神々よ、ご照覧あれ 道化の再演を


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作:しが
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暗躍する道化の舞台裏


無言更新失敗作者


ベルはLv2にランクアップしたその夜、自分がやるべきことを整理しようと机に向き合い、頭の中をクリアにし、冴え渡る思考にしようと心掛けた。

 

 

「さて…」

 

ベルが現在やるべきことは大まかに分けて3つある。一つはレアスキルの恩恵を使って強くなること、それは一朝一夕で何とかなる問題でもないのでそれは置いておくとしよう。そして2つ目、恐らく虐げられているであろうサポーターの少女…リリルカ・アーデの救済だ。首を突っ込んだ以上、責任を取るというのが筋であろう。とはいえ彼がリリと過ごした時間はあの1日だけでそんなに多くもない。だから彼がリリについて知っている情報が現状少ないのが問題点だ。

 

 

「おそらく犬人(シアンスロープ)ではないのだろうな」

 

犬人ではないことはベルは既に見抜いていた。確かにあの犬耳は特徴的で本物のようではあるが…

 

 

「恐らく姿を誤魔化す魔法…スキル、あるいは魔道具」

 

選択肢はいくつか絞れたが、それに関しては正直どうでもいい。彼女の本来の種族は恐らく…

 

「彼女が幼いという可能性も…いや、それはないな。彼女はあまりにも精神的に自立しすぎている。いくらそうなる必要があったからと言って彼女の精神構造が10を下回る人のそれには思えない…となると…」

 

 

見当はついた。彼女の生来の身長があれということは

 

 

小人(パルゥム)か…」

 

小人(パルゥム)のサポーター、それだけが分かったとしてもこのオラリオの中からピンポイントで探り当てるのは無理だろう。彼女は恐らくとにかく財になるものが必要で冒険者を騙しながら、魔石やらあと装備やらをちょろまかしている筈だ。

 

 

「どちらにせよ、会っておくべきか、もう一度…」

 

 

何処に張っていれば逢えるかはまだ分からないが可能性を試す前から否定するのは愚策だ。幸いにもベル自身はしばらくは自由行動できる身だからまずはギルドを張ってみることにしよう。

 

 

「…しかし騙している話は…もし露呈したら彼女自身がダンジョンに食い殺されかねないぞ…」

 

 

最悪の場合はいつでも飛び出せるようにならなければならないかとため息が出る。今回ばかりは情報が少ないからいつもの大立ち回りをしようにも無理がある。地道な情報収集から始めるかとベルの脳内で結論は出た。話題を次の物に切り替える。

 

 

 

ベルには祖父がいた。その祖父はつい数週間前に亡くなりその葬儀を済ませたベルはオラリオに来たのだが、アルゴノゥトとしての記憶が蘇った今の彼には一つ思い当たることがあった。

 

 

「思えばあの老人…いや老神は私の実の祖父などではないな」

 

それはベルも薄々勘づいてはいたが神だと確信したのはベルがアルゴノゥトとしての記憶を取り戻してからだ。あの老神は神威は無かったが、それこそ人ではないという存在を漠然と感じていた。それは野生の勘とも言える理屈化できないものだった。だが彼は近しい存在につい最近であったのだった。

 

 

 

「…確信したのは『彼女』を見てから…だったがそれは良い。彼女が自分の身分を隠すというなら私から暴くという無粋な真似をする気はない」

 

そちらは置いておこう。だがあの老神は誰だったか、ベルは今それが興味があった。そしてここ最近昔のオラリオを知る老人たちに色々な情報を聞いてまわったり、偶然出会った男神に特徴を聞き出していたりして合致する神に心当たりがあった。

 

 

「好色で女性大好き、セクハラ三昧の風呂覗き大好き、ハーレム願望持ち…聞いてきた話とこれに合致する男神は一人だけ…」

 

 

ベルの脳裏に過去の祖父の顔が浮かぶ。ひげを生やしたあの英雄譚を語ってくれる祖父が大好きだった。だがその英雄譚こそがベルの…アルゴノゥトの疑念を一つ思い浮かべた。

 

 

「あの人はあまりにもアルゴノゥトの話に『詳しすぎた』。…そう、私がこのオラリオで買った喜劇のアルゴノゥトには一切記述されていないあの時代に語り継がれていない筈の要素まで知っていた…いや、識っていたか。オルナやリュールゥがあの喜劇を崩すとは思えない。だが…彼が直接『観ていた』ならば話は別だろうな」

 

 

そして3000年以上前のことを知ることが出来る存在など限られる。他ならぬ超越存在だ。だからあの老神はアルゴノゥトのあんな話やこんな話を知っていたのだろうなと確信した。

 

 

「しかし『僕』が無関係な子供となるのはおかしい…あの人が本当にあのゼウスというならば…」

 

ゼウス…それはかつてこのオラリオで勢力を二分した存在の片割れ『ゼウス・ファミリア』の主神。そのゼウスは黒龍討伐の失敗を受けてオラリオを追放され、その眷属は全員が死に絶えたという話を聞いていたが…

 

 

「『僕』の出生はついぞ明かされなかったが恐らく予測するならばゼウスの眷属の内の子供の誰か…なのかな?」

 

確信は持てないが神血を注いだ眷属の子供…それもまた主神にとっては自身の血を分け与えた子供になるはずだ。だからあの神がベルを育てていた…というのは説得力がある…が、確信はまだ持てない。

 

 

「ここからはロキに聞いてみるしかないか…私ではこれ以上の推論は無意味だ。…ロキに融通を効かせてもらってギルドの情報を出してもらおう」

 

 

ベルの脳内に要素が浮かぶ。クラネルという姓、この逃げ足の速さ、あとは身体的特徴の赤い目、白い髪…色々と亡き母と父につながる筈だ。今日はもう寝てしまおうとベルはベッドで目を閉じた。

 

 

────

 

 

それからの動きは早いものだった、ロキは予想通りギルドには特別なコネを持っているため、かつてのゼウス・ファミリアの名簿は見つかった。そしてベルは高い貸しを作ることになったが親の情報へ辿り着くことが出来た。ゼウス・ファミリアには赤い目をした臆病で逃げ足の速いサポーターがいたらしい、かつて主神と共に女風呂へ突撃していったという醜聞もある。ベルは確信した。これが自分の父親なのだろうと。

 

 

そしてベルは探し当てた、実父が眠っている教会を。

 

 

「…すっかり廃教会となっているな…」

 

かつては多くの信徒が通っていたのだろうが時代の流れは残酷でこの華やかだったはずの教会をすっかりと廃墟に変えてしまったようだ。ここに恐らく亡き父が葬られていると考えるとベルはさすがに複雑な気分を覚えた。

 

 

「…まぁいい。とにかく探すとしよう」

 

 

教会裏手の墓地に赴き、恐らく実父であろう冒険者の名前を探す。そしてその墓は存外にすぐに見つかった。

 

 

「これは…」

 

ボロボロで朽ちた墓もある中で、その墓はやけに小奇麗で誰かが定期的に手入れしているようにも見えるし何よりも…

 

 

「花が手向けられている…」

 

その花がまだ枯れていないことを見るに遠くない最近に誰かがこの墓に花を手向けたらしい。そしてその花は隣にももう一つ同じものがあった。

 

 

「この墓に手向けられている花…この冒険者の方は赤い…そしてこちらは白い…」

 

小綺麗な墓とはいえ、年月は相当経っているらしく文字は掠れて読めない所が所々ある。

 

 

 

「…メ…ー…テリア…」

 

 

隣の墓には恐らく女性であろう名前が刻まれていた。そしてベルは恐らく誰がやったかは分からないが何となく察しがついた。

 

 

「そうか…『僕』は目を父から、母から髪を継いだんだ…」

 

 

これ以上の言葉は不要か、ベルは持ってきた花束を手向けた。そして手を合わせ、目を瞑り、祈りながら話し始めた。

 

 

「僕にとっては初めまして…かな。でもお父さんとお母さんは久しぶり、なのかな?…ただいま、お父さん、お母さん」

 

 

今はアルゴノゥトの仮面は不要、道化の存在はこの親子の対面には相応しくない。ベル・クラネルとしてのパーソナリティでこの亡き両親に花を手向け、挨拶をするのだった。

 

 

 

それからオラリオに至ってからオラリオで起こったこと、たった二週間の間に起きたことを語り口調で話し始める。

 

「正直ね、僕があのミノタウロスと戦った時、死のイメージが目の前にあったんだ。怖かったよ」

 

それはアルゴノゥトでは決して話せない本音。ベルだから話せる本音。

 

 

「…お母さんにお父さんはどんな人だったんだろうね…お父さんの方は醜聞しかないっていう風に聞いていたけど、お母さんの方はどんな人だったのかな…」

 

おそらく白い髪をした女性だったのだろう。ベルは記憶にも残らない母の姿を夢想する。ただ言えるのはたぶん優しかったということは間違いないのだろう。

 

 

「お祖父ちゃんの話なら僕を産んで直ぐ亡くなっちゃったていうなら…体が弱かったのかな?」

 

ベルは祖父から僅かに与えられている親の情報を思い出す。ベルを産んで直ぐに亡くなったというのならば相当に病弱だったのかとアルゴノゥトの洞察力を以て結論付ける。普段のベルの方でも相当に頭が切れるようになったのが現在の彼の特徴だ。

 

「でも…それでも僕を産んでくれたってこと…すごく優しかった…うん、それは間違いない」

 

命の危険があるのにベルを産んだ。それこそが母の優しさの何よりの証拠だ。ベルも自分が今ここにいる理由は母の愛によるものだと実感した。

 

 

「…うん。話せることはこれで全部かな、また来るよ。今度はもっともっと冒険して」

 

 

ベルは立ち上がりお供え物を置き、教会を後にしようか…と思ったがその教会の中から気配を感じた。

 

 

「…人の気配ではない、神威か…しかし何故超越存在がこんな廃墟に…?」

 

普通に住むべきところではない環境だが気になったからには仕方ない。今まで一度も入っていなかった扉に手をかけて教会の中に入った。

 

 

 

「ふんふ、ふーん…」

 

あれは…と目を凝らした先に居たのはツインテール、ロリ、そして巨乳、あと紐みたいな服。どっかで見たことある神様だなぁとベルは悟りの境地に達した。一方ロリ巨乳紐服女神はまだベルの存在に気が付いていない。独り言で自分の願望を垂れ流す始末である。

 

 

「どこにいるんだいボクの運命の眷属は~」

 

そう口ずさみながらツインテールをセットしている。そして振り向きざまにベルと目が合った。

 

 

「あ」

 

 

「…えっ」

 

驚きにより口を開き、そして叫びだすまであと二秒前。しかしその人物がこの前会ったベルだと気づいた。

 

 

「…おや、確か君はベル・クラネル君…だったよね?どうしてボクの住居にいるんだい?」

 

叫ばないのならよかったとベルは安心した。そして近づいていく。そして弁明もする。

 

 

「この教会の墓地群に私の大切な人が眠っていて、彼らに挨拶しに来たのだが、その帰りに教会内に気配を感じたから来たら、ヘスティア。貴女がいたというのが私の現状だけれども…え、この廃教会に住んでるの?マジ?」

 

ベルは思わず素でそう聞いてしまった。仮にも女神がここに住んでいるとはなんだか色々通り越して罰当たりな気がしてきた。

 

 

「そうさ、ここがボクの寝床兼ヘスティア・ファミリアのホームさ。神友から格安で借りているんだ。…まぁ格安だからほぼ廃墟みたいなもんなんだけれどね。けれども結構住めば都ってものさ!」

 

本人はあっけらかんとしているがバイト三昧と良い廃墟住まいといいベルは少し…というかかなりこの女神に同情してきた。本神は爽やかな分、あまり悲壮感はないが眷属はまだ全然見つかってないようだ。

 

 

「しかしヘスティア、貴女が新興ファミリアを立ち上げたというのは分かるが、あまり積極的に勧誘を行っていないようにも見えるがそこのところは?」

 

「ウッ…キミは痛い所を付いてくるな…まこと、不本意ながらではあるがバイトをしながらの生活だと眷属の勧誘にも時間が裂けなくてねぇ。あーどこかにボクと魂の波長まで合うナイスな眷属が落ちてないかなぁ。正直なところキミがロキの所の眷属()じゃなかったらウチに来てほしいくらい何か魂が好みなんだけどねぇ。ううん下界は不自由なところが奥が深いなぁ…」

 

しみじみとしているこの女神。結構自堕落なんだなとベルは段々見抜いた。というかバイトが面倒だから眷属集めも捗らないのではないのだろうか。いや、残酷な真実を告げるのは止そう。彼の心の内でしまっておくことにしようとベルは誓った。

 

 

「ではヘスティア、頑張る貴女を労わる目的でこの後、お食事でも如何ですか?一食程度ならば奢らせてもらおう」

 

 

おごりという文字にヘスティアはピクリと反応した。…この女神様結構現金な(ひと)だなぁとベルはもう分かりきっていたと悟った。

 

 

「奢り?奢りといったかい!?本当だね?前言撤回しないね?誠だね?二言はないね?」

 

 

グイグイ押してくる女神に気圧されながらもベルはさすがに紳士としてそれを撤回するのはあまりに無粋とうなずく。

 

「え、ええ。私も大した財産持ちというわけではないが一食分ならば他人にご馳走できる程度に持ち合わせはある…が、もしやヘスティア。貴女は大飯喰らい…」

 

 

「そんなわけないやい!ボクは平均的な量しか食べないよ!…ただね、ただね…」

 

ヘスティアはプルプルと震えながら激昂にも近い感情を解放した。

 

 

「もうここ数週間、ジャガ丸くんしか食べてないんだよ!!!!!!」

 

 

「バイトであまるのは良いよ?ボクもありがたい。おばちゃんの好意は嬉しいし食費を浮かせれる…けれども毎日来る日も来る日も来る日もジャガイモジャガイモジャガイモポティトジャガイモ…気が可笑しくなる!!ああ、ベル君、どうかボクをジャガイモから救って!」

 

ベルはその血涙すら出てるのじゃないかという叫びに本気で同情した。この女神、不憫だと。せめてこの食事くらい自由に食べてもらおう────と思った瞬間、来客があった。

 

 

 

「おーいヘスティア、いるか?…あれ、この廃教会に人がいるなんて珍しいなぁ」

 

この帽子の男も一目見れば神威を放っているため神であることは分かった。

 

 

「…なんだ、キミか。

ヘルメス…何のようだい?」

 

「お得な話が合ったから持ってきたんだが…しかし本当に珍しいな、ここに人が来ているなんて」

 

 

神…ヘルメスはベルの顔を見て興味深げに言った。

 

 

「しかもそれが噂のロキの所の冒険者とはね」

 

 

「初めまして、ベル・クラネル君。オレはヘルメス…見ての通り旅を司る神さ」

 

 

 

────

 

 

 

リリルカ・アーデは今日も寄生虫と蔑まれながらもサポーターとして活動していた。基本的にサポーターは冒険者に比べて役立たずや寄生虫と侮蔑されることが多いが、それでもリリはそんな罵倒などもう慣れたものだ、気にするだけ無駄と只管サポーターとして働き、冒険者の装備をちょろまかしたり、魔石を誤魔化したりしている。サポーターの取り分が低いのは言うまでもないからこうやってズルでもしなければ金は稼げない。リリにはとにかくお金が必要だった。

 

 

(心を無心にして…)

 

 

「おい、クズ!さっさと魔石を回収しろ、素材もだ」

 

 

「…はい…」

 

 

しかしリリの心は本人は気にしていないと思っているが度重なる疲弊、心労などが重なり本人が想像している以上に摩耗していた。もういつ決壊してもおかしくないとそう思えるくらいには彼女の心はボロボロだった。世界への憎しみ、自身への憎しみ、英雄への憎しみ。色々な負の感情が合わさってまさに負のスパイラルだ。

 

 

 

「おい、寄生虫。次は16階層だ。さっさと行け!」

 

 

冒険者の一人に蹴り飛ばされながらもリリは無表情のまま、ただただしたがって動いていた。鉄面皮であると錯覚させるほどには無表情であったがただの一滴だけ、リリの頬からは涙が流れていた。

 

 

 

 

(────…冒険者様…貴方が英雄というならリリを…助けて…)

 

 

届くはずもない、彼に向けてリリは言葉を送らずには、祈らずにはいられなかった。

 

 

 

一行が去ったあと、そこには誰もいなかったはずだが急に姿を現した少年がいた、他ならぬベル・クラネルである。

 

 

 

「…すごいな、本当に透明になっている。これは役に立つわけだ」

 

 

彼が被っているマントは某万能者が発明したものである。それに関してはまた違う機会に話そう。とにかくベルは今の今までリリを背後から追跡していた。リリルカ・アーデの現状を探るためにストーカーまがいのことをしていたが、それのおかげで彼女のおおよその全貌が掴めてきた。あとは助け出すだけだが、リリを危機から救ったとしても意味はない。彼女の心を救わなければならないとベルはそう思った。…あのファミリアに在籍することそのものが彼女にとっては苦痛なのだろうと、ベルは推測した。

 

 

(…神ソーマ。神酒の製造者で眷属に興味を持たず酒造りに没頭する放蕩神…恐らくこの神は下界の子供たちに失望したようなタイプか…)

 

 

リリルカ・アーデが恐らく金を多く求めて詐欺まがいのことをしているのは多分ファミリアの脱退をするためだ。現団長が主神がいないのを良いことにやりたい放題しているのだ、だからリリルカが脱退を申し出てその際に法外な金額を要求したと推論するのが妥当だ。

 

 

 

 

「…直接乗り込むか…?」

 

たまにベルは面倒になってストレートにするか?と思ったがそれでは何も変わりはしないかと自嘲した。とにかく策を弄し、人々を躍らせるのが道化の役割だろうにと嘆息した瞬間、後ろに死の気配を敏感に感じ取った。

 

 

 

ベルはリリをストーカーしている間に色々な情報が耳に入っていた。そしてここ数日で、中層付近で黒いミノタウロスが目撃されたという噂話も小耳に挟んでいた。

 

 

 

「…黒い…ミノタウロス」

 

 

角から現れたのはミノタウロス。しかも黒い…それだけではない。今のベルにとってミノタウロスはただの数ある内の一種に過ぎない…だがそれではどうしてもこの死の気配には説明がつかないのだ。

 

 

ベルは考える、このミノタウロスにはどう背伸びしても勝てはしない、ぶつかれば死ぬだろうと。…しかしそれ以上にその死の気配に見覚えがある。それは数日前に相対したあのミノタウロス…ひいてはミノス将軍と呼ばれたあの怪物に似た気配そのものだ。

 

 

 

「…」

 

 

「……」

 

 

黒いミノタウロスは動かない、その双眸はベルを捉えていたが咆哮することなくただじっと見ている。…ベルは意を決してその黒いミノタウロスに語り掛けた。

 

 

 

 

「────…去るがいい、『好敵手』よ」

 

 

「…」

 

モンスターに話しかける、はっきり言って滅茶苦茶滑稽な真似だ、だがベルにはそれが伝わっている自信が何故かあった。根拠のない自信ではあるが確信に近いものが彼の中にはあった。ベルは続ける、ミノタウロスは何も答えない。

 

 

「今の私と貴方とではどう足掻いても覆らない力量差がある。…それでは『再戦』ではなく『蹂躙』だ。あなたがそれを望むならば殺されても良い…だが再戦を望むならば今は立ち去るがいい、好敵手よ」

 

 

黒いミノタウロスは相変わらず咆哮も発さない。…しかし、その瞬間ベルに背を向けて歩き出した。…だが去る前に彼にはその言葉が確実に届いた。

 

 

 

「…自分の名前はアステリオス…好敵手よ、どうか貴方の名を」

 

 

モンスターが喋ったとか色々気になることはある。それに違和感もある、恐怖心もある。…だがそれでもベルはその他の感情よりもまずはこの好敵手に報いるために言葉が出ていた。

 

 

 

 

「ベル…ベル・クラネル」

 

 

そして目を閉じて、自身の名を言った。だが何かを忘れたように直後に一つの言葉を付け足したのだった。

 

 

 

 

 

 

「それと────【アルゴノゥト】」

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