ち入ることがないように厳命を。ギルドにも全ファミリアに警告を出すように知らせておけ」
「待った」
早々にダンジョンに向かおうとした彼をフィンが止める。
「なんだ?」
「それについては既に手を回した。今回の依頼は【『僕達と一緒に』そこを攻略してほしい】というものだ」
いつになく真剣な表情でフィンはジャックを見つめている。
「死んでも責任は取れんぞ」
「それこそ、今更だろう。貴様の言ったことが確かならば、間違いなくあそこには『ダンジョン』などより遥かに恐ろしい存在がいるのだろう。私よりも上かもしれん存在がそこにある。フレイヤ様には許可はとってある。更なる高みに登れるチャンスを、不意にはできん」
「僕のもだ。足手まといになるつもりはないし、仇討ちなんだ。手伝いくらいはさせてくれ」
2人から並々ならぬ決意を感じたのかジャックはしばらく思案した後
「・・・もし、危険に陥ったら私を餌にしろ。この中で一番死ぬ確率の低い俺を、だ」
そう言って踵を返し、ドアをくぐる。
後に続くように彼らは『竈火の館』をあとにした。
6階層、霧の入口前
3人は各々の獲物を握りしめている。
「準備はいいか」
ジャックの問いに二人は頷く。
「いくぞ」
ジャックは霧に手をかけて中に入っていく。二人もそれに習い霧の中へ入る。
しばらく細い道が続いており、三人は慎重に歩を進めていく。
途中から蜘蛛の糸が細道全体をコーティングしている。
近づいている。と確信し、彼らは武器をいつでも震えるように手にかけて進む。
フィンの槍に手をかけている親指はつねにぴくぴくと動いていた。
彼が危険を察知した時の癖みたいなものなのだが霧をくぐってからそれが収まることはない。
そうして進んでいくと、開けた場所に出た。
長方形上のその場所は壁はコーティングされた蜘蛛の糸が燃え盛っており、ところどころが燃えている。
奥に建物が見える。入り口には霧がかかっていた。
警戒を崩さずに3人は各々が自由に武器が震えるように若干の距離をとり、辺りを見回す。
「来るぞ」
ジャックがそう言うと一点を見据えた。
その視線を辿るように目を向けるとそこには
天女と見紛うような風貌の女性の上半身と、
下半身が丁度繋がるように醜悪な蜘蛛と融合した魔物がいた。
女性の身体の片手には不気味に燃え盛る炎剣が携えられている。
ニタリ、と上半身の女性が笑った気がした。
同時に蜘蛛が飛びかかると同時に口から溶岩を吐き出した。
3人は別々の方向に飛びのいて魔物を囲む。
フィンとオッタルが魔物から見て正面左右から攻撃を仕掛けようと地面を蹴る。
魔物は予測していたように蜘蛛の口から溶岩を吐き出し、自身の周りを満たした。
近づくことが出来ずたたら踏んだ二人は気づく、
自分達は『入り口付近』にいたのだ。目の前の溶岩溜まりに阻まれて先に進めない。
「しまった・・・!」
追い詰められていることに気付いたフィンは毒づき、槍を構える。
が、不意に蜘蛛の下半身がよろめく。
見ると、唯一、股下を飛び込むように避けたジャックが背後から、尋常ではない大きさをした弓を構えている。
左後ろ足を撃ち抜かれた魔物はそちらを向き、撃ち抜かれたのをもろともせず、恐ろしい速度で彼に迫る。
女性の身体を捻らせて、炎剣の炎が鞭のようにしなり、振り抜くと同時に炎の鞭がジャックを襲う。
ジャックはそれを懐に入り、躱し、弓から愛用している『煙の特大剣』に切り替えて撃ち降ろす。
炎剣でそれを防いだ魔物は後ろに飛びのき、そのまま炎剣で突きを放つと、炎が刃のようにジャックへ伸びた。
右に回転するようにジャックは避け、同時にオッタルが壁を蹴って溶岩溜まりを飛び越えて魔物に斬りかかる。
再び魔物はオッタルが襲ってきた方向とは逆方向に飛びのいてそれを躱し、炎剣を一閃する。
オッタルはそれを剣で受けようとしたが、すんでの所で身を捩じり、転がるように炎剣を躱す。
フィンがそれを見ると、オッタルの携えていた大剣の炎剣を受けようとしていた箇所が熱で深紅に染まっている。
あのまま受けていたら大剣ごと真っ二つに叩き斬られていたのが容易に想像がつく。
「厄介な・・・!」
オッタルはそう言いながらも汗を一筋垂らしながら笑みを浮かべている。
まるで、こちらの動きを読むかのように動く知性。
蜘蛛から吐き出される溶岩と炎剣から繰り出される強力な攻撃。
レベル7の斬撃を躱して反撃をするポテンシャル。
どれをとっても今までに類を見ない強敵だ。
冷静にフィンはそう判断し、自らがこの場でどう動くべきかを判断した。
フィンは同じように壁を蹴り、魔物に迫ると、背後に回るように移動する。
魔物は応用に炎剣で切り払うが小柄な身を利用して潜るようにして彼は避けながら背後に回り続ける。
そして魔物が再び悲鳴をあげる。
オッタルとジャックが気がそれたところを左右の中足を同時に切り付けたのだ。
痛覚がつながっているのか女体も悲鳴をあげて項垂れる。
そこにすかさず、斬り込もうとするオッタルとフィン。が、
ふいにジャックが彼らの首を掴み魔物とは逆方向に投げ飛ばした。
「!?」
「なにを!」
受け身を取り、ジャックを非難しようと見ればジャックも全力で投げ飛ばした方向に駆けていた。
瞬間、魔物を中心に爆炎がおこる。
周りの溶岩溜まりが勢いよく飛び散り、蜘蛛の糸が燃え盛る。
あの場にいれば間違いなく黒焦げになっていただろう。
ジャックは歴戦の感を最大限に働かせ、彼らを投げ飛ばしたのだ。
「仕切り直しだ」
そう短くいうと魔物を見据え、獲物を構える。
魔物は再びジャック達に迫り、炎剣を水平に薙ぎ襲い掛かる。
オッタルが足を斬りつけようとすると脚を振り上げ踏みつぶさんとし、
そこを狙ってジャックが『煙の特大剣』を女体に叩き付ける。
が、炎剣によって阻まれる。
フィンが背後を狙うも腹部から熱波が漏れ、慌てて飛びのく。
お互いが必殺の一撃でそれをお互いが躱すという拮抗した状況が続く。
「オッタル、フィン」
ジャックが二人を呼びかける。
「少しでいい、あれの動きを止めれるか?一発大きいのを当てる」
「・・・承知」
「乗った。任せてくれ」
「頼んだ。『固い誓い』」
頼むと同時に鈴を鳴らし、スペルを発動する。
フィンとオッタルは自身のステータスが1段階以上にブーストされたのを瞬時に直感で確認し、散開する。
2人は左右から魔物に突進する。
滑り込むようにそれぞれが前脚と後ろ脚に斬りつける。
そして最後に中脚を斬りつけた。
それは瞬きをする間に行われ、同時に斬りかかられて対応できずに魔物は悲鳴をあげながら一瞬体制をくずす。
2人は全力を出したのか息を乱しながらそれぞれ左右に飛ぶ。
そしてジャックのほうへ視線を移すと
黄色い鬼火のようなものを片手で潰し、大量の白い何かが彼の中に納まる。
そしてもう片方の手で杖を魔物へ向けた。
「『絶頂』」
短く唱えられたそれは吸い込まれるように魔物の女体を貫いた。
魔物は悶え苦しんだ後、先ほど鬼火を割った時のような白い何かをまき散らしながら四散する。
白い靄のようなものが全てジャックに吸い込まれた後、
それぞれが勝利したという感覚が到来した。
誰が始めたわけでもなく全員が寄り拳を同時に合わせる。
「さて、あれが大事に守っていたものは、なんだろうな」
三人は勝利の余韻を早々に横に置き、警戒しながら奥へと進む。
そこには
大きな鐘が鎮座していた。
その丁度奥に蜘蛛の巣がかかったレバーが存在する。
ジャックは警戒しながらもそのレバーを思いっきり引くと
オラリオの地下、ダンジョンに
大鐘楼の音が鳴り響いた。
その後、ダンジョンが大きく揺れ、蜘蛛女がいた場所が崩れ始めたので急いで戻ると大鐘楼までの細道は綺麗に塞がった。
とりあえず考えるのは後にして引き返し、ギルドへ報告を済ませた後クエストの報酬のやりとりをするために略式で手続きをとり、『竈火の館』へ帰還した。
「ありがとう。これで彼らも報われるよ」
フィンはいつになく真面目に礼をする。
「・・・私からも感謝を。フレイヤ様に報告があるので、退散させてもらう。報酬はここに」
軽く礼をし、クエストの依頼料金と思われる金袋を置いて早々にオッタルは出て行った。
「フィン、これからあのような霧が発生したのを確認したら私にも一報をいただけないか」
「ああ、もちろんそうさせてもらうよ。あれは君がいないと手に余る。最後だって君の支援が無ければ動きを止めることは難しかっただろうしね」
お互い、今後のことについて少し話した後、ジャックは立ち上がる。
「そうだ。これから一杯どうだ」
「おや?君から誘うなんて珍しいね」
「なに、興が乗っただけだ。で、来るのか」
肩を竦め聞くジャックにフィンはいつもの笑顔で答えた。
「よろこんで、で、どこで飲む?」
「【豊穣の女主人】でいいだろう。」
彼らは『竈火の館』を出てそうやってこういう店もあると食事処の話をしながらも真っすぐと【豊穣の女主人】へと向かうのだった。